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賛辞と報酬

目の前には首から先が失われた敵が仁王立ちしている。

普通の生物なら間違いなく即死だが、数々の得体の知れない能力を披露してきた敵だけに安心はできない。


それに何より、細切れにでもしてやらなきゃ気が済まない。

友人を奪われて涙する白石さん。

黒い槍に貫かれた凄惨な姿のアンリエッタ。

アンリエッタに縋りついて泣きわめくクーデル。

・・・彼女たちの姿が脳裏に浮かび、怒りが湧きおこる。


だが、右手に持った魔剣に力を込め直した瞬間、右腕に刺すような痛みが走った。

右腕だけではない、波紋が広がるように痛みは全身に広がってゆく。

オレの意思に反して、力が抜けてゆき、終いには、その場にうずくまってしまった。


耐えがたいとはいえ敵の前で首を垂れるのは、あまりにも屈辱的だ。

せめて敵からは目を逸らさずに居ようと、無理にでも顔を上げる。


だが、既に視線の先に敵は居なかった。

オレがうずくまっている間に倒れてしまっていたのだ。

敵は仰向けに倒れてピクリとも動かない。


この正体のわからない痛みは敵による攻撃か何かかと思い込んでいたが、そうではないようだ。そうだとしたら、考えられるのは加速能力の代償だろうか。

加速中に体を動かす・・・つまり、普段の何倍も速く動くというのは、考えてみれば相当に無理な行為なのかもしれない。


身動きの取れない状態で、思案を巡らせていると・・・突然、体から嘘のように痛みが消えた。


それは敵が絶命し、オレの勝利が確定した瞬間だった。



戦いが終わり、負けた箱庭の者達が消え、勝った側の箱庭の者達が残る。

あれほどの凄惨な傷を負っていたアンリエッタでさえも何事も無かったかのようにクーデルと勝利を喜び合っている。

2人の姿に息苦しさから解放されたような、すがすがしい気分になる。

一瞬だけ、いつもながらの箱庭の超常の力にそら恐ろしさを感じるが、直ぐに立ち消えてオレも仲間たちの元に向かった。


「お見事でしたね。ジューゴ様」

「イリアが守ってくれたおかげで勝てたよ。スピーネルも。ありがとう」


仲間と称えあいながらディーバスの元に向かう。借りていたものを返すためだ。


「ディーバス。ありがとう。これ、返すよ」

「ふん」


ディーバスはバツが悪そうにオレの手から魔剣を受け取ると、それ以上は何も言わなかった。ディーバスらしいな。と思いながら彼の元を去る。

オレの背に向かってディーバスが何かを言った。小声でよく聞き取れなかったが「よくやったな」と言ってくれたような気がした。


人に褒められるのは何だか久しぶりな気がする。



達成感に浸りながら、勝利の報告と段取りをしてくれた礼をするためにイチ兄と立会人の元に向かう。


「・・・正直、勝ってしまうとは思ってなかったよ」

「えっ!?イチ兄、オレが負けると思ってたの?」


正直、褒めてもらえるくらいのつもりでいたオレは意外なイチ兄の言葉に少々落胆した。

「ハジメ君はキミに敗北を知ってほしかったんだよ。自分の目の届くところでね。ハーピーの事なんかは最初からハジメ君が何とかする算段だったんだ。いやぁ、過保護だねぇー」


管理人が茶化すように言う。

イチ兄は少し気まずそうにしていたが「おめでとう。よく頑張ったね」とオレが期待した通りの言葉を掛けてくれた。


「それにしても、よく彼の弱点を見抜いたね」

「え?弱点って?」

「敵の管理人の事だよ。普通に攻撃しても効果が無かっただろう? ・・・もしかして、分かってなかったのか?」

「うーん・・・何となくは分かってたけど」


イチ兄は溜息をつき、立会人はアハハと乾いた笑いを浮かべる。


「彼に通じるのは意識の外からの攻撃だけなんだよ」

「意識の外?不意打ちとかって事?」

「そう。刀身が見えない剣は、うってつけの武器だったというわけだ」


そうだったのか。

無我夢中だったから、通じる攻撃と通じない攻撃があるな。位の認識で居た。

ようやく合点が言ったオレにイチ兄は呆れ顔を見せる。


「まったく・・・。お前は昔から考え無しと言うか、無鉄砲と言うか・・・そういう所を思い知らせるために、今回手を尽くしたというのに。まさか勝ってしまうとは・・・」

「まぁまぁ。ハジメ君。ボクは良いと思うよー?現代人は考え過ぎなのだよ」

「そうやって無責任に擁護しないでくれ・・・まったく、先行きが心配だ・・・」

「あはは。心配性だなぁー。でも、ま、心配する気持ちは分かるよ。弟君もこれからは箱庭ランカーだからねぇ」


・・・箱庭ランカー?

