茶髪と金髪
白石さんの家はアパートの一室だった。
中に入ると、テレビすらない部屋に2つの箱庭が並んでいた。
白石さんの兄は不在らしく帰りを待つ事にするが、白石さんが出してくれたお茶のせいもあって、何だか和んでしまう。
・・・いやいや、そんなことではいけない。
なんとか、最初の気概を思い出すために、白石さんに話を聞く事にした。
白石さんを利用して、他人から箱庭の者を奪うやつらの話を。
「いつから、こういう事になっちゃったんだ?」
「私と兄さんが箱庭の管理者になってすぐだから・・・3年くらい前かな」
「アイツらとは、どこで出会ったんだ?」
「分からない・・・ある日突然、兄さんが連れて来て・・・その時にも、仲間が一人奪われたわ・・・それで、そいつを返してほしければ、言う事を聞けって・・・」
再び、ふつふつと怒りが湧いてくる。
「それで、魔法のピンを首から下げてたのか・・・」
「そう・・・そうすると、直ぐに他の箱庭の管理者は見つかったわ・・・」
「オレ以外にも・・・居た?」
「えぇ、1人だけ・・・田崎って教師が・・・」
あいつ・・・また、懲りずに他の箱庭の管理者に手を出したのか?
「何か酷い事されなかった?」
「されなかったけど・・・むしろ、逆にアイツらに負けて放り出されてたわ」
「じゃあ、田崎の奴、ここに来たのか・・・」
「田崎先生のこと知ってるの?」
「あぁ、少しね・・・」
この事はジュンコさんに報告・・・そうだ!ジュンコさんにも助力を頼もう。
頭に血が上り過ぎてて忘れていた。
オレは携帯を取り出して、ジュンコさんに掛けた。
しかし、何度かけてもジュンコさんは電話に出る事は無かった。
仕方ない。一人でもやってやる。
そう腹を決めた時、玄関の方から音がした。
続いて「ただいま・・・」という、間の抜けた声がする。
部屋に入ってきたのは、いかにも陰気そうな男だった。
髪はボサボサで眼鏡を掛けている。
オレの姿を見ると何も言わないままズレ落ちている眼鏡を指で持ち上げ・・・が、手を離すと、再びズレ落ちた。
まさか白石さんの兄とは到底思えない風体だったが、良く見ると確かに、目鼻立ちが似ているような気がする。
そのボサボサ頭の男が、かったるそうに口を開く。
「結衣・・・そいつ・・・は?」
白石さんが口を開く前にオレは、そのボサボサに食って掛かった。
「話は白石さんから聞いた。白石さんの仲間・・・ハーピー達を返せ!アンタ、妹の大事な物を無理やり奪って恥ずかしくないのか?」
「う、奪ったのはボクじゃない・・・」
「じゃあ、例の2人組か?だとしても、何で止めなかったんだ!?」
「そ、そんな事は・・・できない・・・」
苛立ちながら、本来の目的を思い出す。
そうだ、別に説教するために来たわけじゃない。
「とにかくハーピー達を取り返す!ハーピー達は例の2人組が持ってるんだな?じゃあ、そいつらを呼べ」
「・・・わかった」
やけにあっさり話が進んだので、少し拍子抜けだった。
オレの方は白石さんの兄とも一戦交えるくらいの覚悟はしていたのに・・・。
ボサボサはオレに言われた通り、例の2人組を電話で呼び出しているようだ。
「なんというか・・・あっけないな・・・」
「これが・・・いつもの手順だから、私が連れて来て・・・兄さんがアイツらを呼ぶの」
通話を終えたボサボサが「・・・もうじき来る」と言う。
その言葉に少しばかり緊張が走る。
だが、アイツらが来るまでには、まだ時間があるだろう。
その前に聞いておきたい事があった。
「何で、こんな事するんだよ。あのハーピー達は白石さんの大事な仲間だったんだぞ?」
「金の為だ・・・女型のモンスターが必要だと言っていた・・・破格の値段だった・・・だから売った」
「金の為に売った?」
気付けばボサボサの胸ぐらを掴んでいた。
「ジューゴ君!やめて!」
「金のために売っただと!?箱庭の住人にだって自我があるだろうが!それを物の様に売っただと!?」
そんなオレの言葉に虚ろな目のボサボサが反論する。
「だが、金が要る・・・金は必要だ・・・」
「だからって・・・」
話しが通じないボサボサを突き放しながら、舌打ちをする。
売る奴も売る奴だが、買う奴も買う奴だ。
どいつもこいつも気に入らない。
暫く待っていると、その気に入らない買い手がやってきたようだ、そいつらは誰に断る事もなく不躾に部屋に入ってきた。
確かに前に会った金髪と茶髪の2人組だ。
「あれぇ?コイツどっかで見た事あるなぁ?どこでだっけ?アキラー」
「あれじゃね?ほら、コンビニで総一郎がボコボコにした奴じゃねぇ?」
総一郎と呼ばれた茶髪の方がオレの前に出る。
アキラと呼ばれた金髪の方は茶髪の後ろでヘラヘラしている。
