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巨獣と凶鳥

白石さんが友人の名を叫び続けている。

その叫びには悲しみが織り込まれているのが目に見えるようだった。

ふと、オレの頬に一滴の涙が流れている事に気付く。


「これは・・・ハーピーの力・・・声の魔力ってやつなのかもしれないね」


そう言うイチ兄はボロボロと涙を流していた。

昔から涙もろいイチ兄だったが、かつてないような勢いで涙を流している。

そんな中で藤井武人の独り言が耳に入ってきた。


「合成のコトワリで取り込まれたハーピーに呼びかけても無駄なのになぁ・・・しかし、この力・・・取り込んだハーピーとは桁違いだ。うーん・・・欲しくなってきたなぁ、彼女」


オレが歯噛みしながら睨みつけていると、その視線に気付いたのか、独り言を言うようにオレに当てつけるようなことを言い始めた。


「ハーピーを取り込んだキマイラ・・・あの空を飛んでいる美しいキマイラはエアスローネ。そして、大地に立つキマイラはガイアロードと呼んでいる。たった2匹だと思って油断しない事だ。それぞれ50体以上のモンスターを合成している。実質、100体以上のモンスターを相手にするんだからね」


更にオレの石碑を見ながら言う。

「100対20という訳だ」と。


そして最後に「一瞬で終わらないと良いけどね。観戦を楽しみにしている立会人の為にも」と吐き捨てると自身が呼び出したキマイラの方に向かって歩いて行った。


それをオレは気にも留めず、19人の仲間たちを召喚する。

3匹のドラゴン・・・シルキス、イリア、ザーバンス

クーデルを含めた11人の狂戦士たち

双子の魔王・・・姉のリーディアと弟のレヴェイン

その魔王に忠誠を誓う骸骨将軍ディーバス

ジューシ姉ちゃんの箱庭から来たスライムのスピーネル

天才的な癒し手のアンリエッタ


「相手はたった2体か・・・?」


召喚されてすぐに相手を確認したリーディアが不満げに言う。


「それぞれ50体以上のモンスターを合成したらしい、さっき管理者が自慢げに言ってたよ」

「だが、2体は2体だ。この間のゴーレムの様に、あっけなく終わらないと良いがな」


不遜な態度を取るリーディアに少しばかりの不安が払拭される。


「それで?どうやって戦うつもりだ?ジューゴ」

とレヴェインがオレに意見を求めてきた。彼がオレに意見を求めるのは初めてだ。

少し面食らいながらも自分の考えを述べる。


「あの空を飛んでるキマイラ・・・エアスローネって言うらしいけど・・・そいつを先に片付けよう。アレに例のハーピーが取り込まれているんだけど、その姿は見るに堪えない。リーディアの魔弾で牽制しつつ、シルキスの熱線で止めを刺そう」


