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争いと繁栄

箱庭対戦が終わった。

疑似的な死を体験した後で頭が朦朧としている。

目の前では六花姉さんは何か喚き続けている。オレが聞いていようが居まいがお構いなしのようだ。


次第に頭の靄が晴れて聞き取れた内容を要約すると

「自分がいかに偉大か」

「そのルーツは自分の母親」

「母親の違う他の兄弟と比べて自分がいかに優れているか」だった。


見た目はゴスロリお嬢様に変貌していたが、その持論とマザコンは変わりなく、いや、更に加速している。

昔よりも過激な口調であるが、持論の本質は変わらない。マミー大好き。だから、その娘のアタシは凄い。

飽き飽きしていると立花さんが助け舟を出してくれた。


「本気のイグドラシルを前にして、あれだけの時間を生き残るのは評価に値すると思うけどねぇ・・・」

「本気?本気ですって!?あんなのが本気なわけがないじゃない!ねぇ、イグドラシル?」


元のサイズに戻ったイグドラシルが六花姉さんの言葉を肯定するように頷く。

しかし、返答までに少しの間が空いた事が不満だったのか、六花姉さんは更に機嫌を悪くした。


「そうだ、ジューゴ・・・アナタ目障りだから箱庭の管理者を辞めなさいよ」

「そんなの出来るわけないだろ!」

「そうだよ、六花ちゃん。勝負の前にした約束を忘れたのかい?ジューゴ君が負けても、何も要求しないって言っただろう?もし、その約束を違えるならボクも黙ってないけど・・・」


立花さんに気圧される六花姉さん。ランキングでは六花姉さんのが上だったはずだが、そんな六花姉さんでも立会人の不興を買うのは都合が悪いようだ。


「でも、何もペナルティなしっていうのも気に入ら・・・ジューゴの為にもならないと思わないかしら?」

「うーん・・・そうかなぁ・・・」

「だから、ここで高らかに負けを宣言してもらうわ」


それくらいなら別にかまわない。

仲間を奪われたりするよりは遥かにマシだし、何よりもう帰りたい。


「決まりね。じゃあ、こう言うのよ”自分の母親よりも六花姉さんの母君である杉崎鏡花さまの方が優れています”ってね」

「はぁ!?なんで、ここに母さんが出てくるんだよ!?」

「当り前でしょう?アナタがワタクシの才能に負けたのよ。それはつまり、ワタクシが引いている血に負けたという事なのだから」

「わけわかんないよ!負けたのはオレだろ!オレが”負けました”って言えば済む話じゃないか!」

「なによ、いいから言いなさいよ。アンタ負けたでしょ!」


六花姉さんが次第に殺気立つのと共にイグドラシルが威嚇するようにワサワサと触手を蠢かせる。

そこに臆面も無く立花さんが口を挟んだ。


「まぁまぁ、六花ちゃん。今回は約束したわけじゃないんだし許してあげてもいいんじゃないかなぁ?どうしても、言わせたいなら次は対戦の前に約束してはどうかな?ジューゴ君も再戦の機会が欲しいだろうし・・・」


六花姉さんはオレをジロリと睨みつけながら言う。


「再戦・・・再戦ね!いいわ!次は嫌ってほど格の差を思いしらせてやるから」


こうして、ようやくオレは解放されることになった。

駅に向かって歩いていると、立花さんが追いかけてきた。


「いやぁ、何か悪かったねぇ、ジューゴ君。ボクが鉢合わせしないように気をつけてれば良かったんだけど」


少し離れた所で待たされている六花姉さんに聞こえないように小声で話している立花さんの気遣いに感謝しつつ、少し申し訳ない気持ちになる。


「こっちこそ、スミマセンでした。あの、なんか、あんな姉で。昔からあんな感じだけど、あそこまでは酷くなかったと思ったんですけど、ウチの姉たちって箱庭に関わるとエキセントリックに変貌するらしくって・・・」

