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一応の決着

瞬く間に何もない平原を樹海のように変貌させるイグドラシルの生命力・・・それを余すことなく小さな体に収めた六花姉さんが余裕の笑みを浮かべる。


「ジューゴ!下がれ!」

「でもザーバンスが・・・っ」

「いいから!」


レヴェインに言われるまま後退する。

走り出して暫くすると背後から轟音が響いた。

振り向くとそこには抵抗空しく屈服したザーバンスと、それを踏みつける六花姉さんの姿が有った。


六花姉さんは鬱陶しそうに足元のザーバンスを蹴り飛ばすと、悠々とオレの方に歩き始めた。その六花姉さんの歩みを止めるべくシルキスの熱線、リーディアの魔弾、ゴーレム達の砲火が浴びせられるが、六花姉さんの歩みは止まらない。それどころか速度を増し、徐々にオレとの距離を縮めていく。オレを庇うように立つレヴェインが何事か呟いている。

絶え間なく続く轟音の中では何を言っているかは分からないが、オレは何やら考え込んでいるようだ。

この絶望的な状況を打破できるような奇策がレヴェインの口から出る事を期待してしまう。


「ジューゴ・・・ザーバンスの元に行けるか?」


レヴェインが意を決したように言う。深刻そうな表情には何か得体の知れない決心が現れている。


「影を渡れば行けると思う。行ってどうすればいい?ザーバンスの所にアンリエッタを運べればいいけど、影を渡れるのはオレだけだ。遠くでよく分からないけど、ザーバンスはもう・・・」

「あぁ、戦えない。けど、息はあるだろう。ジューゴ、キミの魔剣でザーバンスの止めを刺すんだ」

「なっ!?何言ってんだレヴェイン!そんなこと・・・」

「キミの姉さんがやった事をキミもやるんだ」

「・・・そんな、そんなこと・・・」

「その間はボクが時間を稼ごう。だが、ボクもやられてしまうだろう。そうなったら、今度はボクを・・・」

「・・・っ!そんなことするくらいなら・・・」

「それ以上言うな・・・それ以上言えば、ボクはキミを軽蔑する。自ら望んで敗北を選ぶ者に更なる繁栄は有り得ない」

「そこまでしなきゃ駄目なのか・・・?」

「それはジューゴが選ぶ事だ。だが、ボクは勝利の先の繁栄が見たい。これまでボク達の箱庭は目覚ましい進歩をしてきた。こんな所で足を止めたくない」


オレは何も言わずに影の中に潜った。

影に潜ってすぐレヴェインと六花姉さんとの戦いが始まった。

助けに入りたいという考えがよぎるが、それを振り切ってザーバンスの元に向かう。



ザーバンスはまさに虫の息だった。

胸の辺りが大きく陥没し、口からはおびただしい血が流れ出している。


「ジュ・・・ジューゴか」

「ザーバンス・・・実は・・・」

「分かって・・・る。オレを楽にしてくれるんだろ?」

「なんでそれを・・・」

「レヴェインが言ってた・・・お前の魔剣は天井知らずだって・・・レヴェインは持ち主のお前が箱庭の管理者だからって言ってたけど、オレは違うと思う・・・オレは・・・お前が・・・ゴホッ・・・」

「ザーバンス!もう喋るな!」

「・・・いや、言わせてくれ。オレはお前が最初に斬ったのがオレの親父だったからだと思うんだ。オレの親父は偉大だった。特別なドラゴンだったんだ・・・」

「あ・・・あぁ、そうだな。オレもそう思う」

「・・・そうか。ジューゴ、そろそろ・・・やってくれ。目が見えなくなってきた。もう・・・」


事を終えた後。オレは再び影に潜った。

遠くで六花姉さんのヒステリックな叫びが聞こえる。

逃げたオレを蔑むような内容だ。


本当にこれでいいのか?

