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 窓の外には無数の雲が見えた。雲が一面に広がっていて、まるで雲で出来た平原とういった感じだ。明るい太陽の光を受けて雲は少し眩しすぎるくらい明るく輝いている。


僕は今飛行機に乗って福岡を目指している。どうして急に福岡に行くことにしたのかというと、それはあのあと南さんが口にしたアイデアを僕がそのまま採用したからだ。南さんはあのあと居酒屋で僕に提案した、福岡にいる自分のおじさんに会ってみてはどうかと。自分のおじさんは毎年夏になると絵を描いてそれをいつもどこかに送っている、そのことについて取材したら小説を書くのに何か良いヒントになるんじゃないかと南さんは助言してくれた。というか、おじさんが毎年夏になると一体どこに絵を送っているのか調べて来て欲しいのだと南さんは冗談めかして言った。


僕は南さんのアイデアを聞いて面白そうだなと単純に思った。ここ何年か旅行なんて全くしていないし、ちょっとした気分転換も兼ねて行ってみるのも悪くないかもしれないと思った。そして僕は南さんにそのおじさんが住んでいるという町の情報を教わると、次の日には飛行機のチケットを予約した。出発はその翌日にした。こういうのは早い方がいいだろうと思ったのだ。わたしの方からおじさんには連絡をしておくからと南さんは言ってくれた。小説家がおじさんのことを取材に来るからそのつもりでいてくれって言っておくわと南さんは面白がっている表情で言った。



やがて飛行機が福岡空港に到着すると、僕は電車に乗って福岡市内まで出た。ほんとうはこのまますぐに南さんのおじさんに会い向かっても良かったのだけれど、もう時刻は午後の三時を少し回っていて、これからおじさんが住んでいるという町に行くとなると、時間的に遅くなり過ぎてしまうと思った。というわけで、今日は一旦福岡市内のホテルに一泊して、明日の朝早くに南さんのおじさんに会いにいくことに決めた。


スマートフォンを使って比較的手ごろな値段で宿泊できるビジネスホテルを見つけてそこにチェックインをすると、ホテルを出で、とりあえずという感じで福岡市内を観光した。そして最後は有名な博多ラーメンを食べてまたホテルまで戻り、あとは部屋でのんびりと過ごした。


翌日、僕は朝早くにホテルをチェックアウトすると、南さんのおじさんが住んでいるという海辺の町を目指した。博多駅から電車で一時間程移動し、そこから更にバスで30分程移動する。


僕がバスを降りたのは、海岸線の道が続く、ほんとうに何もないところだった。バス亭のすぐ近くにはイトウストアと書かれた、さび付いた古い看板を掲げた、営業しているのかどうかも怪しいような小さなお店が一軒ぽつんとあるだけだった。南さんにもらった地図によると、ここから十分ほど歩いたところにそのおじさんが住んでいるという家はあるはずだった。


しばらく海岸線の道に沿って進みむと、左に曲がる曲がり角があり、そこを曲がると、未舗装の細い道が現れた。道は山に向かって続いているようだった。道の左側には畑があり、その反対側は杉林があった。僕は現れた道を真っ直ぐに進んでいった。そして歩くこと五分ほどすると、古い民家が現れた。広い庭つきの、二階建ての茶色の家だった。庭はほとんど手入れがされていなくて、かなり荒れている印象を受けた。大道芸の道具らしきもの(タイヤや、松明、ジャグリング用の棒)がいたるところに放置されていた。車庫には形の古い軽自動車があった。あたりはしんとしていて誰もいないような印象があった。玄関には南という表札があって、だから、この家が南さんのおじさんの家で間違いなさそうだった。玄関は引き戸式で、僕はその玄関の前に立つとインターホンを押してみた。けれど、反応はなかった。試しにもう一度インターホンを押してみたけれど、やはり反応はなかった。


南さんのおじさんは留守なんだろうかと僕は困った。一応念のためにとおじさんの携帯電話の番号も教えてもらっていたけれど、見ず知らずのひとにいきなり電話をするのは躊躇われた。僕が最後の悪あがきのようにすいませーんと大きな声で叫ぶと、家の奥から誰かがこちら向かって歩いてくるような足音が聞こえた。そして突然引き戸式の玄関のドアが開いて、なかから五十代半ばくらいの、日に良く焼けた、一見するとちょっといかつい感じのするおじさんが顔を出した。寝どころからそのまま起きだしてきたのか、眠たそうに片方の瞳は閉じられたままだった。やや長めの頭髪は寝癖でかなり乱れていた。


「なんだい?」

 と、おじさんは寝ぼけたような、面倒臭そうな声で言った。

「おやすみのところ、すいません」

 と、僕はおじさんの顔が予想外に強面だったので、いくらか狼狽して言った。

「僕は、あの、その、南さんの紹介で、今回やってきました藤田と申します」

 

