世界を破滅に導く因子
「さぁ、着いた」
転送先は殺風景な場所だった。
遠くに何かの建物らしきものが見える。高い塀に囲まれており、入口には何やら見張りが立っているようだ。・・・城?いや、砦かな?
「さぁ行こうか・・・と、その前に、君にはこれを付けてもらおう」
「手を出して」と言ってレヴェインが差し出したのは手枷だった。
頭から疑ってかかっている訳ではないが、流石にこれは・・・。
渋るオレをレヴェインが説得する。
「この手枷は、あの建物に入るための演技に必要なんだよ。
つまり、ボクが魔王軍の兵士で君が捕虜というわけだ」
あくまで振りをするという事で手枷は簡単に外れる仕組みになっていた。
用意周到な事だ。そこまでして、何をオレに見せたいというのか・・・。
何にしても、ここまで来たのだ。見てやろうじゃないか。
「話が早くて助かるよ。じゃあ、武器も一旦、預かるからね」
うーん。心細い・・・。けど、オレにはまだスピーネルが居る。
建物の入り口に近づくと見張りのリザードマン達が駆け寄ってきた。
レヴェインに向かって長柄の武器を向けて警戒心を顕わにしている。
「何者だっ!そこで止まれ!」
「捕虜を連れてきた。命令書も有る。確認してくれ」
「なに?そんな話は聞いていない。妙な奴だな・・・捕虜はたった一人か?」
「彼は特別なんだよ」
「ふん!どれ、命令書とやらを見せてみろ」
リザードマンの表情が見る見るうちに変貌する。
もし彼が人間だったら顔色が青ざめるのが、ありありと分かったであろう驚愕の表情を浮かべていた。
「魔王・・様・・・直々の命令書・・・だと!?」
「・・・通ってもいいよね?」
「はっ・・・はい!どうぞ、お通り下さい!」
「良かった。では、行こうか」
レヴェインがオレの背中を乱暴に押す。地味に痛い。
無事に建物の中に入った途端にレヴェインは態度を変える。手枷を外して武器も返してくれた。
手枷が外れて気が楽になったオレは周りを見渡してみた。
何だか陰惨な雰囲気の場所だ。せっかく晴れた気が沈む。
レヴェインに「手枷外してていいのか?」と問うと、
「ま、後は何とか誤魔化すさ。君に見てもらいたいモノは、すぐそこだ」
暫く歩きながら周りの様子を伺っていると、ここがどういう所なのかが直ぐに解った。
檻の中に入れられた人間達。看守の様に人間たちを見張るオーク。
ここは魔王軍の強制収容所か何かだろう。
ますます陰鬱な気分にさせられる。
こんな場所で何を見せようというのか・・・。
「おい、レヴェイン・・・オレに見せたいモノって・・・」
「着いた。ここだ」
レヴェインが扉を開く。
扉の向こうから、何ともいえない胸のむかつく臭気と・・・悲鳴が溢れ出てきた。
「次っ!」
部屋の中には大剣を掲げたオーガーらしき亜人と鎖に繋がれた人間たちを引き回すゴブリン達が居た。
「ここは・・・処刑場だ」
唖然とするオレにレヴェインが、そう教えてくれた。
そうしている内に新たな犠牲者がオーガーの前に引き摺られていく。
オレは咄嗟に魔剣を鞘から引き抜こうとした。
その手をレヴェインが抑える。
「手を出さない方が良い。ここで、あの人間を助けてどうする」
「だけどっ!このまま見てなんかいられないっ!」
「じゃあ、どうする?ここに居る魔王軍の連中を皆殺しにするか?」
「そ、それはっ・・・」
「言っておくが人間達も全く同じ事をしているよ?何のためだと思う?オーガーが手にしているモノを良く見てごらん?吸魂石がはめられているだろう?つまり、ここは処刑場というよりも魔剣を鍛える為の場所なんだ」
オレは絶句していた。剣の柄を握っていた手から力が抜けてゆく。
「ここで処刑されている人間たちは何の罪も無い一般人が殆どだ。もちろん、戦いの末に捕虜になった軍人も居るけど・・・ジューゴ君?大丈夫かい?」
「・・・大丈夫なわけ・・・ないだろ」
「それもそうか・・・」
四肢から力が抜け、オレは、その場に座り込んでしまった。
その間も誰かの断末魔が響く。
その時、不意に声を掛けられた。声の主はオレ達に気付いたゴブリンだ。
「おい!貴様ら何者だ!」
ゴブリンは当然と言えば当然の質問を投げかける。
レヴェインは、その問いに答えることなく転送のスキルを発動させた。
転送先は見知らぬ場所だった。
だが、あそこじゃないならどこでもいい。
あの断末魔を聞いていたら正気ではいられなかっただろうから。
「・・・人間達もやってるって・・・言ってたな」
喉がカラカラに乾いて、オレの声は掠れていた。
「やらない道理はないだろう・・・?」
そうだよな。分かっていた。初めて魔剣の存在を知った時には、既にこういう可能性を頭の片隅で想像していたような気がする。弱者の命を奪い、力へと換算する魔剣。
忌々しいコトワリ。
暫く放心状態で居たが、次第に心の痺れのようなモノが取れてきた。
すると、当然の疑問が湧いてくる。
ここはどこだ?
