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修行と治療と討伐

魔王の玉座の間で、オレはディーバスと対峙していた。

ディーバスはユラユラと4本の魔剣を揺らしながら、オレの隙を伺っている。

これがディーバスのいつもの手だ。ユラユラと緩慢な動きをしている4本の魔剣に油断していると突然、嵐の様に襲い掛かってくるのだ。


だが、それにももう慣れた。

レヴェインがイチ兄の箱庭に赴き、オレがディーバスから教えを乞うようになってから、すでに二か月が経っていた。


オレは4本同時の魔剣の攻撃を見切り、ディーバスの懐に入って喉元に魔剣の切っ先を突きつけた。


「初めて無傷で懐に入ったぞ?ディーバス」

「調子に乗るな人間め、次は魔剣の力を解放してもう一度だ!」

「げぇ、それはお断りだ。こないだ死にかけて懲りた」

「おい!待て人間!逃げるのか?」

「また来るよディーバス。クーデルの見舞いに行く約束なんだ」


後ろで何やら喚いているディーバスを無視して、クーデルの元に急ぐ。


「あっ、ジューゴさん!」

「アンリエッタ、今日はクーデルの様子はどう?」


クーデルの部屋まで行くと、施術の為に魔王城まで出張してくれているアンリエッタが居た。最初は驚きっぱなしだったが、今は慣れたものだ。

ちなみに彼女には、もう箱庭の事も打ち明けており、石碑にもアンリエッタの名前は刻まれている。


「落ち着いていますよ。ほら、クーデル、ジューゴさんですよ」

「じゅー・・・ゴ?ジューゴがキテくれたの?」

「あぁ、クーデル元気そうだな」

「ウン、ジューゴのオカゲ・・・」


「アンリエッタ、施術は終わったのかい?」


3人で談笑していると、レヴェインが部屋に入ってきた。


「やぁ、ジューゴ探したよ。アンリエッタもご苦労様。良かったら街まで送り届けてあげようか?」

「いえ、もう少し居ます。後でお願いしてもいいですか?」

「勿論いつでもいいよ。そっか、今日はジューゴも来ているもんね」

「そっ、そういうわけじゃありません!今日はクーデルの具合も良さそうだし、もう少し居てもいいかなーと思っただけです!」


レヴェインと軽口を言いあうアンリエッタ。

レヴェインが魔王だと知った時は怯えていたが、すっかり打ち解けたようで良かった。


「そっかゴメンゴメン。ところでジューゴ?」

「ん?」

「姉さんもハジメさんの所から戻ってきたし、例の話を進めようと思うんだけど・・・」

「あぁ、そう言えばそうだな。確かに早い方が良いよな」


オレとレヴェインが話していると、クーデルが首を突っ込んできた。


「内緒話デスか?ワタシにも教えてくださイ」

「そうです。ここはクーデルの部屋なんですから、内緒話は禁止ですよ」


アンリエッタも加勢する。

レヴェインが、やれやれと言った感じで話し始めた。


「別に内緒にするつもりは無かったんだけどね。アンリエッタにとっても朗報だろうし」

「え?何の話なんですか?」

「そろそろ、父上にも現世から退場頂こうと思ってね」

「先代の・・・魔王・・・」


アンリエッタの顔から血の気が引く。

先代の魔王の恐ろしさは人間である彼女の耳にも入っていたようだ。


「ボクも姉さんもハジメさんのおかげで、随分と強くなれた。今なら、悲願だったアンデッドの群れの一掃も夢ではないからね」

「そうでしたか・・・なんか、興味本位で口を挟んでしまってスミマセンでした。まさか、そんな話だとは思ってなくて・・・」

「何を言っているんだい?アンリエッタ、君にとっても朗報だろう?アンデッド達の脅威は人間達にも無関係ではないからね」

「・・・先代の魔王って事はレヴェインさんのお父さんなんですよね・・・・?」

「優しいね、君は・・・気にしてくれてありがとう。でもボクは、あのアンデッドの王を父と同じには考えていないんだよ。生前の父を知るものなら皆そう言うと思う。

それだけ、父は優しい人だった」


目に涙を浮かべるアンリエッタの頭を撫でながら慰めるレヴェイン。

クーデルは、そんな2人を心配そうに見ている。


「でも、そんな優しいお父さんをそんな風にした原因を作ったのは人間なんですよね?」

「そうだけど、父をあの業から解放するための力を得るきっかけを作ってくれたのはジューゴとその兄上だ・・・だから、人間という種を恨んではいない、アンリエッタの事も大好きだよ?」

