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対戦相手と立会人

2人のハーピー達は、今も白石さんの腕の中で震えている。

白石さんの話では群れを守る戦士であるはずの彼女たちだが、今の姿は怯える幼子にしか見えない。

しかし、無理もない。と思う。

訳も解らず、いきなり知らない所に連れて行かれたのだ。


白石さんは2人を抱きながら無力だった自分を繰り返し詫びている。


暫くして少しだけ落ち着きを取り戻した片方のハーピーが、まだ震えたままの声で「ねぇ、結衣・・・チチカカは?」と問い掛けた。


それは恐らく、この場に居ないハーピーの事だろう。

問われた白石さんは言葉に詰まっている。


オレはハーピーの問いに応えるべく茶髪への尋問を再開した。

そのチチカカと言う名のハーピーを救い出せるか否かは、まだ分からないのだ。


「それで、その藤井とかいう男の所には案内してもらえるんだよな?」

「い、いやっ・・・、それは・・・勘弁してくれ」


オレは魔剣を抜いて、再び茶髪に思い知らせてやろうとした。

だが、ふと視線を感じて振り返ると、2人のハーピーが怯えた目でオレを見ていた。

これ以上は恐ろしい場面を見せるのは好ましくないだろう。オレは方法を変える事にした。


「まぁ、いい。せめて居場所くらいは教えてくれよ」

「そ、それくらいなら、いいけどよ・・・本当に行くのか?やめておいた方が良いぜ?お前の箱庭の連中も強いけど、武人さんには絶対に敵わねぇって」

「どうしてそう思うんだ?お前にはオレの箱庭の力の底は見せてないつもりだけど?」

「そうかもしれねぇけど、マジ武人さんはヤバいんだって・・・」

「じゃあ、聞くけど何がヤバいんだ?どのくらい?」

「武人さんはスネークバイトってサイトの管理者だっていうのは言ったよな?オレ達みたいな奴から買ったり、オークションサイトを管理しながら、とにかく強いモンスターを集めてんだよ」

「だから、強いモンスターが沢山居るから諦めろって?」

「それだけじゃねぇんだ。集めたモンスターを使って、更に強いモンスターを生み出すんだ」


茶髪の言葉を聞いて、ジューシ姉ちゃんの配合のコトワリを思い出した。

異なる2匹のモンスターから、それぞれの特性を引き継いだ別のモンスターを生み出すコトワリだ。

だが、それとは違うコトワリらしい。


「それの事を武人さんは合成のコトワリって言ってた。合成を繰り返すたびに強くなるんだってよ・・・」

「おい、ちょっと待て!もしかして白石さんのハーピーも、それの為に連れて行かれたのか!?」

「あっ、あぁ・・・。多分、そうだと思う」


嫌な予感が頭をよぎる。

既にハーピーが合成されてしまって、取り返せたとしても別の何かになっていたら・・・これは急いだ方が良さそうだ。

だが、白石さんを連れて魔法の扉に向かうオレをディーバスが呼び止めた。


「待てジューゴ、貴様、我々の事を召使か何かのように考えているんじゃないだろうな?」

「ディーバス・・・、オレはそんな事・・・!」

「無いと言うのか?先ほどから聞いていれば、貴様の都合で我々を引き連れて死地に向おうとしているではないか」


ディーバスがもっともな事を言う。

彼の言う事は正しい。だけど、オレは反論しなくてはならない。


オレはディーバスの顔をジッと見つめる。

四本腕の骸骨である彼の姿は威圧的で恐ろしいものだ。

だが、その見た目に反して意外と優しい所があるのを知っていたオレには彼がオレに「危ない事はよせ」と言っている気がした。


「・・・ディーバス。アンタの言う事は分かるよ。オレはガキだし、間違ってるんだと思う。でも、金で箱庭の者達を売り買いする奴も、仲間を奪われて泣いている奴も放っておけないんだ。だから、1人だけでもやる」

「貴様・・・っ」


オレはディーバスの言葉を遮って更に続けた。


「でも、出来れば助けてほしい。もし、みんなが助けてくれるなら・・・正直な所、オレは負ける気がしない。皆の強さを知ってるから」

「ぐ・・・このっ・・・・」


そこにシルキスがやってきて、吐き捨てるように言った。

「ふん。魔王軍の将軍様は未知なる相手に挑む気概は無いらしいな。つまり、弱い者いじめしか出来ないという事か」

「なにぃっ!?」


シルキスに魔剣を向けるディーバス。そして、挑発するように牙を剥くシルキス。

一触即発の緊張感を発する2人をオレは何とかなだめようとする。


「もちろん、最悪な事にならないように誰かに来てもらうよ。イチ兄とかジュンコさんとか・・・」


オレの言葉にかぶせる様にシルキスが言葉を続ける。


「こちらが求めているのは、一匹のハーピーだ。もし、万が一負けても奪われるのは一匹のモンスターだ。そのように取り計らえるようにハジメ殿を連れて行けば良かろう。そして、相手は恐らくドラゴンを所望するだろう。その時はワシが行く。お主らに迷惑はかけん」

