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青龍国物語  作者: 瑞佳
第一部 「龍王の伴侶」
16/38

手紙

 小猿を助けてから四日後に目を覚ました藍は、何時ものように起き上がると、どこからとなく現れた小猿がチョコンと膝に乗って来る。片腕で痛々しい姿だが、そんな自分を気にせず藍の胸に片腕で掴まり登ろうとする。


 「おはよう。元気そうで良かった」


 両手でそっと抱き上げて顔の前に持ってくる。大きなクリクリの茶色の目にふわふわの綿毛のような茶色毛で毛並みが随分良くなっていた。藍は心なし小猿が少し重くなった気もした。


 「そっかー。僕には次の日でも、お前には四日後なんだ。ほって置いてごめんね」

 「キィー」


 小猿は脚力を使い、ぴょんと飛び上がると片腕で藍の髪を掴み頭の上によじ登るが地味に痛いが我慢する。そして母猿にしがみ付くように頭にへばりついてしまった。


 「そこがいいのかい?」

 「キィ」


 まるで「うん」と返事をするように鳴く。それから藍の頭の上が小猿の定位置となってしまった。


 「そう言えば名前を付ける約束だったね」


 藍はしばらく考えると「お前の名前はソンにしよう」と頭から引き剥がしてそう名付けた。

 安直に孫悟空から名を取りソンにする――ゴクウだと某マンガの主人公になるので止めておいた。


 結局あれから、ソンの母親は迎えに来る事は無く一月が過ぎ、今では悪戯好きの子猿になってしまった。しかし、やはり片腕ではバランスが取りずらく、良く転んだり、高いところから落ちてしまい、藍は手助けしようとすが『手を出しちゃいかんぞアオイ』とオウロンが嗜めた。

 ソンも甘える事無く、すっくりと立ち上がると藍の足を伝い再び頭に乗てくる。そして二ヶ月が過ぎるころには、片腕に慣れて今では落ちたりしなくなった。小さな体で懸命に動き回るソンの逞しさに藍は目を見張ってしまう。片腕のハンデを全く気にする事も無く、駆けまわり家の屋根にまで上れるようになってしまった。

 まだ子猿の筈なのに、なんて強いんだろうと藍が感嘆していたのも束の間だった。

 日々やんちゃになって行くソンに藍は手を焼き始めた。藍の長くなった髪を毛づくろいするようにかき回したり、引っ張ったりと少し痛い。

 今朝も食べ盛りのソンは自分の朝ごはんを食べてしまうと、頭上から藍が食べようとしているおにぎりにちょっかいを掛けて来る始末。


 「こら、髪を引っ張るな。ご飯が食べれないよ」

 「キィーキー」


 オニギリを寄こせとばかりにソンは頭の上から横取りしようとする。

 藍が最近やっと完成させたオニギリ。モンに取り寄せて貰った米に似たミイルと言う穀物を釜で炊いて握った物。

 初めは上手く炊けず、粘りが無いパサついた米は握っても形にならなかった。けどモンの助言で水に漬ける時間を長くして、油を少量加えて炊くと柔らかくふっくらと炊けるようになり握れるようになる。具にはシャケに似た塩魚の身や、甘辛く煮た肉などを入れて作ったら二人に好評で、それ以来時々藍が朝食に作る様になった。

 でも藍としてはオニギリに巻く海苔の代用品が無く、ご飯粒が手にくっ付くのが難点だった。だが十分懐かしい味を堪能できて藍は満足だった。


 「ソンは自分の分を食べただろ。これは僕のご飯だよ」


 藍は文句を言いつつもオニギリを一口分けてあげると、ソンは気が済んだのか大人しくなる。だが髪は既にご飯粒とよだれでべたべただ。その上、この世界に来てから一度も切っていない髪は、既に肩より少し下の長さまで延びていて、大分鬱陶しい状態。藍はいい加減紙を切りたくなった。


 「おばあちゃん、髪切りたいんだけど鋏あるかな?」


 何気無く訊くと、二人の凄まじい反応が返って来てしまった。


 「アオイ、駄目よー! 髪を切るなんて…やっとそこまで延びたのに止めて頂だい」

 「バカ者ー! 髪を切るとは、なんて事を言うんだ!」


 モンは真っ青になり、オウロンには凄い勢いで怒鳴られてしまった藍は驚いて椅子からずり落ちそうになってしまった。


 (髪を切るのって、そんなに大変な事なの?? 確かにこの世界で会った人達は全員が長髪で、僕みたいに短く髪を切った人を見なかったな)