僕が今日朝に訊ねてくることは南さんからおじさんに伝えてもらえているはずだった。僕の科白に、おじさんはまだ片目を閉じたまま黙っていた。もしかして僕は家を間違えてしまったのだろうかと不安になった。それで僕がここは南さんのおじさんの家なのかどうか確認してみると、そうだよ、と、おじさんは頷いた。

「急な話しで申し訳ありませんが、今日は南さんの絵のことついて訊きたくてやってまいりました」

 僕はできるだけおじさんの気分を害さないようにと丁寧な言葉を選んで言った。僕の言葉にまたおじさんは無言だった。もしかしておじさんの機嫌を損ねてしまったのだろうかと、それまで恐縮して伏せるようにしていた顔あげておじさんの顔を見てみると、おじさんは今度は両目を閉じていた。どうやら立ったまま眠りこんでいるようだった。


「あの、すいません」

 と、僕は遠慮がちな声で言った。すると、おじさんはそれまで閉じていた瞳をいくらか億劫そうに開くと、

「ああ、いや、ごめん。ごめん。昨日眠るのが遅かったものでさ。うん、理恵ちゃんから話は聞いてるよ。俺の絵のことについて興味があるって。小説に使うとかなんとか。とりあえず立ち話っていうのもなんだし、家にあがんなよ」

 と、おじさんは言った。そしておじさんはそれだけ言うと、僕に背を向けて家のなかに向かって歩き始めた。僕が果たして家のなかにあがってもいいものかどうか躊躇していると、ほら、早くあがんなよ、と、怒っているように聞こえる声でおじさんは言った。僕は慌てて靴を脱ぐと、家のなかに上がらせてもらった。


 おじさんは僕を家のリビングらしき場所に通してくれた。僕はおじさんに促されるままに、茶色の革張りのソファーに腰かけた。ソファーはかなり古いものなのか、スプリングがかなりへたれていた。ソファーの皮もところどころ破れてなかのスポンジが見えるところがあった。部屋は十二畳くらいの広さで、僕の腰かけている右側にも全く同じタイプのソファーがあった。全体的に古い家具が多かったけれど、テレビだけは最新の42インチくらいのものが置かれてあった。おじさんはちょっと今顔を洗ってくるからと言って部屋を出て行った。そしてそれから十分近くまだ戻らなかった。ひょっとしてベッドで二度寝しているんじゃないかと心配になりはじめたころ、コーラの缶を二つ持っておじさんは姿を現した。おじさんは手に持っているコーラの缶のうちのひとつを僕に手渡してくれた。


「今、家に何もなくさ、とりあえずそれ飲んでよ」

 おじさんはそう言いながら、コーラの缶のプリリングを開けると、上手そうに少し飲んだ。

「すいません。朝早くに突然おしかけたりして」

 僕は謝った。

「いや、構わないよ」

 おじさんはどうでも良さそうに言った。それから、僕のとなりにあるソファーに大義そうに腰を下ろした。


「飲まないの?」

 僕がコーラの缶を持ったままでいると、不思議そうな口調でおじさんは言った。僕は「すいません。頂きます」と、言うと、慌ててコーラのプリリングをあけて一口飲んだ。

「散らかってて悪いね」

 おじさんは僕が黙っていると、口を開いて言った。僕は部屋を見回してみた。部屋は確かにお世辞にも片付いているとはいえなかった。色んなものがあちこちに出し放しになっている。テーブルの上には昨日食べたものなのか、インスタントラーメンの容器がそのままになっていた。


「でも、僕の家もこんなものですよ」

 僕は微笑んで言った。

「一人暮らしだからさ、ついいい加減になっちゃうんだよ」

 おじさんは僕の顔を見ると、うんざりしたように言った。それから、またコーラを少し飲んだ。僕はなんて言ったらいいのかわからなかったので黙っていた。僕もコーラを飲んだ。沈黙のなかに鳥の鳴き声が聞こえた。


「それで、俺の描いた絵に興味があるんだ」

 と、少しの沈黙のあとでおじさんは僕の顔を見ると言った。

 僕はおじさんの顔を見ると、曖昧な笑顔で頷いた。

「実は小説書いてるんです。絵についての。それで今色んな絵にまつわるエピソードを集めてるっていうか、そんな感じで・・・それで南さんにそのことを話したら、わたしのおじさんに話を訊いてみたらって言ってもらえて」


 南さんのおじさんは僕の話にわかったというように短く顎を縦に動かした。

「きみは小説家なんだ」

「いや、小説家ではないですね・・・成りたいとは思ってるけど」

「小説家。いいね」

 おじさんは僕の言葉を無視して勝手に何かを納得していた。

「俺も昔はこれでもプロの画家を目指してたんだ」

 おじさんは少ししてから口を開くと言った。


「南さんから聞いてます。色んな外国を回りながら絵を描いてたって」

 おじさんは僕の科白に、ぼんやりとした瞳で僕の顔をじっと見つめた。それから、またコーラを少し飲んだ。

「色々な国にいったよ。それから、色々絵を描いた。でも、なかなか納得できる絵は描けなかった」

 おじさんは少し眼差しを伏せるようにしてひとり言を言うように言った。僕はおじさんの科白に耳を傾けながら、この前図書館で話たことを思い出した。図書館の館長のお父さんが絵を描いていたという話。


