殲滅
「捜索隊だと?それはご苦労だったな、だが吾輩は自分の意思でここに居るのだ」
建物の中から現れた杖を持った陰気な男は、そう言い放った。
逃げ遅れた者が居るかと思って来てみれば、こんな変人が1人とは・・・。
とんだ迷惑な話だ。だが、このままだと街ごと焼かれてしまう。
こんな奴でも、知らぬ間に死んでしまうのは忍びないし、街が壊れてしまうのも惜しい。
「アンタが此処に居座ると迷惑なんだ。アンタが何で、ここに居るかは知らないけど、オレ達と一緒に街を出てくれないか?」
「断る。吾輩は研究の途中だ。機材も有るし、ここから離れるつもりはない」
「そんなことを言ってる場合じゃないんだって!ここに居たら街ごと焼かれちゃうんだぞ?」
「何!?それは困る。何としても阻止せねば」
え?阻止?そうじゃなくて脱出してくれよ。
イマイチ話の通じない変人に困っていると変人は聞いても居ないのに、更に話を続けた。
「だが、タイミングは良かったな。これも日ごろの行いの賜物か。
ようやく一つの成果を上げることが出来た所だ。
それを使って、吾輩の研究対象を焼き払おうなどと抜かす愚か者どもを駆逐するとしよう・・・出てこい!エボニー、アイヴォリー!」
男の声に呼応するように建物の壁を突き破って2つの何者かが現れた。
「見たまえ。これが吾輩が生み出した合成アンデッドだ・・・。本当はドアを開けて普通に出てきてほしかったのだが、まだ知能に問題があるようだな・・・まぁいい。
エボニー!手始めに、此奴らをアンデッドにしてしまえ!」
エボニーと呼ばれた男が一歩前に出る。全身にコールタールを塗りたくったように真っ黒でドロドロとした質感の男が体を大きく揺すると、そのドロドロとした黒いモノがオレ達に向かって飛ばされた。
皆、手にした武器やアンデッド達を利用して、それを躱す。
男の言葉を信じるなら、それが体に付着すればアンデッドになってしまうかもしれないからだ。
エボニーの体からはとめどなくドロドロが噴き出しており、続けざまにドロドロを飛ばしてくる。
しかし、上手くかわすオレ達に苛立ちながら男は、もう一方の巨大なスケルトンのような容姿の者に命令を飛ばす。
「ちっ!大人しくアンデッドになってしまえば良いものを!しかし、エボニーのゾンビーエキスは対象が死体になっても効果がある。アイヴォリー!そいつらを叩き潰してしまえ!」
その命令に反応した巨大なスケルトンが動き出す。
それならば命令を発している男を先に倒してしまおうと、ブランゼルが男に向かって走る。
エボニーのドロドロを躱しながら斬りかかるが、大剣を持ったアンデッドに阻止されてしまう。
「ちっ・・・!」
「おぉ!良くやったザンバー!」
その間にアイヴォリーが、こちらに突進してきた。
後ろにアンリエッタを庇っているクーデルは退く訳にもいかず、それを正面から受け止めた。
ズシン!という重い音が響き、クーデルの足元の石畳が割れ、足が深く沈む。
「何と!全身を高密度の骨で構成しているアイヴォリーの突進を受け止めるとは!何という少女だ!お嬢ちゃん、お名前は?吾輩のラボに行かないかね?」
「行くわけないだろ!この変態野郎っ!!」
「行くわけナイダロ!」
オレの叫びを何故か真似するクーデル。
オレは叫びながらもアイヴォリーの足を斬りつける。
足を失い、その場に倒れるアイヴォリー。オレの魔剣の切れ味は健在だ。
だが、その成果に満足したオレは油断していた。
「危ない!ジューゴさん!」
アンリエッタの声でオレに迫るドロドロに気付く、躱し切れないと諦めかけたその時、
スピーネルがオレを庇ってくれた。
ドロドロを受けて黒く濁るスピーネルだったが、直ぐにクリアーな水色に戻る。
「スピーネル!大丈夫か!?」
何事も無かったかのようにプルプルと返事をするスピーネル。
良かった・・・どうやらスピーネルには効果が無いようだ
それならと、スピーネルにドロドロを受けてもらいつつエボニーに近づく。
アイツを何とかしなければブランゼルさん達も思うように動けない。