レヴェインに言われるままに仲間を手に掛けるのが本当に正しい道なのだろうか。

上を見上げると影の外の世界がおぼろげに映っている。

そこには六花姉さんを相手に勝ち目の薄そうな戦いを挑むレヴェインや狂戦士たちが居た。


レヴェインの作戦通りにするのなら、仲間が倒れる度に影から出て行って、その命を刈り取ることになる。まるで浅ましい死神のようだ。

だが、それが勝つためには非情だが最善なのかもしれない。


考えている間に狂戦士の1人が倒れた。

結論が出ないまま、その者の元に向かう。


「あら、ジューゴちゃんじゃないの。レヴェインちゃんから聞いてるわ。アタシはもう戦えないから思い切ってやっちゃって?」


彼の名は確か・・・オウテガだったか。

オカマ口調の2mを超す巨漢だ。

命には別条はないようだが、両足が折れており、彼の言う通り戦線復帰は出来そうになかった。


「アンリエッタの所まで行けば、まだ・・・」

「無理よ。アンタまさか、また怖気付いたの?またディーバスちゃんに叱られちゃうわよ?」


唇を噛み、魔剣を握る手に力を入れてはみるが一向に決意が固まらない。

そうしている間にも仲間たちは傷ついていゆく。

焦りが思考を鈍らせる。


「ま、アンタの様な子供には酷な行為でしょうね。辞めるのも1つの手よ。レヴェインちゃんたちはストイックすぎるのよ」

「そうかな・・・?だけど・・・オレも負けたくない・・・」

「だったら、まずは肩の力を少し抜きなさいな。そんな風じゃ勝てるものも勝てないわよ?ほらほら、深呼吸して」


オウテガの言う通り何度か深呼吸をする。


「さ、気楽にサクッとやっちゃって?男の子でしょ?」


胸の前で手を組み目を閉じるオウテガ。

魔剣を振り上げ、決意と共に振り下ろす。


魔剣はオウテガの命を奪う直前で止まっていた。いや、オレ自身の手が止めていた。

ある考えが頭に過ったのだ。それは単なる迷いや逃避なのかもしれない。

だが、それでも良かった。

オレはオウテガの腰にぶら下がっているイグドラシル用の毒が入っている瓶を手にしていた。オウテガは毒を使わずに済んだようで中身は入ったままだ。


レヴェインや狂戦士たちは、化物のような怪力を持つ六花姉さん相手に健闘していた。

距離を保ち、時間を稼ぎ、疲弊させる。

そんな戦い方だった。何よりもエナジードレインによって力を奪われないようにする事が重要だったようだ。それらは全て力を蓄えたオレが六花姉さんを倒す。という期待に基づいた作戦だった。


「あぁ、遂にボクの番か・・・さすがに疲れたよ」


六花姉さんから逃れ、傷だらけでイグドラシルの朽木に寄りかかるレヴェインがオレの姿を見て言う。


「レヴェイン・・・」

「ザーバンスを斬ったか。力が増しているのが分かるよ。藤井とかいう他の箱庭の管理人の力を余すことなく奪った時から考えていたんだ。キミの魔剣は特別なんじゃないかって・・・いくら魔剣が切った相手の力を奪うと言っても普通はあれほどの力は宿らない。その前に頭打ちになってしまうはずなんだ」

