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治療

田崎との一連の出来事をイチ兄に報告すると、当然のように叱られてしまった。

「何故自分に相談もせず、危ない事をしたのか」という当然の叱責だ。

確かに、あの時は他に方法は無いと思っていたが、イチ兄の言う事ももっともだ。


それとイチ兄には田崎の事を詳しく聞かれた。

「大事な弟によくも・・・」とか言っていたが、イチ兄の事だから手荒な真似はしないだろう。でも、もしかしたら田崎の受難は、まだ続くのかもしれない。


「しかし、魔王を味方につけるとはね・・・そうだ!今度の週末にでも会わないか?その魔王にも挨拶をしておきたいし・・・」

「いいけどさ・・・イチ兄忙しいんじゃないの?」

「大丈夫さ。今度は私がそっちに行くよ・・・丁度、用事もあるしね」

「わかった。じゃあ、楽しみにしてるよ」


魔王に挨拶って・・・弟を宜しくお願いします。とかそういうのだろうか。

イチ兄に会うのは楽しみだけど、そういうのは遠慮したいな。

兄の過保護っぷりに少し居心地の悪さを感じながらも、それは自分がそれだけ頼りなく思われていることの裏返しなのだなと諦めた。


イチ兄との通話を切ると、持っていた携帯を放り投げて魔法のピンに持ち替える。

最近はクーデルや狂戦士の事で忙しい。

直立不動で宙を見つめる狂戦士たちや、中途半端に正気に戻ったせいで錯乱状態のクーデルに一刻も早く、平穏を取り戻して欲しいのだ。

行先は、今や顔パスの魔王城。


魔法のピンを刺すと、いつかの一つ目の巨人が目の前に立っていた。

彼とは、すっかり顔見知りだ。


「うお。お前、いきなり現れるなよ。ビックリするだろ」

「あぁ、ゴメン、ゴメン」

「魔王様の所だろ?案内してやるよ」

「いつも悪いね」

「イイって事よ!」


相変わらず気の良い奴である。彼は魔王の護衛隊の一員だそうだ。その為、玉座の間の近くに魔法のピンを刺すと、彼に会う確率が高い。

だが、入り組んでいて、薄暗い魔王城の中では案内してくれる者が居るのは非常に助かる。大体何でこんなに薄暗いんだろう・・・?

きっと設計ミスだ。もっと外からの光を取り入れるべきだ。


そんな事を考えながら歩いていると玉座の前の扉に辿り着いた。

巨人に礼を言って別れると、やたらと重い扉を開いて中に入った。

玉座には魔王が鎮座している。

今日はどっちだろ・・・。


「よう!」

「ジューゴか。クーデルは何とかならんのか。暴れるから仕方なく閉じ込めてあるが、このままでは魔王城が壊されてしまう」

「あぁ、えーと、リーディアの方かな?それについてはレヴェインと相談している最中だ。レヴェインは?」

「そうか、早く頼むぞ。ディーバス!レヴェインを呼んできてくれ」


おぉ、仮面をしたままでもリーディアだって判ったぞ。なんだか慣れてきたな。

暫く待っているとレヴェインがやってきた。


「来たね、ジューゴ。月並みだけど、悪いニュースと良いニュースがあるんだ」

「悪いニュースはいいから、良いニュースだけ聞かせてくれよ」

「うーん。それじゃあ、話が繋がらないから悪いニュースから聞いてくれ」


仕方ない、聞こう。


「まず、悪いニュースだけど、色々と手を尽くしたんだけど魔王軍の者では彼らを完全に治すことは出来ないようだ」

「えぇっ!?駄目だったの?」

「あぁ、我々は破壊するのは得意だけど、その逆は不得手でね。そこで、良いニュースの方になるんだけど、癒しや治療系のスキルは、我々よりも人間たちの方が得意なんだ。

人間達なら彼らを治すことが出来るかもしれないってさ」

「そうか!じゃあ、オレの方で探してみるよ」

「悪いね。大して力になれなくって」

「そんな事ないよ。いつも世話になってばかりで悪いね。必ず恩は返すよ」


さて、人間といえば困った時のエオリアだ。

魔王軍は一度はサンディアまで人間達を追い詰めたが、ドラゴン達の助力を失った今は、ボルグまで撤退していた。

エオリア達は、サンディアか、あるいは奪還されたサービアか、セカンディアの街に居るだろう。

そんなエオリアにコンタクトを取るのに便利なのが、冒険者ギルドだ。

ギルドの案内所には掲示板のようなものがあり、それを使って特定の相手に連絡を取ることが出来るのだ。

かくして、エオリアとの会合はセカンディアの街で実現した。


「精神療養のスキルを持っている人を紹介してほしいんです」

「それなら、うってつけの人物が居る・・・アンリエッタだよ」

「え?アンリエッタが?」

「あぁ、彼女は冒険者になって日が浅いが、癒しのスキルの才に関しては、我々の中でも群を抜く存在なんだよ」

「そうなんですか!それで、彼女は今どこに?」

「サービアの街で復興の手助けをしているはずだ。 ・・・ところで、こちらからも質問していいかな?君はいったい何者なんだい?」

「何者って、別に何者でもないですよ。いたって普通の冒険者です」

「いたって普通の冒険者ね。どこからかドラゴン達を連れて来て共に戦ったり、見た事もないような魔剣をぶら下げている者が普通の冒険者なら、我々の戦いは、どれだけ楽なものか・・・。それに、君が啖呵を切った翌日の天変地異・・・。私には、とても普通の人物とは思えないな」