白石さんは気の毒だが、その方が彼女にとっても良いだろう。

オレ自身も彼女の悲痛な叫びを聞き続けるのは辛い。


「なるほど、そう言う事ならそうしよう。ところで、既に取りこまれたハーピーを取り返すことは出来るのか?」

「あぁ、前例があるんだ。イチ兄から聞いたんだけど、ジューシ姉ちゃんが合成された自分の箱庭のモンスターを無事に取り戻した事があるらしい」

「ふむ。興味深いな。ボクやシルキス達のように別の箱庭で得た力がジューゴの箱庭に戻っても消えないように、てっきりキマイラの体もそのままかと思ったが・・・」

「それは・・・多分、力を得たのはハーピーじゃなくて、合成のベースとなった別のモンスターだからじゃないか?」

「・・・なるほど、では、ハーピーを取り戻してもキマイラはハーピーの力を取り込んだままなのかもしれないな。だとすると、敵は特に失うものが無いという訳だ」

「そうか・・・それなら2つ返事で対戦の条件を受け入れたのも頷けるな・・・」

「まぁ、とにかくハーピーが無事に取り戻せるなら安心して勝利するとしよう。シルキスのチャージが終わるまで、あの獣の様なキマイラはボク達が抑えていればいいかな?」


双子の姉と同様に不遜な態度の弟に「あの獣はガイアロードって言うらしいよ。大層な名前だと思わないか?」と言うと、弟ではなく姉の方が反応した。


「ロードだと?たかが獣が生意気な。魔王の名の前に平伏させてくれるわ」


オレは、そう自信たっぷりに言い放つリーディアを見ながら笑みを浮かべた。


この2人はイチ兄の箱庭での修行を終えて、オレの箱庭に戻ってから負け知らずだ。イチ兄曰く「元々、器が良かったせいかケルビムと同等の力を得た」そうだ。

ケルビムと言えば、イチ兄の箱庭では上から数えて2番目の階級だ。


未だに底の見えない2人の実力がオレに安心感を与えてくれていた。


そんなオレの安心感の源は2人の魔王だけではない。

ジューシ姉ちゃんの箱庭から戻ったドラゴン達も2人の魔王たちが感嘆するような力を得ていた。

そのドラゴンのうち、先の箱庭対戦で敵の管理者を倒したザーバンスが、先の武功を思い出したのか、こんなことを言いだした。


「けどよぉ、敵の管理者を倒せば、こっちの勝ちなんだろ?だったら、先にズバッとやっつけちまおうぜ?」


確かにその通りだ。

オレが感心していると、姉であるシルキスがザーバンスを小突いた。


「愚か者。そんな事は向こうも承知であろう。そう簡単にいくものか!」


思わずザーバンスに感心してしまったオレは、何事も無かったかのようにシルキスの言葉に頷く。確かに悪魔のような姿の藤井武人には不気味な迫力を感じる。


「それよりも、こちらの管理者を守る事を考えねば。ウチの管理者は我らの中でも最弱だからな」


シルキスの言葉が胸に刺さる。

うーん。最弱かぁ・・・。アンリエッタよりは強いと信じたいが、役立たずと言う意味では、そうかもしれない。


アンリエッタは唯一の回復役だが、他のメンバーに比べると戦闘力は格段に低い。

アンリエッタが非力なのではない。他のメンバーが高いだけだ。


「ジューゴとアンリエッタはイリアが守れ。良いな?」


シルキスがイリアに命ずるとイリアはコクリと頷いた。

光のシールドを発生させて敵の攻撃を防ぐことが出来るイリアなら適任だ。


「アンリエッタはクーデルが守ル!」


突然名乗りを上げたのは、狂戦士のクーデルだった。

狂化のコトワリで精神を病んでいたクーデルを治療したアンリエッタを姉のように慕うクーデルは、それ以来アンリエッタの傍を離れないようになっていた。


クーデルと同じ狂戦士は他に10名居る。

その狂戦士たちの中でもリーダー格のブランゼルがオレの方にやってきた。


「某たちはレヴェイン殿と一緒に、あの獣に挑みまする」


律儀にオレに宣言してからレヴェイン達の方に去って行くブランゼル達の腰には魔剣がぶら下がっていた。

狂戦士たちである彼らは常人以上の身体能力を持っている。そんな彼らに魔剣が更なる力を与えていた。


「それで、お前はどうする?」


オレは水色のスライム・・・スピーネルに問いかけた。

それに応えるようにプルプルと体を震わせるスピーネル。


「そっか、お前もオレの事を守ってくれるのか。ありがとうな」


その様子を見ていたアンリエッタが不思議そうに話しかけてきた。


「・・・その子が考えてる事が分かるんですか?」

「あぁ、何となくね。その・・・動きとかで」

「そうなんですか・・・」


スピーネルをジッと見つめるアンリエッタ。

暫くしてから「今は、どんなことを考えているのでしょうか?」とスピーネルを見つめたまま聞いてきた。


オレは暫くスピーネルを観察した後、「うーん・・・。この人は何で自分の事を見てるんだろう・・・的な?」と答えると、アンリエッタが慌てて「しっ、失礼しました」とスピーネルに向かってペコペコと頭を下げた。