 「髪に何かあるの?」


 藍はおずおずと訊く。


 「髪が短く刈るのは奴隷か囚人の証なんじゃぞ」


 オウロンの言葉に思わず藍は固まる。


 「えっ!! もしかして僕って奴隷だと思われていたの……」


 奴隷――藍は、この世界に奴隷が存在すると知り衝撃を受ける。


 「最初に見た瞬間はそう思ったのは確かだが、容姿が青龍国の人間に見えず、奴隷特有の卑屈さも無く直ぐに違うと分かった。まさか異界人とまでは思わなんだがな」


 (もしかして、ユンロンさんにも奴隷とか最初思われたのだろうか……いや、ユンロンさんは初対面から僕を丁寧に扱ってくれたし、そんな事無いはず。漁村の人達も普通に接してくれたけど、もしかして何処から逃げて来た奴隷だと思い同情してくれてたのかもしれない)


 「この国には奴隷が大勢いるの?」


 藍は龍王の人を人と思わないような扱いを思い出し、あんな王様が治める国だから居てもおかしく無い気がした。


 しかし、オウロンの言葉は意外な物だった。


 「事実上はおらん。だが今だに隠れて奴隷を扱う龍族や人間はいるにはいるが、見つかれば酷い処罰が下される。今の龍王陛下が奴隷制を廃止されたんだが、先王の時代に多くの人間が奴隷にされたんじゃ。その悪習が僅かに残っとる。奴隷にされると男も女も髪を短く切られたから、平和になった今の時代でも人間にしろ、龍族にしろ髪を短くするのは忌み嫌われとる」


 それを聞き藍は意外だった。


 (あの王様って結構良い王様だったのか……僕の扱いは最低なのに訳の分からない人)


 今一納得できない藍。


 「ふーん、そうなんだ。それじゃあ僕も髪を伸ばさないといけないんだ」


 生れてこの方、髪を長く伸ばすなんて思いもよらなかったので、自分の髪を摘まみ、長髪なんて女みたいで自分には似合わないと思ってしまう。


 「アオイの髪は真直ぐでサラサラだから、伸ばせばとっても綺麗になるわ」


 モンにそう言われるが、藍としては短く切ってしまいたかった。しかし二人の反応を見ている限り、無駄だと諦めるしかないようだった。


 髪の話題で、ソンが相手にされないせいか藍の髪を引っ張りだす。


 「痛!!ソン止めて」


 右手だけの所為か通常より力が付いているようで、小さいからと言ってバカにならない力で髪を引っ張られ抜かれそうな勢い。 藍は髪が伸びる前に禿げそうで心配になって来る。

 一方オウロンとモンは、にこやかに眺めているだけで助けようとしない。ソンの面倒は全て藍の責任なので、躾の為に怒らなければならない時は怒るよう言われていた。

 藍は意を決し、頭から痛いのを我慢してソンを引き剥がして睨みつける。


 「人の髪を引っ張ったらメッでしょ!」


 藍は厳しい声で叱る。ソンは悲しそうに「キュウ~」と鳴きしょんぼりしてしまう。


 「「 …… 」」


 それを見守っていた二人は、何とも言えない顔になっているのに気付かない藍はそのまま続けて叱る。

 

 「今度したらお尻ペンペンだよ!」


 その途端に二人が咳を切ったかのように笑い出す。


 「ワハッハッハッ!ワハッハッハッ!」

 「うっふっふっふっふ~」


 二人一緒に笑うものだから、藍は急に自分の行動が恥ずかしくなり顔を赤くなりながら抗議する。


 「酷いよ! 何で笑うの」

 「御免なさい、余りにアオイの怒り方が可愛くて……ふっふっふ~」

 「すまん、すまん。 アーッハッハッハーハ~」


 するとシュンとしていたソンまで釣られて「ウッキッキー、ウッキー」と面白そうに笑う。


 藍はムッと来たのでオニギリを無理に詰め込み、ソンを置いたまま食べ終わった食器を持って台所に向かうと、背後からおばあちゃんが声を掛ける。


 「アオイ、注文しておいた品が棚に届いてるか見ておいてちょうだい」

 「分かった」


 藍は恥ずかしさを隠すため、少し不機嫌そうに返事をしておく。そして洗い場に食器を置き、ポンプを漕いで水を掛けていると、頭にずしりと重みを感じる。


 (おっ、重い…… )