「ふふ、それはキミの姉に限った話じゃないよ。箱庭には・・・そういう効力があるからね」

「え?それってどういう・・・」

「ま、キミにはいずれ、そういう話もすることになるだろうから、頭の隅にでも覚えておいて。それじゃ、気をつけて帰りなねぇ」


言いたい事だけ言って立花さんは六花姉さんの元に戻って行った。

立花さんの思わせぶりな言葉も気になったが、帰路で何度も思い出すのは、先ほど体験した最悪の負け方だった。

いくつもの「~していたら」とか「~していれば」とかが後悔と共に頭に過る。

だが、それは先ほどよりはマシな負け方が導き出されるだけで、何度思い返してみても勝利への道筋は見えてこなかった。


その後も何日も思い悩んだ。

箱庭の中の仲間に相談すべきだが、踏ん切りがつかない。

そもそも、あんな負け方をした後で、どんな顔して「また一緒に戦ってくれ」なんて言っていいか分からない。

1人でグルグル考えていても答えは見つからないのは分かっていても、誰にも相談できないでいた。


だが、悩みはもう1つ。

六花姉さんとの再戦だ。

それまでに何としても強くなりたいが、箱庭に潜る事を辞めているオレに残されている方法は向坂さんに教えを乞う事だけだった。


「なんだか、最近焦っておるようだのう」

「分かりますか・・・?」

「まぁ、それくらいは年の功で分かるモノじゃて」

「・・・実は、どうしても勝ちたい相手が居て・・・」

「そうか・・・。まぁ、焦ったからといって上手くいくものではないからのう」


向坂さんは、そう言ったきり欠伸をしてそっぽを向いてしまった。

老練な彼から何かヒントを得られるのでは、と少なからず期待をしていたものの、それきり向坂さんから、この話題が出る事は無かった。


いつも通りの修練を終え、向坂さんに礼を言い、心配そうな表情の白石さんに作り笑顔を見せてから帰路に着く。

やはり自分の悩みは自分で解決するしかないのだ。




家に着くと、母親が居間でロックグラスを片手にテレビを眺めていた。


「おかえりー」

「ただいま」


最近は出張が増え、家に居る事が少なくなった母親と箱庭にハマっているオレとは、すっかり一緒に居る時間が減っていた。


「ねぇ、母さん・・・仕事って楽しい?」


母親の背中に問いかけてみる。

なぜ突然に自分の口から、このような質問が飛び出したのか自分でも良く分からなかったが、母親は暫く間をおいてから答えた。


「母さん、出張が増えたでしょ?海外事業部っていう所に転属になったんだ」

「ふーん・・・。それって栄転なの?」

「そうよん。異例の大抜擢」

「へぇ・・・凄いじゃん」

「でも、話自体はもっと昔からあったのよ。でも、断ってきたの」

「なんで?異例の大抜擢だったんでしょ?」

「うん、でも、アンタが居たから」


ドキリとした。


それはつまり、オレが心配だから出張の多い部署への転属を断っていたというわけだった。自分が母親の足かせになっていた事を告げられて言葉を失いながら母親の顔色を窺うと、母さんは悪戯な笑みを浮かべていた。


「アンタってさ、昔からフワフワしてて何がしたいのか良く分からなくてさ。放っておいたら、そのままフワフワ飛んで行っちゃいそうでね。母親のアタシとしては心配だったわけよ」


まさか、そんな心配を掛けていたとは思ってもいなかった。

成績は中の上・・・いや、中・・・か下くらいだったが、悪さもしない「良い子」だったつもりだ。だが、そんなオレが心配だったという。


「最近アンタ、何かに夢中になってるでしょ?何かは分からないけど一生懸命やりな。そうしてる間はアタシも安心して仕事に打ち込めるわ」

「・・・うん」

「でも、悩んだら誰かに相談するんだよ?1人じゃ解決できない悩みも、同じように悩んでいる人たちとなら解決できるもんなんだからさ」

「・・・なんか今日は、やけに説教くさいね」

「我が子が、そんな悩み腐った顔して”仕事どう?”なんていうからよ。それじゃあ、アタシ寝るわ。明日からまたタイに出張よ。何で国際空港って、あんなに遠くに有るのかしら・・・」


ブツブツと文句を言いながら寝室に向かう母親の背中を見送った後、自室に戻る。

今ではすっかり見慣れた箱庭のある風景。

ここの所、目を逸らしていた仲間たちの居る場所に魔法のピンを刺す。


箱庭の中の時間は現実の世界とリンクしている。

今は深夜の零時過ぎだ。

深夜のサービアの街は行きかう人も少なく、灯りが漏れている建物も僅かだ。


その建物の一つから見知った影が現れた。


「あ。」

「おぉ。ジューゴか。暫くぶりだな」


それは人化したシルキスだった。

その後ろには酔いつぶれたイリアに肩を貸しているザーバンスも居た。


まさか、こんな時間に誰かと遭遇するとは思っていなかった。

次の言葉が出てこない。

言いたかったこと。謝罪。

相談したかったこと。次の戦い。

それらがグルグルと頭の中で渦巻く。


「なにを悩み腐った顔をしておる。ほら、ワシらは次の店に行くところだ。ほれ、お前も付き合え」

「えっ!?姉ぇちゃん、さっき帰るって・・・」

「うるさいのう。気が変わったのだ。しかし・・・今から空いている店があるか・・・」

シルキスは強引にオレの腕を取って歩き出した。

いくつかの店に断られながらも深夜まで営業している酒場を見つけてテーブルを囲む。

その酒場は2階が宿になっており酔いつぶれたイリアはザーバンスが連れて行った。


「それでは、再会を祝して」


木で出来たジョッキを勢いよく掲げて中身を飲み干すシルキス。

オレは、その様子を眺めながら料理をつまむ。


「ジューゴは、まだ酒は飲まんのか?」

「まぁ、オレの居る世界では、まだ未成年という扱いだからね」

「ふん。つまらん」


空になったジョッキの中身を店員に注文してから、シルキスは急に真面目な顔でオレの顔を覗き込んだ。


「ディーバスが心配しておったぞ。欠かさず修練に来ておったジューゴが、もう10日も顔を出していないと」

「・・・うん。ディーバスの所には明日行くよ」

「行ってどうする」

「謝る。謝って許してもらえるかどうか分からないけど・・・」


くっく・・・とシルキスの口から笑いが漏れる。


「な・・・」何が可笑しいと言いかけたオレの頭の上から、新たに運ばれたジョッキの中身がぶちまけられた。


絶句していたオレに向かってシルキスが微笑みながら言う。


「思っていた通りだ。死を体験してしょぼくれておったな?死の恐怖に委縮したか?

