勝利と説教
オレは石碑に手を当ててみる。確か、田崎もこうやってたはずだ。
だが、一向に何も起きない。
「おい、オレの勝ちだろう?田崎に奪われたドラゴン達を返せって!」
どうやら石碑に触れるだけでなく宣言する必要があるようだ。
石碑に3匹のドラゴンの名が再び刻まれた。
それと同時に田崎の体も復元された。
自業自得とはいえ、死んでしまうわけではないようで安心した。
部屋に戻ったら田崎が死んでいて、田崎の部屋から出る所を誰かに目撃されたらと思うとゾッとする。
・・・箱庭って引っ越しをすると自動的についてくるってイチ兄が言ってたけど、刑務所にもついて来てくれるのかな・・・?
・・・妄想が膨らんでしまった。我に返ったオレは呆然としている田崎に声を掛ける。
「おい、ドラゴン達は返してもらったからな」
「・・・えっ!?俺・・・あれっ?」
なにやら事態が飲み込めていないようだ・・・。
それよりもシルキスの事が心配だ。
石碑に手を当て、シルキス達の事を念じる。
シルキス、ザーバンス、イリアが目の前に召喚された。
「オラッ!どっからでも掛かってこい!」
「いやー!もう来ないで下さいー!」
ザーバンスとイリアは何やら錯乱している。
シルキスだけは閉じていた眼を静かに開いて、俺を見据えると
「ジューゴか・・・信じて・・・おったぞ。また会えると」
そう言った。
「あぁ・・・。オレのせいでゴメンな」
「だが、救い出してくれた。ところで、どうやって・・・」
「この2人が助けてくれたんだ」
「そうか・・・たった2人で、かの者達を倒すとは只者ではないのだな」
あ、そうか。シルキスは仮面を付けた魔王しか知らないんだったな。
2人は特に身分を明かすつもりもないようだし、オレも特に何も言わない事にした。
「ところで、シルキス。体は大丈夫か?酷い事されなかったか?」
「まぁ、何とかな・・・闘技場の様な所で戦奴どもと闘わされたが、大した怪我はない。体の方はむしろ好調だ・・・。だが、なにやら考えがまとまらん」
少なからず狂化の影響を受けているようだ。
ザーバンスとイリアは更に錯乱しているようで、先ほどから要領の得ない事を叫び続けている。
オレは心配になってレヴェインに相談してみた。
「なぁ・・・これって治るかな?」
「うーん・・・。精神治療のスキルを持つ者に頼めば何とかなるかもね。でも、もしかしたら、時間をおけば回復するかもしれない。少し様子を見てみたらどうかな?」
それを聞いて安心した。
シルキス達を奪われてから数時間しか経っていないのに、こんな有様だ。
更に時間が経っていたらと考えるとゾッとする。
オレは改めて田崎に対する怒りが湧いてきた。
その田崎はというと、オレ達の注意が逸れているのを良い事にコッソリと魔法の扉の方に向おうとしていた。
「田崎!」
オレが声を上げたと同時に走り出す田崎。
しかし、もう少しで扉に手が届くという所で田崎は、それより先に進めなくなっていた。レヴェインの引力だ。
田崎の足は確かに前に進もうとしているのだが、それよりもレヴェインの方に引力の方が上回っている。
田崎の抵抗もむなしく、田崎はレヴェインの元へと引き寄せられた。
田崎は暫くジタバタと抵抗していたが、やがて諦めたようで大人しくなった。
項垂れた田崎の前に立つと、田崎は力なく顔を上げた。
「ちくしょう。ビギナーのはずなのに・・・チートかよ」
「チート?何のことか分からないな。とにかく、オレの勝ちだ」
「はいはい。おめでとう。それで?それが言いたくて、わざわざ引き留めたのか?」
「そんなわけないだろ?お前にまだ用があるからに決まってるじゃないか」
田崎は何かを察したように再び暴れ出した。
オレはレヴェインに頼んで、そんな田崎を石碑の元に連れて行ってもらった。
前にオレがやられた様に力ずくで田崎の手を石碑に押し当てる。
「さぁ、田崎。もう一回だ。田崎の世界の者、みんな出てこい。総力戦だ!」
再び狂戦士たちが召喚された。
やはり、その中にはクーデルの姿は無かった。
正気に戻り、田崎に恨みの刃を向けていたのだから当然だ。
田崎は既に諦めたように項垂れている。
「敵かっ!?オラッ!掛かってこいやぁ!」
狂戦士たちが召喚されるや否や、ザーバンスが狂戦士たちに飛び掛かった。
オレは慌てながら箱庭対戦の開始を宣言した。
戦いは一方的だった。
