結末
胴体と翼に大穴を開けられたエアスローネは暫くジタバタと足掻いていたが、空に舞い戻る事を諦めてオレ達を迎え撃つかのように体を起こしている。
「おい。見ろっ!翼の穴が・・・」
少しずつだが塞がってゆく。
あれは・・・自己修復能力か・・・?
何であれ、あのままにしていればエアスローネは再び空を舞うだろう。
そうなれば、今度こそ手を付けられなくなってしまう。
「ジューゴ!スピーネル!オレ様に続け!」
オレ達はディーバスを先頭にエアスローネに向かって駆けた。
背後からの音に気付いて振り返ると、それは支えを失って倒れこむリーディアだった。
「何をしている!早く行け!」
倒れながらもリーディアがオレに檄を飛ばす。
その悔しそうな姿を見て、少しためらってしまった。
しかし、オレ以上にリーディアの事を案じている筈のディーバスは躊躇なく敵に向かっている。
またしても戦士としての格を思い知らされながら、オレは再び走り出した。
その時、エアスローネの方から歌が聞こえてきた。
ディーバスに斬りつけられながらも悠長に歌などを歌っているエアスローネに唖然としていると、突然、歌声は強烈な金切声に変わった。
女性の叫び声の様でありながら、黒板を金属の爪で引っかいたような強烈な音に思わず耳をふさいでしまう。
何事かと様子を伺ってるとエアスローネに攻撃を加えていたディーバスが突然倒れた。
そしてエアスローネが再び歌い出す。
「ジューゴ!急げ!あの歌は何かまずい!あの歌が終わったらディーバスのようにやられてしまうぞっ!」
リーディアに言われるまでも無くエアスローネに向かって走る。
昔、テレビで見た事がある。
音でガラスなどを粉砕するには、対象の物質に周波数を合わせなければならないと。
あの歌は、きっとその為のチューニングの役割を担っているのだろう。
ディーバスがやられた時・・・チューニングには、それほど時間は掛かっていなかった。全速力でエアスローネの元に急ぐが、無情にもオレがエアスローネの元に到着する前に・・・歌が止まった。
エアスローネが大きく息を吸い、叫び声とともに吐き出す。
「ま、間に合わないっ・・・!」
無駄かもしれないと思いつつ、盾を構えて目を瞑った。
頭を金槌で殴られたような衝撃が走る。
・・・が、思ったほどのダメージが無い事を不思議に思いながら目を開けると、エアスローネとの間にイリアが立ち塞がっていた。
イリアが発生させた光の盾とイリア自身の体が衝撃波の威力を和らげてくれているようだ。
「大丈夫ですか?ジューゴさん!」
「だ、大丈夫!」
「なら、このまま進みますよ!」
イリアに守られながら進む。光の盾とイリアに守られているオレに大したダメージは無いが、イリアの体は衝撃波に蝕まれていた。外傷も酷いが、それ以上のダメージを内部に抱えているはずだ。
傷だらけのイリアは体中から流れ出る血を振り撒きながら駆け、ようやくエアスローネの元に辿り着いた。光の盾ごと体当たりして、そのままエアスローネに組みつき、音の発生源・・・チチカカを押さえつけた。
チチカカの喉元をイリアの手が押さえつると、例の音は止んだ。
だが、イリアは押さえつけるだけで精一杯のようだ。エアスローネの必死の抵抗はイリアに新しい傷を刻んでいる。
オレはイリアに代わって音の発生源を断つべく、オレはイリアの背を駆け、チチカカの元に急いだ。
あと少しでチチカカの元に辿り着く。という所で、一瞬だけイリアの捕縛が緩んだ。
その隙をついて叫び声を上げるエアスローネ。
・・・今度こそ終わりか、と思われたがオレの体は何とも無かった。
目の前のエアスローネとは別の方向から歌声が聞こえる。
それは白石さんの声だった。
どういう原理か分からないが、白石さんの歌声がエアスローネの音の衝撃波からオレを守ってくれていた。
遂に辿り着いた。目の前にはあどけなさが残る少女。
オレは魔剣を振り上げる。
これを今すぐ振り下ろさなければ、今までの犠牲が無駄になる。
それは分かっているのに体が言う事を聞かない。
オレは目を瞑り、叫び声を上げながら、ようやく魔剣を振り下ろした。
そして静寂が訪れる。
