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震える手

目が覚めたオレは周りを見渡した。薄暗いが窓から漏れる光で何となく様子が分かる。

見覚えのないの無い場所だ。なんで、オレこんな所に居るんだっけ?

思い出そうとするとズキズキと痛むが、痛みに耐えながら記憶を探る。


そうだ!田崎だ!あいつ、教師のくせに何てことしやがる!

やけにお茶を勧めてきたのは睡眠薬か何かが入っていたに違いない。

そういえば、わざとらしい程にお茶の事ばかり言っていたのを思い出す。

しかし、まさか教師が妙な真似をするまいと油断していた・・・。


逃げ出そうとするが、ご丁寧に手足が縛られている。

そうこうしていると誰かが部屋に入ってきた。室内灯がつく。

やはりというか、それは田崎だった。


「さて、目が覚めたようだな」

「田崎!てめぇ!何が目的だ!」

「教師ってさ、大変な職業だ・・・給料は安いのに、お前のような思いあがったガキの相手をしなきゃならない」

「質問に答えろって!何が目的だ!」

「五月蠅いぞ!オレはお前のような思いあがったガキが大嫌いなんだ!」


田崎は自由を奪われて横に転がったオレを足蹴にした。

オレが黙っていると、田崎は話を進める。


「そんな教師とかいう最悪な職業でも、いい事が1つだけあるんだよ。

箱庭のビギナーに出会いやすいって言うメリットがね」


やっぱりか!こいつ!


「高校生のガキってさぁ、大体ワンパターンなんだよ。箱庭にハマって学校休みがちになるんだよね。そんな奴の家に行くとさ、大体、親がガキの部屋まで案内してくれるんだよ。まぁ、そんな気が回らない親には、部屋を見せて下さいって言うんだ。部屋を見れば、学校を休みがちな理由や傾向が部屋の様子から分かるかもしれません。とか言ってさ」


そう言えば、オレの家にも来たって母ちゃんが言ってたな。

それで、オレの箱庭を見つけたってわけか。


「まぁ、確率は10人に1人くらいだけどな。お前の部屋で箱庭を見つけた時はホントに嬉しかったぜ? ・・・ジューゴ君」

「・・・こんなことして、タダで済むと思うのか?」

「私が用があるのは箱庭だけだ。お前自身には何をするわけではない。

用が済めば直ぐに解放してやろう。

拉致監禁は確かに犯罪だが、無傷で解放した後でお前が何を喚こうが、誰も信じないだろう。お前が女子高生なら、あらぬ噂くらいは立つかもしれないがね」


そうだとしても箱庭の為に、そこまでするか?

犯罪だぞ、犯罪!


「さて、とっとと用事を済ませてしまおうか。お前もその方が良いだろう?」


そう言いながら田崎は縛られたままのオレを部屋の隅の方に引き摺ってゆく。

部屋の隅には田崎の物と思われる箱庭があった。

オレを掴んだまま箱庭に魔法のピンを刺す田崎。

管理者の世界でもオレは縛られたままだった。

箱庭のシステムは(と言っていいものか分からないが)この手足の自由を奪っている縄を衣服と同じようなものと判断したようだ。


「まったく何から何まで好都合だ。そう思わないか?ジューゴ君」

「オレにとっては不都合だ」

「ははっ!その通りだ」


ローブを羽織り、杖を持った魔法使いのような姿の田崎が石碑の方に歩いて行った。

石碑には名前がビッシリ刻まれている。


「さ。出てこい俺の傀儡共」


そう言いながら田崎が石碑に手を当てると、次々に鎧を着た兵士のような姿をした者たちが召喚されてきた。人間の兵士だ。どの兵士も屈強そうな歴戦の兵士といった感じだった。


「これが俺の戦士たちだ。どうだい?強そうだろう?オレの箱庭には狂戦士のコトワリというのがあってね。他者の命を奪えば奪う程に強くなるんだ。ただ、その代償として精神を病み、狂戦士の様になってしまうんだ。

・・・ま、それも含めてオレには好都合だ。訳が分からなくなればなるほど、楽に操れる」


「さ、次は君の番だジューゴ君」そう言って田崎は兵士2人を連れだってオレの方に歩いてくる。オレは芋虫の様に這いずって逃れようとするが、田崎の兵士に捕まり、石碑の前まで連れて行かれた。