戦いに参加したのはザーバンスだけだったが、狂化されたザーバンスの力は以前とは比べ物にならない程に高まっており、シルキスや2人の魔王の助力は必要なかったのだ。
「さて、田崎。また勝ったぞ」
項垂れていた田崎がビクッと肩を震わせる。
そして、素早く滑らかな動作で姿勢を変える。土下座だ。
「頼む!コトワリだけは勘弁してくれ!オレの箱庭にはコトワリが1つしかないんだ!コトワリが無くなればオレの箱庭は消滅してしまう!」
「ふざけるなよ!お前にそんなことを言う権利があると思ってるのか?お前は同じようなことを言ったオレから・・・ドラゴンだけは奪わないでくれって頼んだオレから、ドラゴンを奪ったじゃないか!」
「それは・・・それは謝るから!箱庭が無くなったら・・・無くなったら、オレには何もないんだよぅー!」
みっともなく泣きわめく田崎を見下ろしながら、オレは自身の心境の変化を感じていた。先ほどまでは、何が何でもコトワリ奪ってやるつもりだった。
それが田崎に最も精神的ダメージを与えるからだ。
だが、怒りにのぼせ上った頭が幾分か冷静になると田崎の箱庭のコトワリを奪うのは得策でない気がして来た。
狂化のコトワリ。他者の命を奪うごとに力を増し、その分、正気を失うコトワリ。
先ほどのザーバンスを見る限り、そのコトワリが与える力は絶大なように感じられた。
だが、そのデメリットも大きい。
考えようによっては魔剣のコトワリよりも世界を荒ませる可能性を秘めている。
魔剣のコトワリをオレの箱庭から排除するには新しいコトワリを手に入れる必要がある。しかし、その為に魔剣のコトワリよりも忌まわしいコトワリを招き入れては本末転倒だ。
「・・・わかった。お前のコトワリを奪うのは止める」
「ホントか!?」
「その代わりに、お前が狂化させて操っていた者達を貰う」
「そ・・・それは・・・全員か・・・?クーデルも?」
「当り前だ。それにもう一つ条件がある」
「なに!?まだあるのか!?」
「・・・やっぱりコトワリ奪ってもいいんだぞ?」
「あ・・・何でもないです。仰って下さい」
「クーデルのような少女を狂化するのを禁じる。いくら何でも可愛そうだろ?」
「あぅ・・・わ、わかった」
「ばれなきゃ、またやろうと思ってないだろうな?抜き打ちで見に来るからな。もし、お前の石碑にクーデルと同じような子が居たら・・・その時は容赦なくコトワリを奪う。いいな?」
「・・・仕方ない。わかった」
2つ目の条件は完全にオレの自己満足だった。
田崎の箱庭の中にまで口出す筋合も無いし、そもそも狂化のコトワリが存在するかぎり、悲劇は避けられないだろう。田崎に釘を刺しても、田崎の箱庭の誰かが同じことをしないとも限らない。だけど、少しでも悲劇の歯止めになるかもしれないと思えばこそだった。
そうと決まったら早速、石碑に手を当てて勝利の名乗りと先ほど決めた勝利者の権利を宣言した。すると、頭の中にオレの箱庭の風景が浮かんできた。戸惑いながらも暫く考えていると、それは狂戦士たちの行先を決めるものだと分かった。
「レヴェインー。狂戦士たちなんだけど、魔王城に居させてもらってもいいかな?」
「えぇっ!? ・・・暴れたりしないかい?」
「田崎ー!狂戦士たちで普段どうしてるんだ?」
「特に命令をしなければ、直立不動で待機している」
そこまで狂化が進んでいるのか。それは何ともかわいそうだな・・・。
いつか何とかしてやりたい。
レヴェインが言っていた精神治療のスキルを持つ者に期待しよう。
もし、正気に戻ったら、それぞれの話を聞いて田崎の箱庭に戻りたいという者が居れば戻してやろう。もしかしたら、家族とか居るかもしれないしな。
それはさておき、レヴェインの許可が貰えたので、狂戦士たちの行く先も決まった。
ひとまずレヴェイン達・・・オレの箱庭の面々に別れを告げて、田崎の部屋に戻ってきた。
転送の光が止むと、目に映る風景が田崎の部屋に変わる。
この風景を見るのは今日2度目だ。
だが、前回とは気分も立場も真逆だ。
そのとき不意に、タバコの匂いが鼻をかすめた。
「先輩!」
叫んだのは田崎だ。
先輩・・・そう呼ばれた者はソファーに腰掛けていた。それはキャリアウーマン風の女性だった。タイトなスカートから伸びた足はスラリと美しく、思わず目を奪われてしまう。
・・・いやいや、見惚れている場合じゃない!