例の金切声は2度と発せられることは無く、そうなれば後は一方的な結末が待つのみだ。鉤爪を切り落とし、翼を寸断し、腹を裂き、全身を血で濡らしながら何度も魔剣を振り下ろす。
文字通り必死の抵抗を続けていたエアスローネだったが、ビクンと大きく痙攣したかと思えば、横倒しに倒れ、そのまま動かなくなった。
エアスローネが倒れ、振り落とされたオレは息が上手くできないでいた。
背中を強く打ったせいなのか、少女を手に掛けたトラウマなのかは分からない。
とにかく息が吸えない。
手には嫌な感触が残っている。
不意に「危ない!」と声が頭の中に響いた。
その声が聞こえた瞬間・・・周囲の景色から色が失せ、音が消えた。
顔を上げるとイリアの姿が見える。何やら驚いた顔をしている。そのイリアの挙動が、やけにゆっくりに見える。
イリアだけではない。風に舞う砂埃さえもゆっくりと動いていた。
何となく不穏な気配を感じて後ろを振り返ってみると、黒い槍がオレの影から発し、オレを貫こうと伸びている。ディーバスを傷つけ、アンリエッタの命を奪ったのと同じ黒い槍だ。
遠くの方で藤井武人が自分の影に手を突っ込んでいる。
なるほど、あんな遠くからオレの隙を伺っていたのか。エアスローネを倒して油断していたオレは、さぞや隙だらけだったのだろう。
だとすると、これは交通事故の時にスローモーションになって見えるというアレだろうか?
次の瞬間、景色に色が戻り、音も聞こえるようになった。
スローモーション状態が解除された黒い槍が、オレが先ほどまで居た場所を鋭く貫く。
とっくに別の場所に移動していたオレは、暗殺に失敗した槍が影の中に戻ってゆく様を冷静に眺めていられた。
何が何だかわからないが、1つだけ気がついた事がある。
手にしている魔剣の形状が変化していたのだ。
それを見て思い出した。
敵の命を奪うごとに力を増す魔剣のコトワリ。
さっきのは・・・加速能力だろうか?
エアスローネの巨鳥らしからぬ素早い動きは加速能力の為だと考えれば納得がいった。
エアスローネを倒したことで、その能力が魔剣に備わったと考えられる。
この能力を使えばガイアロード相手に苦戦しているレヴェインも助けられるかもしれない。いや、それよりも・・・アイツだ。敵の管理人をオレの手で倒せるかもしれない。
・・・やってやる。オレの手で戦いを終わらせるんだ。
オレの我儘でオレが始めて、皆を巻き込んだ、この戦いをオレが終わらせることが出来るかもしれない。
興奮と期待で身震いする。
・・・だが決心がつかない。本当にオレに出来るのか?相手はエアスローネの能力は承知しているはずだ。警戒している。他に奥の手を隠しているかもしれない。
・・・オレが負ければ全てが終わる。
「・・・ジューゴ」
その時、オレの名を呼ぶ声が聞こえた。
確かにディーバスの声だったが、今にも消え入りそうな声だった。
それは、いつもの自信に溢れた、がなり声とはかけ離れていた。
オレはすぐ近くに横たわっていたディーバスの元に駆け寄った。
鎧の胸当てに黒い槍に穿たれたと思われる大穴が空いている。
そこを中心にエアスローネの音撃による破壊が広がっていた。
「ディーバス待っててくれ。すぐに敵の管理人を倒して元に戻してやるからな」
「ふん。無理をするな。足が震えてるぞ?」
「えっ・・・!?これは・・・あれ?なんで・・・」
「・・・まぁ、無理もあるまい。貴様は実戦経験が殆ど無いからな。だが、そんな貴様に頼らざるを得ないのも事実だ」
ディーバスの言う通り、イリアもエアスローネの音撃によるダメージは浅くないようだし、何より藤井武人にダメージを与えられそうなのはオレだけだ。
「オレの魔剣を持っていけ。敵の管理人はオレ様の魔剣を恐れている。確証はないが・・・この不可視の魔剣を向けた時に感じたのだ、奴の尋常ではない恐怖心を・・・」
ディーバスから魔剣を受け取る。刀身は見えないが重みから確かな存在感が感じられた。
「・・・いいか、お前はオレ様が認めた唯一の人間だ・・・落胆・・・させるなよ」
ビキッという音が鳴り、ディーバスの頭蓋にヒビが入る。
その音を最後に髑髏の奥に灯っていた光が消え、ディーバスは物言わぬ躯と化した。
ディーバスから受け取った魔剣を握りしめる。
戦いが始まってから、ずっと震えっぱなしだった手に力がこもる。