「えーと、ご想像にお任せします」

「実はドラゴンが人間に化けているとか?」

「えーと・・・」

「実は魔王だとか?」

「そのう・・・」


エオリアの微妙に鋭い追及を躱しつつ、礼を言って別れる。

いつかは、彼にも本当のことを言わなきゃならないかもしれないけど、今はそれどころではない。


サービアの街に着くと、アンリエッタの居場所は直ぐに解った。

彼女の献身的な働きは有名だったからだ。

アンリエッタが居たのは、戦争で傷ついた者達が集められた臨時の病院だった。

アンリエッタはオレの姿を見ると笑顔で駆け寄ってきた。

何だか以前と印象が違う。一見、以前と変わらない笑顔に見えるが、以前よりも迷いが無いというか、生き生きとしている。


「ジューゴさん!?」

「アンリエッタ、久しぶりだね」

「今まで、どちらに居たんですか?お礼を言いたくて探していたんですよ?」

「お礼?」

「サンディアの街を救ってくれた、お礼ですよ」

「あぁー・・・、アレはほら、礼を言われるようなことではなくて・・・」

「良いんです。どうせ、私には分かりませんから。でも、私は見てました。

サンディアの街からドラゴンの背に乗って戦うジューゴさんの姿を・・・。

だから、お礼を言わないと気が済まないんです」


不意に礼を言われたせいか、返事に困ったオレは何気なく話題を変えた。


「・・・今は、ここで働いてるのか?」

「はい。最近は激しい戦闘こそ無くなりましたが、それでもまだ傷ついた人たちは沢山居ますから」

「なんだか、アンリエッタは剣を振り回すよりも、こっちの方が似合ってる気がするな」

「私もそう思います。実際、こっちの方が向いてたみたいで、回復系のスキルも随分と上達したんですよ?」


その時、アンリエッタを呼ぶ声がした。

同僚の看護師が助力を頼む声だ。

アンリエッタはペコリと頭を下げると、声の方に駆けて行く。

オレはアンリエッタを見送ると、病院の中を見て回る事にした。

この世界の治療方法に興味があったからだ。


中を見て回って目を引いたのは、やはりアンリエッタの働きぶりだった。

笑顔を振りまきながら尽くす人柄も勿論、癒し手としての手腕も他の者達と比べても抜きんでているようだった。

その様子を見たオレは例の精神療養の件はアンリエッタに相談してみる事に決めた。

夜まで待って、一緒に食事でもしながら話をしよう・・・そう決めた時だった。

何やら入口の方が騒がしい。やじ馬気分で見に行くと、何やら軍人風の男と看護師が言い合いをしていた。


「ここには、まだ負傷した兵が沢山居るのですよ!?その者たちは何処へ行けばよいのですか!」

「セカンディアにでも行けばよかろう!前線の街に行けば、他の者達が戦っている中、自分たちだけが安穏としている恥を自覚するであろう」

「そんな・・・」

「分かったら早く責任者に伝えろ!ここを軍の施設として接収するとな」


偉そうにがなり立てている軍人風の男を見ていると、隣のやじ馬2人組の話す声が耳に入ってきた。


「王国軍の奴ら、今頃やってきやがって・・・。貴様らの方こそ前線に行きやがれってんだ」

「ホントだぜ。大方、この施設だって宿代わりに使うつもりだろう。ここには沢山の一般人や冒険者が収容されてるってのによ」


暫くすると、この施設の責任者が出てきた。脇にはアンリエッタも控えている。

王国軍の指揮官は、先ほどと同じように尊大な態度で主張を突きつける。

だが、責任者の方は決して首を縦に振らず、焦れた指揮官はついに抜剣して脅しだした。

アンリエッタが小さな悲鳴を上げる。


オレは見ていられずに王国軍の者達と相対するようにアンリエッタの脇に立った。

他にも冒険者風の男たちが何名か同じように王国軍の者達に無言の圧力を向ける。

事態は一触即発の様相を見せていた。


「止めなさい!病院で怪我人を増やしてどうするんです!」


責任者が叫ぶ。まったくもってその通りだ。

だが、司令官の方はそう思わなかったらしく、手にした魔剣を振り回しながら喚いた。

聞くに堪えない雑言だったが、要約すると「貴族である自分に命令するな」というような内容だった。

しかし、それだけなら良かったのだが、振り回していた魔剣が運悪く責任者の目の前をかすめ、責任者はよろめいてしまう。

この責任者、大した人徳が有るらしく周りの者の目の色が一瞬で変わった。

