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捕食者

目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。

暫く当惑したが、すぐに状況が把握できた。

ここは宿屋だ。

昨日は酒場で倒れてしまって、ザーバンスにベッドまで運んでもらったんだった。

そういえば箱庭の中で夜を明かしたのは初めてだ。


隣のベッドではザーバンスがいびきを立てながら眠っている。

それを起こさないように部屋を出て階下に降りると、そこにはシルキスとイリアが居た。既にテーブルについて朝食を食べている。


「おぉ、ジューゴ起きたか。まさか口にもしていないのに酔っぱらって倒れてしまう奴がいるとは思わなかった。悪かったな」

「いや、いい。オレの方こそ悪かった。あれは報いとして受け取るよ」


テーブルの上には使用済みの皿が何枚も重なっている。

オレはあまり食欲もないし、朝食は遠慮する事にした。


「ジューゴも起きた事だし出掛けるとするか」


シルキスが席を立つと、店主が安堵したような顔を見せた。

どうやらシルキス1人で今日1日分の仕込みを全て平らげる所だったらしい。


「ほれ、イリア。ザーバンスを起こして来い!」

「わ、私がですか?」

「そうだ、主君の命に従えぬと言うのか?」

「わっ!わかりましたぁ」

「さて、ジューゴ。レヴェイン達の所に向かうぞ。奴らもお前に言いたい事や見せたいモノがあるらしいからな」


ザーバンスの背に乗り魔王城に向かう。

ザーバンスの背の上には人化したままのシルキスも乗っている。

まるで家でくつろいでいるかのような姿勢のシルキスに対し、オレは溜息交じりに膝を抱えて座っている。

10日も修業をサボったオレをディーバスは許さないだろう。

それを考えると気が重い。


「なぁに、気にするな。魔王城にはアンリエッタも居るからな。腕の一本や二本、斬り飛ばされても大丈夫だ」

「腕の一本や二本って・・・そんな大げさな・・・」

「いや、特にディーバスはものすごい剣幕だったからな。その位は覚悟しておいた方が良いかもしれんぞ」

「まさか・・・嘘だろ?」

「・・・どうかな?そろそろ魔王城に着いてしまうぞ。何でもいいから腹を決めんか」


何度目かの溜息をつくとザーバンスが徐々に高度を下げていくのが分かった。

シルキスの言う通り、腹を決めなければいけないかもしれない。

仲間たちの期待を裏切った代償だ。腕の一本や二本くれてやろうじゃないか。


・・・と思ったものの、やはり腕を斬られるのは嫌だ。

シルキス達の背後に隠れるようにして魔王たちが待つ謁見の間を覗くと、やはりというか当然、ディーバスが居た。

なぜかリムリムとリグリグも居る。


オドオドと中に進み、ディーバスの様子を伺う。

実はそんなに怒っていないんじゃないか?という期待を込めて表情を読み取ろうとするが、スケルトンに表情筋は無く、感情が一切読み取れない。

腕組みをしたまま俯いている。


「ディーバス・・・」


恐る恐る声を掛ける。


「ジューゴ・・・心配を掛けおって・・・この!馬鹿者がっ!」


ディーバスは怒号を発すると共に4本すべての魔剣を抜刀し斬りかかってきた。

不可視の力が発動されており、刀身は目に映らない。

修行の時だって使わない不可視の力を使っている。本気すぎる。


「ちょ、ま!待てってディーバス!」

「敗北のせいで臆したか!?」

「ちがっ!違うんだって!」

「なら何故、10日も姿を現さなかった!」


剣撃の嵐とディーバスの怒りは収まる気配を見せない。

目に見えない刃の嵐。だが、躱せている。

向坂さんの元で受けた教えと、生の執着がここにきて新たな境地を開いたかのようだ。


「じゃあ、2人ともそのままでいいから聞いてくれるかな」


レヴェインが何でもないかのように言う。

いいわけないだろ!と言い返す余裕は今のオレには無い。

無言を肯定と判断したのかレヴェインは言葉を続けた。


「リムリムが良く効く除草剤を作ってくれたんだ。もし次にあの大樹と戦う機会が有れば間違いなく勝利することが出来るだろう」

「そ、それがイグドラシルに効くかどうかはわからないだろう?」

「それは心配ない。この間の戦いは大敗だったが、何も得なかったわけではなかった。イグドラシルの一部を持ち帰っていたんだ。それを培養して、ウチの研究員とリムリムが解析したんだ。この除草剤は増殖を凌駕するスピードでイグドラシルを枯らすことが出来るだろう」

