敗走する人間たち
オレは海辺の街、サンディアにある酒場に居た。
箱庭の北東と南西には、それぞれ海がある。
壁に遮られているので海というには規模の小さなものだが、確かに海水だし、街の風景は海辺の街といった様相だった。
食卓には様々な海産物が並んでいる。
その食卓を囲むのは、オレとシルキス、そしてドラゴンゾンビを相手に共に戦ったイリアだ。
勿論、2人とも人化して、既に尋常じゃない量の食事と酒を平らげている。
それはさておき、なぜ、オレ達3人がここに居るのか。
この街にオレが初めて来た時は、いかにも平和な海辺の街といった感じだったが、今は物々しい雰囲気に包まれている。今は、ここが魔王軍との戦いの最前線だった。
いや、最前線というよりもここは・・・背水の陣だ。
文字通り背後には逃げようのない海が広がり、ボルグ、セカンディア、サービアと撃破された人間達には後が無かった。
その敗走の原因となっているのはドラゴン達だ。
魔王に屈し、戦いを強いられているドラゴン達。
それを憂うシルキスは同胞の解放を望んでいた。
一方オレは圧倒的な魔王軍にやられっぱなしの人間たちの事を憂いていた。
ハッキリ言って管理者としての立場から言えば、どちらかに加担するのは何か違う気がしていたが、一方的にやられているのを見過ごすことは出来なかった。
同じ人間だから。というもの多分にあっただろう。
とにかく、オレとシルキスの目的は一致していた。
魔王軍のドラゴン達を解放する事だ。
とはいえ、たった3人で魔王軍に挑むのは無理がある。人間たちの協力も必要だ。
だが、人間たちは度重なる敗戦で疲弊しており、サービアの時の様な反攻作戦を実行するだけの余力が残っていないように見えた。
その辺りの事を誰かと相談したかったのだ。誰かと言ってもオレが持ってるコネクションは、たった一つだけだ。
「やぁ・・・ジューゴ君、おまたせ」
そう声を掛けてきたのはオレのコネ・・・じゃなかった、エオリアだ。
その後ろにはアンリエッタもついて来ており、ぺこりと会釈された。
「ずっと探していたんだけど、どこに居たんだい?てっきり、先の戦いで戦死してしまったのかと思っていたよ」
「えー・・・と、まぁ、いろいろありまして・・・」
「そうか・・・まぁ、いい。相談があると聞いたのだけど・・・」
「えぇ、今後の反攻作戦について聞きたいんです」
エオリアが溜息をついた。良く見ると、顔に疲労の色が浮かんでいる。
そりゃそうだ、敗戦を重ねてるんだ。体力的にも精神的にも疲弊しているのだろう。
「ジューゴ君・・・もう我々に出来る事は何とか魔王軍の包囲を破って逃亡を図る事くらいだ」
エオリアの重い口調で語られた事実を聞いて、やっとオレは事態を飲み込むことが出来た。
「さきほど、援軍が望めない事が分かったんだ。この街は王国から見捨てられたんだよ。ここには、まだ、沢山の人が居るのに・・・」
「でも、ここにはまだたくさんの兵士や冒険者たちが居るように見えますけど?」
「みんな、明日には撤退する予定だ」
「撤退って言っても、どこに逃げるんですか?」
周りは海だし、魔王軍には包囲されているはずだ。
「決死隊を組織して、魔王軍の包囲を突破するんだ」
「決死隊って・・・」
「恐らく生き残って王国の正規軍と合流出来る者は半分にも満たないだろう。ジューゴ君はどうするんだい?」
「オレは・・・」
完全に当てが外れた・・・。
いや、オレは良い方に考えすぎていたんだ。
この街に残された人間たちは最後まで勇敢に戦うものだと思っていた。
人間達と魔王軍が戦っている間にシルキス達と共にドラゴン達を説得するか、無力化しようというのがオレの考えだった。
人間達には魔王軍と戦って貰わなければ困る。
もちろん戦力として期待している部分もある。だが、それだけではない。
今でもオレ自身が箱庭の中の戦いに直接、手を下す事に抵抗を感じているのだ。
魔王軍を構成しているオークやゴブリンなどの亜人やモンスターは確かにオレの目から見れば怪物ではあるが、この世界の住人でもないオレがどちらか一方に加担して良いものか判断しかねていた。
だから、魔王軍は人間達に押し留めてもらわなければならない。
オレがその気になれば、自分の部屋に戻って、ボルグ、セカンディア、サービアに駐屯している魔王軍を潰すのは訳ないだろう。それこそ、無邪気なガキがアリの巣を壊すように。だけど、それはしたくなかったし、魔王との約束もあった。