冒険者達が、それぞれの武器を手に王国軍に詰め寄る。


そして、乱戦が始まってしまった。


「やめなさい!両者とも武器を納めなさい!」


責任者はが叫んでいるが、誰も耳を貸さない。

オレはアンリエッタを庇うようにして戦いの行く末を見守っていた。

戦いは王国軍の方が優勢だった。司令官は、ちょっとアレだが、周りを固めている兵士たちの腕は確かなようで、しかも数も多い。


そのうち、何をとち狂ったのか王国軍の一人が、静観していたオレに斬りかかってきた。魔剣を抜いて、その斬撃を受け止める。

すると、オレの魔剣の切れ味が凄すぎるのか、斬りかかった方の剣が真っ二つに折れてしまった。

折れた剣を呆然と眺める兵士。そして、他の兵士たちも驚いた顔でオレの方を見ている。ただ自己防衛しただけなのに、兵士たちはオレを脅威と認定したようで、オレを取り囲み始めた。


オレは”王の威光”を発揮しながら降伏勧告をしたが、頭に血の登った兵士たちには効果が無かった。

ハッキリ言って、訓練された兵士たちを相手にする自信は無い。

こっちが怪我するか、恐ろしく切れ味の良い魔剣で大怪我をさせてしまうのがオチだろう。

ここはスピーネルに頼むしかないだろう。

オレが取り出した小瓶からドロリと現れた謎の物体に驚きながらも、士気は衰えずに果敢に向かってくる兵士たち。

それを順当に1人1人呑み込んで、無効化するスピーネル。


こうして何とか事態は収束した。




「いやぁー・・・。まさか、あんな騒ぎになるとは・・・」


そう言うのは、ここの責任者であるオーパさんだ。強面の巨漢だが、その見た目に反して争い事は苦手らしい。

指揮官の過剰な反応もオーパさんの怖い顔によるものも大きいだろう。


「だが、君のおかげで怪我人も出なくて済んだよ。あんな者たちでも目の前で怪我でもすれば治療しない訳にはいかないからね」


やっぱり良い人だ。オーパさんは・・・その良い人は、お礼だと言ってオレを食事に招待してくれた。アンリエッタも同席している。


「ところであの水色の物体は何なんだい?」

「あれは・・・スピーネルという名のスライムです。ある人から譲ってもらったんです」

「ふむ・・・、いやね、そのスピーネルさえいれば施術中に暴れる患者も大人しくさせることが出来て便利だなぁーと思ったんだ。ははは!」

「確かにスピーネルは麻痺させることは出来ますが、麻酔効果は無いと思いますよ?」

「そうかぁー!それは残念。麻酔薬は高価だからなぁー・・・」


ひとしきり会話を楽しんだところで、オレはアンリエッタに例の相談を切り出した。


「アンリエッタ、君に助けてほしい人たちが居るんだ。君が精神療養のスキルを持ってるってエオリアさんから聞いて、ここに来たんだ。

少し困った事情の人が居てね・・・いや、少しじゃないな。結構厄介な患者だと思うんだけど」

「ジューゴさんにお礼が出来るなら、私に出来る事なら何でもしますから仰って下さい」

「そう言ってくれると助かるよ。食事が終わったら、その人を連れてくるから見てもらってもいいかな?」


オレは魔王城に赴いて一人の狂戦士を連れてきた。

施術室で狂戦士と対面したアンリエッタとオーパは難しい表情を浮かべている。


「これは・・・完全に心が壊されているようです・・・どうしてこんな・・・」

「彼は・・・いや、彼の他にも大勢いるんだけど、彼らは戦いの道具として扱われて、それで、こんな事になってしまったみたいなんだ・・・何とかならないかな?」

「やってみないと分かりませんが、時間が掛かりそうですね・・・」

「頼めるかな・・・?」

「勿論です!私自身にとっても、これは有意義な挑戦になりそうです!是非、やらせてください!」

「ありがとう!助かるよ!それで、お礼というのは何だけど、スピーネルを置いていくから手伝わせてくれ。もしかしたら、この人が治療中に暴れたりするかもしれないし、例の王国軍の連中もまた来るかもしれないからね」


そう言って小瓶からスピーネルを出した。

オレは屈んでスピーネルに話しかける。


「暫く、このアンリエッタを手伝ってくれないか?この病院と彼女を守ってくれ」


スピーネルは上下に伸び縮みする。肯定のサインだ。


「ありがと、スピーネル」


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