大丈夫!頑張れ!
翌朝、オレは自分で作った堀を眺めていた。
堀の前には街の人々も殺到している。突如発生した天変地異に皆口々に驚きの声を上げている。なんだかとんでもない事をしてしまったという後ろめたさと、皆が驚く所業をオレがやったのだという得意げな気持ちが入り混じっていた。
そんなオレに後ろから声を掛ける者が居た。
シルキスだ。
「おはようジューゴ」
「おはよう、ザーバンスへの伝令にはイリアが行ったんだな」
「あぁ、あやつ、ワシが行くと言ったのに頑なに自分が行くと聞かなくてな。まったくドラゴンが二日酔いとは笑えんジョークだ」
飲ませたのはシルキスだろ。とは言わないでおく。
シルキスは視線を堀の方に向けた。先ほどの冗談めかした雰囲気は既に無い。
「これは・・・オヌシの仕業じゃな?ジューゴ」
「そうだ」
オレは包み隠さず答えた。
「何となく分かっておったが、やはりオヌシは超常の存在なのだな」
「・・・いつか全部話すよ」
堀の向こう岸を睨んでいると、人影が見えた。
最初は疎らだったが、あっという間に向こう岸を埋め尽くすほどの人影に変わる。
魔王の軍勢だ。予想もしなかった障害に立ち尽くしているようだ。
堀のこちら側では人々が恐慌の声を上げている。
予想よりも早い魔王軍の侵攻に恐れおののいている者がほとんどだが、オレは落ち着いていた。箱庭の上から見て魔王軍がサービアの街から進軍を開始した事を知っていたからだ。ずっと箱庭を監視していたオレはほとんど寝ていなかったが、不思議と眠気は無かった。
魔王軍・・・。
諦めて引き返すか?
・・・今更、そんな事はしないだろう。
それとも堀を埋めようとするか?
・・・それは無駄な事だ。埋めたそばから掘り返してやる。
泳いで渡るか?
・・・まさか、そんな愚行を犯す者は居ないだろう。
既に人間たちは弓を携えて警戒線を敷いている。
ならば、ドラゴン達に任せるか?
・・・オレだったらそうする。人間たちの勢力は既に数十匹のドラゴンだけで十分駆逐できる程度しか残っていない。
さぁ、どうする?
魔王軍から影が飛び上がった。
ドラゴン達だ!
「シルキス!」
「分かっておる!」
シルキスは既にドラゴンと化しており、オレはその背に乗って魔王軍のドラゴン達の元に向かう。まずは説得だ。
ドラゴン達の前まで行くと、オレは声を張り上げた。
ダメ元で”王の威光”を発動しておく。
「待て!魔王軍のドラゴンたち!」
ドラゴン達の集団から一匹のドラゴンが進み出た。それは以前、戦場で会ったドラゴンだった。
「ふん。この間の小僧とシルキスか。何の用だ?」
「・・・叔父上、これ以上は魔王に手を貸すのをやめて頂きたい。人間と魔王軍の怨嗟に我々が首を突っ込んではなりません!」
叔父上・・・?このドラゴン、シルキスの叔父さんだったのか。
「いまさら何を言うかと思えば・・・。この事態は力なき王・・・貴様が招いた事ではないか!お前に一族を率いるだけの力量があれば、我々一族は一丸となって魔王と戦い、誇りある死を迎える事も出来ただろうに」
「そ、それは・・・」
オレはシルキスから話を聞いていたので、シルキスの叔父・・・ハインズが言いたい事が何となく分かっていた。魔王がドラゴン達に服従を要求した時、ドラゴン達は服従と抵抗とで意見が分かれたそうだ。
シルキスは勿論、抵抗派だったが、大多数のドラゴンが服従派に渡り、そのドラゴン達は一族の王であるシルキスに王としての素質に疑問を抱いていた。先王ローディスの問題を後伸ばしにしているという理由でだ。
要は、自分の親が苦しんでいるのに、それを放っておくような奴には付いていけない。
という事らしい。
シルキスの気持ちも知らずに勝手な事だ。
「今となっては何ともならん。我々は魔王に呪いを掛けられておる。魔王に反旗を翻せば苦痛に襲われる呪いにな」
えっ?呪いって魔王の仲間になったら解呪されたんじゃなかったの?