 犯人は「キィ~キィ~」と甘えた声で片腕だけで頭に必死にしがみつくるソンだった。


 「もう髪を引っ張らないでよ」


 ソンは反省したのか、毛繕いするかのように髪を舌で舐めるので髪がベタベタになり、これはこれで厭だなと思うが藍は我慢する。そのまま頭に乗せ移動し、戸棚の中を確認するため扉を開くと、何時もの様に酒瓶が数本と食料品だが、もう一つ日常品らしかぬ木の箱が置かれてあった。


 「何だろう、これ?」


 B4位の大きさで高さが20㎝に黒い漆が塗られ金で縁どりされて随分立派な箱は、結構ずっしりと重い。オウロンとの鍛錬で力の付いた藍は、軽々とは行かないが調理台に乗せ、その他の荷物も全て取り出し終えると丁度モンがやって来る。

 先程の黒い箱を見ながら「やっと、アオイの紙が届いたのね」と言って箱の蓋を開けた。


 「これって、もしかして手紙の紙が入ってるの」


 数ヶ月前にモンが『そろそろ手紙を書く紙を注文しとくわね』と言っていたのを思い出す。どうやらこれがその紙らしいが、黒塗りの箱に納められてるのは少し大げさな感じで驚く。


 「そうよ。特別に作って貰ったのよ。アオイを思い浮かべ染めさせみたの。それと花の紋の透かしを入れて、かなり素敵な仕上がりよ。見てみたらいいわ」


 藍は紙を注文してから随分経つと思っていたら、まさか一から作らせているとは思わなかった。

 モンは箱の中から紙を一枚取り出すと、今まで練習用に使っていたものとは比べ物にならない上質なのが分かる。色は、ほんのりと水色に染められ、中央には六枚の花弁の花の文様の透かしが入っていた。

 確か練習用の紙すら庶民には高級品だと教えられ、練習用の紙は真っ黒になるまで何度も重ね書きしていた。それより更に高級そうな紙が、ゆうに百枚以上はありそうで、結構な金額になるのが藍でも容易に想像できた。


 「まー綺麗な仕上がりだわ。アオイって感じ…これでユンロン様に文を出せるはね」


 これがモンが抱く自分のイメージなのかと繁々と手に取り見る。


 (僕は、こんな清楚なイメージとは程遠いような気がするんだけど……)


 「ありがとう。だけどこんな高級品いいのかな?」


 確かユンロンは地位の高い龍族、それなりの紙が必要なのかもしれないが勿体ない気がした。


 「そんな事を心配しなくても大丈夫。アオイはもっと贅沢をして良いくらいよ」

 「う……ん…」


 藍ににしたら、ここでの生活費が全てあの王様から出ていると思うと素直に受け入れられなかった。


 「さあ、早速書いてみたら。後片付けは私一人で大丈夫だから」

 「うん、ありがとう。おばあちゃん」


 字はかなり上達してオウロンになんとか合格を貰えるようになった。だが分からない単語がまだ沢山あり、最近では本を読みながらオウロンに教えて貰うよになっていた。

 もう手紙を書くには十分上達していたが、書かずにズルズルとしていた藍。モンの後押しもあり書く事を決める。

 届いた黒塗りの箱を抱えて居間に行き、早速藍は手紙を書く準備をする。先ず文面を考えるために練習用の紙に下書きを書く事にした。

 藍は、いよいよユンロンに手紙を書こうと意気込むが、自分の恋心を自覚してしまった今、何を書いていいのか分からなく複雑な心境になる。

 あんなに待ち望んでいた事だったが、いざ紙を目の前にし書き始めようとするが、頭が真っ白になり人形のように固まるしかなかった。


 「キーッ!キーッ!」


 藍がそんな状態で相手にされないソンは、いい加減退屈になって来た。そして遊んで欲しくて藍の頭の上で喚きだす。しかしそれどころでなくソンは頭の上で遣りたい放題で、髪がベトベトでグチャグチャにされてしまっていた。それでも藍は悩み続けてソンを無視する形になってしまった。