シルキス達の呪いを解いて貰った時の約束だ。その約束がある限り、理不尽な箱庭の管理者としての力は魔王軍に向けられない。
「答えは直ぐには出ないだろう。まだ猶予がある・・・ゆっくり考えると良い」
オレは立ち去ろうとするエオリアを引き留めて言った。
「待ってください。ここに居る2人は実はドラゴンなんです!魔王と敵対するドラゴンも居るんです!そのドラゴン達の力を借りれば・・・」
「それは凄いね。しかし、そんな話を誰が信じる?もし、それが本当だとしても、誰も、この街には残らないだろう。それほどまでに皆の心は擦り切れてしまっている」
そんな・・・そこまでか・・・。オレは楽観視しすぎていたようだ。
助けを求める様にシルキスの方を見る。
「分からんでもないのう・・・。しかし、魔王に屈していた頃の自分を見るようで胸糞が悪いわ。エオリアとやら、さっさと失せるが良い。酒が不味くなる」
「そうさせてもらうよ。ジューゴ君。分かってくれとは言わないが、私もリーダーとして仲間を分の悪い戦いに巻き込むわけにはいかないのでね」
その言葉と遠のいていくエオリアの靴音がオレの耳に届いた。
・・・どうしよう。
顔を上げると、そこには神妙な顔で立っているアンリエッタが居た。
あれ?エオリアと一緒に去ってしまったのかと思っていたが・・・。
「私は・・・私は、この街に残るつもりです。やっぱり最後まで諦めきれないし、逃げる事も出来ない人たちが居るのに、見捨てられないですから」
健気な事を言うアンリエッタ。だが、このままでは逃げる事も出来ない人たちと運命を共にするのは明らかだった。
なんとかしなきゃ・・・。
考えあぐねているとシルキスが、すぐ傍までやってきた。
「ジューゴ、そんな顔をするな。ワシらは明日、お前の元で戦うのだ。
オヌシがそんな顔をしていたら士気に関わるぞ?」
「そんなこと言ったって・・・」
「さて、そろそろワシらも行こうかの。明日の準備があるからのう」
「そうれすねぇ。シルキス様」
「それにしてもラッキーだったのう。美味い酒が沢山飲めた。なるほど、逃げ出すのなら荷物になるからな。店主の奴、次から次へと良い酒を勧めてくるはずじゃ」
「そうれすねぇ。シルキス様」
「おいおい。イリア大丈夫か?」
「そうれすねぇ。シルキス様」
イリアの様子がおかしい。良く見ると顔が真っ赤だ。
おいおい、イリアにも酒を飲ませたのかよ。
数十年生きているとはいえ、イリアは年若いドラゴンだからか、人化した姿は4,5歳の幼女だ。そんな子に酒を飲ませるなんて・・・。いいのか?
「それにしても海に囲まれた街というのもいいのう。魚の味が絶品じゃった」
「そうれすねぇ。シルキス様」
「また来たいのう」
「そうれすねぇ。シルキス様」
のんきなものだ。この街の存続の危機だというのに・・・。
だが、良い考えというのは、のんきにしている時の方が閃くものだ。
オレの頭の中に、ある考えが浮かんだ。
「シルキス。オレは行くところがある。ここで一旦別れよう」
「ふむ。なにやら悩みが吹っ切れたようじゃな。よかろう。明日を楽しみにしているぞ」
オレは誰も見ていないのを確かめると魔法の扉を使って部屋に戻った。
そのまま脇目も振らずに自転車にまたがり、走らせる。
目指すは百均。作戦にどうしても必要なモノを買いに行くのだ。
息を切らせながら百均で虫眼鏡とピンセットを買うオレの姿は、さぞ奇妙に映っただろう。きっと、オレの事を昆虫マニアか何かかと思ったに違いない。
まぁ、誰かにそう思われたとしても構わない。
家に帰るとオレは作戦を実行に移した。
虫眼鏡とピンセットを駆使して、サンディアの街の周りをガリガリと削っていく。
虫眼鏡を使ってサンディアの街を削らないように慎重に作業を進める。
ガリガリと削った地面に海の水が流れ込む。
こうしてザンディアの街の周りは堀で囲まれた。
魔法にピンで箱庭の中に入って出来栄えを確かめてみる。
堀の幅は数十メートルはありそうだ。うむ、泳いで渡るのは大変そうだ。
これで、魔王軍は街に攻め込むことが出来ない。
出来るとしたら、翼を持った者たちだけで、魔王軍にいる翼を持った者達といえば
ドラゴン達だけだった。
当初、望んだとおりの絵図が描けた俺は満足だった。
あ。そういえば、逃亡する予定だった人間達も外に出られない。
・・・まぁいいか。