しかし、良く考えてみれば当たり前か。無理やり仲間にしたドラゴン達は、いつ裏切ってもおかしくない。
しかし、オレと違ってシルキスは、それも視野に入れていたようだ。
「何も反旗を翻せとは言いません。手を引いて貰いたいだけなのです。その理由が必要なら我々が作ります」
いつの間にかオレとシルキスの周りにはドラゴン達が居た。
ザーバンスやイリアも居る。彼らはハインズ達と相対するような位置付けでシルキスと同じように静止飛行している。
「貴様らに負けたから、おめおめと逃げ帰ってきた。魔王にそう言えと?」
「虫が良いのは解っています。ですが、どうか・・・同族同士で争いたくは無いのです」「戯けがっ!魔王に屈したとはいえ、そのような真似が出来るかっ!」
最初から無理な事は解っていた説得は終わりを迎えそうだった。
まぁ、元々ダメ元だったし。仕方ない。
だが、言いたいことは言わせてもらおう。
「・・・オッサン!」
「オッ・・・!?オッサンだと?私の事か?」
「そうだよ。シルキスのオジサンなんだろ?アンタ、オレが持ってる魔剣の事を知った時、詳しく話が聞きたいって言ってたじゃないか。アンタ、シルキスが親父さんの事を乗り越えたと知った時、嬉しかったんじゃないのか?少なくともオレにはそう見えた」
「愚か者がっ!勝手な事を言うな!」
「可愛い姪っ子の成長を喜ぶオジサンが、その姪っ子と争うのかよ?」
「黙れぇっ!」
交渉決裂。でも、言いたいこと言ったからいいや。
オレは激高して突撃してくるオジサンを躱しつつ、腰にぶら下げた瓶の中身を振りかけた。瓶の中身は勿論スピーネルだ。
スピーネルはハインズにまとわりつき、麻痺毒をもって自由を奪う。
勝負はこちらが有利だった。
魔王軍のドラゴン達を率いていたのはハインズだ。
そのハインズが真っ先に戦線を離脱したのだ。
将たるハインズを失ったドラゴン達は浮足立っていた。
オレは適当なドラゴンを見つけてシルキスの背から飛び移った。
「おい!そこのドラゴン!」
「人間風情が!勝手に私の背に乗りおって!」
「そんな事を言ってる場合か!このままだとハインズは溺れ死んでしまうぞ!麻痺して動けないんだ!早く助けに行け!」
「人間の言う事など誰が聞くか!」
「行けったら行け!」
オレが”王の威光”を発動しつつ恫喝するとドラゴンは渋々ハインズの元に向かった。
ハインズの元につくと、オレはスピーネルを回収した。
例のドラゴンは「ハインズ様!しっかりして下さい」などと言いながら甲斐甲斐しくハインズを助けている。
丁度そこにイリアがやってきた。
「ジューゴ様!大丈夫ですか?」
「イリアか!丁度良かった。二日酔いが大丈夫なら、オレの事運んでくれ。
おい!そこのドラゴン!名前は?」
「が、ガリューズだ」
「素直で宜しい!これから、お前達の仲間をハインズと同じように海に叩き落とすから、ちゃんと助けてやれよ!」
「そんな!私一人では・・・」
「大丈夫!頑張れ!」
そう言って戦場に舞い戻る。
敵のドラゴン・・・ちょうどザーバンスに襲い掛かろうとしていたドラゴンにスピーネルを振りかける。
スピーネルに取りつかれて落ちてゆくドラゴンを指さしながら、ザーバンスと格闘していた敵のドラゴンに言う。
「ほら、アイツ麻痺して動けないんだ。溺れないように助けに行ってやれ」
「え・・・?な・・・」
「なにボケッとしてんだ!行けって言ってるだろ!?」
困惑しているドラゴンをザーバンスが蹴り落とす。
上手い。丁度、麻痺して落ちて行ったドラゴンと同じあたりに蹴り飛ばされてゆく。
そうやって敵のドラゴンは、どんどん数を減らしていった。
シルキスも雷を走らせて敵を無力化してゆく。
さすがはシルキス。あの戦いぶりを見ればドラゴン達も考えを改めるかもしれない。
最初は数の上で不利だったオレ達だったが、スピーネルとシルキスの雷で殆どの敵を無力化することが出来た。
最後には全てのドラゴンを無力化させてサンディアの街の前に集めた。
スピーネルが体を分離させ、ドラゴン達を定期的に麻痺毒で麻痺させている。
街の人間たちは驚きの表情を浮かべながら遠巻きに眺めている。
さて、どうするかな。
彼らは捕虜だ。魔王軍が・・・いや、魔王がどう出るかな。
とにかく、スピーネルに任せっぱなしにも出来ないから鎖のような拘束出来るモノを調達しなくてはならない。
誰か街の人に相談してみよう。アンリエッタやエオリアが居るはずだ。
他に誰でもいいから知っている人の顔が無いか見渡していると・・・見つけた。
見つけてしまった。あれは・・・レヴェイン。
また、妙な所に連れて行かれて痛い思いをするのは嫌なので見なかったことにしたが、
向こうはそれを許してくれず、近づいてきた。
「やぁ、凄いね。ドラゴン達がウジャウジャいる光景は圧巻だねぇ」
「そ、そうだねぇ・・・。今、忙しいから後にしてくれないかなぁー・・・」
「む。そう邪険にしないでくれよ。また、君に見せたいものがあるんだけど・・・」
「み、見たくないっ!今、忙しい、あっち、いけ!」
「一緒に来てくれたら、見返りにドラゴン達の呪いを解呪してもいいんだけどなぁ・・・」
・・・なんだって?
「・・・出来るのか?」
「まぁね。でも、忙しいんじゃ、しょうがないね。向こう、行こうかな」
「まっ!待ってくれ」
本当に呪いが解けるなら、拘束する必要は無い。呪いによる制約が無ければ、このドラゴン達は晴れてお仲間だ。
「・・・本当に呪いが解けるのか?」
「うん」
「じゃぁ・・・行く。嫌だけど行く」
「それは良かった。解呪には時間が掛かるから、先に付き合ってもらってもいいかな?」「うー・・・。嫌だけど分かった」
オレはシルキスに事情を説明した。
「ジューゴ・・・気を付けろ、あやつ、只者ではない。」
「あぁ、怪しさ満点だが、嘘はつかない・・・と思う。解呪してもらえるなら、それに越したことは無いし・・・」
「そうか・・・スピーネルは連れて行けよ。こっちはワシらで何とか抑えておくから」
「分かった。スピーネル!戻ってきてくれ」
スピーネルを瓶に戻すと、レヴェインの元に戻った。
「準備できた。いつでもいいぞ」
「そうか。話が早くて助かるね」
足元に魔法陣が広がる。あぁ、これ、いい思い出が無いんだよな・・・。
そう思いながら、この時のオレは、これから行く先が最悪のトラウマ生産地になる事を想像もしていなかった。