そうしながらオレは男に怒りをぶつける。
「いい加減にしろっ!アンデッドにする毒だと!?このアンデッド達がどれだけ世界に害悪を及ぼしているのか知ってるだろう!?」
「ふん。小僧、害悪だと?アンデッドの素晴らしさが理解できんのか?吾輩が生み出した合成アンデッド・・・エボニーとアイヴォリーを目の当たりにしても、その素晴らしさが分からんのか?」
「さっぱり分からないね!」
「大抵の凡人はそう抜かす。ふん、つまらん連中だ。だから、吾輩はアンデッドを生み出す毒を発明したのだ。研究に理解を示さん凡人共でも吾輩の役に立てるようにな!」
そうしている間にエボニーを間合いに捕えたオレはエボニーに斬りかかる。
エボニーはドロドロを飛ばす以外に術を持たないのか、オレに背を向けて逃げ出した。
だが、その背中をオレは斬りつける事に成功した。
その場に倒れるエボニー。しかし、傷は浅かったようで、またもドロドロを飛ばしてくる。
「ちぃ!ザンバー!その小僧を殺してしまえ!」
だが、その声に反応した一瞬のすきを付いたブランゼルの魔剣がザンバーを捉える。
大剣を手にした方の腕を斬り飛ばされ、狼狽えたかのように後退りするザンバー。
そして、ザンバーに止めを刺す元狂戦士たち。
ほぼ、勝負は決していた。
スピーネルの中で溶けてゆくエボニー。
クーデルに粉砕されたアイヴォリー。
「あぁ、そんな馬鹿な・・・」
男はその場に崩れ落ちる。
オレは男に止めを刺そうと歩み寄る。
そんなオレの背後からレヴェインの声がした。
「まさか、生存者かと思ったら君だったとはね・・・ワイズベル」
「レヴェイン!」
「遅くなってしまってゴメンよ。父上を荼毘に付していたのでね」
「決着・・・つけたのか」
「あぁ、君たちのお陰だ。ちなみに病院にも生存者は居たよ。逃げ遅れてしまった少女がね」
その少女はディーバスにしがみついて居た。
ディーバスは「あまりくっ付くな!動きずらい!」とか言いながら、器用に空いている3本の腕でアンデッド達を斬り伏せている。
「そっか、苦労して見つけた生存者が、こんな変態だけだったらガッカリしていた所だ」
「それもそうだね。レイスゲイル、ワイズベルを拘束しろ。彼には聞きたい事がある」
「承知しました」
「では、一刻も早く、ここを離れよう。姉さんが待っている」
「いやだぁ!ここには貴重な機材が有るんだ!吾輩はまだ、研究を続けなければならないんだぁ!」
喚くワイズベルを無視してレヴェインの転移魔法で転移する。
「ただいま」
「ふむ。作戦は成功したようだな。ならば、今度は我の番だ」
リーディアが精神集中を開始する。
その間に、別の者がシルキス達に向けて合図を出した。
合図を見てシルキス達が戻ってくる。これで生きている者は皆、この小高い丘に集合した事になる。それにより、街を占拠していたアンデッド達は続々と生者を求めてノロノロとこちらを目指して集まってきた。
「それでは、禍根を一掃しようか」
リーディアはそう言って、手を上空に向ける。
リーディアが無言で放った光弾は放物線を描き、アンデッド達の群れに直撃した。
爆心地に大穴が空き、姿を消すアンデッド達。
周りから「おぉー!」という歓声が上がる。
しかし、リーディアは、それで終わりではないとばかりにドドドドドドと続けざまに光弾を放つ。
光の砲弾がアンデッド達に降り注ぐ。
しかもそれは、群れからはぐれたアンデッドの一匹ですら見逃すことなく、正確な狙いでアンデッドを葬っていく。
そして、街からフラフラと出てきた、最後の一匹を粉砕したところでリーディアはようやく手を下げた。
「さて、後は街の中をくまなく掃除して終わりだな・・・。どうだ?我の手腕は?満足いったか?」
リーディアは例のダークエルフに向けて問いかける。
しかし、ダークエルフは呆けたようにボコボコに穴の開いた平原を見たまま固まっている。魔王が見せた、この世界では規格外の力に驚きを隠せないようだ。
暫くして我に返ったダークエルフが魔王の問いに応える。
それは恒久的な服従を宣言するものであった。




