ドラゴンとスライム
目の前には巨大なドラゴンと小さなスライムが対峙していた。
昔ながらのRPGなら最強と最弱の存在。
目の前の2匹が、その通りの関係性ならドラゴンが勝つのが当然だ。
しかし、ジューシ姉ちゃんの目は不安が浮かぶどころか、勝利を確信しているかのように輝いていた。
・・・いや、それどころじゃないな。獲物を見る肉食獣の様にギラギラしている。
「ドッラゴン♪ドッラゴン♪ワッタシのドラゴン♪」
・・・もう完全に勝った気でいる。
いざとなったらイチ兄が諌めてくれると思うけど・・・。
だが、イチ兄も妙なテンションのジューシ姉ちゃんに戸惑っているようだった。
「もう始めても良いのか?」
「あ、あぁ、そうだった、箱庭対戦を開始する。対戦者はシルキスとスピーネル!
では、開始!」
イチ兄の号令と共にシルキスの口から炎が吐き出された。
これで勝負が決まったかと期待させるほどの業火だったが、スピーネルは、まるで熱したフライパンの上で踊る水滴の様に軽やかに炎を躱す。
「ちぃ!ちょこまかと動き回りおって!」
苛立った様子のシルキスは2度3度と炎を吹き付けるも、結果は同じだった。
プルプルと炎を躱すスピーネル。
そのうちスピーネルが2つに見える様になってきた。
素早いとはいえ、残像が見える程のスピードでは無いはずだ。
良く見ると、スピーネルは本当に2つに分裂していた。
「ジューゴ、スピーネルをただのスライムだと思って甘く見たでしょう?私があんたに普通のスライムをプレゼントすると思う?あの子は特別なスライムなのよ?ま、プレゼントじゃなくて交換になっちゃったけどね」
冗談じゃない!オレはシルキスを渡すつもりなんてないぞ!
だが、オレが戦いの場に視線を戻すと、そこにはギョッとする光景が広がっていた。
スピーネルは分裂を繰り返し、その数を30以上に増やしたスピーネルがシルキスを取り囲んでいたのだ。
マトが増えた事でシルキスの炎もスピーネルを捉える場面も増えてきた。
炎に焼かれたスピーネルは、影も残さず蒸発する。
しかし、炎に焼かれて消滅するよりも増殖する数の方が圧倒的に多かった。
「さ。そろそろ、終わりにしましょうね。大丈夫、痛いのは一瞬だけだからね。
・・・スピーネル!」
ジューシ姉ちゃんが号令を出すと、シルキスを取り囲んでいたスピーネル達が一斉に飛び掛かった。シルキスも炎を吐いて応戦するが、それもむなしくスピーネル達にまとわりつかれてしまう。
「終わりね。スピーネルは体から生物を麻痺させる毒を分泌させることが出来るの。
完全に動きを封じたら、この戦いは私の勝ち」
「そんな!シルキスには何の説明もしてないんだぞ!ジューシ姉ちゃんの所に行くなんて・・・」
「大丈夫よジューゴ。私の世界はモンスターたちの楽園なの。きっとシルキスさんも気に入るわ。もし、シルキスさんが嫌だって言ったら返すから!お願い!」
「む・・・無理やりじゃないのなら・・・」
仕方なく折れ掛けた時、か細いシルキスの声が届いた。
「ふざ・・・けるな・・・。ジューゴ・・・ワシがこのまま負けると・・・思ってるのか!」
シルキスが怒号を上げると、体から雷撃が発せられた。
シルキスの体に取り付いていたスピーネル達が堪らず逃げだす。
「雷を操ることが出来るなんて!ますます気に入ったわ!でも、麻痺毒のせいで体の自由は効かないみたいね。これ以上はやっぱり無理じゃないかしら?」
再びスピーネル達が飛び掛かろうとするが、シルキスは炎や雷を身にまとって、それを牽制する。身動きのできないシルキスが取れる防御方法はこれしかないようだった。
シルキスを蝕む麻痺毒は時間を経るごとに効果を失い、シルキスが体の自由を取り戻す頃にはシルキスの姿は無残に変貌していた。
防御シールドとして身に纏っていた炎や雷は、シルキスの体も焼き焦がしていたのだ。
オレが凄惨な光景に耐えきれず目を逸らすと、そんなオレをシルキスが一括した。
「目を逸らすな・・・ジューゴ!ワシが勝利する姿を目に焼きつけておれ!」
「な・・・なんでそこまで・・・負けても何かが失われるわけじゃないんだぞ・・・?」「愚か者!ワシの誇りが失われるわ!それを取り戻すのは容易ではない!」
体の自由を取り戻したシルキスは更なる炎と雷を身に纏ってスピーネル達を追う。
逃げ惑うスピーネル達を炎をまとった手で叩き潰し、口から吐く炎の息で焼き尽くす。