「ふん・・・随分と、その小僧に肩入れするのだな。ドラゴンめ」

「あぁ、ジューゴには恩義以上のものがある。だからワシからも頼む。コヤツを助けてやってくれ」


ディーバスは「負けても知らんぞ」と吐き捨てて、レヴェインやリーディアの方に歩いて行ってしまった。

そう言えば、他の者はオレのやろうとしている事に不満は無いのだろうか。

オレの不安を知ってか知らずか、シルキスは独り言のように言う。


「これからの事に異が有るのは、あのスケルトンの将軍だけのようだな。レヴェインなどは、まだ底の見えない自分の力が試せると息巻いておったわ」


その言葉に救われたオレは白石さんの元に急ぐ。


「さぁ、行こう。残りのハーピーを取り戻しに」

「ジューゴ君・・・危ないと分かっていて頼むのは気が引けるけど・・・チチカカは箱庭の中で初めて出来た友達なの・・・だから、お願い。チチカカを助けて!」


それは真っ直ぐな目とハッキリとした口調だった。

オレはそれに「分かった」とだけ答えた。




それから3日経った今、オレの目の前には藤井武人と名乗る人物が立っている。

想像していたのは茶髪たちの更に上を行く悪徳な人物だったが、意外にも小ざっぱりとしたスーツ姿の男だった。

この男に会うまで3日間が必要だったのは、主にイチ兄の協力を得る為だった。

イチ兄の仲介で、こちらが望む条件で対戦を行うことが出来る事になっている。

つまり、オレが勝てばハーピーを取り返し、負ければシルキスを差し出すという条件だ。


「それじゃあ、始めようか」


そう言うのは、初めて見る男だ。

イチ兄たちは「立会人」と呼んでいた。

彼は家を持たない、いわゆるホームレスらしい。

彼は対戦の場として自身の箱庭を提供すること生業としているそうだ。

箱庭は管理人の家に現れる。もし、管理人が特定の家を持たない場合、管理人自身が「ここが家だ」と思いさえすれば、そこに箱庭が現れるのだと言う。

だからこそ対戦の場として好都合なのだろう。対戦者が望む場所に赴き、対戦の場として自身の箱庭を貸し出す。

そんな彼の趣味は箱庭対戦の観戦らしく、この生業が趣味と実益を兼ねているのだそうだ。


イチ兄と藤井武人とで、取り決めた場所は新宿駅前の往来だ。

何も知らない通行人たちが立会人の箱庭をズケズケと踏み付けている。

だが、良く見ると踏まれる瞬間、箱庭は透明なヴィジョンのようになり、踏まれた影響は無いようだった。

以前、箱庭の管理者以外は箱庭を見る事も触る事も出来ないと聞いていたが、それが分かる瞬間を実際に目の当たりにするのは初めてだった。


「立会人」は対戦において、最初に決めたルールを破る者が居れば、それを裁く役目もあるらしい。

彼の箱庭は異常に広く、軽く見積もっても20m以上は有りそうだ。

箱庭の広さが強さと同義とは限らないが、対戦者を裁くだけの実力が有るのだろう。



「ほら、他の連中に見えない場所で箱庭に入らないと、急に消えた僕たちを不審に思う人がいるかもしれないからね」と立会人が急かす。


建物の柱の陰で魔法のピンを刺して、箱庭の中に転移する。

藤井武人は悪魔のような異形の姿をしていた。箱庭の中に移ると姿が変わるものの、顔が変わるわけではないので、誰なのか見当がつくのだ。

天使のような姿のイチ兄の隣に立っているのを見ると、見た目だけで何やら因縁めいたものを感じる。


隣を見ると緊張した面持ちの白石さんが立っている。その向こうに見覚えのない誰かが立っていた。フードを深く被っていて顔が見えないが、消去法で「立会人」だと分かる。

その彼がオレに話しかけてきた。


「ハジメ君から君の事は聞いていたよ。ジューゴ君。杉崎って言ったら箱庭の管理者の間では、ちょっと有名だからね。そんな杉崎の末弟の戦いが見れるのを楽しみにしてたんだようー」


近くに来てもフードの奥には顔と呼べるものは見えなかった。

良く目を凝らしてみると、顔や目の代わりに2つの光が浮かんで見える・・・。


「有名・・・ですか。それは、もしかしてジューシ姉ちゃんがですか?」


オレは積極的に箱庭対戦をしているという姉の名前を出してみる。


「いやぁー。ジューシちゃんもハジメ君も強くて有名だけど、何と言っても君のお父さんがねぇー」


は!?今なんて言った?親父?親父も管理人だって?

