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配合と進化

戻ってきたジューシ姉ちゃんがオレに話しかけてきた。

もうジュンコさんに負けたショックからは立ち直っているようだ。


「ねぇ、ジューゴ、私たちの戦い見てどうだった?凄かったでしょう?」

「うん。ギムギムも凄かったけど、あの進化のコトワリってのにはビックリしたよ」

「へへー!そうでしょう!ジューゴ、私にドラゴン預けたくなっちゃったんじゃないのー?私の箱庭で進化させちゃうよー?」

「あー・・・確かに興味はあるかも」

「ホント!?じゃあ、善は急げね!」


まぁ、シルキスと話をしてみるくらいならいいよね。

ジューシ姉ちゃんに引きずられながら石碑の前に立ったオレはシルキスを召喚した。


「おぉ、ジューシ殿ではないか、久しぶりだのう」

「うへへへ・・・久しぶりー!」

「う・・・ジューゴ・・・ジューシ殿は大丈夫か?なにやらワシを妙な目で見ておるが・・・」

「あー・・・大丈夫・・・だと思う。ところで、わざわざここに呼んだ理由だけど・・・」


オレは進化のコトワリについての説明をし、先ほどの戦いで進化を経て善戦したオーランドについて語った。

オレの話を真剣に聞いてくれていたシルキス


「更なる力にはワシも興味がある・・・ジューゴがそこまで言うなら説明くらいは聞いてやろう・・・」


と言ってくれたが、目の前のドラゴンに見とれて話の通じないジューシ姉ちゃんに何やら不安そうだった。


ジューシ姉ちゃんの目の前で手を叩くと、我に返ったジューシ姉ちゃんが気を取り直して説明を始めた。


「進化のコトワリは、苦境に置かれた者が進化する可能性があるというコトワリよ。

誰でも進化する訳じゃないから、進化しなくても私の事恨まないでよね?」

「なるほど」

「進化するためには箱庭対戦がうってつけなのよ。命の危険もなく、ピンチを何度でも体験できるからね」


なるほど、信頼できる対戦相手・・・例えばイチ兄のような相手が居れば、ノーリスクで進化した力を得ることが出来るのか・・・羨ましいコトワリだ・・・それがジューシ姉ちゃんの箱庭の強さの秘訣なのかもしれない。


「ただし!一つ条件が有るわ!シルキスには私の箱庭で少しの間、過ごしてもらうわ」

「え?何で?箱庭対戦で進化させるんだろう?」

「ジューゴ・・・何事もタダと言うわけにはいかないのよ。それは姉弟の間でもね」

「どういう事?」

「それは私の箱庭の、もう一つのコトワリ。配合のコトワリが関係するのよ」


・・・何か嫌な予感がする。


「シルキスさんには、私の箱庭で卵を産んでもらうわ!」

「ジューゴ、悪いな。ワシは帰る。この話は無かったことにしてくれい」

「ちょちょちょ、ちょっと待って!シルキスさん!」

「ジューシ殿!ワシは誰かも知らん相手とツガイになるのは嫌じゃ!」

「違うの!そうじゃないんだってば!」

「何が違うのだ?ワシだってツガイが居なければ卵が生まれんことくらいは知っておるぞ」

「それは、シルキスの居る世界ではそうかもしれないけど、私の箱庭では違うのよ。私の箱庭では特別な場所・・・聖域って言うんだけど、そこで2匹のモンスターが暫く一緒に居るだけで、2匹の特性を引き継いだモンスターの卵が産まれる・・・というか、どこからともなく卵が現れるのよ」