「へぇ・・・。意外と記憶力あるんだな」
「んだと!?テメェ!」
「記憶力があるようで良かった。だったら、白石さんから奪ったハーピーの事は覚えてるな?そいつらを返せ」
「はぁ!?そんなのテメェには関係ねぇだろうが」
オレの胸ぐらを掴む茶髪の手を取り、強引に箱庭の前に引っ張り込む。
一か月前、こいつに殴られてから我武者羅に体を鍛えていたのが功を奏していた。
もっとも、鍛えていたのは箱庭での効果を期待したのであって、この2人にリベンジの機会が有るとは思っていなかったが。
「ちょ、離せよ!」と喚く茶髪を連れて箱庭の中に入る。
オレ達の後を追って金髪や白石さん達もやってくる。
「離せって言ってんだろうが!」とオレの手を振り払う茶髪。
箱庭の中でも茶髪なんだな。
そんな茶髪がオレの石碑を見た途端、不機嫌そうだった表情を一変させてニタリと笑う。
「何だ、お前・・・もしかしてビギナーか?そんなんで良くオレ達にケンカ売ってくれたな?」
多分、オレの石碑の空白を見てそう言ったのだろう。
「そんな事はいい。お前、白石さんから奪ったハーピーは持ってるんだろうな?」
「あぁ、持ってるぜ?返してほしいんだろ?それなら分かってるよなぁ?」
オレは無言で石碑の前まで行き、自分の仲間たちを呼び出した。
オレには自信が有った。モンスターの売買をしている奴らがオレの箱庭の住人・・・ドラゴンを見れば、その対戦を拒むはずがないと。
案の定、2人組は興奮した様子で声を上げている。
オレは、その2人に構わずシルキス達に声を掛けた。
「みんな、こんな事に巻き込んで悪いけど、力を貸してくれ」
オレの謝罪にシルキスが応える。
「ふん。アイツらが例の2人組か。如何にも軽薄そうな面構えをしておる。だが・・・進化したワシの力を試すには丁度良さそうな輩だのう」
そう言ってニヤリと笑うシルキス。
シルキスは更に言葉を続ける。
「ジューゴ、最初はワシら3人だけでやらせてくれ。ワシとザーバンスとイリアの3人にな。他の者は手出し無用じゃ。そもそも、力の具合もよく分からん者と連携するのは無理が有るじゃろう?」
「分かった。でも、危なくなったら助けに入るからな」
「・・・ふふん。その必要は無いじゃろうな」
随分と自信がありそうなシルキス。
そういえば、シルキスはジューシ姉ちゃんの箱庭の中でも類を見ないほどの凄まじい進化を遂げたと聞かされていた。
シルキスがもったいぶって見せてくれなかった、その進化の力を見せてもらえると思うと、期待せざるを得なかった。
「期待以上だぜ!まさか、ドラゴンが手に入るとはなぁ!」
茶髪が自分の石碑に手を当てながら、そんな勝手なことを言っている。
「数が揃ってりゃ、俺もブルったかもしれねぇけどよぉ・・・おら!出てこい!」
仲間を召喚する茶髪。茶髪の後ろに次々と召喚されたのは、無機質なゴーレムたちだった。その体を構成するのは木や岩石や鉄と様々で、特に数が多いのは鉄の様な体をしたゴーレム・・・アイアンゴーレム達だ。
確かに数を揃え、規則正しく整列しているゴーレムたちは壮観だった。
「どうだよ?ブルったか?」
「・・・別に?生物の仲間が居ないみたいで、可愛そうだなと思っただけだ」
「んだと!?テメェ!」
「石碑に名前を刻むには親交が必要だからな。考えを持たないゴーレムじゃないと名前を刻めないんだろう?」
「ちげーし!ちっとは意思あるし!マジで泣かすだけじゃ済まねぇぞ!テメェ!」
意外にもゴーレムたちを擁護する茶髪。
もしかして、少しはゴーレムたちに愛着があるのだろうか?
いや、そうに決まってる「ちっとは意思ある」ゴーレムたちを、これだけ揃えるのは苦労したはずだ。
「・・・それなのに何で人から奪えるんだよ!?」
「・・・あ?」
「お前がゴーレムを大事にしてるように、白石さんにとってもハーピー達は大事なんだよ!それを何で奪うことが出来るんだよ!しかも、金の為だと!」
「あぁ!?何言ってんだ?オレに説教する気かテメェ!」
にらみ合うオレと茶髪。
そこに金髪の男が声を掛ける。
「総一郎ー!さっさとやっちまおうぜー?武人さんも待ってるんだしよー。遅刻すっとマジでヤバいからよー」
「あー。そうだなー・・・。でもよぉ、ドラゴンを手土産にすれば、ちっと遅刻するくらい大丈夫じゃね?」
「そうだけどよー・・・でも、あの人、マジ、時間に五月蠅いからなぁ・・・」
「そんな心配するなよ、瞬殺だって」
この後、何やら約束があるらしい2人。
オレの方も早く終わらせるのには異論がない。
さっさと終わらせて、白石さんを安心させたいんだからな。
ここに来て初めて意見の合ったオレと茶髪は、静かに戦いの場に向かって歩き出した。