「確かにザーバンスの凄まじい力が宿ってる気がする」

「さぁ、ボクもその力の一部にしてくれ。それなら勝てるかもしれない・・・なにより、その魔剣の力が何処まで高まるのか見てみたいんだ」

「そうさせてもらう・・・でも、その前に試したい事があるんだ」


オレはレヴェインの前に毒の瓶を差し出す。


「これは・・・?だが・・・しかし・・・」

「イグドラシルの力を取り込んだ六花姉さんには効くかもしれないと思ったんだ」

「だが、敵の1人が解毒に成功したと言っていた・・・いや、それはイグドラシル本体の解毒か・・・」

「何も保証はないけど、試す価値はあると思う」

「・・・ふぅ。そんなに仲間を斬るのは嫌だったかい?」

「嫌だ。もう絶対にしない。もし、この毒が効かなくても仲間は斬らない。その上で勝って見せる。その時は力を貸してもらうぞ、レヴェイン」

「・・・こう見えて結構重症なんだよボクは」

「その程度の傷で勝利を手放そうと言うならオレはキミを軽蔑する」



六花姉さんは逃げ惑う狂戦士たちを追いかけるのを諦め、そこらに有る岩の様に硬化したイグドラシルの朽木を手当たり次第に投げつけている。

それこそ下手な鉄砲ではあったが、数と質量が補って余りあるほどだった。

次第に数を減らしてゆく狂戦士たち。


「六花姉さん!」


居ても立っても居られず飛び出す。

巨大なイグドラシルの朽木の上に立ち、六花姉さんを見下ろすような形だ。


「ジューゴ!やっと出てきた・・・わっ!」


全て言い終わる前にオレが投げつけた瓶が割れ、中の毒が六花姉さんの頭からぶちまけられた。

だが、六花姉さんは構うことなく、オレの足元の朽木を派手に砕いた。


不意に足元の支えを失ったオレは崩壊と共に成す術も無く落下した。

背中を強かに打ち付けて悶絶するオレの腕を踏みつけた六花姉さんは「ようやく捕まえた」と舌なめずりをしながら言う。


オレの恐怖を煽るように、ゆっくりと六花姉さんの手が伸びる。

その六花姉さんを背後から羽交い絞めにする者が居た。レヴェインだ。


「ジューゴ、キミの目論見は外れたようだな。ならば、今度はボクの番だ・・・このままボクごと刺し貫くんだ」


躊躇する間が無かった。

レヴェインの手には震えが走っており、今にも振りほどかれてしまいそうなのが見てわかったからだ。彼の覚悟を無駄にする事だけは出来ない。

だが目の前に居るのは仲違いをしているとはいえ、実の姉。

それらのせめぎ合い、混沌とした頭の中で導き出されたのは・・・。





「本当の死じゃないとしても、もうゴメンだ。仲間を殺すなんて」


目の前には無傷のレヴェインが立っている。

戦いが終わった後、ケロッとした顔をしているレヴェインに思わず不満をぶつけた。


「そうかい?ボクだったら迷わず何度でも殺すけどね。それだけの力をノーリスクで得られるなんて夢の様じゃないか」

「価値観の相違だ。争いが日常的に続いていた国に育ったレヴェインとは違うよ」

「ふーん・・・ボクはジューゴの育った国の事は知らないけど、そんなに平和なのかい?」

「平和ってわけじゃないけど、人の死は身近じゃない」

「ジューゴの世界でも人は必ず死ぬんだろ?本当に争いは無いのか?身近じゃないだけで争いはあるんじゃないか?」

「あー!もう!そんなに一度に質問するなよ。まだ頭が混乱してるんだ」

「ふーん・・・いつかジューゴの世界の事を教えてくれよ。キミばかり一方的にボク達の世界の事を知っているのは不公平だ」

「わかったから」



オレの魔剣は六花姉さんとレヴェインを刺し貫いた。

それが本当の意味でオレが選んだ選択だったのかどうかは今でも分からない。


その後は六花姉さんと必死で戦った。

レヴェインから受け継いだ力は強力だったが、怒り狂う六花姉さんの力は凄まじく、それを凌駕していた。

負けを覚悟した、その時だった。

六花姉さんの右頬に亀裂が入り、それから六花姉さんは急激に力を失っていった。毒は全く効かなかったわけではなかったのだ。

遅れてやってきた毒の効果と仲間から引き継いだ力のおかげでオレは勝つことが出来た。




レヴェインとの、およそ意味を持たない問答に飽きて六花姉さんたちの方に顔を向けると、六花姉さんが大声で泣きわめいているのが見える。

勝負の後、六花姉さんは光の中から現れてからずっと泣きわめいている。