「それなら六花姉さんに勝てるかもしれない!」

「そうだよ。ジューゴも負けたままでは気が済まないだろう?」

「あぁ!それに再戦を約束させられていたんだ」


想像もしていなかった朗報に気が緩む。

それが命取りだった。

手にしていた魔剣を弾き飛ばされ、ディーバスの魔剣の刃が肌をかすめる。


「再戦が決まっていたなら尚の事だ!なぜ直ぐに報せに来なかった!」

「ディーバス・・・それは・・・」

「大方、会わせる顔が無いとでも考えておったのだろう!?」


図星を突かれて言葉に詰まる。

オレのそんな様子を見てディーバスは攻撃の手を止めた。


「やはりか。まったく貴様にはあきれ果てた」

「・・・ディーバス」

「ジューゴ、ディーバスが怒るのも無理はない。箱庭の戦いも敗北もキミだけのものでは無いんだよ?」

「シルキスにも言われたよ・・・」

「一度の敗北で駄目になってしまう者は沢山居る。ディーバスだけでなくボクたちも不安だった。キミもそんな一人かもしれないとね。だが、キミは箱庭の管理者だ。我々の命運を握っている。一度の敗北で駄目になってもらっては困る」

「良く・・・分かったよ」


「シルキスは貴様に何と言った?」背を向けたままのディーバスが問う。

「誇りを冒涜するなと。それに仲間なら信じろって・・・」

「ならばオレ様から言う事は何もない。次は無いぞ」


ディーバスから殺気が失せてゆく。

どうやらオレは許しを得たようだ。


「さ、それじゃ、草むしりの作戦でも立てようか」

「ジューゴさん、傷を見せて下さい。直ぐに治しますから」

「あれだけの攻撃の中、生き残るなんて流石ですねぇー」


オレの周りに皆が集まってくる。

オレは安堵と共に心地よさを感じていた。



立花さんから連絡が来たのは、その翌日だった。

決戦の場は何とオレの自宅だった。

イチ兄やジューシ姉ちゃんも来るらしい。


「ジューゴ!あの高飛車女は姉ちゃんがやっつけてあげるからアンタは見てなさい」


最初に家に到着したジューシ姉ちゃんは開口一番にそう言った。


「ちょ、落ち着いてジューシ姉ちゃん。オレだって負けっぱなしは嫌だよ。オレにやらせてよ」

「アンタがそう言うなら・・・でも、万が一アンタが負けたらアタシ・・・あの高飛車女を・・・」


どうやらうちの姉妹仲は、あまり宜しく無いようだ。

そうこうしているうちにイチ兄と立花さんがやってきた。

神妙な面持ちのイチ兄と相変わらず緊張感のない立花さん。


「ごめん・・・イチ兄。なんか成り行きで六花姉さんと戦う事になっちゃって」


兄弟喧嘩を一番嫌っているイチ兄に一応の謝罪をする

説教を覚悟していたが、イチ兄から返ってきたのは「ああ、仕方ない。分かってるよ大丈夫だ」という気の抜けた返事だけだった。


「イチ兄・・・?具合でも悪いの?」


良く見ると顔色が悪い。

そんなやり取りをしていると約束の時間から大分遅れて六花姉さんがやってきた。


「相変わらず、しみったれた家ね」

「悪かったわね。でも、これが普通の家よ。延々と訳の分からない植物園だかジャングルだかが広がってるアンタのうちと一緒にしてほしくないわね」

「ジューシ・・・ずいぶんと口が回るようになったじゃない。でも、下品なのは相変わらずね」


会って早々いきり立つ2人。

このまま放っておいたら2人で箱庭対戦を始めそうな勢いだ。

助けを求めるようにイチ兄の方を見るが、イチ兄は心非ずと言った様子だ。

いつもだったら直ぐにでも止めるのに。

仕方ないのでオレが仲裁に入る。


「それじゃあ、対戦の条件を決めよう。六花ちゃんの方は確か、ジューゴに言わせたい事があったんだったね?」

「そうよ。自分とそこの猪女の母親はワタクシのお母様に劣る凡愚ですと宣言してもらうわ」

「なぁんですってぇっ!!何なのよ!その条件は!」


六花姉さんの言葉に激高するジューシ姉ちゃんを必死に抑える。

イチ兄にも手伝ってほしいが、相変わらず「心ここにあらず」と言った感じだ


「ところでジューゴ君の方の要求はなんだい?やっぱりランキングかい?」

「いや、ランキングは要らない。一度負けてるし。それよりも言わせてもらいたい事がある。それを黙って聞いてほしい」