・・・行こう。
そう決心したオレの元にスピーネルがやってきた。
どうやら、オレと共に来てくれるらしい。
スピーネルはオレの腰に括り付けてある瓶の中に、その体を滑り込ませた。
敵に挑むにあたって、1人ではないという事実が背中を押してくれる。
「行くんですね。戦いの役に立つかどうかは分かりませんが、せめて敵の元までお送りします」
イリアがオレの前に来て、背中に乗れるように体を低くしながら言う。
その足元には血だまりが出来ている。エアスローネと組みあった時に出来たであろう深手の傷から血が流れ出ていた。
「お早く。レヴェイン達も長くは持たないでしょう」
イリアの言う通り、ガイアロードとの戦いは劣勢なようだった。
最初は10人居た狂戦士たちも、今では3人に数を減らしている。
もし、レヴェイン達が敗北すれば藤井武人とガイアロードを同時に相手にしなくてはならない。オレは躊躇わずイリアの背に飛び乗った。
敵の元に向かうイリアの背の上で”加速能力”を発動させ、その効果を試してみる。
本番の前の僅かな時間で、この能力を理解する必要がある。
その練習のお陰で加速のタイムリミットを知ることが出来た。
それは魔剣の刀身の中心に埋め込まれたゲージのお陰だった。
加速すると、ゲージが埋まってゆく。
動かずにいればゲージが埋まるのは、ゆっくりだったが少しでも体を動かせば、ゲージが埋まるのが早まった。
加速しながら上段に剣を構えて振り下ろそうものなら、それだけで加速時間は終了してしまう。
じっとしていれば、およそ5秒ほどは加速していられそうだ。
そうであれば、これはカウンター向きの能力だと言える。
ディーバスの魔剣は盾の持ち手と一緒に握りこむことにした。
盾と魔剣の両方を一緒に持つので持ち手は不安定になるが、盾の方は皮帯で腕を締め付けているので、それほどでもないが、魔剣の方はイマイチ力が入らない。
しかし、元から盾を持ちながら二刀流を気取るつもりはなかった。
不意を付ければいい。その為にも目に見える魔剣の持ち手や柄は盾で隠す必要があった。
これで準備は万端だ。
眼下では藤井武人が待ち受けていた。
「もしかしてボクの事を追い詰めているつもりか?さっきまでのボクが本気だったなんて思ってないだろうな?ボクの体は、およそ100体のモンスターを合成している。さっきまでは、その30体分の力しか使ってなかったんだ。格下相手に本気を出すなんて、みっともないからね」
自慢げに語る藤井武人の言葉を聞き流しながら、武器を構える。
別に自慢話を聞きに来たわけじゃないし、今更、特に語る事もない。
だが、彼は口上を述べないと戦いが始められないようだ。
「そして、これが・・・50体分の力だ。まったく、これを貴様相手に使う事になるとはな」
藤井武人の体に自身の影から黒い何かが流れ込む。
藤井武人の姿は2倍ほどの大きさに膨れ上がり、更に禍々しく変貌した。
オレは敵の挙動に注意を払う。
相変わらずべらべらと何かを喋っているが、もはやオレの耳には入らない。
流石にうんともすんとも言わない相手に喋り続ける事が出来なくなったのか、口を閉じた。
敵の顔から薄ら笑いが消え、つかの間の静寂が訪れる。空気が重くなったような気がしてくる。
「敵の全身に注意を払え」
それはオレに戦い方を教えてくれたディーバスの言葉だ。
ディーバスは敵に回すと本当に厄介な相手だ。
腕が4本もある上に、どれが襲ってくるか分からない。
普通だったら筋肉の動きが、その兆候となるのだが、骨だけのディーバスには、それがない。だから、出来る限り集中して反射神経だけで攻撃を躱さなければならなかった。
だが4本の腕だけに集中していると、足蹴りが飛んでくることもあった。
鳩尾を押さえながら、のたうち回るオレに吐かれた言葉が先ほどの有り難い言葉だ。
骨だけで構成されていて、どういう動力で動いているのか見当もつかないディーバスに比べれば、目の前の相手は分かりやすかった。
筋肉の動きで何処に力が込められているのかが、手に取るように解る。
敵が地を蹴ると同時に”加速能力”を発動させる。
藤井武人曰く、50体分の突進力は大したもので、加速中であるにも関わらず、瞬く間にオレとの距離を詰めてきた。