聞きなれない単語に耳に入るが、その単語が脳に到着する寸前、白石さんが声を掛けてきた。ずっと、声を掛けるタイミングを伺っていたようだ。


「ジューゴ君・・・おめでとう。それと・・・ありがとう」

「ありがと。なんとか勝てたよ」


それだけ言うと何だか口籠ってしまう。

そこにイチ兄が「そう言えば挨拶が遅れましたね。ジューゴの兄です。ジューゴとは、どのようなご関係で?」などと、気恥しいことを言う。

そんなオレ達を立会人が茶化すものだから、気恥しさは加速されオレも白石さんも返答に困っていた。


そこに助け舟と言うか・・・いつの間にか復活した藤井武人がやってきた。


「さっきの勝負は無効だ!勝負の途中で、そこの女が手を貸しただろう。あれが無ければボクの勝ちだったはずだ」


最初は何を言っているのか分からなかったが、思い返してみれば確かに白石さんの歌がエアスローネの音の衝撃波から守ってくれた場面があった。

それのことを言っているのだろう。


「君が何を言おうと、箱庭が君の敗北を決定したんだ。これを覆すことは出来ないだろう?」


イチ兄の反論に口を噤む藤井武人。

イチ兄は続けてこう言った。


「だが、君の言う事も一理ある。外野からのフォローは、どの程度、認められるのか・・・聞いてみようじゃないか」


聞いてみるって誰に・・・?

そう思っていると背後からの誰かが足元の芝を踏む音が響く。

誰かが近づいてくる音だ。

この場所に居るのは目の前の4人だけのはずだ。

少し不思議に思いながら振り返ると、そこには石碑の方から歩いてくる者が居た。

メイド服で銀縁眼鏡の女性だ。


戸惑うオレに向かって深々とお辞儀をして「キュレーターです。以後お見知りおきを」と前置きした後、「ご質問の件ですが、補助した側にも意図は無かったようですので、今回に限っては特にペナルティなどはありません。しかし今後、多用されるようならばペナルティといたします」と終始、感情のこもっていない口調でオレ達の疑問に答えた。


少し面食らっているとイチ兄が「特にペナルティは無いそうだよ。だが、今後は多用されるようなら考えると言った感じだね」と藤井武人に向かって言った。


わざわざ、通訳するようなことを言うイチ兄を不思議に思っていると、その疑問に立会人が答えてくれた。


「キュレーターは箱庭ランカーにしか見えないし、声も聞こえないんだよ」

「・・・さっきも言ってましたけど、箱庭ランカーって何ですか?」


そんな会話を藤井武人の怒号が遮った。


「杉崎ジューゴ!再戦だ!もう一度ボクと戦え!」


オレに掴み掛る勢いで迫る藤井武人だったが、その前にイチ兄が立ち塞がる。


「最初の取り決めでは勝負は一度だけのはずだ。それを破るなら、私も立会人も黙っていないぞ」

「ぐぅぅう・・・オレのランキングが・・・苦労して手に入れたランキングが、こんな小僧に・・・」


顔を引きつらせながら藤井武人は、それきり黙ってしまった。


「ほら、ジューゴ、本来の目的を忘れてやしないか?」

「あ!そうだ、ハーピー!」


黙ったままの藤井武人を放って石碑に向かい、白石さんの友人を取り戻す。

次に白石さんとオレが対戦することによって、ようやくチチカカは本来の箱庭に戻ることが出来た。


「結衣ー!」

「チチカカ!また・・・無事な姿のアナタの姿を見ることが出来るなんてっ・・・!」


再会を喜ぶ2人を誇らしい気持ちで眺めていると、さも興味が無いと言った様子の藤井武人が声を掛けてきた。


「用が済んだなら、ボクは帰らせてもらう」

「あぁ、もう用は無い。勝手にしろ」

「ふん。調子に乗って僕から奪ったランキングを他の誰かに奪われるなよ?それはボクのだ。必ず奪い返してやる」


そう吐き捨てて、藤井武人は去って行った。

その藤井武人が繰り返し口にしていたランキングという言葉が意味するところを確かめなくてはならない。


「イチ兄、あのさ・・・」

「それについては私からご説明いたします」


オレの言葉を遮ったのは、例のキュレーターだった。


「ジューゴ様、貴方様は勝負に勝ったことにより、藤井武人様が保持していたランキングを手になさったのです」

「ランキング・・・?」

「はい。ジューゴ様の現在のランキングは286位となっております」


それは・・・箱庭の管理者としての順位という事だろうか。

そんなランキングがあったという事よりも、箱庭の管理者が286人も居るという事の方が驚きだった。

目を白黒しているオレの元にイチ兄と立会人がやってきた。


「箱庭の管理者のうち、上位から数えて300位圏内の者を箱庭ランカーと言うんだよ」「そう!これで晴れてジューゴ君も箱庭ランカーだねぇ。僕らと同じように他の管理者に追い回される日々が始まるというわけさぁ」

