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戦闘狂

自分の部屋に戻ったオレは携帯を手にしながら立ち尽くしていた。

ディスプレイには、この世で最も頼りにしている者の名・・・杉崎ハジメの名前が表示されている。

あと一つボタンを押すだけで、イチ兄に助けを求めることが出来る。


だが、押さなかった。いや、押せなかった。

一刻も早くシルキス達を取り戻したい。だが、取り戻したシルキス達が無事である保証はない。田崎の箱庭の中で自我を失い狂ってしまうのかもしれないのだから。

そして、そうなるまでに、どれほどの猶予があるだろうか。

東京から最短でも2時間かかるイチ兄の到着を待ってなんて居られなかった。

何か方法は無いか・・・?

誰か助けてくれる者は・・・?


オレは携帯を放り投げ、箱庭に魔法にピンを刺していた。

刺した先は魔王城だ。


魔王城に転送されたオレは魔王の配下の魔物たちに追われながら魔王が居そうな王座の間に走る。

魔王とは和解したものの、配下の者たちにとって、オレは相変わらず魔王城に侵入した不審な人間という扱いだった。

”王の威光”や”ベインザクト”などのスキルを駆使して王座の間に転がりこむ。


やっぱり居た。魔王だ。仮面を付けているので、レヴェインかリーディアか分からない。魔王はオレを追ってきた者たちに、例のおどろおどろしい声で「下がれ」と命じた。

渋々と言った感じで下がる魔物たち。


「どうした?ジューゴ。我に何か用か?」


その尊大なモノの言い方・・・リーディアの方か。これからする話はレヴェインの方が都合が良かったのだが・・・そんな事を思っていると魔王が仮面を外した。

リーディア・・・じゃない。仮面の下の素顔はレヴェインだった。


「どう?姉さんかと思った?似てたでしょう?」


レヴェインがおどけていると、柱の陰からリーディアが現れた。


「レヴェイン!全然似ておらん!それに、普段から魔王の尊厳を損なわぬようにと、いつも言っておるだろうが!」


2人とも居たのか。それは好都合だ。

オレはまず、箱庭の事を包み隠さず話し始めた。




「ふーん・・・。興味深い話だねぇ・・・」

「私は気に入らん!我らを何だと思っておる!これでは遊戯の景品ではないか!」

「レヴェインはショックじゃないのか・・・?」


やけに冷静なレヴェインがオレは理解できなかった。

外に別の世界があって、箱庭同士が戦う事があるなんて聞いたら、自分なら冷静では居られないだろう。


「ジューゴの世界の外には何があるんだい?」

「え?宇宙だけど・・・」

「その外には?」

「えー・・・いや、わかんないな」


レヴェインの質問の意図が分からない。


「ジューゴは、その・・・宇宙とやらの外に、また別の世界があるって聞いたらどう思う?」

「えっ!えーと・・・わかんないな・・・壮大過ぎて・・・」

「ま、そう言う事かな。結局のところ、ボクらは分かる事しか分からないんだよ」


リーディアがオレの方に近寄ってきて耳打ちするように言う。


「レヴェインは何を言っておるのだ?」

「いや、オレにも良く解らない」

「そうか、こやつ、たまに訳の分からんことを言いおるのだ」


困惑するオレとリーディアに構わず、レヴェインは言葉を続ける。


「ところで、ジューゴは何故ここに来たんだい?そんな話をする為だけに来たわけじゃないんだろう?」

「あぁ!2人ともオレに力を貸してほしいんだ。2人だけじゃなくて魔王軍にも!

