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猜疑心と角砂糖

転校生、白石結衣は箱庭の管理者なのだろうか?

遠目ではあるが、アレは確かに魔法のピンに見える・・・。


白石さんの席はオレの2つ後ろに決まったようで、こちらに向かって歩いてきた。

その間ずっとオレの視線は魔法のピンに釘づけだった。

そんなオレの前で白石さんが立ち止まった。オレに気付いたようだ。


「あ・・・この間の・・・」

「あぁ、偶然だね。宜しく・・・」


オレは、そんな月並みなセリフを返しながら、まだ魔法のピンから視線を外せないでいた。間近で見たソレは、やはり魔法のピンだった。


軽く会釈をして、オレの脇を通り指定された席につく白石さん。

アレが魔法のピンなら白石さんは箱庭の管理者なのだろう・・・。

しかし、わざわざ見せびらかすようにして首から下げている理由が分からなかった。


休み時間になっても考え込んでいるオレの所に石崎が来て「白石さんと何か話してなかったか?何話してたんだよー」などと、こちらの気も知らないで呑気に話しかけてくるので適当にあしらっていると、白石さんがやってきた。


「あの・・・放課後・・・少し話したい事があるんだけど・・・いいかな?」

「いいけど・・・」


その様子をポカーンと見ていた石崎が、無責任に「ついにジューゴに春が来たかー」などと抜かしていたが、オレの頭の中はそれどころではなかった。


そして・・・放課後。

若干の不安もあったものの、やはり無視するわけにもいかず、オレは白石さんと一緒に駅前のカフェに来ていた。

白石さんはコーヒーを、オレは小腹が空いたのでカレーライスを頼み、注文した物が揃ったのを切っ掛けに白石さんが口を開いた。


「この間は・・・ありがとう・・・あの・・・名前・・・まだ、聞いてなかったよね?」

「あぁ、そうだね。杉崎ジューゴって言うんだ」

「ジューゴ・・・君?変わった名前だね・・・」

「まぁ、この辺りじゃ有名だから白状しちゃうけど、15人兄弟の末っ子でね」

「えっ・・・?それでジューゴって言う名前なの?」

「そう!親父が適当な人でね。でも、結構気に入ってるんだ。だから、オレの事はジューゴって呼んでくれよ」

「分かった・・・ジューゴ君・・・」


白石さんは無言でペンダントを持ち上げた。魔法のピンにオレの視線が注がれる。


「ジューゴ君は・・・これを知ってるみたいだね」

「・・・知ってるって?」

「そう。普通の人は、そんな目で、このペンダントを見ない・・・から」


何だか一瞬だけ釣り上げられた魚のような気持ちになったオレは、咄嗟に誤魔化す事にした。


「いや・・・珍しいデザインだなって思って」

「・・・そう?でも、これって箱庭の管理者にしか見えないんだよ」

「えっ!?そうなの?」


しまった。白石さんの言葉が本当かどうかは分からないが、オレは自分から箱庭の管理者である事を白状するような反応をしてしまった。

仕方ないので、開き直ることにする。


「・・・白石さんも箱庭の管理者なんだね」

「やっぱり・・・ジューゴ君も・・・」


暫し沈黙・・・。

白石さんは目の前の珈琲に次々と角砂糖と投下してゆく。

5個目を投下したところで再び、白石さんが口を開いた。


「ジューゴ君はハーピーってモンスター知ってる?」

「知ってるよ、確か翼のある女性のモンスターだよね?」

「そう。私って箱庭の中ではハーピー族の一員なんだ・・・箱庭の中では私、自由に空を飛ぶ事が出来るの・・・凄いでしょう?」

「へぇー!オレは箱庭の中じゃ普通の人間だけど、最近、空を飛ぶ事が出来るアイテムを手に入れたんだ」

「それじゃ、ジューゴ君も空を飛ぶ事ができるの?」

「まだ、練習中だけどね。白石さんは自由に飛ぶ事が出来るんでしょう?」

「・・・うん。箱庭の中では、いつも空を飛んでるわ・・・。そうしているだけで私・・・満足なんだ」