オレの抵抗もむなしく、兵士たちが俺の手を掴み、手を石碑に押しあてる。


「さ、ここからも俺の好都合が続くよジューゴ君・・・総力戦だ、全員出てこい」


田崎がそう宣言するとオレの意思とは関係なく、オレの方の石碑に刻まれた者たちが召喚された。シルキス、ザーバンス、イリアだ。


「・・・ジューゴ!?何だここは?」


ザーバンスが驚きの声を上げる。

寝ぼけたイリアは、ここが見知らぬ場所だと気付いて狼狽している。

シルキスだけは、ここの事を知っていたからか平静を保っていたが、オレの縛られている姿を見て驚く。


「ジューゴ!どうした?その恰好は何だ!」


オレが答えられずにいると、田崎が先に声を上げた。


「まさかドラゴンとは!これは大当たりだ!凄いよジューゴ君!ドラゴンが俺のモノになるなんて!」


田崎が歓喜の声を上げる。

シルキスが説明を求めるようにオレの方に視線を移すが、オレは、その視線に合わせることが出来ず、下を向いたままで状況の説明をした。


「ゴメン・・・。シルキス。オレがヘマして掴まったんだ」

「・・・なるほど。理解した。この間と同じように戦い、負ければ我々は、この青瓢箪のモノになる。そういう訳だな?」

「・・・ゴメン」

「下を向くな!ジューゴ!要は勝てば良いのだろうが!」

「で、でもっ!相手は・・・」

「貴様は、この間から何も学んでおらんな!目を逸らすなと言ったであろうが!ワシの戦いをしっかりと目に焼き付けておけ!ザーバンス!イリア!事情は後で説明する!

この者どもを駆逐するぞ!」

「姉上?この者どもって・・・この人間達か?」

「そうだ!ただの人間と思って油断するなよ?ザーバンス・・・イリアもだ!いつまで寝ぼけておる!」

「は・・・ひゃい!」


シルキスが檄を飛ばす。

その様子を見ていた田崎がパチパチと手を叩いて賞賛する。


「いやあ、立派、立派。やる気になってくれて何よりだよ。一方的な戦いは見ていてつまらないからね。それじゃ、早速始めようか・・・箱庭対戦を開始する。総力戦だ。ジューゴ君とオレの箱庭のな」


田崎がそう宣言した瞬間、狂戦士たちの上に無数の雷が降り注いだ。

それはシルキスが放った雷だった。ここでの戦いの経験しているシルキスが先手を打ったのだ。

それと同時にシルキスが飛び上がる。

何人かの狂戦士が取り付いたが、シルキスはものともせずに取り付いていた者達を上空から叩き落とす。

ザーバンスとイリアもシルキスの後に続く。


上空から飛来し炎を吹き付ける、3匹のドラゴン達。

狂戦士たちは常人ならざる跳躍力でドラゴン達に挑むが、空を飛ぶ相手では分が悪いようだ。数こそ狂戦士たちが勝っていたが、戦いはドラゴン達の方が優勢なように見えた。


不安に曇っていたオレの表情が次第に晴れていくのが自分でも分かった。

そして、田崎の顔色が気になったオレは横目で田崎の方を見てみる。

オレは今の戦況を見た田崎に、不安や驚愕といった表情が浮かんでいるのを期待していたのだが、田崎は何の表情も浮かべていなかった。

その表情は見方によっては放心しているようにも見える。

オレは満足して戦いに視線を移した。


そこでオレは信じられないモノを見た。

それは首を切り落とされて地に伏しているイリアだった。

イリアの傍には一人の少女が立っていた。

そのツインテールの少女は、そのか細い腕では持ち上げる事も出来ないと思われるほどの大剣を手にしている。だが、イリアの首を刈ったのが彼女だとすれば、その大剣を振る他ない。


「あの子はクーデル・・・俺の一番のお気に入りだ。あの子には沢山殺させたよ。その甲斐あって誰よりも強く・・・そして、誰よりも狂ってしまった」


オレは再び、田崎の方を見た。

その顔に浮かんでいるのは恍惚の表情だった。

オレは吐き気を覚えながら戦場に視線を戻す。それでも・・・シルキスなら!