「なっ、何を言うんですか!」

「それに、クーデルも、ジューゴも大好きだ」

「アンリエッタ、顔が赤いでスね、大丈夫ですカ?」

「・・・何でもないわ、クーデル・・・」


青かったり赤かったりしたアンリエッタの顔色はすっかり元の色合いに戻った。

何だかよく分からなかったが、落ち着いたようで何よりだ。


「それで?いつにするんだ?シルキス達にも声を掛けなきゃ」

「明日にしよう」

「急だな・・・」

「あぁ、実は今、アンデッド達は魔王領のとある街にいてね・・・」

「えっ!?その街の人たちは?」

「アンデッド達は常に監視されているからね。街を襲う前に住民の避難は済んでいたはずだったんだけど、いつまで待ってもアンデッド達は街から出て行かない。これは、誰か街に取り残されているのかもしれない・・・って事になってね」

「それで、急に明日になったのか」

「そうだ。本来なら街を出た所を姉さんの広域魔法で一網打尽にする予定だったんだけど・・・」

「どれくらい経ってるんだ?その、アンデッド達が街を襲い始めてから」

「一週間ほどだね・・・」

「それなら、直ぐに助けに行かなきゃ」


アンデッド達の討伐メンバーはあらかじめ決められていた。

アンデッド達にやられた者もアンデッドになる。下手に数を集めても、それは犠牲者と敵の数を増やすだけだ。

そこで、魔王軍の精鋭とドラゴン達、そしてオレが討伐メンバーとして選ばれていた。


「そういう事なら早速、準備しなきゃ」

「あぁ、宜しく頼むよ」


オレが魔法のドアに手を伸ばした時だった。クーデルが声を上げた。


「待ってくださイ!アタシにも手伝わせテ、下さい!」


オレの手がピタリと止まり、驚きと共にクーデルに振り返る。


「ジューゴさんのお手伝いがシタイんです!」

「い、いや、駄目だクーデル、まだ、君は治療中だろう?」

「大丈夫!もう突然、暴れたりしなくナッタから・・・」


てっきり、一緒に止めてくれると思っていたアンリエッタもクーデルを擁護する。


「私も今のクーデルなら大丈夫だと思います。それに、今の彼女に必要なのは、彼女が何かを成そうとする意志です。それが今は何よりの薬なんです」

「ふむ。なるほどね。いいんじゃないかな?ジューゴ。彼女には君の護衛を務めてもらおう。スピーネルだけでは心もとないと思っていた所だ。なんていっても、今回の作戦メンバーで一番、心配なのは君だからね」


・・・どうせオレはメンバーの中で一番弱いですよ。

そんなオレに発言権が有る訳も無く、クーデルの参加が決定した。


「クーデルが行くなら、私も参加しない訳にはいきませんね」

「アンリエッタも?君は危ないから駄目だって」

「大丈夫!アンリエッタ、クーデルが守ル!」

「ありがとクーデル。ジューゴさん、万が一、戦いの場でクーデルの精神に何かあった時には私が必要だと思うんです。それに、私もクーデルと同じでジューゴさんに恩返しがしたいんです」

「恩返しって・・・世話になってるのはオレの方で・・・」

「ジューゴさんが私に声を掛けてくれなければ、クーデルにも出会うことが出来なかったし、ここに来ることで今まで知らなかった世界を知ることが出来ました。だから、私もジューゴさんに感謝しているんです」