「えぇっ!追い回される?」

「そうそう!毎日だよ?毎日!」

「こらこら!ジューゴ、コイツの言う事は鵜呑みにするな。そんな事にはならない」


立会人が何も知らないオレをからかったせいでオレはすっかり不安になってしまった。

焦るオレを面白がって更に煽る立会人。そして、そんな立会人を諌めるイチ兄。

場はすっかり混乱していた。


「それでは私から説明を始めます」


落ち着いた口調ではあるが、キュレーターがハッキリと言い放つと場の混乱はピタリと収まった。


「皆様に切磋琢磨して頂くために、箱庭の管理者にはランキングが与えられます。そして、上位300名の方々は特別な扱いが有ります」

「そいつらをボク達は箱庭ランカーと呼んでるのさ」と立会人が補足を入れる。


「上位ランカーになればなるほど高額の報酬が支払われます」

「えっ!?報酬って?もしかして、お金?」

「えぇ、ジューゴ様は現在286位ですので、そのランキングを維持できれば毎月7万円が支払われます」


オレが近所のラーメン屋のチャーシューメン(¥1050)が何杯食べられるだろうか・・・オレは頭の中で換算を始める。

そんなオレに、またも立会人が親切のつもりなのか、煽ろうとしているのかは分からないが、恐らく後者なのであろう補足を入れる。

「ちなみに1位になると毎月300万円を貰えるんだよぉー。凄いねぇー」


300万・・・しかも毎月!?

ちゃ、チャーシューメンでは追い付かない!

オレは換算対象をジュンコさんが働いている店のコースメニュー(¥4980)に切り替えた。

目を白黒させながら不得意な計算に勤しむオレに構わず、キュレーターは説明を続ける。

「ただし、ランキングを維持するためには、3か月に少なくとも一度は他の管理者に勝利しなくてはなりません」


・・・まぁ、そうか。権利には義務が伴うよな。


「また、全ての管理者が300位までのランキングを、いつでも閲覧することが出来ます。更に、その位置情報も公開されます」

「位置情報!?」


そんなものが公開されたら、立会人が言う通り他の管理者に追い回される羽目になってしまう!


「えぇ、それは一度の勝負するごとに一ヶ月間は非公開にする事も出来ます」

「だから、大抵の箱庭ランカーは、定期的に勝負を済ませて身を隠しているのが殆どだ。だから、それほど心配しなくていいよ」

「ネタばらしが早いなぁー。僕はもうちょっとジューゴ君の青ざめた顔を眺めていたかったんだけどなぁ」


短い時間だが、この立会人のタチの悪さが良く分かった気がする。


「ところでイチ兄は箱庭ランカーなんだよね?」

「あぁ、そうだ。立花君も箱庭ランカーだ」

「立花・・・?」

「ボクの事さぁ。名乗るのが遅くなったけど、ジューゴ君とは以後、宜しくお願いしたいなぁ」


立会人は最後に「面白いから」と付け足した。

そんな理由で宜しくお願いされたくない。


「それで2人は何位なの?」


オレの興味本位の質問にキュレーターが答える。


「杉崎ハジメ様が68位、立花アオイ様が247位となっております」


やっぱり凄いなぁ・・・。

・・・あれ?って事は報酬も凄い事になってるんじゃ・・・。


「キュレーターさん、2人の月々の報酬って・・・」

「杉崎ハジメ様が116万円、立花アオイ様が27万円となっております」


オレの素朴な疑問に相変わらず抑揚のない声で即答するキュレーター。

絶句するオレ。

苦笑いするイチ兄。


「えええぇぇぇぇぇぇ!イチ兄、そんなに貰ってんの!?っていうか、仕事もしてるんだよね?」

「まぁ、私には手のかかる弟や妹が沢山居るからね。ジューシの結婚資金やジューゴの学費・・・蓄えは、いくらあっても足りないよ」

「立花さんも、それだけ貰ってればホームレスなんてしなくてもいいんじゃ・・・」

「それが、ボクの望んだライフスタイルなのさぁ。立会人してると色んな箱庭の管理者に出会うことが出来るからねぇー。そのお陰で今日もジューゴ君に出会えたわけだし」


空いた口が塞がらないと言った感じだ。

気付けば白石さんも同じような表情をしていた。


「あっ、そうだ!ジューゴ君にあの噂を教えてあげなくていいの?」

「立花君・・・それは・・・」

「えっ?なになに?」

「おっ!食いついたねぇ。箱庭ランキングのトップに君臨した者は、一つだけ願いが叶えられるという噂があるんだ。それも何でも叶うって噂だよ」

「あくまで噂だ。ジューゴ。気にするな」


ホントか嘘か分からないが、ずいぶんと夢のある話だな。

立花さんから聞いてなければ、少しは真に受けたかもしれない・・・と思いながら振り返ると、白石さんは神妙な顔をしている。

・・・まさかね。


「とにかく、質問はこれくらいかな?では、遅くならないうちに帰ろう」


イチ兄と立花さん達と別れ、白石さんを家まで送り届ける。

家に着き、張りつめていた糸が切れるようにベッドにダイブすると、そのままひたすらに眠った。

次の日からの生活が一変するとは思いも寄らずに。


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