田崎が先輩と呼んだ女性に、オレは見覚えが無かった。
それは職場の先輩じゃないって事だ。という事は、考えられるのは一つ。
箱庭の管理者としての先輩という事だ。
だとしたら、田崎に代わって箱庭の戦いを挑まれるかもしれない。
オレは、いつでも逃げだせるようにジリジリと出口に向かって移動した。
「田崎・・・わざわざアタシを呼び出しておいて、随分と待たせてくれるじゃないの」
「す、スイマセン」
「それで?アタシに見せたいモノって、もしかして、その子?」
「い、いや・・・そうじゃないんですけど・・・その・・・」
「なによ。煮え切らないわねぇー・・・。でも、一緒に箱庭から出てきたって事は、その子も箱庭の管理者なんでしょう?」
「そうなんです!ウチの生徒なんですけど、新しく管理者になったばかりで!」
「それで、色々と教えてあげてたって事?意外ねぇー・・・見直したわ」
「そうですかぁー?えへへ」
何を調子のいいこと言ってるんだ?この青瓢箪は。
オレが怪訝そうな視線を向けると、田崎は逆に縋る様な視線を返してきた。
気分悪っ!
「それじゃあ、自己紹介しなくちゃね。アタシは矢崎ジュンコ。アンタは?」
「杉崎です」
ジュンコと名乗った女性はにこやかに手を差し出す。
握手に応えないどころかフルネームすら明かさないオレに何かを察したようだ。
ずかずかと田崎の方に歩いてゆき、田崎の胸ぐらを掴んだ。
ジュンコが咥えているタバコの火が田崎の目の前で揺れる。
「田崎。アンタ、この子に何かしたんじゃないでしょうね?すっごい警戒してるけど」
「い、いやっ!何もしてないっス」
・・・良く言うよ。
「オレ、そいつに睡眠薬飲まされました。あと、ロープで縛られました」
「たぁー!ざぁー!きぃー!!」
ジュンコに殴られた田崎は、信じられないほど良く飛んだ。
「・・・ねぇ、君?」
「は、はい!」
「杉崎って言ったよね?もしかして、杉崎ハジメさんって知ってる?」
「あ・・・兄ですけど・・・」
「やっぱり!」
「兄を知ってるんですか?」
「えぇ、ハジメさんとは、ちょっとした知り合いなのよ。君は・・・えーと十三君かしら?」
「いえ、ジューゴです」
「そう。改めて宜しくねジューゴ君」
どうやら悪い人ではなさそうだと判断したオレは、ジュンコさんとの握手に応じた。
「田崎に呼び出されたって、聞きましたけど・・・?」
「なんか凄いものを手に入れたから見に来てほしいって連絡が有ってね」
「それ、多分オレから奪った箱庭の者です。もう取り返しましたけど・・・」
「田崎の奴、睡眠薬を使って、君に無理矢理に箱庭対戦を強要したの!?あっきれた!それで返り討ちにあってれば世話ないわね」
思った通り、悪い人ではなさそうだ。
だが、田崎の悪行を知っていながら、目を瞑っていたのなら同罪だと言える。
そんな風な人には見えないが、その辺りが分からなければ完全には信用できそうにない。
「田崎とは、どういう関係なんですか?ジュンコさんの事、先輩って呼んでましたけど・・・」
「うん、高校の時のね。アタシも田崎も管理者になったのは高校の時なのよ。昔は人を騙すような真似をする奴じゃなかったんだけど・・・。暫く合わない間に何があったんだか・・・。
まぁ・・・詳しい事は田崎の奴が目が覚めたら聞きだしてやるわ。夜も遅くなってきたし、もう君は帰りなさい。何かあったらハジメさんを通じて連絡を頂戴ね」
オレはジュンコさんに別れを告げて田崎の部屋を後にした。
オレが部屋を出た時には田崎は気絶したままだったが、暫くして目を覚ましたらしく、外までジュンコさんが説教する声が響いていた。