なだめようと差しのべられたイチ兄の手を振り払い、よほど悔しいのか地団太を踏んでいる。

ジューシ姉ちゃんはオレに向かって「手が付けられないわね」と言いながら肩をすくめて見せる。

とにかく3人で六花姉さんが泣き止むのを待っていると、ようやく気が済んだのか

「ほら!ワタクシに言いたい事があるんでしょ!?ほら!早く言いなさいよ!思うさま罵ればいいわ!」と目に一杯の涙を貯めながら虚勢を張りながら吐き捨てた。


オレはその姿を見ながら母親の言葉を思い出していた。

「六花ちゃんはねぇ。昔は泣き虫で可愛かったのよねぇ」

オレはそんなまさかと、その時は思ったのだが、今ではその言葉を信じざるを得ない。


「六花ちゃんに会ったの?ジューゴ、六花ちゃんに優しくしてあげてね?」

「なんで?」と聞き返すと母さんは色々な事を教えてくれた。


六花姉さんの母親が若くして病気で亡くなっていること。

その後、六花姉さんを引き取った母方の祖母が酷く偏屈な人物だったこと。

その祖母は娘を奪った親父を酷く恨んでいて、その恨み言を聞かされて育ったらしいということ。

杉崎家側の人間・・・イチ兄や母さんは、そんな六花姉さんの事を心配して何度も争ったが、資産家である六花姉さんの祖母は、六花姉さんを手放さないためにあらゆる手を使ったそうだ。


祖母が他界した今も六花姉さんは精神的な呪縛によって囚われている。

それが六花姉さんの根底に根差していて、悪態の原因となっているようだ。


「ジューゴももういいだろう?それよりも私の方から話したい事があるんだ」

「いや、イチ兄。言わせてくれ。言わなきゃならない。六花姉さん、ありがとう。六花姉さんのおかげでオレ、少し前に進めた気がするんだ」

「ハジメ兄さん、ワタクシは平気よ。ジューゴに何言われたって・・・え?」


イチ兄もジューシ姉ちゃんも、勿論六花姉さんも驚いたような顔をしている。

だが、オレの方は驚くほどのことは言ったつもりは無かった。


「言いたかったのはそれだけ。さ、イチ兄、話したい事って何?」

「ちょ、ちょ、ちょっと、それだけって!それだけじゃないでしょ!?」

「いや、それだけだよ」

「そんなわけないわ。あんなに挑発したのに・・・少なからず頭に来てるはずよ」

「確かに少しカチンと来た事もあったけど、でも、兄弟なんだからそう言う事もあるだろ?」


母親から聞く限り、六花姉さんと杉崎家の人間とは少なからず確執があるようだが、末弟であるオレには関係ない。


「だから、これからも宜しく。六花姉さん」


オレが手を差し出すと六花姉さんは、その手から目を逸らしながら「一度勝ったくらいで調子に乗らないでほしいわね。アナタが勝てたのは運が良かっただけよ」と差し出した手を拒否するように腕組みをした。


そんな六花姉さんにジューシ姉ちゃんが食って掛かる。

イチ兄は溜息をつきながら肩を落とした。

まぁ、これでいいか。


「いやぁ、これで一応の決着かな?もしかしてボクのこと忘れてないかい?」


今までどこにいたのか、立花さんがフラッと現れた。

その登場と共にイチ兄の表情が曇るのが分かる。


「ハジメ君、ボクは用が済んだし帰るよ?例の件、ちゃんと伝えておいてくれよ?」

「あぁ、分かってる」

「本当に分かってるかなぁ?ジューゴ君にもだよ?彼にも資格がある。なんてたって六花ちゃんに勝ったんだからね」

「・・・あぁ、そうだね」


思わせぶりな事を言うだけ言って立花さんは帰って行った。


「イチ兄?」


先ほどの言葉の意味と、終始、思いつめたようなイチ兄の表情について疑問に思っていたのはオレだけではなかった。ジューシ姉ちゃんもだ。

だが、六花姉さんは何やら知っているような顔をしている。


「父が・・・杉崎大吾が帰ってくる」


久しぶりに聞く父親の名に少し驚きながらも、疑問は晴れない。

親父が帰ってくるだけなら、そんなに思いつめる程の事ではないはずだ。

それに、立花さんが言っていた「オレにも資格がある」とは?


イチ兄がおもむろにコップにミネラルウォータを注ぎ、一気に飲み下した。

そして大きく息を吐いてから、己の表情を暗くしていた理由を吐露し始めた。

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