奪われた者を取り返したいんだ・・・」

「奪われた・・・?もしかして、箱庭同士の戦いで敗れたのかい?」

「そ、そうなんだ・・・」

「こやつ!この世界の者を遊戯の景品扱いにして、あまつさえ敗北したというのか!」


リーディアの叱責は当然、覚悟していた。

だが、オレは引く訳にはいかなかった。でなきゃ、最初からイチ兄に縋っている。


「敗北したのは事実だけど、オレは、この世界の人たちをゲームの景品だなんて思ってない!それに、魔剣の問題を解決するには他に方法が無いんだ!」

「それは・・・どういうことだい?」


オレは魔剣のコトワリの事について説明した。


「ジューゴはボクとの約束を守る為にドラゴン達を使って他の箱庭を持つものに戦いを挑んだと?」

「なに!そうか!それは天晴な行いだ!」

「いや・・・それは少し違う」

「なに!?それでは、やはり・・・」

「・・・姉さんは少し黙っていてくれ」

「む!むぐぅ」

「それで?どうして戦う事になって、そして敗北したんだい?」


オレは絞り出すような声で打ち明けた。


「箱庭の外で掴まって、仕方なく・・・」

「掴まった?そいつは魔法でも使うのかい?」

「まさか、オレの世界には魔法なんてないよ・・・。そいつに睡眠薬・・・身動きできなくなる薬を飲まされたんだ。オレもまさか教師に薬を盛られるとは思ってなくて・・・」

「教師?教師とは?」

「あ、えーと、そうだな・・・この世界で言うと・・・。まぁ、ある意味では王様かな?」

「なに!?王とも有ろうものが、ジューゴの様な子供に薬を持ったというのか!」


え・・・?

予想外の者が声を荒げた。それはリーディアだった。

声を高らかに”王の心得”のようなものを喚きながら、田崎の事を批判している。


レヴェインは、そんな姉を放っておいて、静かにオレに言った。


「・・・ジューゴ、キミはこの世界の管理者であるにも関わらず・・・間抜けで、無防備で、しかも、無自覚だ」


・・・仰る通りです。


「だが、他に君の代わりになる者は居ないし、ボクの本懐を遂げるには君に頼るしかない。君は大人に易々と騙される子供のままじゃなく、この世界の導き手になるんだ。

出来るかな?」


オレは真っ直ぐにレヴェインの目を見ながら頷いた。


「だが、ジューゴ!我は遊戯の景品になどならんぞ!」

「そうかい?でも姉さん、得るものは大きいようだよ?勝利すれば別の箱庭とやらが手に入るかもしれないじゃないか。そうすれば領土問題なんて一発で解決だ。先代に勝る功績を、きっと皆、称えてくれるだろうね」

「なに!本当か?レヴェイン!」


別の箱庭を乗っ取るだって!?そんなこと本当にできるのか?

レヴェインの方を見ると、人差し指を口に当てて合図をしている。

黙ってろという事か。

確かに、その気になっているリーディアを見る限り、水を差すのは得策ではなさそうだ。

「さて、手を貸すにしてもボクら2人はともかく魔王軍全てというのは無理な話だ。

話によれば、ジューゴとの信頼関係が必要なようだからね。

・・・レイスゲイル。ジューゴに忠誠を誓えるか?」

「お断りします。私が忠誠を誓うのは魔王様のみでございます・・・」

「では、ディーバス・・・お前はどうだ?」

「ご冗談を!人間の軍門に下るなど吐き気がしますな」

「やっぱりね。それじゃ、ボクと姉さんだけという事になるけど・・・」


レヴェインとリーディアがオレを信頼しているって?

確かに、レヴェインとは出会って日が浅いけど、いくらか腹を割って話してきた。

だが、リーディアは、ついこの間まで敵対関係だったのに・・・。


「全てを包み隠さず話してくれたのが信頼に繋がったのかもね。姉さんも、ああ言いながら意外とジューゴの事を気に入っているようだよ」


そ、そうなのか?