再び沈黙・・・。

オレは次の話題として、気になっていた事を質問する事にした。


「白石さんは、どうしてソレを、そんな風にペンダントにして首から下げてるの?」

「・・・だって、無くしたら困るでしょう?」

「そう?オレはいつも部屋に置きっぱなしだよ?それに、ソレは、あまり見せびらかさない方がいいと思うよ?」

「・・・どうして?」

「どうしてって・・・悪い奴に目を付けられるかもしれないし」

「でも、ジューゴ君とは、これのおかげで、今、こうしてるんじゃない?」


白石さんはあっけらかんと言っていた。

それは初めから悪い奴に狙われる事など意に介していないかのようだった。

どんな相手が来ても、返り討ちにする自信があるのか、それとも、悪い奴に出会ったことが無いのか・・・。


「白石さんは他の管理者の人に出会ったことは無いの?」

「・・・あんまり無いわ」


そういう事なら、悪い奴に出会ったことが無いのかもしれない。


「とにかく、それはしまっておいた方が良いよ」

「ジューゴ君が、そう言うなら、そうする・・・。ところで、ジューゴ君の箱庭は、どんな所なの?」

「どんな所って言われると少し困るな・・・いたって普通の異世界だよ」

「見てみたい・・・なぁ・・・見せて・・・くれる?」


・・・オレは、その返答に時間を要した。

田崎の件が無ければ、これほど警戒していなかったかもしれない。


「いいよ。見せてあげるよ」

「それじゃ・・・」

「でも、今度にしよう。オレの部屋、今、散らかってるから・・・」

「そっか・・・それじゃ、仕方ないね・・・」


ガッカリした様子でコーヒーを口に運ぶ白石さん。

オレはカレーの最後の一口を咀嚼しながら、目の前の小さな女の子に警戒心を顕わにしている自分に情けなさを感じていた。それと同時に白石さんの言動から何か引っかかるものも感じていた。


白石さんと別れたオレはジュンコさんに電話で相談する事にした。

今は遠くのイチ兄よりも近くのジュンコさんの方が心強い。


「確かに怪しいわね」

「で、ですよねー・・・」

「でも、ジューゴ君、ちょっとビビり過ぎじゃない?・・・まぁ、田崎の事があったから無理も無いけどさ」

「び、ビビってるわけじゃないんですけど・・・」

「ま、分かるわ。信じた相手に裏切られるのはキツイものね」


そうなのだ、田崎のような相手ならともかく、白石さんの様な大人しそうな女の子にまで騙されたら、流石に人間不信になりそうで、それが恐ろしいのだ。

けっして、ビビってるわけではない。


「つまり、ジューゴ君は、その相手を傷つけないように探りを入れたい訳ね」

「んまぁ、そうです」

「可愛いの?その子?」

「いっ!?いや、そう言うのは関係なくてですねー・・・」

「へぇー・・・」

「その子、楽しそうに箱庭の事を話してたんですよ。そんな風に箱庭の中の話が出来る友達が出来たらいいなー・・・って思って・・・」

「そっか。そういうことなら・・・ジューゴ君、お姉さんが協力するから安心しなさい!」



ジュンコさんの協力を取り付けて安心したオレは、白石さんを家に招くことにした。

ジュンコさんは家の近くで待機してくれている。

白石さんはオレの箱庭の中が見たいと言っていた。

だが、オレは間違ったふりをして、転送先を箱庭の管理者の世界にする。

白石さんが箱庭対戦によってオレから何かを奪うのが目的なら、これは白石さんにとって好都合なはずだ。

もしかしたら、直ぐに箱庭対戦を挑んでくるかもしれない。

そうなったら、残念だがジュンコさんの出番だ。


オレ達が家に入ってから決められた時間が経っても、オレからの合図が無ければジュンコさんが助けに来てくれる。

もし、白石さんが不審な行動を取らなかったら、一旦、箱庭の外に出て部屋からジュンコさんに合図を送り、改めてオレは新しくできた友人と箱庭の中の散歩を楽しむことが出来るのだ。


