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箱庭の管理者の世界。

ここは箱庭の管理者同士が戦うためだけの為に存在する場所だ。

空を見上げてみると、そこには突き抜けるような青い空が広がっているが、そこには雲も太陽も存在しない・・・どこかバーチャルな空である。


そんなバーチャルな光でも頭上から降り注げば、地面にクッキリとした黒い影が差す。

その影の中から藤井武人は現れた。


「流石は杉崎ハジメの弟だ。良い駒を揃えている。しかし、これでチェックメイト・・・そうは思わないか?」


そう言うと藤井武人は右手を刃に変化させた。

その体を流動的に変化させる様は、昔に見た映画に出てきた殺人兵器の様だった。

未来からやってきて、主人公を抹殺するために追い回す嫌な奴だ。

そいつが体を変化させるときは銀色に変色するのだが、藤井武人の方はコールタールの様などす黒い流動体に変化させると、次の瞬間、硬質化した漆黒の刃が出来上がっていた。


その映画では、まだ少年で無力な主人公の事を別の殺人兵器が守っていた。

オレの場合は、大剣を携えたツインテールの少女と守りの力を得たドラゴン、そして、スライムが、その役を担っている。


オレも無力な少年という訳にはいかないので魔剣を構え、「そう思ってるのはお前だけだ!」と虚勢を張る。


オレが言葉を発するのと同時にクーデルが斬りかかった。

普段の幼い言動とはかけ離れた、容赦のない斬撃だ。

藤井武人は、それを避けようともせず袈裟切りにぶった切られた。

しかし、斬撃の後は、瞬く間に元に戻ってしまう。


攻撃が通じない所も映画に出てくる殺人兵器と同じかよ・・・。


後退りするオレに代わって、オレを庇うようにイリアとスピーネルが前に出る。

再びズブズブと自身の影に沈み込む藤井武人。


「ジューゴさん!後ろ!」


オレは咄嗟に振り返り、魔剣で藤井武人の攻撃を防ぐ。

アンリエッタの叫び声が無ければ胸の辺りを貫かれていたかもしれない。


再び、影に沈み込もうとする藤井武人を手にした魔剣でめった切りにするが、効果が無いのは明白だった。


「斬っても倒せないナンテ!どうすれば・・・」


クーデルが狼狽している。

斬撃が駄目ならシルキスの熱線で・・・と思ったが、シルキスもエアスローネを相手に、それ所ではなさそうだ。


再び姿を現した藤井武人に今度はスピーネルが絡みつく。


「ぐっ!こいつ!スライム風情が!」


これには少しは効果があるようで、ひとしきりもがいた後、再び影に逃げ込む。

スピーネルには麻痺毒がある。これに効果があれば・・・。


しかし、再び姿を現し、オレに刃を向ける身のこなしからは麻痺毒による影響はなさそうだった。

オレ達の誰かの影から突如現れる藤井武人の攻撃をオレは何とか躱す。そしてスピーネルが絡みついて撃退する。

それが何度も繰り返される。

スピーネルの攻撃には効果は見られないが、オレは段々と息が乱れ、受ける傷も浅いものでは無くなってきた。


イリアの炎も斬撃と同じく効果が無いと分かり、オレの心が折れそうになった時だった。

「何をぼさっとしている!ジューゴ!」


聞き覚えのある叱責の声がオレの耳に届く。

それはディーバスの声だった。

いつも厳しい事ばかり言うディーバスがオレの危機にいち早く気付いて助けに来てくれたのだ。


反射的に魔剣を持つ手に力が入る。

いつも修業に付き合ってくれているディーバスの声だったからこそ、諦めかけていた心を立て直し、震える手に再び力が入ったのだろう。

鍔迫り合い状態だったオレは相手を思い切り、弾き飛ばした。


すかさずディーバスが藤井武人を背後から斬りつける。

「ぐあっ!」と、短い叫び声を上げる藤井武人。


オレは耳を疑った。今まで、どんな攻撃を受けても声など上げることは無かった藤井武人がディーバスの攻撃を受けた時、短い叫び声を上げたのだ。


「ぐぅぅ・・・スケルトンごときが邪魔を・・・」


オレに背を向け、ディーバスを睨みつける藤井武人には確かに傷跡が残っていた。

どこかで聞いた不死身の英雄の話・・・退治した竜の返り血を浴びて不死身となった際に背中に張り付いた1枚の葉によって、血を浴びることの出来なかった1点が唯一の弱点となった英雄が居たっけ。