「ジューゴ!我に任せておけ!どのような敵が来ても蹴散らしてくれる!」


リーディアはすっかりやる気だ。た、単純だなぁ・・・。


「ところでリーディアって、あんな感じだったっけ?何か違うような・・・」

「アレが本来の姉さんだよ・・・。

仮面を付けている時は父の教えを素直に守って完璧な魔王を演じてるんだ。完璧な魔王というか、父の姿そのままにね」


素直な魔王様か・・・。

でも、その素直さに今回は助けられる。


「・・・そうだ!ジューゴ!敵は我ら2人で何とかなる相手なのか?」


少し離れた所で「ふはははは」と魔王的な高笑いをしていたリーディアが戻ってきてレヴェインに素朴な疑問をぶつけた。

意外とマトを得た質問をするんだな。少し驚いた。


「さすがに2人じゃ、どうにもならないよ。何とかして仲間を集めなきゃ・・・」

「どんな相手なんだい?」

「総勢数十名の人間の戦士たちだ。正気を失っていて、犠牲を顧みず戦う様は狂戦士というのに相応しい感じだ」

「その者たちの平均的な強さは?」

「そうだなぁ・・・」


先ほど目の当たりにした狂戦士たちの身のこなしなどを思い出して、この世界の尺度に当てはめると、狂戦士の一人がエオリアと同等の実力のように思えた。

それをレヴェインに伝える。


「ふーん・・・。それならボクと姉さんだけで何とかなりそうだね」

「待てって!その中に1人凄い強い女の子が居るんだ!その女の子はドラゴンでさえ一撃で屠るほどなんだぞ!?」

「・・・それくらいならボクにも出来るよ」とレヴェイン。

「それに、狂戦士たちは数もいっぱい居るし!」

「集団を相手にした戦いなら我が得意だ!」とリーディア。

「それに、えーと・・・その強い女の子にシルキスだってやられちゃったんだ!ドラゴン達の王のシルキスだ。知ってるだろう?」

「なに!?あの雷帝を倒した者が居るのか!?」


お。シルキスの話を出したのは効果があったようだ。

これで思い直してくれればいいが・・・。

だが、どうやって他に戦力を集めればいいだろうか・・・。


だが、オレはシルキスの名を出したことが逆効果だったことを思い知る。


「それを早く言ってくれよジューゴ!」


え?レヴェイン?どうしたの?

目が明らかにさっきまでと違う。


「そういう事ならアレが必要だ!」


レヴェインはそう言って、どこかに走り去ってしまった。

リーディアの方を見てみると「やれやれ」と言った表情を浮かべている。


オレが途方に暮れているとレヴェインが何かを持って戻ってきた。

それは、2本の魔剣だった。


「さぁ、ジューゴ!準備は出来た!早速、その不届き者の討伐に向おう!」

「オレの話を聞いてたのかよ!レヴェイン!」

「あぁ、聞いていたよ」

「2人だけじゃ危ないんだって!負けたらどうなるか分からないんだぞ?」

「大丈夫。負けないさ」

「リーディア!リーディアからも言ってくれ」


しかし、リーディアは諦めろと言わんばかりに首を横に振った。


「ジューゴ。ああなったレヴェインは止められん。こやつは戦闘狂なのだ」

「えぇっ?魔剣を無くしたいとか言ってたから、てっきり平和主義者なのかと・・・」

「こやつが嫌っているのは無為な戦いだけだ。純粋な力と力のぶつけ合いなら誰よりも好んでおるのだ。見よ、あの眼を。あの眼を見るのは久しぶりだ・・・。

アレはいつだったかのう・・・なぁ、レイスゲイル?」

「一番覚えが近いのはドラゴンの王シルキス討伐が決定した時の事ですな・・・。

帰って来た時の落胆した様子も良く覚えております」

「おぉ、その時か。雷帝と名高いシルキスと戦える。と喜んでおったのを我も覚えておる」

「そんなレヴェイン様が雷帝シルキスを屠った者がいると聞けば居ても立っても居られなくなるのは当然でしょう」


・・・つまり、オレがシルキスの名を出したせいか。

だが、俺にとっては好都合だ。シルキスの奪還は早ければ早い方が良い。

リーディアがさらに続ける。


「それに我らには、この魔剣がある。伝家の宝刀と言うやつじゃ。この2本の魔剣・・・魔剣アバドンとヴォルテイルが揃えば大抵の者には負ける気がせん。」


魔剣を鞘に納めたレヴェインが歩み寄ってきて言った。


「さぁ、ジューゴ。覚悟は出来たか?」


オレはレヴェインの目を見て、覚悟を決める事にした。


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