そういうわけで、白石さんを自分の部屋に案内する。

同級生の女の子と自分の部屋で2人きりってだけでも緊張するのに、箱庭の中に入るためには体の一部が接触していなければならない。

まぁ、その、手などを繋げばいいのだが、やはり、緊張する。


「ゴメン・・・その緊張しちゃって、転送先を間違えちゃった」


と嘯く。緊張しているのは本当だが。


そこで初めて白石さんの方を見た・・・。

異形の姿となった彼女の美しさにオレは思わず息をのんだ。

光を放っているようにも見える純白の翼は勿論美しかったが、元の世界と変わらない彼女自身の艶やかな黒髪と白い肌が、純白の翼の美しさと相まって見惚れてしまう程だ。


「やだ・・・そんなに見ないでよ。 ・・・恥ずかしいから」


白石さんが羽を閉じてオレの視線から、少し露出の高い体を隠す。

下半身は鳥のようだが、上半身は人間そのものだ。その上半身は際どい水着を着ているような感じである。


「あっ!いや、その、ゴメン・・・」


慌てて目を逸らすオレの視線の先には彼女の石碑があった。

遠目にも分かるほどに、彼女の石碑に刻まれている者の名は少なかった。

オレよりも少ない。あれでは多分、2,3人くらいしか居ないのではないだろうか。

それに白石さんは、何もしてくる様子は無い。

やはり、ただのビギナーなのか。


「そ、それじゃ、一旦、部屋に戻ろうか」


管理者の世界から、直接、箱庭の中に行く事も出来るが、知らないふりをして部屋に戻る。白石さんは特に異議を唱えずにオレについて来てくれた。


部屋に戻って何気なく窓を開ける。これが合図だ。

窓を開ける時に家の外で待機していたジュンコさんと目が合った。

ジュンコさんは満面の笑顔で手を振ってくれた。少し気まずさを覚えながら軽く会釈を返す。


「ジューゴ君?」

「あぁ、ゴメン、少し暑かったから・・・それじゃ、次こそ、オレの箱庭の中に行こうか」

「はい・・・おねがいしますっ」


行先はサービアの街の近くにある小高い丘だ。

手にした盾のギミックを作動させると、盾の中央に嵌められた青い石が光り、体全体が軽くなるのを感じた。それと同時に盾の表面にたたまれている翼が、金属で出来ているとは思えないほど軽やかに羽ばたき、オレの体は宙に浮いた。


オレの後を白石さんがついてくる。彼女は流石に飛ぶのが上手だった。


「・・・ジューゴ君の箱庭には人間が沢山居るんだね」


上空からサービアの街を見下ろしながら白石さんが呟く。


「えっ!?白石さんの箱庭には居ないの?」

「居ないわ・・・私の箱庭に居るのは私のような半人半獣の生き物だけなんだ・・・」

「へぇー・・・人間が居ない箱庭もあるんだねぇ。せっかく異世界に来てるんだから、人間以外の体っていうのもいいかもね。例えば、半魚人になって海を自由に泳いでみるのも楽しそうだ」

「・・・そんなに良いものでもないよ?独自の風習には慣れないし、それに人間を食べるモンスターになったら・・・大変だよ?」

「えっ!?白石さん、人間食べるの!?」

「・・・そうだよ。ところでジューゴ君って・・・美味しそうだね」

「ぅえっ!?」

「・・・冗談だよ。さっきも私の箱庭には人間は居ないって言ったじゃない・・・」

「あっ・・・そういえば・・・」


冗談とか言うタイプに見えなかったから真に受けてしまった。

オレと白石さんは空の上で他愛のない話を続けた。

そういえば誰かと一緒に空を飛ぶのは初めてだ。

オレは少し・・・いや、かなり満足だった。

シルキスがジューシ姉ちゃんの箱庭から戻ってきたら一緒に空を飛ぼうかな。


そんな事を考えながら気持ち良く飛んでいたオレの目に、空に立ち上る幾筋かの煙が見えてきた。あれは・・・セカンディアの街だ。

何者かにセカンディアの街が襲われている。


「白石さん、ゴメン!助けに行かなきゃ!」

「わ、私の事は気にしないで?」


滑空してセカンディアの街に近付く。

街を襲っていたのはオークやゴブリンなどの亜人たちだった。


オレは軽くショックを受けながら、適当なオークを捕まえて”王の威光”を発動しながら尋問した。


「何してるんだお前ら!もう戦争は終わったはずだろうが!」

「にっ!人間!?お前の方こそ何言ってるんだプギー!人間を一匹残らず皆殺しにするまで戦争が終わる訳ないピギー!」

「お前ら、魔王軍だろう?王の意向に逆らうのか!?」

「魔王?あんな腰抜けなんか関係ないプギ!えぇぃ!いい加減に離すブギィー!!」


オークがジタバタを暴れて、オレの手から逃げ出す。

その背中を呆然と見送りながら、オレは自分の考えの甘さを思い知った。

オレだって、魔王が停戦を宣言したところで直ぐに争いが無くなるとは思ってなかった。それでも少しずつ、良い方向に向かうのだと思い込んでいた。

しかし、目の前の現実がオレの展望が幻想に過ぎない事を示していた。


そんなオレを亜人たちが取り囲む。


「人間が、たった一人で街から出てきやがった」

「へっへっへ、良さそうな鎧を着てやがる」


この世界でも同じだ。戦争は色々な思惑を巻き込んで回る歯車のようなものだ。

一つのギミックを止めた所で都合よくピタリとは止まらないのだろう。


オレは諦めて腰に下げた魔剣を抜いた・・・。




・・・戦いが終わって項垂れながら座り込んでいるオレに、白石さんが声を掛けてくれた。


「・・・大丈夫?」

「オレさ・・・箱庭の中の世界の事が好きなんだ。あのオーク達もひっくるめてさ」


だから、命を奪いたくなかった。だから、彼らの武器だけを破壊したのだ。

オレの魔剣は格別で亜人たちの武器をスパスパと切り裂き、無力化していった。

だが、武器を失っても彼らの士気は衰えることなく、オレは次第に劣勢に追いやられていった。

そんなオレを救ったのは、街の外壁から放たれた弓矢や投石による援護だ。

オレの周りには事切れたオーク達の死体が転がっている。


街からは歓声が上がっている。

その中には街を救った形となったオレに向けられる賞賛の声もあった。


「白石さん、ここは五月蠅いから余所へ行こう」

「・・・う、うん・・・」


オレは、街から上がる声から逃げる様に空高く飛び上がった。

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