「僕は絵のことはよくわからないけど、でも、南さんの描いた絵は好きだなと思いました」

 おじさんはそれまで伏せていた目をあげると、説明を求めるように僕の顔を見つめた。それで僕は以前、南さんがおじさんの絵を写メで送ってくれたことを話して聞かせた。

「すごく綺麗な絵だなって思いました。透明感があってすごく繊細な感じがしました。ちょっとだけ悲しい感じもするような」

 おじさんは僕の言葉に何秒間のあいだ黙っていたいけれど、

「そんな絵、描いたっけ?」

 と、頭を掻きながら答えた。きっと照れくさいのだろうなと僕は思った。

「今はあまり絵は描いてないけど、でも、毎年夏になると描いてるって理恵さんから伺ってます」

 僕は言葉を続けた。


 おじさんは僕の言葉に、黙って手に持ったコーラの蓋あたりに視線を落としていた。

「もうだいぶ前に絵は辞めてるんだ」

 と、おじさんは少しのあいだ黙っていてから、独白するように言った。

「今、大道芸をやってて。色んな地方で大道芸をやってる。今はこっちの方が面白くてね」

「でも、夏は大道芸を少し休んで絵を描くんですよね?」

 と、僕は言ってみた。

「気分転換みたいなものだよ」

 と、おじさんは言った。

「夏は暑いから、あんまりお客さんも集まらないしね」

 おじさんは苦笑するような笑顔で言った・

 僕は頷くと、飲みかけのコーラを少し飲んだ。


「もうすぐ夏ですね」

 と、僕は言ってみた。今、季節は六月の上旬で、あともう少しで夏だった。

 おじさんは僕の言葉に頷くと、コーラの缶を傾けて全て飲み乾した。そして飲み終わった缶を机の上においた。コーラの缶は汗をかいていて、小さな水滴がついていた。

「今年も絵は描くんですか?」 

 僕はまたコーラを飲むと、訊ねてみた。

「たぶんね」

「どんな絵を描くとか決めてるんですか?」

 と、ちょっと質問しすぎかなと思いながらも僕はまた訊ねていた。

「いや、まだ何も決めてないよ」

 と、おじさんは短く答えた。

「でも、たぶんまた海の絵になると思うけどね」

「毎年海の絵を描いてるんですか?」

 僕の問いに、そうだというようにおじさんは首肯した。

「海が好きなんだよ」

 と、おじさんは僕の顔を見ると、困ったような笑顔で言った。

「だから毎年海の絵を描いてる。特に夏の海が好きだね」


「僕も海は好きですね。特に夏の海って聞くとなんか自然にわくわくします」

 僕は微笑して言った。そしてそれから、子供の頃両親に連れられて海水浴に行ったときのことを懐かしく思い出した。僕の笑顔に誘導されるように、おじさんも少しにっこりとした。

「海の絵を描くときはだいたいこの辺りで描くことが多いんですか?」

 と、僕は残り少なくってきたコーラを口に含むと、訊ねてみた。

 おじさんは僕の問いに軽く首を振った。

「海の絵を描くときは毎回ちょっと旅に出るんだ。旅行が好きだっていうのもあるし、毎回同じ海を描いてると飽きちゃうからね」

「なるほど」

「もう今年はどこに行くかとか決めてるんですか?」

「どうだろうな。まだわからないよ。いつも車で移動しながら行き当たりばったりで決めてるから」

「行き当たりばったり。いいですね。そういの」

 僕はほんとうにいいなと思って言った。

「俺の生き方そのものみたいなものだな」

 と、おじさんは言ってから自嘲気味に少し笑った。

「みんななかなかそんなふうには生きられないから羨ましいですよ」

 僕はおじさんの顔を見ると、微笑んで言った。

「いや、そんな羨ましがられるようなものじゃないよ」 

 おじさんは曖昧な笑顔で答えた。どこか少し寂しそうな感じのする笑顔でもあった。

「もし良かったら」

 と、僕は少し躊躇ってから言った。

 おじさんはそう言った僕の顔を訝しそうに見つめた。

「南さんの描いた絵、見せてもらえませんか?理恵さんから写メで見せてもらったことはあるんですけど、できれば生で見てみたいんです」

 おじさんは少しのあいだ不思議な光景でも見るように僕の顔を見つめていたけれど、

「べつに構わないけど、そんな立派なものじゃないよ」

 と、頭を掻きながら困ったように言った。


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