その答えを知る者・・・レヴェインを探す。
周囲を見渡すと何やら玉座の間のような場所だと分かった。
その中央にオレは座り込んでおり、レヴェインは玉座に腰掛けていた。
「お前・・・やっぱり魔王だったのか?」
「まぁ・・・そうかな」
「お前は、いったい何がしたいんだ・・・」
「ジューゴ君、キミは、この世界をどう思ってるんだい?」
レヴェインはオレの答えを待たずに言葉を続ける。
「・・・ボクは、この世界が好きだ。
だが、この世界には破滅へと導く2つの因子がある。君に見せた2つの世界の膿だ。
先代の魔王と・・・魔剣・・・。これを出来る事なら排除したい」
「そんな事・・・できるのかよ」
「箱庭の管理者には出来ないかい?」
「そんなに万能ってわけじゃねーよ・・・」
そうだ、特に魔剣はどうしようもない。世に出回っている魔剣の全てを回収する方法なんて思いつかなかった。
「魔王様の方はどうなんだよ?」
「いやー、先代魔王にも何度か挑んでるんだけど、駄目だねぇー・・・。
・・・魔剣の方も、ボクの一存で止められるものではないし、そんな事をすれば人間達との戦争で大敗するだろうからね。魔王軍と人間達、それぞれ同じことをしているから戦力が拮抗しているんだよ」
「そう・・か。そうだよな・・・」
いや、待てよ?魔剣はコトワリだ。
コトワリなら何とか出来るんじゃないか?例えばコトワリを無くすとか・・・。
イチ兄に聞いてみる価値はあるかもしれない!
「レヴェイン・・・魔剣の方、何とか出来る方法があるかもしれない」
「本当か!?」
「まだ確かではないけれど・・・。その可能性はあると思う」
「それが聞けただけでも嬉しいよ。ジューゴ」
その時、玉座の間の扉が乱暴に開け放たれた。
入ってきたのは、禍々しい仮面を付けた者だった。その仮面は忘れもしない。
以前、痛い目にあわせてくれた・・・魔王だ。
両脇には2体のスケルトンを連れている。こちらも見覚えのある。
オレは玉座の方を見た。レヴェイン?お前が魔王じゃなかったのか!?
ずかずかと王座に向かって歩を進める魔王たち。
オレは・・・あまりの威圧感に道を譲ってしまう。
「レヴェイン・・・随分と勝手な事をしているようだな」
「何の事かな?姉さん」
レヴェインが姉さんと呼んだ者の仮面と威圧感には覚えがあった。
以前、オレに痛い目を合わせてくれたのは、レヴェインの姉で間違いなさそうだ。
これは後で聞かされたことだが仮面を使って姉弟二人で魔王を演じていたという訳だ。
仮面には変声機能があるらしく、魔王らしいおどろおどろしい声に変えられている。
「まだ、貴様は人間の肩を持っているのか」
「ま、隠しようがないなら開き直るしかないね。そうだよ。ボクは姉さんほど人間が嫌いじゃないからね」
「馬鹿なっ!貴様!人間どもが父上にしたことを忘れたのかっ!人間どものせいで父上は今も、あのような姿に身を窶して彷徨っているのだぞ!」
「だからといって、憎しみ合うのを未来永劫続けるっていうの?いつかは、それを止めなくてはいけないなら、今でも良いじゃないか」
「人間達を根絶やしにすればいい事だ!」
「そんな事が本気で出来ると思うのかい?」
これを話し合いと言っていいのか微妙だが、それは平行線を辿っているように見えた。
そして、話を打ち切ったのは姉の方だった。
「もういい!ディーバス!そこの男を殺せ!」
そこの男?
・・・オレの事?なんでそうなる!とばっちりにも程があるぞ!?