 そして藍が何も反応しないので、とうとう諦めてソンが部屋から出って行ったのにも気づかない。しばらくして、おばあちゃんが入って来たのにも全く気付かなかった。


 (どうしよう……何も書けない)


 「アオイ、お茶にしましょう」

 「……」

 「アオイ! 聞こえてる?」


  聞こえていない様子に呆れたモンは藍の肩を揺すってもう一度呼び掛ける。


 「わっ!! なっ、何? おばあちゃん?」


 突然肩を揺すられた藍は飛び跳ねて驚く。


 「何度も呼んだのよ。休憩にしましょ。ソンも相手にされなくて拗ねてるわよ」


 藍がモンの肩を見れば、いじけたようにおばあちゃんにしがみ付いているソンがいた。只でさえ寝ている間はソンの世話を二人に任せてしまっているので、慌ててソンを呼び寄せる。


 「お出でソン」


 何時もなら飛んでくるのに、酷く機嫌を損ねてしまったようで、ソンはモンの背後に隠れてしまった。仕方なく、手紙を書く道具を片付けて藍がお茶の用意の手伝いをする。


 「おじいちゃんは?」

 「外で庭造りに夢中だから後で持って行くわ。私達は先に食べましょ」


 オウロンは最近、玄関側にある前庭に、取り寄せた苗木を植えたりして庭を造っている。周囲は緑の森だが花を咲かせるものが無く、少しでも目の潤いにと植え始めていた。

 食卓の上には、モンが作った林檎に似た果物を砂糖で煮て薄い餃子の皮に似たもので包み、油で揚げたお菓子が皿に並んでいた。先ず藍はソンの機嫌を取るべく一つ取って小さく千切った物を口に持って行く。


 「ほら食べてごらん」

 

 モンの肩に貼り付いていたソンは、すぐさま手に取り噛り付くとあっという間に食べてしまう。それを見ながら藍も残りを口に入れるとパリッとした皮の中から甘酸っぱい実がとろりとして非常に美味しかった。


 「ほんとにおばあちゃんのお菓子はどれも美味しいや」

 「ありがとう。沢山食べてね」

 「うーん、あんまり食べるとお昼が食べれないからあと一つだけ貰うよ」


 皿からもう一つ取り口に運ぶと、何時の間にか肩に乗ってきたソンが横から齧ってくる。


 「こら!ソンお行儀悪いぞ」

 「クゥ~」

 「分けてあげるから行儀よく食べなさい」


 藍のを半分に割り渡すとソンは片手で掴み、肩の上で美味しそう食べ始める。


 「手紙の進み具合はどう? まだ何も書けて無いようだけど、どうしたの?」


 モンが心配そうに尋ねてくるので、正直に話す。


 「いざ書こうと思うと、何を書いたら良いのか分からなくて……」


 するとモンははクスクス笑いながら「藍は難しく考えすぎよ。相手に伝えたい素直な気持ちを書けば良いんじゃないかしら?」

 「えっ!」


 藍は思わずどきりとする。


 ユンロンに対し素直な気持ちなんか書いてしまったら、ラブレターになってしまうと思ってしまった。ユンロンへのラブレターと考えた途端に顔が赤くなりドギマギしてしまった。


 (まるで小学生みたいだ。 いや、それ以下かも……)


 ラブレターだけで過剰に反応してしまう幼い自分に、ユンロンのような大人が相手にしてくれる筈もない。


 「ユンロン様に色々して頂いた事に対する感謝の言葉と、今の生活の事を書いたら良いんじゃないかしら」


 モンにそう助言され、確かにそれ以外に書く事が無いのに気が付く。 自分がユンロンにラブレターを送るなんて反応に困るだけだ。何を思い悩んでるんだろうと呆れ返る。

 そもそも手紙を書く理由はそれだったのに、ユンロンを思い浮かべて頭が真っ白になってしまい何も書けない状況に落ちいてしまった自分がバカに思えた。


 (どれだけユンロンさんを意識しているんだろう。恥ずかしい……邪まな心を捨て去り、感謝の気持ちを伝えればいいんだ)