だが、オレの目に映ったのは苦戦するシルキスの姿だった。

クーデルは雷を掻い潜り、仲間を足場に使って空を舞うシルキスに斬りかかる。

その斬撃によって、片方の翼を失ったシルキスが墜落してゆく。


そんなシルキスを助けに行こうとザーバンスは咆哮を上げるが、無数の狂戦士たちに取りつかれ、今まさに地面に引きずり降ろされようとしていた。


「ま、こんな所だろう。最初は少し焦りもしたが、あの子が居れば何も心配はない」


オレは這いつくばりながら何度もシルキスの名を呼んだ。

そんなオレの目の前でクーデルの大剣は振り下ろされる。

何度も、何度も。

ザーバンスが狂戦士たちを引きずりながら己が姉の元に向おうとするが、途中で力尽きたように倒れてしまう。

ザーバンスが倒れて動かなくなると、3匹のドラゴン達は光の粒となって消えて行った。

3匹のドラゴンが消え、オレの箱庭の敗北が決定された。


「さ、敗者が決定したところで、早速、勝利者の権利を行使しようかね」


唇を噛んで俯いているオレを田崎が踏み付ける。


「なぁーにーにーしーよーおーかーなぁー・・・なーんてね。実は最初に見た時から決めてたんだよ。ドラゴンだ!ジューゴ君!君の箱庭からドラゴンという種族を貰うよ!」

「まて!止めてくれ!どうせ奪うならコトワリにしてくれ!」

「えぇー?コトワリが無くなったら、ジューゴ君の箱庭は無くなっちゃうんだよ?」

「オレの箱庭にはコトワリが2つある!だから・・・」

「要らない」

「え?」

「それはいつか気が向いたら貰うかもしれないけど、あんな・・・ドラゴンなんて見たら我慢できないね。やっぱりドラゴンを貰う」

「そんな・・・」


・・・絶句するオレ。

しかし、田崎が後に紡いだ言葉は更に絶望的だった。


「楽しみだなぁー!ただの人間でアレほどの強さを極めることが出来るんだ。ドラゴン達を狂戦士に仕立て上げたら、どれだけ強くなってしまうんだろうなぁー・・・」


オレは呆然と田崎の姿を見ていることしか出来なかった。

田崎は己の石碑に手を当て、勝利者の名乗りと景品の宣言を済ませた。

オレの石碑から友人たちの名が消えてゆく。


「うわあぁぁぁっ!」


みっともなく涙を流しながら絶叫するオレ。

その前に立った田崎はオレを見下しながら、オレに声を掛けた。

それは勝利者の余裕からか、猫撫で声のような気味の悪い声だった。


「元気だしなよジューゴ君。全てを奪う事も出来るのに、何故そうしなかったか解るかい?俺も他の連中にそうされたからだよ。悔しかったら挑んでくるんだね。

ま、俺はもう誰にも負けないけどねぇー」


言い終わると田崎はオレを残して魔法の扉の方に向かった。

田崎が魔法の扉を潜ると、オレと田崎は元居た部屋に戻っていた。


「さ、もう君に用は無い。約束通り解放してやろう」


そう言いながら田崎はオレの手足を縛る縄を解いた。

手足が自由になるとオレは無言で田崎を殴っていた。


「一発だけ殴らせてあげるよ。気持ちは分かるからね。気が済んだら帰ってくれないかな?俺にはやらなきゃいけない事がある。ドラゴンの狂化と洗脳だ。

帰らないなら警察でも呼ぼうかな。君の罪状は住居不法侵入と暴行って事になるけど?」


・・・歩きながら。オレは自分の手と足が震えている理由を考えていた。

長い間、縛られていたからだろうか。

田崎に対する怒りに震えているのだろうか。

わからない。

でも、もしかしたら、これは恐怖なのかもしれない。

他人に純粋な悪意をぶつけられたのは初めてだったからかもしれない。

でも、自分の手が恐怖で震えてるなんて認めたくなくて、俺は我武者羅に走った。


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