そうだ。絶対に不死身な奴なんで居るはずがない。


オレは、ようやく見つけた勝機に向かって形振り構わず剣を振るった。

しかし、そう何度も上手く行くはずも無く、難なく躱されてしまう。


「そう何度も上手く行くと思ったかっ!」


勝負を焦ったオレの攻撃は自分でも分かるくらいに大振りだった。

隙だらけなオレに黒い刃が迫る。


「ジューゴ!」


だが、凶刃はオレの眼前で止まっていた。

ディーバスの4本の魔剣が交差し、強靭な盾となってオレの危機を救ってくれていた。


「貴様は勝負を焦る癖があると、いつも言っていただろう!!」

「ゴメン!」


色々と弁解したい事もあるが、今は無用だ。

オレはディーバスと並び立って魔剣を振るう。


攻防を続けるうちに、オレは奇妙な心地良さを感じていた。

歯車が噛み合ったかのような感覚。

それは共に戦っているのが、修練に何度も付き合ってくれたディーバスだからかもしれない。

ディーバスが次に繰り出そうとしている攻撃も、次はどちらに移動しようとしているのかも手に取るように解る。


有無を言わさない連撃を浴びせるオレとディーバス。

藤井武人は、それを甘んじて受けているかのようだったが、今度は易々と背後を取らせてはくれない。


不意に感情のこもっていない声が藤井武人の口から発せられた。


「もういい・・・もう十分だ。そう・・・思わないか?」


戦いの高揚感に踊らされていたオレは、そこで初めて藤井武人の片手が失われている事に気付く。腕の断面からは今も黒い何かがボタボタと地面に・・・いや、藤井武人の影に吸い込まれてゆく。