 「そうだね、ありがとう」


 肩の力を抜き、モンに礼を言う。


 「それじゃあ、お茶を飲みましょう」


 今日のお茶はカップの中に黄色い菊の様な花が広がっていて目でも楽しめ、やさしい味わいのお茶だ。


 「凄く綺麗だね」

 「そうでしょ。 他にも色々な種類の花茶を取り寄せたから楽しみにしてね」

 「うん」


 オウロンが酒なら、モンは世界中のお茶を取り寄せ楽しんでいる。藍はその相伴にあずかり結構色々なお茶を楽しむ事を憶えた。

 ソンの方は熱い飲み物は無理なので水を飲んでいるが、食べ物は人間と同じようなものを食べ、甘い物が大好きだ。なので何時の間にかお皿の中のお菓子が一個減っていた。藍はソンを見るとほっぺが膨らんでいて、おかしくなる。しかも手も口も砂糖の密でベタベタになっている。


 「そんなにいっぺんに口に入れると、喉を詰まらすよ」


 ソンは、そんな言葉をものともせず、一気にゴックンと飲み込み、更にお皿に手を出した。


 「ソンは食いしん坊ね。この調子じゃアオイより大きくなるんじゃないかしら」


 確かにこのまま食べ続ければ、あっという間に大人になる勢い。現に二ヵ月前より体重は倍以上に増えていた。


 「本当、僕の分まで食べられて、僕が痩せちゃいそう」


 それは困ったわね~と二人で笑い、穏やかなお茶の時間が終わる。そして手紙の続きに取りかかるため、ソンには悪いがモンに預かって貰う事にした。


 藍は再び一人、居間で練習用の紙を使って下書きを書き始めた。


 先程とは違い、すらすらと文章が浮かび、素直に自分のせいで怪我をしてしまった事を謝り、怪我の具合を尋ね、お世話になった事のお礼を書く。それから安心して貰う為に近況を知らせる手紙を書いた。下書きを書くだけでお昼近くまでかかり、後は、オウロンに添削してもらうだけ。合格が出れば清書すればいいのだが、その前に何度も字の練習をしておく。


 (ユンロンさんに酷い字は見せられないよ)


 そこへ丁度オウロンが戻って来た。


 「どうだ、アオイ書けたか」

 「おじいちゃんご苦労さま」


 藍はオウロンの前に行き、おずおずと下書きを差し出す。


 「書いたんだけど、変な個所が無いか見て欲しんだ」

 「どれどれ」


 下書きを手に取り椅子に座るが、自分の文章を目の前で読まれるのを見ているのも気恥ずかしい。


 「お茶を貰ってくる」

 「おおっ、頼む」


 逃げるようにそそくさと台所に行き、モンの処に行きお茶を入れて貰う。ソンはモン横で料理のつまみ食いをしていたらしく、更にお腹を膨らましてそのままかごの中で寝ていた。


 「どう? 書けたかしら」

 「うん。下書きが書けたから、今おじいちゃんに見て貰ってる」

 「まー、あのひとだけズルイわ。後で私にも読ませて」

 「うん……」


 モンにまで読んで貰う事になり恥ずかしい藍だが、二人にアドバイスを貰い恥ずかしくない手紙に仕上げないといけないので了承する。

 居間に戻りオウロンに良い香りのするお茶を渡す。


 「はい、どうぞ。どうだった?」

 「まあまあ書けとるが、字の間違いや、言い回しの可笑しいところは直しておいたぞ」


 そう言って渡された手紙の下書きに沢山の修正が施されていた。


 「ありがとう。これで清書を書くよ!」


 思ったより間違いが多かったが、これでユンロンに恥ずかしく無い手紙が書けると喜んでいると、突然、オウロンがゴッホんと咳ばらいをした。そして少し言いずらしそうに言葉を続ける。


 「ところでな~、アオイ……陛下にも手紙をだな……書」

 「書かない!!」


 藍はオウロンの言葉の途中で声を被せて拒否した。

 

 (何故、あんな人に手紙を書かせたいのか理解できない。絶対に僕の事なんて忘れてるし、手紙を出しても無視に決まってるよ!)


