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祝宴と鎧と獣

オレ達は魔王城に戻ってきた。

箱庭の外の世界を知る者・・・オレを始め、魔王やクーデル達にとっては当然の戦果だったが、アンリエッタや他の者にとっては驚愕の結果だったようだ。


作戦に参加した”魔王軍の精鋭たち”が、今回の作戦に呼ばれた理由は、実の所、リーディアの力を誇示するためであった。その成果も十分に得られたようで、作戦後、魔王軍の者たちは口々に魔王を称えている。



魔王城ではささやかではあるが、祝勝会のようなものが開かれ、そこでアンリエッタが飲み物を片手に話しかけてきた。


「なんか複雑な気持ちです・・・」

「なにが?」

「先代魔王は人間たちにとっても脅威です。それが無くなったのは喜ばしいのですが、それをいとも簡単に打ち破った力・・・あんなに凄い力・・・私は見た事がありません。あれが人間に向けられたらと思うと・・・」

「そんな事には多分ならないよ。魔王軍が領土を求めていたのは、あのアンデッドの群れが居たからだし、それに今回の作戦で魔王の権力は盤石なものになった。

じきにリーディアの口から終戦が宣言されるんじゃないかな?」

「・・・本当でしょうか?」


確かにリーディアは人間達を恨んでいる。

だが、リーディアとレヴェインにはイチ兄の箱庭で得た力を理由も無く人間達に振るわないように約束をしていたし、オレもそれを信じていた。


もし、万が一、約束を違えた場合の事も考えていないわけではない。

箱庭の管理者であるオレなら彼らを箱庭から追放する事も可能だ。イチ兄の協力は必要だが。


何にしても、人間達との戦争は依然続いており、魔王軍の中にも人間達への恨みが深いものも居るだろうし、その恨みの声を抑えるのは容易ではないだろう。

しかし、リーディアが見せた力で暫くは抑えが効くだろうし、オレも協力を惜しまないつもりだ。


オレは暫く考え込んでいたが、アンリエッタの不安そうな表情に気付いたオレは思案を中断して、とにかくアンリエッタを安心させることにした。


「大丈夫だよ。リーディアもレヴェインも、この世界の敵には興味が無いだろうからね」

「箱庭の外・・・ですか。私にはまだ信じられません・・・」

「この世界の外にも世界が広がっているんだ。いつかアンリエッタにも見せてあげるよ」

「そういえば、レヴェインさん達は別の箱庭で力を得たって言ってましたね」

「あぁ、そうだよ」

「それって、私にも出来るでしょうか」

「アンリエッタが!?」

「やっぱり、私なんかじゃ駄目ですかね・・・」

「いやいや、そんな事ない!そんな事ないけど、アンリエッタが箱庭の外に興味を持つとは思わなかったな」

「クーデルやリーディアさんの力を見れば、私だって・・・って思いますよ。やっぱり」

アンリエッタの意外な積極性に驚いたが、思い返せば冒険者を目指して奮闘していた辺り、オレの知らない野心が有るのかもしれない。

何とかしてあげたいと思うが、軽々しく約束できる事柄でもないので「考えておくよ」と返した。


「まぁ、その前にクーデルの事を完治させなきゃ、いけませんけどね」


アンリエッタは、そう言い残してクーデルの方に歩いて行った。

入れ替わりにやってきたのはシルキスだ。


「何を話しておったのだ?」