「レイスゲイル!ジューゴを守ってくれ!」
レヴェインが声を上げる。
ディーバスと呼ばれた四本腕のスケルトンが振り下ろした剣をレイスゲイルと呼ばれた大鎌を持ったスケルトンがオレを守るように受け止めた。
「レイスゲイル!貴様!リーディア様に逆らうのか!」
「ディーバス!貴様の方こそレヴェイン様の考えが分からんのか?」
「分からんな。人間は殺す!それだけだ!」
「相変わらず短絡的だな。この者に活かしておくだけの価値があるとは考えんのか?」
「知らん!人間は全て殺すべきだ!」
ディーバスとレイスゲイルの間に激しい火花が飛び散る。
ディーバスとレイスゲイルのそれぞれが姉弟の異なる方を支持しているようだった。
その姉と弟の方に視線を移すと、こちらも争いを始めていた。
リーディアが手から光弾を放つ。それをレヴェインが躱すと、光弾は背後にあった王座に直撃し、石造りの王座は粉々に吹き飛んだ。
「レヴェイン!貴様が昔から人間の街に出向いていたのは知っていたが、敵情視察だと思って、そのままにしておったのは失敗だったわ!人間共に情でも湧いたか!」
「姉上・・・ボクは無駄な争いが嫌いなだけです。このまま争いを続けても待っているのは破滅だけです!なぜ、それが分からないのですか!」
2つの陣営の戦いは激しさを増す。そこにオレが何かを差し挟む隙は一切なかった。
ディーバスは4本の魔剣を駆使してレイスゲイルに猛然と襲い掛かる。
レイスゲイルは手にした大鎌で、その攻撃をいなしている。
一方、姉弟喧嘩も過激さを増していた。
リーディアは遠距離の戦いが得意なようで、手から放つ光弾でレヴェインを牽制している。レヴェインの方は近距離の戦いを得意しているようで、光弾を掻い潜ってリーディアに、格闘戦を挑んでいる。リーディアの体を捉えきれなかったレヴェインの蹴りが石造りの床に大穴をあける。
だが、次第に戦況は変化する。
リーディアの光弾が徐々にレヴェインを追い詰め始めたのだ。
レイスゲイルの防戦一方の戦いも、次第に苦しさを見せていた。
どうやら、両方の局面でレヴェイン側の陣営が不利なようだ。
レヴェインが敗北すれば、オレを守ってくれる者が居なくなる。
魔法の扉で部屋に逃げ帰ってしまおうかと思うが、それは躊躇われた。
問題の棚上げにしかならない。
かといって、事態を好転させる程の力は持ち合わせていない。
・・・考えろ。考えろオレ。
そして、オレは事態を好転させる一つの材料に気がついた、
「おい!待て魔王!」
「「なんだ!」」
オレの声にレヴェインとリーディアが同時に反応する。
「・・・えぇと、リーディアに1つ提案があるんだ」
「貴様と話す事などない!」
「姉さん!ジューゴの話を聞いてやってくれよ!彼には、どうしようもなく閉塞した、この世界を打開する力がある!」
「だが、所詮は人間だ!どうせすぐに裏切るに決まっている!」
そして戦いは再開された。もう声を掛けても誰も振り向いてくれない。
オレは仕方なく、ベインザクトをLv3で放った。
この場にいる全員が苦痛の声を上げる。
勿論、オレも例外ではない。この術を使うのは覚悟が居る。
だが、覚悟しているからこそ耐えられる。
「・・・頼むから・・・聞いてくれって!リーディア!」
「き、きさま、よくも、我に、このような術を掛けてくれたな・・・っ」
いつの間にか仮面を外していたリーディアがオレに恨みの視線を向けている。
顕わになった顔はレヴェインと双子の様にそっくりだった。
しかし、より女性らしさが強調された顔立ちにオレは一瞬目を奪われてしまう。
「お、お前が話を聞いてくれないからだろう?少しくらい聞く価値があるはずだ」
「貴様から聞く事などない!」
「嫌でも聞いて貰う!前に壁を広げるのは反対だと言ったが、それを撤回する。オレは何も邪魔したりしない。いや、むしろ、協力出来る事があれば積極的に協力しよう」
「なに・・・?貴様、助かりたくて口から出まかせを言っているのではあるまいな?」
「そんなことは無い。あの時はオレも良く解っていなかったんだ。この世界の者たちの発展を邪魔する権利も理由もオレには存在しない事を理解できていなかったんだ」
悩んでいる様子のリーディアにレヴェインが優しく声を掛けた。
「姉さん。ジューゴは、この世界の者じゃないんだ。本来、姉さんが恨みを向けるべき相手じゃないんだよ。それに、彼ならきっと父上を解放するための助けになってくれる。先代の竜王ローディスも彼の手によって解放されたんだ」
「な・・・ローディスが?」
「そうだよ、姉さん」
オレはリーディアから発せられていた威圧感が薄れていくのを感じていた。