 それに書く事なんて恨み辛みしか思い浮かばない藍だった。


 「そうか……」


 オウロンは残念そうにするが、はぁ……と溜息をつき諦め「仕方無いか……まぁ良いわい……。ところでアオイ、午後は剣の練習だぞ」とニヤリとして言う。


 「エーッ、そんな~、午後は清書をしようと思ってるのに」


 一刻も早く手紙を出したいのに、未だ一度寝ると何日も寝てしまう藍なので更に遅れてしまう。


 「いかん! 家にこもってばかりでは不健康だ。分かったな」

 「はーい…」


 確かにその通りなので反論できず、どうやら、手紙の清書は次になりそうだ。稽古の後は体がヘトヘトで、お風呂の後は夕飯の手伝いもあった。

 ここの世界は地球の様に電化製品が無い為に、全てが手作業で時間と手間が掛かる。だが藍は、これが本来の人間の生活なんじゃないかと思った。


 お昼の後はオウロンの明言どおり剣の稽古。

 先ずは体を温める為の素ぶりから始まる。

 オウロンが鋼の大剣をブンブンと軽々と振るのに対し、藍は木刀をシュッシュッと振りまわしてるが、その姿は真剣そのものだ。

 体を動かすのが苦手な藍は、小学生の頃から体育ぐらいしかスポーツをしなかったので、初めは苦痛だったけど、最近では汗を流すのが気持ちいと感じていた。

 オウロンの型を真似ながら木刀を振るのだが、中々難しく体の柔軟性の必要を感じる。帰宅部の藍には体力、運動神経、柔軟性の全てが揃っていなかった。

 藍なりに必死に剣を振っていると、目の端に何かが動いてるのに気付く。視線を横にやるとソンが木の枝を持ち振りまわしている。


 「ソン?」


 ソンがオウロンを見ながら枝を振って、剣の練習をしているように見えた。余りの可愛さに手を止め見てしまう。


 「こら、アオイ。なにサボっとる!」

 「ゴメン、ソンが可愛くって、つい……」


 オウロンもソンが剣の稽古の真似をしているのに気が付き見やる。


 「珍しい~。猿が棒振りをしておるわい。アオイより筋が良いかも知れんぞ!」


 ガハハッハと笑いながさり気無く酷い事を言う。


 (もしかして僕ってあのレベル……)


 「それは言い過ぎだよ」


 藍はムーッとして抗議した。


 「面白いからソンにも剣を仕込んでみるか。うかうかしているとソンに追い抜かれるぞ~」


 本気か冗談ともつかない言い方で言われ、藍は剣の稽古をしてかなり経つのに、この言われようは酷いと思い本気で落ち込んでしまう。


 「良し! ソンにも剣を作ってやるからな」


 まだ小さい片腕の子猿に剣を教えるなんてとんでもないと思い藍は慌てる。


 「駄目! ソンはまだ小さいんだよ!」

 「なーに~遊びじゃよ。遊び」


 ソンは分かっているのか、分かっていないのか、キヒィーッキィと嬉しそうに枝を振りまわしている。猿にそんな剣なて教えて大丈夫なんだろうかと心配になる藍は、後でモンに相談しようと思うことにした。

 その後も、藍はたっぷりしごかれ一日が終わり、汗をソンと一緒に温泉に入って流すのだった。


 

 次に目覚めた日は、一日を手紙の清書に費やす事にして貰う。

 オウロンは最初に渋い顔していたが、代わりにソンの剣を作成するようで、本気で剣を教えるつもりらしい。モンも黙認しているので、問題は無いようだ。

 午前中は練習用の紙にひたすら練習し、モンに字の添削を手伝って貰う。


 「おばあちゃん、僕の字ってどうなの?」

 「そうね、まだチョッと形になって無い字もあるけど、丁寧に一生懸命書かれているから大丈夫。ユンロン様にもアオイの真摯な気持ちが伝わるはずよ」

 「うん」


 やはり数カ月の練習では簡単に習得できる程簡単では無かった。どうせなら綺麗な字で出したかったが、これ以上遅らせるのも失礼な気がするから、この辺で妥協するしかない。


 「紙は一杯あるのだから、納得するまで書けばいいのよ」


 紙と聞き、あの手紙用の和紙の値段が気になっていたので改めて聞いてみる。


 「ねーっ、あの和紙ってどれぐらいの値段なの?」

 「あら、アオイったらそんな事気にしないのよ。それじゃあ私はお昼の用意があるから」


 オホッホッホーっと笑いながら席を立ち台所に消えていく。


 (……おばあちゃん…その反応はなんですか?)