スピーネルの数は順調に減っていき、最後のスピーネルを叩き潰したと同時にシルキスは倒れこんだ。
「どうだ・・・ジューゴ、見ておったか?」
「あぁ・・・。見ていた」
「ワシは今度こそ誇りを守ったぞ。ワシが誇りを失ったのは2度だ。1度目はアンデッドとなった先王に止めを刺そうとして躊躇し、敗北した時・・・。
・・・2度目は魔王に呪いを掛けられた時だ。両方ともお前のおかげでワシは誇りを取り戻せた。そのお前の前で再び敗北したくはなかったのだ・・・。」
「あぁ、分かった。もう喋らなくていいから」
「ジューゴ、これだけは教えてくれ、ワシは勝利したか?正直、目がもう見えんのだ・・・」
「シルキス・・・お前の勝ちだ・・・凄かったよ」
「そうか・・・良かった」
シルキスの体は光の粒となって消えた。
オレは絶叫するようにシルキスの名を叫んだ。
そして、オレを慰める様に肩に手を置くイチ兄に向かって呟いた。
「イチ兄・・・オレ、やっぱりこのシステムは好きになれそうもないや・・・」
「あぁ、わかってる。済まなかったなジューゴ・・・」
「・・・シルキスは?無事なんだろ?」
「ジューゴ・・・シルキスさんは・・・その・・・」
「何だよ・・・イチ兄・・・」
イチ兄はオレから目を逸らして、何か言い辛そうにしている。
嘘だろ?シルキスに危害は無いって言ってたじゃないか!
何だよ!ハッキリ言ってくれよ!
「その・・・シルキスさんは、お前の後ろに居るぞ。ジューゴ・・・だが・・・」
えっ?
オレはすぐに振り返った。
確かにシルキスは、そこに居た。
だが、シルキスは人化しており、衣服は纏っていなかった。
「何で裸なんだよっ!」
「ワシに聞かれても分からん」
「多分、ここに来た時と同じ姿に再構成されるんだ。しかし、服までは元に戻らないようだな」
イチ兄が冷静に分析している。
そんな事はいいから。
「とっ、とりあえずドラゴンの姿に変化してくれよ」
「? 話をするのは、こっちの方が便利なのにのう・・・」
「それにしても凄いなこれは!傷が全くない!命を危険にさらさずに死の淵におかれた戦いを体験できるとは・・・ジューゴ、お前もやるべきだ!多くの経験を積むことが出来るぞ!」
いいからドラゴンの姿になれって。
そんなオレ達の元にスピーネルを伴ったジューシ姉ちゃんがやってきた。
「あーあ。負けちゃったね。本気でやって負けちゃうなんて思っても無かったよー。
ねぇっ!ジューゴ、異世界に移住してもいいってドラゴンが居たら直ぐに連絡ちょうだいよね!」
こんなのは、もうこりごりなので曖昧に返事をしておく。
「とにかく、これでスピーネルはジューゴの元に行く事になるわ。
スピーネル、私の弟の事を宜しくね」
スピーネルはプルプルしながら縦に伸び縮みした。
もしかして、それは肯定を表しているのか?
「オレからも宜しくたのむよ。スピーネル」
そう言いながらオレは習慣で右手を差し出していた。
スピーネルは、そんなオレの意図を理解したのか、オレの右手を包み込んだ。
ふ、不思議な触感だな・・・。
「ジューゴ、この子は自由に自分の体の大きさを増やしたり、減らしたりできるの。
それこそ、小さな瓶に入れておけるくらいに。だから小瓶に入れて、この子の事を常に傍に居させてね。この子、寂しがり屋だし、何よりジューゴの事を守ってくれると思うから」
「ジューゴ・・・。お前の事をジューシに話した時、ジューシは酷くお前の事を心配して、今回の事を思いついたんだ。友人の中に弟を守ってくれる者が居るかもしれないってね。 ・・・その、途中で、少し、暴走したが、これはジューシがお前の事を思ってしたことなんだ」
「あぁ、分かってるよイチ兄・・・。ジューシ姉ちゃんもありがとう」
スピーネルの方を見ると、シルキスと何やら話しているようだった。
「ドラゴンの王たるワシと互角の戦いをしたのだ。誇りに思って良いぞ!
いやいや、謙遜するな。しかし、そんなオヌシがジューゴの守護を担ってくれるとは・・・。これでワシの心配事も一つ減るのう」
うーん、なんだかコミュニケーションが成立している。
スピーネルの言う(?)事がいまいち分からないのはオレだけなのかな?
「ところでジューゴ」
シルキスが今度はこっちにやってきた。
「ここは何処なのだ?この戦いは一体なんだったのだ?」
シルキスが当然の疑問をオレにぶつける。
イチ兄助けて!
とにかく、こうしてオレは奇妙なボディーガードを手に入れたのだった。