「あぁ、シルキスや魔王は凄いなって話と箱庭の外の話をちょっとね」

「ふん。持ち上げても何も出んぞ。それに、あのアンリエッタという娘も大したものだ。彼女の癒しの力にはワシも助けられたからな」


そうなのだ。狂化によって精神にダメージを負った3匹のドラゴンを助けてくれたのは彼女だった。先ほどの彼女の希望・・・他の箱庭への留学。前向きに検討しよう。


時間を忘れて会食を楽しんでいたオレだったが、忘れたままというわけにもいかない。

そろそろ帰らなければ。

黙って帰るのも悪い気がしたオレはレヴェインに一言、声を掛けてから帰る事にした。


「レヴェイン。オレ、そろそろ帰るよ」

「おや、お早いお帰りだね。まだ、ゆっくりして行けば良いのに」

「いや、明日は朝早くにイチ兄に会いに出かけるんだ」

「そうだったのか、ハジメ殿に宜しく伝えてくれ」

「あぁ、分かった・・・というよりも、実際に会って自分で言えばいいだろう?レヴェインの事も呼ぶからさ・・・都合悪いかな?」

「そうか、そうだな。今日の報告もあるし、是非呼んでくれ」


レヴェイン達に別れを告げて、自分の部屋に戻ってきた。

それと同時に腹の虫が鳴る。箱庭の中で散々飲み食いしたわけだが、こっちと向こうは別腹らしく、こっちの胃袋は空っぽのままなのだ。

余分に食事を楽しめるのは嬉しいが、面倒でもある。

仕方なくカップラーメンにお湯を注ぎ、一人寂しくすすった。

箱庭の中で食べた豪勢な食事が遠く感じる。



翌日の夕食は豪勢だった。

場所はイチ兄のマンション。

2人の女性が腕を振るった料理の数々がダイニングテーブルの上に並んでいる。

作ったのは、ジューシ姉ちゃんとジュンコさんだ。

ジューシ姉ちゃんが作る料理が上手いのは昔から知っていたが、ジュンコさん腕前は、それ以上だった。

男勝りな外見からは想像も付かない程の繊細な料理の数々・・・。

どうやらジュンコさんはイタリア料理のレストランで働いているらしい。


「彼女はね、東京の有名店でスーシェフまで務めたんだよ。その有名店には今も行くけど、ジュンコさんが辞めてからは味が落ちたって評判だよ。常連の間では彼女を引き留める様に店に直談判した者も居るくらいなんだよ」

「へぇー・・・どうして辞めちゃったんですか?」

「アタシの実家の近くに小さなイタリア料理が有るんだけど。小さい頃から、そこで働くのが夢だったんだ。でも、そこの親父さんが頑固で中々許してくれなくてね。でも最近、”ようやくマシなものが作れるようになったじゃねえか”って言ってくれてね」


ジュンコさんの料理修行の話で盛り上がる3人と一心不乱に食べ続けるオレ。

こんな美味いものが食えるイタリア料理屋が地元に有ったなんて・・・一生の不覚。

だが、その店は看板も出していない一部の食通だけが知る名店だそうだ。

一介の高校生に過ぎないオレが知らないのも仕方ない。

そんな店じゃ、オレみたいな高校生には手が届かないかもしれない。値段的にも敷居的にも。バイト・・・しようかな。


全ての料理を平らげたオレはソファーの上で動けなくなっていた。


「無理してワタシが作った料理まで全部食べなくてよかったのにー・・・」


そう言うのはジューシ姉ちゃんだ。だが、姉ちゃんの作った唐揚げも食べ損ねる訳にはいかない。思い出補正なのか、姉ちゃんの唐揚げはジュンコさんの料理にも勝るとも劣らない味だった。