「卵が?どこからともなく現れるだって?」

「何よジューゴ、そのかわいそうな人を見る様な目は・・・。本当なんだってば!それが、私の箱庭のもう一つのコトワリ、配合のコトワリなの!」


オレとシルキスとで暫く見つめ合った後、二人同時に溜息を吐いた。

実の姉とはいえ、そんな話は信じられない・・・。しかし、イチ兄がフォローを入れる。


「ジューゴ、ジューシの言ってる事は本当だよ?私はジューシの箱庭の中で見た事があるから間違いない」


オレは暫く悩んだ後、シルキスを説得してみる事にした。

「た、試しに行ってみる?シルキス」

「嫌じゃ! ・・・そうじゃ、ザーバンスに行かせよう。あやつなら決まった相手もおらんはずじゃ」


オレを余所にジューシ姉ちゃんとシルキスの間でとんとん拍子に話が決まってゆく。

そうして、何も知らないザーバンスを呼ぶ事になった。

ザーバンスには気の毒だが、ドラゴンの進化にはオレも興味が有る・・・。


「なに!?進化?今より格段に強くなれるんだって?」


進化のコトワリについて説明を受けたザーバンスは乗り気だ。

やはりというか・・・配合のコトワリについては説明が省かれている。

進化の為には一度、ジューシ姉ちゃんの箱庭に行かなければならない。

確かにジューシ姉ちゃんの箱庭に行かなければ進化のコトワリが適用されない。

しかし、進化する為だけだったら、ジューシ姉ちゃんの箱庭に長期滞在する必要は無いが、何も知らないザーバンスは「せっかくだから、観光がてら私の箱庭を見て回ってはどう?」というジューシ姉ちゃんの提案を受け入れていた。


オレはザーバンスが何も知らないままだというのは、流石にあんまりだと思い、口を挟もうとしたが、それはジューシ姉ちゃんとシルキスの無言の圧力によって阻止された。

シルキスも進化には興味があるようで、ジューシ姉ちゃんと利害が一致しているようだ。ザーバンスは、そんな姉二人の共謀の犠牲となったのだ。


そして箱庭対戦が行われた。

対戦相手は頭に大きな花を咲かせた少女だった。その花から発せられた催眠効果のある香りによって、ザーバンスが眠りにつく。

無駄に傷つくことなく、ザーバンスはジューシ姉ちゃんの箱庭に旅立っていった。

こうなったらマッドな笑みを浮かべている姉を信じる事にしよう。


「それじゃ、しばらく時間が経ったら、こっちから連絡するわ・・・うふふふふふぅ・・」


ジューシ姉ちゃんは、そう言った後、ボソッと独り言を呟いた。


「これでヘビ狩りも捗るわ」

「・・・ヘビ狩り?」

「あら聞こえた?」


かろうじて耳に届いた独り言にオレが反応して聞き返す。

すると、少し離れた所に居たイチ兄がジュンコさんとの話を打ち切って、ジューシ姉ちゃんの傍にまでやってきた。


「ジューシ・・・ヘビ狩りって聞こえたけど・・・?」

「あ・・・いや、何も言ってないけど・・・」

「それは、もしかしてスネークバイトの事だろう?・・・君はまだ、そんな事をしていたのか?」


イチ兄がいつにない強い口調でジューシ姉ちゃんに問い詰める。

ジューシ姉ちゃんは、オレをキッと睨みつけてきた。

ジューシ姉ちゃんの独り言の声は小かったから、離れた所に居たイチ兄の耳に届いたのはオレの声だ。恐らく、それが原因でジューシ姉ちゃんは恨めしそうな目をオレに向けているのだろう。

オレは目を逸らしながら、耳は2人の会話に向けていた。


「え・・・その、えーっと・・・」


焦りながら、しどろもどろになるジューシ姉ちゃん。


「危険だからやめなさい、と言ったよね!?」

「で、でもイチ兄・・・あいつらの箱庭、てんで弱いし・・・」

「そう言うことを言ってるんじゃない!!君は箱庭の中では無敵かもしれないが、箱庭の外では普通の女の子なんだぞ!?」

「うぅ・・・」


オレは隣に立つジュンコさんに何事なのかを聞いてみる。

ジュンコさんは最初は言い渋っていたが、いつもは温厚なイチ兄があれだけ怒る理由を知っておきたいと言うと、仕方なく教えてくれた。


ジューシ姉ちゃんが言っていた「ヘビ狩り」というのは、てっきり箱庭の中でヘビ型のモンスターでも狩るという意味なのかと思っていたが違うようだ。


ジュンコさんの話によると、どうやらスネークバイトというWebサイトが有り、そこでは箱庭の中のモンスターをオークションでやり取りすると言う、なんとも胸糞の悪い行為がなされているという。