いや、大方、他の仲間の事を考えて、申し訳ないとでも考えておったのだろう。愚か者め」

「あぁ!そうだよ!それの何が悪い!」


確かに我ながら情けないとは思うけど・・・頭から酒をぶちまける筋合いはないはずだ。


「悪いわ!見当違いも甚だしい!おい!店員!次の酒を持て!」


店員がシルキスの剣幕に促されるように代わりのジョッキを持ってきた。

シルキスは、それを勢いよく受け取ると再び中身をオレの頭の上からぶちまけた。


「そもそも!それは我らへの冒涜だ!我らは苦痛など恐れぬ!なぜなら・・・」

「・・・なぜなら?」

「・・・周りを見てみろジューゴ」


言われるままに周りを見渡してみる。

周りの客は怒号を上げるシルキスとずぶ濡れのオレの姿をマジマジと見ている。


「・・・皆、ドン引きしてる」

「そうではない。もっとよく見ろ」


何を見ろと言うのか。

オレ達の周りには・・・酒場の客、美しい女の給仕、面倒なことになったと困り顔の店主、そして演奏を取りやめてしまった弦楽器を持ったエルフ・・・。

シルキスが何を言いたいのかが分からない。頭が痛くなってきた。


「分からんか?戦いがもたらすのは苦痛だけではない」

「分からない・・・」

「異なる者が出会えば争いとなる。争いは苦痛を与え、様々なものを奪ってゆく・・・」

急に穏やかな口調に変わった。


「だが、争いを経て与えられるものがある。異なる者が交われば繁栄がもたらされる事もあるのだ」


シルキスの指さす方には、いつの間にか演奏を再開させていたエルフが居た。

言われるまで気付かなかったが、人間の街で人間以外を見かけるのは初めてだった。

オレの視線に気付いたエルフが演奏しながら微笑みを返してきた。

きっと彼は、オレとシルキスが痴話喧嘩でもしているのだと思っているのだろう。

その笑みと演奏には激励の意が込められているようだった。


「ここサービアは丁度、魔王領との境に面した街だったが、ゴーレムやらスライムやらが闊歩するようになったせいか、今では様々な種族の交易を生みはじめているのだ・・・」

ドラゴンもだろ。と口を挟みたかったが、やめておく。


「人と亜人たちの境界が曖昧になってきておる。交易は盛んになり、僅かだが争いは減った。この世界は僅かずつだが良い方向に向かっておる・・・ジューゴ、貴様のおかげだ」


急に褒め上げられたことに驚き、「オレは何も・・・」と否定すると

「ジューゴのおかげというより・・・ハジメ殿やジューシ殿、その他の箱庭と言うべきだな」と上げた傍から貶められる。。

更にオレに発言の間を与えずにシルキスは言葉を続けた。


「箱庭同士の争いでは少なくとも命は失われる事が無いのだ。その反面、恩恵は膨大だ。その為の苦痛ならば耐える甲斐もある」

「シルキス・・・」

「安心しろジューゴ。我らの利害は今のところ一致しておる。我らは仲間だ」


シルキスはオレの中の悩みを見透かして、オレが望む言葉を掛けてくれた。

頭の中が安心感に支配される。

オレが礼を言うと、シルキスはオレの濡れた頬を優しく拭ってくれた。



暫くして呑気な顔をしたザーバンスがやってきた。


「イリアを寝かしてきたぞー・・・って、ジューゴ、なんでびしょ濡れなんだ?」

「腑抜けたことを言っておったから、頭を冷やしてやったのだ。それにしてもザーバンス、随分と遅かったな。何をしておったのだ?」

「なっ!何もしてねぇよ!」

「なんだ、何もしておらんのか。意気地なしめ。さっさと交わってしまえば良いものを。ワシは早く、その先に有る繁栄を見たいと言うのに」

「く・・・この・・・」


何か言い返そうとしていたザーバンスが、諦めたように肩を落として「お互い姉には苦労するなぁ、ジューゴ・・・」と言う。

それがシルキスの逆鱗に触れ、再びシルキスの怒号が店内に響く。


そんなシルキスの声がだんだんと遠くなってゆく。

頭に衝撃が走り、目に映っているのが店の天井だという事を理解するのに、相当の時間が必要だった。

オレは仰向けに倒れていたのだ。


「なんだジューゴ?まさか酔ったのか?」


どうやらそうらしい。

頭は痛むが、なんだか清々しい気持ちだった。

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