「大丈夫かい?ジューゴ」

「あぁ、もう大丈夫」


イチ兄に手を引かれ、ようやくソファーから立ち上がる。

立ち上がった後も手を離さないイチ兄に「一人で歩けるから」と言い、手を離す。

残念そうなイチ兄と、その様子を見て「兄弟仲が良くていいわね」とクスクス笑うジュンコさん。


箱庭の中に入ると、苦しかった胃袋から解放された。


「ジュンコさん!早速、対戦しましょう?今日こそ負けないからね!」

「いいわよ。また返り討ちにしてあげるわ」


今日、集まった理由の一つがこれだ。

ジュンコさんとジューシ姉ちゃんは、こうして時々会っては箱庭対戦をしていたそうだ。オレは、その見学というわけだ。


2人は、それぞれ箱庭の住人を召喚する。

ジューシ姉ちゃんが召喚したのは巨大なライオンだ。全長は3メートルを超え、その全身から力が溢れだしているかのようだった。


そして銀色の仮面を付けたジュンコさんは全身を鎧に包んだ騎士風の者を召喚した。

召喚された者も仮面を付けており、男だか女だか分からない。

その銀を基調にした姿に目を奪われていると、気の弱そうな声が聞こえてきた。

その声の主はすぐには見つからなかった。その声は屈強そうなライオンの口から発せられていたからだ。


「ジューシさぁん、また戦うんですかぁ?ボクじゃ勝てませんよぉ」

「アンタこの間、次は勝つって息巻いてたじゃないの。もう忘れちゃったの?」

「それは、その・・・勢いって言うか・・・」

「大丈夫!アンタなら勝てるって!自信を持ちなさい!アンタに足りないのは自信だけなんだから」


イチ兄の話だと、あのライオンが勝てばジュンコさんの箱庭で作った、ライオンの体に合わせた鎧をオーダーメイドで作ってくれるという約束らしい。

ライオンには想いを寄せるメスが居るらしく、そのメスを口説き落とすためにも鎧が欲しいそうだ。


「確かに、あの鎧は格好いいけどさ、鎧が有れば口説き落とせるってどうなの?」

「いや、見た目の問題じゃなくて、あのライオンが好意を寄せるメスライオンが言ったらしいんだ。自分よりも強い相手じゃないと付き合うことは出来ないって。それで、挑戦したあげく惨敗したそうだよ」