戦いを前に和んでいると、不意に鋭い視線を感じた。

元を辿って見ると、そこには4本の腕を組んで仁王立ちしているディーバスが居た。

視線を合わせると、ぷいと余所を向いてしまう。


そう言えば、ディーバスと共に戦うのは今回が初めてだ。

訓練の相手になってくれている・・・ある意味で師匠ともいえる彼の本気が見れるかもしれない。


改めて皆を見渡す。

ザーバンスと言い合いをしているシルキス。そして、それを諌めるイリア。

2人の魔王・・・リーディアとレヴェインはキマイラを眺めながら話し合っている。

そして、その傍に立つディーバスと狂戦士たち。

アンリエッタとクーデルは面白がってスピーネルに何か話しかけている。


ここに居る皆が力を貸してくれる。

文字通りの総力戦だ。



「それじゃ・・・そろそろ、始めようか」


口火を切ったのはイチ兄だった。

戦いを前にして緊張感が高まる。


「箱庭対戦を開始する。総力戦だ。対戦者は杉崎十五と藤井武人!では、開始!」


その言葉を合図に皆が予定通り行動を開始する。

だが、こちらの行動は予定通りでも、相手の挙動までは予定通りとはいかなかった。


対戦が宣言された次の瞬間、ガイアロードがオレに向かって飛び掛かってきたのだ。

数十メートルほど離れた場所に居たはずの巨獣が瞬く間に間合いを詰めて、襲い掛かってきたのをオレは予見する事すらできなかった。


だが、オレには出来なくても、オレの頼もしい仲間にとっては容易い事だったようだ。


「いきなり管理者を狙ってくるとはね・・・少し、甘く見過ぎじゃないか?それとも自分を過信してるのかな?」


オレに向かって振り下ろされたガイアロードの前足を受け止めながらレヴェインが涼しげに言う。

強襲が失敗した事を悟ったガイアロードは後ろに飛び退いて距離を取る。

巨獣は、またも数十メートルほどの移動を一瞬で済ませる。


「す、済みません!油断しました」


レヴェインに謝罪したのは、オレの守護を任されたドラゴンのイリアだ。


「頼むよ。アレで終わってたら消化不良も良い所だ・・・けど、相手は申し分ない」


そう言い残したかと思うと、次の瞬間にはガイアロードと格闘を始めていた。

まるで次元の違うガイアロードとレヴェインの戦い呆気に取られていると、いつの間にかオレの周りにはアンリエッタとスピーネルとイリアとクーデルだけになっていた。

気付けば他の皆は戦いに突入している。


「わ、見て下さいジューゴさん!リーディアさんが!」


アンリエッタが指さす先には魔弾を打ち出しているリーディアの姿が有った。

狙うは上空のエアスローネだ。

相変わらず、もの凄い数の弾数を一度に打ち出している。

広範囲に渡って放射状に打ち出される魔弾だが、エアスローネは、これを巧みにかわしている。


「・・・当たらないな。どちらのキマイラも図体がデカいくせに動きが素早い・・・」


息切れしたリーディアに代わって今度はザーバンスがエアスローネに迫る。

腕や頭部に埋め込まれたブレードを展開し、エアスローネに接近戦を挑む。

それは、さながら航空機同士のドッグファイトのようだ。


しかし、ザーバンスでもエアスローネを捉えることが出来ず、間合いを離されてしまう。そこにシルキスが放った熱線が走る。


「おしいっ!」


思わずオレは大声を出してしまった。

空を薙ぐように打ち出されたレーザーはエアスローネを掠めるも、直撃には至らなかったのだ。

間髪入れずリーディアの魔弾が放たれるが、やはりエアスローネに躱されてしまう。

エアスローネの様子は絶え間ない波状攻撃に防戦一方と捉える事も出来るが、心なしか余裕があるようにも見える。



進展のない空中の攻防から視線を外して、下に降ろすとガイアロードとレヴェイン達の戦いが展開されていた。

ガイアロードは少し見ているだけでも、実に様々な攻撃方法でレヴェイン達を追い立てている。

爪を振りかざし、獅子の頭と尻尾である大蛇が牙を剥き、両肩に生えている山羊の頭は、炎と吹雪を吐き出していた。


それらの攻撃の殆どはレヴェイン1人に振り向けられていた。

他の者は迂闊に近付けないと言った様子で、時折、隙を見て攻撃を仕掛けている。

それが、ガイアロードの注意を引きつけ、良い援護となっているようだった。

だが、それは命がけの作業のようだ。


「アッ!危ナイ!」


声を上げたのはクーデルだ。

狂戦士の1人のすぐ傍をガイアロードの爪がかすめたのだ。

それからも、何度も危うい場面があり、その度にクーデルは短い悲鳴を上げている。


オレが再びエアスローネの方に視線を戻そうとした時、クーデルの叫び声が上がった。

驚いてクーデルの視線の先を見ると、狂戦士の1人が大蛇の牙に囚われているのが見えた。

大蛇は暫くの間、獲物を咥えていたが、グッタリとして動かなくなると興味の無くなった玩具のように放り投げる。


「助けに行きます!ジューゴさんも手を貸してください!」


アンリエッタは既に駆け出しており、オレ達が、その後を追う。

瀕死の重傷を負った狂戦士は、他の狂戦士に抱きかかえられながら戦線を離脱している。その男は重傷と言っていい傷を負っていた。牙が刺さっていた所からは大穴が空き、大量の血液が流出している。