ジューシ姉ちゃんは、そこで気になるモンスターを見つけると落札して、出品者に会い、箱庭対戦で根こそぎ奪ってしまうらしい。


そういうオークションを開催しているサイトは何種類かあるらしい。

だが、流石に生物をやり取りしている所は殆ど無いそうだ。

ネットオークションで主にやり取りされるのは箱庭の中の物品やコトワリなのだが、そう言った暗黙の了解を無視してモンスターを専門でやり取りしているのが、スネークバイトというサイトなのだそうだ。


もしかしたら出品者たちは、人間ではなくモンスターなら良いとでも思っているのかもしれないが、モンスターをこよなく愛するジューシ姉ちゃんにとっては憎むべき相手なのだろう。その気持ちは分からないでもないが、イチ兄の言う通り、逆恨みでもされたら危険だ。


不貞腐れたジューシ姉ちゃんの一応の謝罪で、怒ると怖いイチ兄の説教に幕が下りた。

そうして、今すぐにでも帰ってドラゴンを愛でたいジューシ姉ちゃんに配慮する形で、この4人の集まりはお開きとなった。



ザーバンスが帰ってきたのは、その2週間後だ。

ザーバンスは終始、配合のコトワリには気付いていない様子だった。


「滞在中は、わざわざ部屋が用意され、そこでは獣人のメスが身の回りの世話を焼いてくれていた」


帰ってきたザーバンスはそう言っていた。

その口調は、まるで、ちょっとした旅行から帰ったかのようだった。

しかも、滞在していたホテルのサービスが良かったかのような満足そうな口調だ。

その様子を見る限り、ジューシ姉ちゃんの言うとおり、配合のコトワリにアレやコレは必要ないようだ。

察するに、その獣人のメスが配合相手か・・・。どんなモンスターが生まれるんだろう・・・。


「それにしても・・・それが進化した姿か・・・」


しれっと、何も知らない弟に声を掛けるシルキス。


「あぁ!ばっちり進化させてもらってきたぜ?もう姉上よりも強いかもな!」


何も知らないザーバンスが快活に答える。

知らない方が良いって事もある。


オレは改めて進化したザーバンスの姿を見上げた。

雄々しい銀竜であるザーバンスは、更に逞しく、大きくなったように見えた。

・・・それだけではない。一番に目を引くのはユラユラと揺れる尻尾だ。

その尻尾の先には以前には無かった鋭利な刃があった。

他にも腕や頭頂部にも刃がついている。尻尾の先の刃以外は普段は折りたたまれている。ジューシ姉ちゃんは、そんなザーバンスをブレードドラゴンと名付けたそうだ。


ジャキン!という音と共に折りたたまれていた腕の刃を得意げに展開するザーバンス。


「少なくともジューシの箱庭の中では、この刃で斬れない物は無かったぜ?」


ザーバンスから今まで感じた事の無かった凄味のようなものを感じる。

進化によって得た力を目の当たりにしたシルキスは自分とイリアを進化させるべくジューシ姉ちゃんの箱庭に旅立っていった。



それからは何事も無く日々が過ぎて行った。


そうそう、石碑に新たに追加された名前もあった。なんと、ディーバスだ。

相変わらず、修業を付けてくれるディーバス。修行中は「才能が無い!」とか「時間の無駄」とか「魔王様に言われて仕方なくやっておるのだ」とか言ってくるのだが、石碑にディーバスの名を見つけた時は、それでも少しは認められている気がして嬉しかった。


まだまだ相変わらず石碑には空きスペースが目立つが、個々の力は十分だとイチ兄のお墨付きを貰ったし、順調に増強されてゆく箱庭の中の戦力にオレは満足していた。


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