そう言いながらクーデルの頭を撫でるアンリエッタ。

姉妹のように仲の良い2人。

アンリエッタにはクーデルを心配する気持ちもあるのだろう。

それを無下にする訳にもいかないか・・・。


「分かった・・・それじゃあ、スピーネルを連れてくるから、待っててくれ」

「ジューゴ、シルキス達にはボクが伝えに行くよ。その方が早いだろう?」

「・・・そうだな。頼むよ」


オレがサービアの仮設病院に着くと、入口を見張る元狂戦士の男がこちらに気付いて声を掛けてきた。

ここでの治療により今ではすっかり良くなった彼らは、警備や雑事を手伝っている。


「ジューゴ殿ではありませんか!」

「こんにちわ。オーパさんは居るかな?」

「居ますよ。どうぞ中へ。仲間に案内させます」

「いいよ、勝手に探すから」


病院の中を歩いていると、オレに気付いた他の元狂戦士たちも声を掛けてきた。


「あっ!ジューゴさんだ」

「おぉ!ジューゴ殿!」

「ジューゴさん、ちっす!」


皆、すっかり良くなったみたいだ。

ちなみに、正気に戻った元狂戦士たちは、ほとんど田崎の箱庭に戻ってもらっている。

ここに残っているのは元の世界に家族などいなかったりして、元の世界に未練が無いものや、断固として恩返しするまで戻らないと言い張る者だけだ。

その数は10名ほどだった。


オーパの執務室をノックすると、「どうぞ」というオーパの声が返ってきた。

良かった。やっぱりここに居た。


「おぉ、ジューゴ君。久しぶりだね」


仕事の手を止めて、ニッコリ笑うオーパさん。

その脇には元狂戦士たちのリーダー格のブランゼルさんが立っていた。


「お久しぶりです。ブランゼルさんも元気そうですね」

「あぁ、彼らもすっかり良くなって、今じゃずいぶん助けられているよ」

「・・・某たちは受けた恩を返しているだけで・・・」

「ただ、このブランゼル君は真面目すぎるのがなぁ・・・ただの医者に過ぎない私を狙う輩なんて居ないからって言っても、護衛するって聞かないんだよ」

「オーパ殿は、ここの責任者。なくてはならない存在・・・それを守るのは当然です・・・」

「あはは・・・」

「・・・この調子だ。ところでジューゴ君。何か用事かい?」

「あぁ、実はちょっとの間、スピーネルを借りようと思って」

「あの子は君のだろう?連れて行きなさい。今頃は子供たちと遊んでいると思うよ。

今や彼の仕事はそれだけだ」


ブランゼルさんを始め、元狂戦士たちには狂化のコトワリによって得た力が備わっている。

それは正気に戻った今も健在で、しかも、ここを襲撃した連中から奪った魔剣の力と相まって、更に驚異的なものになっていた。

そんな彼らが守る、この場所を襲おうという者は今や誰も居ない。


「何か有事ですかな・・・?」


ブランゼルが何かを察して聞いてきた。


「いや、ちょっとした討伐にね」

「ならば我らも同道しましょう・・・。宜しいですかなオーパ殿。2名ほどをここに残してジューゴ殿の加勢に行っても」

「あぁ、構わないよ。いつも言ってるけど、そんなに厳重に警備しなくても大丈夫だから」

「・・・それでは」


ここにきて思わぬ加勢が得られた。


「助かるよブランゼルさん。じゃあ、後で迎えに来るから。それじゃ、失礼します。オーパさん」

「あぁ、またいつでも来てくれ」


オーパの執務室を後にし、スピーネルを探して病院の中を歩いていると、子供たちの笑い声が聞こえてきた。その声の元に向かうと、やはり、そこにスピーネルは居た。


「いっくよー!」


そう声を上げた子供がベッドからジャンプする。

その先にはスピーネルがおり、子供は目をつぶり、鼻をつまんで、勢いよくスピーネルにダイブする。

ドボンという音を上げてスピーネルの中に入り込む子供。

その子供をペッと吐き出すスピーネル。

子供は暫くぐったりしていたが、ガバッと飛び起きて「キャハハハハ!おもしろーい!」と笑っている。


ベッドというか、飛び込み台には子供たちの列が出来ていた。順番を待つ子供たちには悪いと思いつつ、オレはスピーネルに声を掛けた。


「スピーネル!」


その声に嬉しそうにプルプルと応えるスピーネル。

オレはすっかり、スピーネルの意思表現を理解できるようになっていた。

そうそう、スピーネルもオレに懐いてくれたのか、その名前が石碑に刻まれている。


子供たちの猛抗議の中、スピーネルを回収する。

看護師さんがなだめてくれているが、完全に悪役だ。

しかし、ゆっくりしている訳にもいかないので、心を鬼にして病院を後にした。

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