 藍は清書用の和紙を取り出し、もしかしてとてつもなく高価なのかも知れないと思うと、本当にこれを使っても良いのだろうかと躊躇ってしまた。あまり失敗は出来ないと悟り、もう少し練習用の紙で完璧にしようと、再び練習に取りかかる。

 お昼を皆で食べてから後片付けを手伝い、ソンの相手を少ししてから、ソンはオウロンには素直に言う事聞くようで見て貰う事にした。

 午後も静かに一人で緊張しながら一字一句を丁寧に筆を走らせて書いていく。しかし一枚書きあげるのに結構な時間がかかり、消しゴムなど無いので失敗は許されない。その所為で、かなり神経を使い疲れる。筆記用具が筆しかなかった時代の苦労を藍はしみじみと知った。

 だが、その分だけ心がこもっているような気がする。それに好きな人に出す手紙だから何の苦も感じなかった。

 夕方までに数枚の清書の手紙が仕上がり、その中で一番綺麗に書けたものを二人に選んで貰う。そしてモンが何時の間にか用意してくれていた文箱に手紙を納める。それは黒塗りに貝の螺鈿細工の施された美しい文箱で立派な物で、ユンロンに送るには相応しい体裁は整い、改めてオウロンとモンに感謝した。

 そして最後に戸棚に入れておけば良いだけだ。


 しかし、一つ気がかりな事がある。


 「本当にユンロンさんに届くかな? もしかして王様に捨てられたりしない……」


 二人が王様を悪く言うのを良く思っていないのは理解してるが、藍は心配で思わず聞いてみる。


 「大丈夫だ。陛下には内緒にして渡すようにサンジュンには知らせておいた。例え陛下が知っていても届くとは思うが、何分アオイの立場が微妙だからな……内密進める事にした」


 それを聞いた藍はサンジュンに凄く迷惑を掛けると心苦しいかったが、一度だけだと思い我儘を通してもらう事にした。

 一通だけの手紙を出すだけなのに何故こうも龍王を気にしなければならないかと思わずにはいられない。名前だけの伴侶である自分だが、立場は王妃だから仕方が無いのだと思うしかない。


 (名前だけの立場なのに不条理だ)


 「もしばれたらサンジュンさんがお咎めを受けちゃうよね」


 だがこの立場で自分以外の人間に迷惑を掛けてしまうのが実情で、気にせざるを得なかった。


 「気にするなアオイ。陛下は息子に任せッきりで月に一度の経費の報告ぐらいらしいから、バレる心配は無いぞ」


 オウロンは心配させないよう言うが、もしバレてしまったらと思うと躊躇が生まれて来る。

 藍がシュンっとしているとそっと頭を撫で「これぐらいの我儘、可愛いアオイの為だ。どうって事無い」とオウロンが優しく言う。


 「そうよ。もっと我儘を言って良いくらいよ。アオイを放っておく陛下が悪いのですから」

 「モン! 言い過ぎだぞ」


 オウロンが慌ててモンを嗜める。


 二人の言葉に甘える事にした。


 「ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん」


 もう一度藍は二人に礼を言った。

 出来ればユンロンの返事が欲しいが、お忙しい方なのであまり期待しない方がいいとオウロンに言われた。藍はそれでいいと思う……返事を貰えばきっと次が欲しくなる。また手紙を出したくなり会いたくなってしまう。

 

 (きっと、また手紙を出したいと言ってしまったら、おじいちゃん、おばあちゃん、サンジュンさん、そしてユンロンさんにまで、思わずとも迷惑を掛けてしまうのかもしれない……だって僕は王様の伴侶だから……)


 だが藍はユンロンを思う気持ちだけは止めるつもりはなかった。

 何故なら今の藍には、ユンロンさんを思う事が心の拠り所だった。


 (ユンロンさんへの想いは誰にも消せない。僕にだって消せない)


 藍は指に嵌る不思議な指環の存在を感じながら、ユンロンを心の中で思うだけは許して欲しいと指環に願うのだった。



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