「全員死ね」


その言葉には明確な殺意が込められていた。

その殺意の行先に注意を払うが、敵は微動だしない。


突然、後ろから突き飛ばされる。


誰かは分かっている。ディーバスだ。

「ディーバス・・・!?」事の真相を確かめるべく振り向いたオレの目に2本の黒い槍に貫かれたディーバスの姿が映っていた。

黒い槍はオレの影とディーバス自身の影から伸びている。

黒い槍はオレとディーバスだけでなく、この場に居る全員に猛威を振るっていた。


ディーバスやクーデルは咄嗟に致命傷を避けていたが、彼らは戦いの経験を積んだ戦士だ。

・・・だが、アンリエッタは違う。

黒い槍はアンリエッタを背後からを貫き、胸を破って天を突いていた。

アンリエッタは苦しそうに口を動かしているが、その口からは言葉ではなく大量の血が吐き出される。


「アンリエッタ!」


クーデルが深手を負いながらもアンリエッタに駆け寄る。

しかし、クーデルの目の前で流れ出る血と共にアンリエッタの生命は急速に失われてゆく。

アンリエッタに縋りつくクーデルに右手を刃に変えた藤井武人が迫る。


「回復役が居なくなれば、そちらはジリ貧・・・そして、この女も始末してやる」

「させるかっ!」


阻止しようと動き出したオレに先んじてディーバスが走り抜ける。

黒い槍による刺突はスケルトンであるディーバスには効果が少なかったようだ。

雄叫びを上げながら背を向けている藤井武人に斬りかかるディーバス。


「そう何度も同じ手を食うか!」


背中を斬りつけるには、相手が背を向けた瞬間に斬りかかるしかない。

だからこそ敵は、その瞬間に罠を張っていたようだ。

背を向けたままの藤井武人の影から何本もの黒い槍が突き出す。

オレだったら勢いを殺せずに罠の中に飛び込んで串刺しになったかもしれない。

敵も、その罠に相当の自信があるのか薄ら笑いを浮かべている。


だが、オレ達・・・箱庭の管理者は所詮、戦いの素人だ。

その罠を見抜き、罠の直前で急停止したディーバスは黒い槍の穂先を全て手にした魔剣で切り取ってしまった。


そして改めて、藤井武人に斬りかかる。

驚いた様子の藤井武人は咄嗟にディーバスの攻撃を躱そうとする。

その顔には驚愕の表情が浮かんでいた。

罠を見破られただけだったなら、それほど大げさには驚かなかっただろう。

藤井武人が驚くだけの理由がもう一つあった。

襲い掛かるディーバスの手に魔剣が握られていなかったのだ。


魔剣が握られていないと言うのは正確ではない。

ディーバスの手には確かに魔剣が存在している。ただ見えないのだ。

オレも、それを初めて見た・・・いや、味わった時は同じように驚いたものだ。

それがディーバスの魔剣の力だった。

その不可視の刃で藤井武人の背に再び刀傷が加えられる。


「ぐあっ!・・・またしても・・・この雑魚モンスターがぁっ!」


困惑しながらもディーバスから距離を置く藤井武人。

今度の傷は相当に深いようで、手で押さえた傷口からドクドクと血が流れ出している。


「貴様ごときに雑魚呼ばわりされる筋合いはないわ!」



ディーバスの手から次々に見えない斬撃が繰り出される。

それによって、いくつもの刀傷が出来ては消えてゆく。

やはり正面からの攻撃は意味を成さないようだ。

それならば、オレが・・・とも思ったが、オレにも見えない斬撃の嵐の中に飛び込むのは、明らかに自殺行為だった。


それに、効果が無いはずのディーバスの攻撃だったが、藤井武人は思いのほか、それを恐れているようだ。

戦いが始まってからずっと顔に張り付いていた薄ら笑いが、今は消えている。


「ちぃ!雑魚モンスターごときに図に乗らせるのは本意ではないが・・・来い!エアスローネ!」


藤井武人が叫びながら、鷹匠のように「ピィッ」と口笛を鳴らした。

エアスローネが、それに応じて、こちらに飛来する。

オレはエアスローネが頭上を通り過ぎた時の風圧だけで吹き飛ばされてしまった。


起き上がりながら、慌てて周りを見渡す。

頭上ではイリアがオレを守ってエアスローネを牽制している。

オレと同じく風圧で吹き飛ばされたディーバスは藤井武人を探している。


オレは一気に血の気が引いた。

薄ら笑いを浮かべながら、オレの影から身を乗り出してオレを狙う敵の姿が脳裏に浮かぶ。

オレは慌てて背後にあった自分の影に目をやるが、そこには藤井武人の姿は無かった。


「一体どこに・・・?」


まだ安心するには程遠い心境のオレは辺りを見渡す。

程なくして仇敵の姿を確認することが出来た。

奴は戦いが始まった時と同じ場所に戻っていたのだ。

まさか、あれほど優位だった敵が退却しているとは思わなかったので、見つけるのに時間が掛かってしまった。


「ふん!何のことは無い。オレ様を恐れたというわけだ」

「ディーバスか・・・そうみたいだね。でも、何でだろう」

「知らん。だが、あの鳥は厄介だ」


エアスローネは超高速で飛翔し、イリアを翻弄している。

今はまだ、イリアを包む球体のバリアを打ち破ることが出来ないものの、それは時間の問題のように見えた。


「エアスローネ!そいつはいい!管理者を始末してしまえ!」


藤井武人が大声で指示を飛ばす。

エアスローネに融合しているハーピー・・・チチカカの虚ろな目がオレを捉える。

オレの体に緊張が走り、体がすくむ。

逃げなくては!

オレが死んだら、この勝負に敗北してしまう。

死に至る苦痛も恐ろしいが、オレのせいで敗北するのだけは耐えられない。


だが、どうやって?どこに逃げる?

エアスローネの爪は、もうすでに眼前に迫っている。

オレが出来る行為は目を閉じて、苦痛に備えるくらいしかないように思えた。


その時、エアスローネを光線が貫いた。


元を辿ると、やはりというか、それを照射したのはシルキスだった。

翼をもがれ、地に伏せている姿は遠目にも無事とは見えない。

その姿を見て駆け寄りたい衝動に駆られる。


だが今は、その気持ちを抑えて敵を見据える。

エアスローネは体に大穴を開けられて地面に墜落しているものの、再び空に戻ろうと翼をバタつかせている。


「流石はシルキス・・・。最後の最後で一矢報いるとはな」

「リーディア様!」

「結局、我は今の今まで一撃も食らわせることは出来なかった・・・不甲斐ないものよ」

フラフラと歩み寄ってきたリーディア。

ディーバスが駆け寄り、立っているのがやっとといった感じのリーディアを支える。

手にしている魔剣は根元から折れ、その傷だらけの姿からはエアスローネとの激しい戦いを想起させられた。


「とにかく!アレが地に伏せている間に止めを刺さねば・・・」


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