「双方とも欲のない事だねぇー・・・それではその条件でやるとしよう」




対戦の開始が宣言されると同時にイグドラシルが急激な成長を始める。

今度は勿体ぶるつもりは無いらしい。

早速、イグドラシル専用の除草剤の出番というわけだ。

除草剤の入った瓶は全員が持っている。


「大樹の中心に散布した方が効果が早い!ジューゴ、ザーバンス、ボクに続いてくれ!シルキスと姉さんは援護を頼む!」


レヴェインを先頭に走り出す。

狂戦士たちが1人、また1人と脱落しながらも樹木の氾濫の中心を目指す。


除草剤の効果は早くも表れていた。

狂戦士を絡め取り、その命を奪ったイグドラシルの枝や根が枯れてゆく。


枯れゆく末端を切り離し、毒の浸食を防ぐイグドラシル。

その効果を見て勝利を確信し、オレ達は振り返る事なくイグドラシルの中心部を目指す。末端の枝ならば切り離せばいいかもしれないが、その本幹ならばそうはいかないはずだ。


最初はイグドラシルに任せて傍観しているだけの六花姉さんたちだったが、イグドラシルが枯れる様を見て、オレ達の意図を理解したようで本格的に妨害を始めた。


だが、余裕や慢心があったのだろう。

気付いたのが遅すぎた。

狂戦士たちが命と引き換えにした毒の効果は末端とはいえ無視できるものではなく、それが樹木の奔流を押し留めていた。それが何よりの援護となり、オレとレヴェインとザーバンスの3人は、ほぼ無傷でイグドラシルの本幹に辿り着いた。


3人同時にリムリム特製の除草剤を入った瓶ごとイグドラシルの幹に向かって叩きつける。効果は直ぐに表れ始め、イグドラシルはメキメキという断末魔に似た音を上げながら、その巨体を崩壊させた。


「やってくれたわね。ジューゴ・・・」


イグドラシルが完全に動かなくなったのを見届け、一安心しているオレ達の前に六花姉さん達がやってきた。


「まだやる・・・?六花姉さん」

「生意気な口を・・・ジューゴのくせに・・・っ」


六花姉さんの声が震えている。

それは怒りを抑えた声だった。必死に冷静さを保っているという感じだ。

周りのアルラウネ達は六花姉さんの怒りにふれ、怯えているようだ。

だが、オレ達にとってはチャンスだ。敵の管理者を目の前にして、それを逃さない為にも3人で包囲するようにジリジリと距離を狭める。


六花姉さんは無表情のままオレ達に冷たい視線を送り続けている。

そんな六花姉さんの元に1人のアルラウネが駆け寄った。


「六花様・・・」

「毒の解析は出来たの?ポイズンローズ」

「は・・・、非常に強力無比な毒でした・・・でも、何とか解析できました、解毒も・・・」


向こうにも毒の専門家が居たようだ。

しかも、この短時間で解析と解毒まで成功させたと言う。

その言葉に驚きながら、イグドラシルを倒すことが出来たのは幸運だったと知る。


だが、己の傍に膝をついて控えている功労者の首に六花姉さんの手が掛かる。


「そう。ごくろうさま。でも、今度はもっと早くおやりなさい」


六花姉さんはそう言った後、ポイズンローズの命を吸い上げた。

終始、オレ達から冷たい視線を向けたまま・・・。

その視線に得体の知れない戦慄を覚えたのはオレだけじゃないはずだ。

ザーバンスがグルル・・・と喉を鳴らす。


「ジューゴ・・・植物にとって死は終わりじゃないのよ?」


オレは応えない。

魔剣を持つ手に力を込める。もうすぐ間合いだ。

他の2人と視線を交わしタイミングを図る。


だが六花姉さんはオレ達に構わず、すぐ傍に倒れているイグドラシルの幹に手を添えた。

「植物にとって他者の死は・・・ご馳走なの」


何が起きているのかは一目瞭然だった。

イグドラシルの躯から物凄い勢いで六花姉さんの体にエネルギーのようなものが流れ込んでゆく。いや、六花姉さんが吸い上げているのだ。


ザーバンスが咆哮を上げながら六花姉さんに斬りかかる。

だが、六花姉さんは片手でそれを受け止め、そのまま投げ飛ばした。


「行儀の悪いトカゲね。もう少しで食べ終わるから待ってなさい」


そう言って笑みを浮かべる実の姉の表情は捕食者のそれだった。



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