立会人が気になるキーワードを口走ったところで、藤井武人が声を掛けてきた。


「やあ、ジューゴ君。今日は宜しくね。立会人さんも、いつもお世話になりますね」


立会人は挨拶に応えることなく、興味が無さそうに立ち去ってしまう。

藤井は構わず話を続ける。


「うふふ。随分と嫌われてしまったなぁ。でも、仕方ないか。きっとジューゴ君も対戦が終わったらボクの事を嫌ってしまうだろうなぁ。 ・・・ねぇ、君、そうなる前に降参しないかい?」


「何言ってるんだコイツ?」と思いながら、藤井の顔を見る。

マジマジと見るのは初めてだったが、そこには気持ちの悪い笑顔が張り付いていた。

笑顔だが、目は笑っていないと言うやつだ。

藤井は、こちらの戸惑いなど気にも留めていないかのように一方的に話を続けた。


「君だって痛いのも怖いのも嫌いだろう?ボクはね、そういう思いをさせるのが好きでね。好きこそものの上手なれって言うだろう。好きだし・・・得意なんだよ。だからさ・・・」


いきなり表情を変えた藤井はオレの腕を掴みながら「痛い目に合う前に降参した方が身のためだぞ?杉崎のクソガキめ」と言い放った。


オレは、その手を払いながら「ご心配なく。アンタの事は既に救いようがないくらいに嫌いだし、思い上がった奴を逆に痛い目に合わせるの・・・好きなんですよ」


「・・・うふふ。そうですか。楽しみだなぁ」


そう言い残して立ち去る藤井。

その様子を傍で見ていたイチ兄がオレを心配して声を掛けてくれた。


「大丈夫かい?幾度となくジューシと争ってる彼は君にも優しくはしてくれないだろうね。やはり私が・・・」

「いや、大丈夫・・・とは言い切れないけど、やっぱり自分でやるよ。それは何度も話しただろ?自分でやらなきゃダメなんだ」

「・・・そうか。分かった」


イチ兄が立ち去ると、オレと白石さんが残った。

心配そうな面持ちの白石さんを安心させたかったが、言葉が出てこない。

「安心しろ」とか「大丈夫」とか根拠のない安直な言葉しか思いつかない自分の頭に見切りを付けたオレは白石さんの頭を撫でてみた。

それに望むような効果があったのかは分からないが、ずっと黙ったままだった白石さんの声を久しぶりに聞く事が出来た。

それは「ありがとう」という一言だった。


白石さんの声は現実世界でも心地よいものだったが、箱庭の中では更に魅力的だ。

歌声で相手を魅了するハーピーである事が、その理由なのかもしれない。

そんな白石さんの「ありがとう」の言葉を、もう一度、聞くことが出来る。

この後の勝負に勝てさえすれば。


立会人に急かされ、自分の箱庭の仲間を召喚すべく石碑に向かう。

そのすぐ傍に見覚えのない石碑が2枚そびえ立っている。

どちらかの石碑が藤井武人の石碑で、もう一枚は立会人の石碑だろう。

2枚のうち、片方はビッシリと名前が刻まれているのだが、もう片方には2人分の名前しか刻まれていなかった。


その2名しか名前の刻まれていない石碑の前に藤井武人が立つ。

オレの視線に気付いたのか、オレに向かってニヤリと笑って見せた後、箱庭の者を召喚した。


やはりというか、召喚されたのは2体のモンスター・・・いや、キマイラだった。


1体は巨大な獣だ。

まず、巨大な牛の角が生えたライオンの頭が目を引く。

さらに、その両脇には色の異なる赤と青の山羊の頭が生えていた。

それらは、互いに意思があるようで、それぞれがギョロギョロと辺りを伺っている。

尻尾である黒々とした大蛇にも意思があるのか、そいつもウネウネと蠢いている。

また、体は獣のそれとは違って、甲殻類の様な甲羅のようなもので覆われており、非常に強固な印象を受ける。


もう1体は巨大な鳥だ。

何対もの翼を羽ばたかせて空を飛んでいる。

翼は色も大きさも様々だ。鳥のような羽だけでなく、蝙蝠や昆虫の羽のようなものも混ざっている。


その巨鳥には頭部が無く、代わりに美しい女性の上半身が埋められている。

白石さんは、その女性に向かって「チチカカ!」と何度も呼びかけていたが、チチカカと呼ばれた女性は虚ろな目で虚空を眺めるばかりだった。


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