しかも、傷はどす黒く変色しており、紙に落としたインクのように徐々に広がってゆく。


「これは・・・直ぐに解毒と回復をしなくては間に合いません!この場で施術しますので、皆さんは周囲の警戒をお願いします!」


アンリエッタの言う通りにオレとクーデルが剣を構える。

イリアもオレ達を庇うようにして、オレ達のすぐ傍に立つ。


ガイアロードの動きに注意しながら治療の様子を伺う。

アンリエッタが優秀な癒し手であるというのは聞いていたが、実際に治療する様子を見るのは初めてだ。

しかし、それは想像以上だった。

見る見るうちに傷跡がふさがり、黒く変色した個所は元に戻ってゆく。

ただ、アンリエッタにも相当の負担があるようで、治療を終えたアンリエッタは、その場にへたり込んでしまった。


「これで・・・もう大丈夫でしょう」


肩で大きく息をしながらアンリエッタが宣言すると同時に狂戦士が目を覚ます。


「申し訳ありません・・・。油断してしまいました」


傷の癒えた狂戦士は、そう言って起き上がろうとするが、アンリエッタが制する。

しかし、狂戦士は制止を振り切って立ち上がった。

まだ、おぼつかない足取りで再び戦いの場へと歩を進める。


「アンリエッタ殿の治療のお陰で、まだ戦うことが出来る。先ほどの失態を取り返すことが出来ます。ありがとう、やはり貴女の癒しの力は素晴らしい」


そう言って、雄たけびを上げながら、先ほどまで瀕死だった者とは思えない程の勢いで駆けてゆく。その後ろ姿を見送るオレ達の目の前で、今度は3人の狂戦士がガイアロードの前足に薙ぎ倒されていた。

致命傷ではなさそうだが、戦闘の継続は困難に見える。


「行きましょう。彼らにも治療を施さなければ」


クーデルに肩を借りて、やっとの事で立っているアンリエッタが倒れた狂戦士の方に向おうとする。


「無理するなアンリエッタ!彼らはオレとイリアで、ここに連れてくるから」


オレはイリアの背に乗りながらアンリエッタを制した。

オレが出来るのは、これくらいだ。自分の無力さを痛感しながらも、そんな自分でも出来る事があるのが、せめてもの救いだった。


オレが負傷した狂戦士たちを連れて戻る頃には、アンリエッタは1人で立てる程度には回復していた。

3人の負傷者を慎重に地面の上に寝かせると、早速アンリエッタが施術を開始した。

先ほどの狂戦士よりも格段に傷が浅いためか、程なくして戦線に復帰する狂戦士たち。

アンリエッタは額に浮かんだ汗を拭っている。


オレは溜息をつきながら戦場に視線を戻した。

皆少なからず傷つき、疲弊している。

空を仰ぎ見ると、ザーバンスがエアスローネの鉤爪を受け、きりもみ状態で墜落してゆく。あわや地面に激突するかという所で体勢を立て直したザーバンスにオレは思わず安堵の声を上げていた。


しかし、オレは明らかに不利な戦況の中で光明とも言えるものを見出した。

いつからかレヴェインが魔剣を手に戦っていたのだ。


その魔剣にオレは見覚えがあった。

魔王の家に代々伝わる宝剣ヴォルテイルだ。

「そので傷つけられた者は、その者が最も望まない結果が押し付けられる。大抵の場合は速やかな死が与えられるらしいよ」というレヴェインの過去の口上が思い出される。


その魔剣を一太刀でも浴びせれば、戦況はひっくり返るかもしれない。

オレは先ほどのオレと同じように不安そうな面持ちのアンリエッタに声を掛けた。


「アンリエッタ、レヴェインの持っている魔剣を知ってる?あの魔剣は凄いんだ・・・」


そう言い掛けたオレの目の前でレヴェインがガイアロードを手にした魔剣で斬りつけた。

「やった!レヴェインの魔剣は刀傷の代わりに相手が最も望まない結果を与えるんだ!もしかしたら、これで決着がつくかもしれない」


オレの言葉を聞いたクーデルは苦い顔をしている。

そう言えば、あの魔剣の威力を身を持って知っているのは、ここに居るクーデルだけだ。


しかし、ガイアロードは一向に倒れる様子が無い。

レヴェインは何度となく斬撃を与えているが、ガイアロードは苦痛で身をよじるばかりで死に至るようには、とても見えない。


「おかしい・・・あのキマイラの最も望まない結果は死ではないのか?」


オレの疑問に背後から答えるものがあった。


「ふふ。そんな恐ろしい武器があるとはね・・・しかし、ガイアロードに死の概念など有りはしない。恐れているのは、ボクが与える鞭の苦痛だけだ」


その声がするのは、オレの影からだった。

その声には聞き覚えがある。

驚愕しながら振り返り、魔剣を構えて影に向き合っていると、影の中から浮かびあがるように藤井武人が姿を現した。


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