「それで鎧を着こんで再挑戦ってわけ?いいのかな、それで」

「確かに微妙だけど、メスライオンとは話がついているらしいよ。まぁ、ジュンコさんの箱庭の鎧を着れば確実に勝つことが出来るだろうね」

「そんなに凄いの?ジュンコさんの所の鎧って」

「あぁ、彼女の箱庭には機巧のコトワリというのが有ってね・・・まぁ、見ていればわかるよ。戦いが始まるようだ」


先ほどまでの弱弱しい物腰が嘘だったかのように、雄々しく飛び掛かるライオン。

騎士は、それに対して盾を構える。円形の盾だ。

その円形の盾の淵にギザギザの刃が飛び出し、高速で回転し始める。

ライオンが盾に爪を立てるが、回転する盾に弾かれてしまった。


「何だあれ!すっげぇ!」


オレが驚きの声を上げる。

攻防はなおも続く。

ライオンの口から炎が吐かれた。しかし、高速回転した盾に掻き消される。

しかし、炎は目晦ましに過ぎない。本命は騎士を死角から狙う爪と牙だった。

騎士は狼狽えた様子も無く、不意打ちに対処する。

モーター音のような激しい音を発しながらドリルの様に回転した槍を突き出し、ライオンを牽制する。


グルルル・・・と喉を鳴らしながら威嚇するライオンだったが、両者の間に距離が空いてゆく。


「こらっ!オーランド!退くな!距離を空けたら駄目って何度も・・・」


ジューシ姉ちゃんがライオン・・・オーランドに向けて檄を飛ばす。

その言葉が言い終わらないうちに、騎士の方に変化が有った。

騎士の腹がガシャンと開き、中からボウガンがせり出してきて、ライオン目掛けて矢を発射したのだ。

矢は連続で打ち出され、オーランドは必死に避けようとするが、肩口に矢を喰らってしまう。


「ほら、言わんこっちゃない!」


ジューシ姉ちゃんは、そう言って肩を落としている。

オレはというと、別の事が気になっていた。

あの騎士の鎧の中には人が入っていないのだろうか。あのボウガンや、打ち出される矢の数を考えると、とても鎧の中に人が入るスペースが有るとは思えない。


「ねぇ、あの騎士って・・・」


オレがイチ兄に向かって、そう言い掛けた時、ジューシ姉ちゃんの口から歓声が上がった。戦況に変化が有ったようだ。


「進化キター!」

「へ?進化?」


素っ頓狂な声を上げるオレにイチ兄が説明してくれた。


「進化のコトワリだ。ジューシの箱庭のコトワリだよ。彼女の箱庭の住人は苦境に置かれると急速に進化する事があるんだ」


オーランドの体が一回り大きくなり、そして背には翼が生えている。

変化したのは姿だけではなかった。

そのスピードが大幅に上がっており、以前は騎士に近づく事も出来なかったオーランドは今や騎士に何度となく爪による攻撃を加えていた。


「いけー!オーランド!アタシはアンタが出来るモンスターだって信じてたわー!」


なんだか無責任な感じのジューシ姉ちゃんの歓声が上がる。

それにしても進化か・・・以前、ジューシ姉ちゃんとの箱庭対戦でシルキスとスピーネルが戦ったけど、その時はシルキスが勝ってスピーネルがこっちに来たけど、もし、シルキスが負けてジューシ姉ちゃんの箱庭に行っていたら、オーランドの様に進化していたのだろうか・・・。

オレは今でも十分に強い盟友のドラゴンが進化した姿を思い描いていた。


そんな妄想をしている間に勝敗が決していた。

大量の出血をしながら地に伏せるオーランド。

オーランドの体を切り裂いていたのは例の円形の盾だった。

オレは見逃してしまったが、後からイチ兄に聞いた話によると、オーランドが勝利するかと思われた瞬間、丸鋸のような盾が勢いよく発射され、そのギミックを想像もしていなかったオーランドの体に直撃したそうだ。

円形の盾からは鎖が延びていて、ヨーヨーの様に巻き取られて騎士の左手に戻った。


「油断したわね、オーランド・・・」

「すみません、ジューシさん・・・」

「でも、進化したじゃない。見直したわ。今は目を閉じて楽にしなさい?苦しいのもすぐに治るから・・・」


オーランドが光の粒になって消える。

ジューシ姉ちゃんは「はー!負けた!負けた!」と叫びながらクルリと振り向いて、こちらに戻ってきた。

無理して明るく振る舞っているように見える。


「ごくろうさま、ギムギム」


ジュンコさんと勝利した銀色の騎士ギムギムも、こちらにやってきた、


「また負けちゃいました。でも、また挑戦させてもらいますよ?」

「それなんだが、オーランドには鎧を作ってやろうと思っている」

「え!?」


ギムギムの言葉に驚くジューシ姉ちゃん。


「あの獣はワシの鎧に相応しい力を示した。もう十分だ」

「本当ですか!?」

「約束しよう。一ヶ月ほど時間が掛かるが、次にオーランドがオヌシの箱庭に戻る時にはワシの作った鎧に身を包んでおるだろう」

「あっ、ありがとうございます!ギムギムさん。それにジュンコさんも!」


勢いよく頭を下げるジューシ姉ちゃん。

「オーランドにも教えてあげなきゃ!」と言って石碑の方に走ってゆく。


オレは相変わらずギムギムの鎧の中身に興味津々だった。

そんなオレの視線に気付いたのか、ギムギムが話しかけてきた。


「何だ?小僧。貴様もワシの作った武具が欲しいのか?」

「えっ!?あ・・・えーと、ほ、欲しいです」

「ふむ・・・」


ギムギムはオレを値踏みするように見る。

そして、オレの目の前で跪いた。

オレが疑問に思っていると、ギムギムの兜の辺りがパカッと空いて、中から小人が降りてきた。尖った耳を持った小人の老人だ。

それがギムギムだった。

鎧の中には良く分からない機械が詰まっている。


ギムギムは、オレの周りをクルクル回りながらオレを観察する。


「ふむ。なかなか見どころが有りそうだが、オヌシは管理者か?それでは、おいそれと戦うわけにもいかんな・・・。見た所、盾を持っておらんようだな。では、次に会う時に適当な盾を見繕って持って来てやろう。オーダーメイドというわけにはいかんが、それで良いか?」


それは是非も無い。

オレはギムギムに礼を言って、その好意を受ける事にした。


「良かったわね。ギムギムが初めて会った人間に武具を譲る約束をするなんて珍しいのよ」


とジュンコさんが教えてくれた。

「そうなんですか、嬉しいな」なんて返しつつも、ジュンコさんの姿をマジマジと見る。銀色の仮面・・・もしかして、この裏には小さいジュンコさんが入っているのだろうか・・・。仮面を外したい衝動を必死に抑えながら、オレは皆と談笑するのだった。


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