加速能力を使っていなければ、自分がやられた事すら認識できないだろう。
そんな事を考えながら、オレは冷静にオレに向かって伸ばしてきた腕を魔剣で斬りつける。
「ぎっ!」
腕は短い叫び声と共に引込められた。
腕の持ち主は信じられないと言った表情をしている。
・・・その傷は消えることは無かった。
何となくだが、条件が分かってきた・・・。
敵は、その結果を偶然・・・我武者羅に振り回した魔剣が自分を傷つけただけだと考えたようだ。同じような攻撃を何度か繰り返す。
オレは同じように反撃して偶然でない事を知らしめた。
「ザコの・・・ザコの分際でぇぇぇ!」
藤井武人の姿が再び変貌する。
角やら爪やらが所々に生えてきて、何やら仰々しい姿になる。
その大げさすぎる姿は、どこか滑稽だった。
だが、敵の能力は見た目の仰々しさと比例して跳ね上がっていた。
殺意という攻撃の兆候を感じ取ったオレは咄嗟に”加速能力”を発動させた。
先ほどまでと同じように初撃をかわして、反撃に移ろうとしたオレだったが、敵は既に次の攻撃のモーションに移っていた。
反撃を諦めて後ろに退こうとした時、背中に何かが当たった。
ギョッとして振り返ると、オレの影から例の黒い槍が伸びていた。
つまり敵は一瞬で3手用意していたのだ。
目の前に迫る敵の爪と背後の黒い槍に挟まれたオレは選ばなければならなかった。
加速していられる時間は残り少ないし、それはつまり、加速している中で動ける範囲も僅かという訳だ。
どちらか一方しか避けることが出来そうもない。
槍は真っ直ぐにオレの心臓を狙っており、致命傷は避けられない。
仕方なく、爪の方を盾で受ける事にした。
爪から頭を守るように盾を持った左腕を持ち上げる。
その瞬間、加速時間の限界が訪れ、盾を持っていた手が跳ね上げられる。
ディーバスの魔剣を手放しそうになるが、堪えていると、正面からもの凄い衝撃を喰らった。
衝撃の正体は敵の尾の一撃だった。
なるほど、先ほどの変身で尻尾まで生えていたとは・・・。
鎧の胸当てが拉げている。吹き飛ばされて背中を強く打ちつけたせいか、息が出来ない。
それでも、加速能力を発動させる。
そうしないと、瞬きをしている間にも殺されそうだ。
思った通り、敵はオレに向かってきていた。
何もかもが後手に回る。加速能力があるにも関わらず、敵の行動速度の方が圧倒的に早い。加速能力を使っても、立て続けの攻撃は3手目までにしか対応が出来ない。
もう手詰まりだ、敵はすぐ目の前にまで来ている。加速していられる時間もあと僅かだ。振り上げられた爪は酷く鋭く見える。あれで抉られるのは痛そうだ・・・。
敵の姿が酷くゆっくりに見える。
こうなると加速能力も考えものだ。
冷めた目で敵の姿を眺めていたが、敵の右足に有るモノを見つけた。スピーネルだ。
敵の右足にはスピーネルが絡みついていた。
先ほど・・・オレが敵の攻撃を受けている間に瓶の外に出ていたのだろう。
藤井武人も、その存在に気付いていないようだった。
敵の足に必死に絡みついて、オレを守ろうとしているスピーネルの姿を見て、
「諦め」に支配されていたオレの頭の中がスッキリと冴えてゆく。
あれこれ考えるのは止めだ!
オレの魔剣を突きだして突進した。
相手もまさか討って出てくるとは思っていなかったようで、不意を突くことは出来たものの、圧倒的にスピードの違う攻撃は難なくかわされてしまう。
「それが最後のあがきか!何ともぬるい、のろまな攻撃!やはりザコはザコ!」
「ザコだの格下だの・・・自分の中のランキングが、そんなに大事か!」
右手の魔剣は空を切ってしまったが、次の一手・・・ディーバスの不可視の魔剣は敵の脇腹に深々と突き刺さった。
「ぐ・・・がぁ・・・なにをした・・・このザコがぁっ!」
すかさず加速能力を発動する。
敵の次の攻撃は左手の爪・・・オレを引き裂こうと振り下ろそうとしている。
だが、その動きに違和感がある。
敵の右足に付いたスピーネルが急速に敵を浸食しており、水色の体が黒く濁ってゆく。そのせいで足に力が入らないようだ。
右足の踏ん張りが効かなくなったためか、見当違いの場所を爪が通過してゆく。
体勢を崩して隙だらけの敵の首をオレの魔剣が跳ね飛ばした。




