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ジューシ

部屋に戻ってきたオレは携帯のLEDが点滅している事に気付く、

それは誰かからの着信があった事を知らせるもので、着信履歴には杉崎十四とあった。


電話を掛け直すと、何故かイチ兄が出た。


「やあジューゴか。ジューシはウチに遊びに来ていたんだが、今はコンビニに買い物に行ってるんだ。携帯、忘れて行ったんだな。財布は持って行ったのかな・・・。心配だな」「・・・そっか、じゃあ、掛け直すよ」

「まて、ジューゴ。お前に週末は空いているか?」

「空いてるけど・・・」

「じゃあ、また、こっちに来ないか?交通費は私が出すから。立て替えておいてくれ」

「いや、いいけど・・・なんで?」

「なんでと言うことは無いだろう?久しぶりにジューシと3人で食事でもしよう。箱庭の話でもしながらね」


そういう事なら是非も無い。

久しぶりにジューシ姉ちゃんにも会えるなら言う事なしだ。

それから週末を待ちわびながら過ごす時間が続いた。

真面目に学校にも行った。教師がオレが最近休みがちな理由を聞いてきたが、はぐらかしておく。


週末が楽しみだ。相談したい事が沢山ある。


そして、待ちに待った週末。オレは逸る気持ちを押さえながら新幹線に乗った。

イチ兄の家の最寄駅の改札の外にイチ兄の姿を見つけた。

と、そこでイチ兄の隣に見慣れない女性が居るのに気が付いた。

ま、まさか彼女かな?

オレは平静を装いながらイチ兄に駆け寄った。


「迎えに来るなら言ってくれればよかったのに」

「ははは。ジューゴを驚かせたかったのでね」


そこで、オレは視線を謎の女性に移す。

綺麗な人だ。しかし、何と言うか目力のある人だな。

とりあえず、オレは挨拶をする事にした。


「は、初めまして」

「何言ってるの?ジューゴ」


聞き覚えのある声だ。


「え!?もしかしてジューシ姉ちゃん!?」

「そうだよ?ジューゴ、久しぶり!」


えぇぇぇぇぇ!?

オレの知ってるジューシ姉ちゃんは、伏せ目がちで大人しい印象の人だった。

いつも顔を隠すように長かった前髪がバッサリと真横に切られている。

一目見てジューシ姉ちゃんだと気付かないなんて、オレ、ちゃんと顔を見た事が無かったんだな。そういえば、いつもメガネをかけていたのに、今は裸眼だ。いや、コンタクトかな?


「あっはっは!その顔が見たかったんだ。私も初めは驚いたよ」


そう言ってイチ兄が笑っている。


「こんな場所で立ち話も何だからイチ兄の家に戻ろうよ。

ジューゴ、今日は何食べたい?久しぶりにお姉ちゃんが作ってあげるよ」

「・・・か、唐揚げが食べたいっ!」


ジューシ姉ちゃんの作る唐揚げは他では食えないほど美味いのだ。

何かコツがあるの?と聞いた事があった。その時は何もないと言われたが、それは嘘だと思っている。門外不出のコツがあるのだ。きっと。


「あはっ。相変わらず唐揚げ好きだね。ジューゴは」

「それじゃ、行こうか。材料を買って帰らなければね」


何気ない会話を楽しみながら買い物を済ませてイチ兄のマンションに戻ってきた。

何となく3人とも食事が終わるまで箱庭の話題は避けていたが、食事の終わりを切っ掛けにオレ達の雰囲気は再会を喜ぶ家族から、箱庭の管理者の会合に移り変わって行った。


ひとしきり3人で箱庭の話題で盛り上がっていると、突然、ジューシ姉ちゃんが、こんな事を言い出した。


「私から箱庭の管理者になったばかりのジューゴにプレゼントがあるんだけど」

「プレゼント?」

「そう!ついて来て!」


連れて来られたのはイチ兄の箱庭がある部屋だ。

その部屋には箱庭以外の物は何も置いていない。・・・プレゼントって何だろ。

少し不安になってイチ兄の顔を見ると、何やらニコニコしている。

何か知っているようだ。

イチ兄が箱庭の前に立ち、ジューシ姉ちゃんがオレとイチ兄の手を取った。

不思議に思っているとイチ兄が箱庭に魔法のピンを刺した。

気が付くとオレ達3人は管理者の世界に居た。

イチ兄から聞いた、箱庭同士で戦うための特別な場所だ。


背後には3枚の石碑が立っていた。

相変わらず空白だらけのオレの石碑、もう2枚は沢山の名前が刻まれている、イチ兄とジューシ姉ちゃんの石碑だ。


「プレゼントって箱庭に関係したものなの?」

「そうよー。ジューゴあんた、石碑に3人しか名前が無いじゃない。上手く行ってないんじゃないの?」

「・・・う。確かに、あまり上手く行ってるとは言えないけど・・・」


言葉に詰まるオレの肩にイチ兄が手を置いた。


「そういうなよジューシ。君も最初は苦労しただろう?

ジューゴ、この間、電話をくれただろう?魔王と戦ってるなんて聞いて気が気じゃなかったよ。それで考えたんだ。何とか助けることは出来ないかって・・・。

ジューシに相談したんだけど・・・」

「それで、私が今回のプレゼントを思いついたってわけ!」

「だから、何だよプレゼントって。もしかして、凄い武器とか?」

「ジューゴ、異なる箱庭の間で物品の受け渡しなどは出来ない。だが、戦いの末、勝者は敗者から奪うことは出来る。これは、前に説明したよね」

「あぁ、そうだった」

「ジューゴ、君の世界の者では私の世界の者に勝つことは出来ない。どんな八百長を使ってもね」


それはそうだろうけど、少し傷つく。

だが、イチ兄の箱庭を見た後なら納得するしかなかった。


「だが、ジューシなら私よりも日が浅い。それなら方法次第ではジューゴの箱庭の者でも勝てると思ったんだ」

「そう!それがプレゼントってわけ!」

「ちょ、ちょっと待って、プレゼントって、そんな簡単に・・・」

「まぁ、いいから、いいから。それじゃ、準備するから待っててね」


ジューシ姉ちゃんは石碑の方に走ってゆく。


「準備が出来るまでの間、私は少し説明をしよう。箱庭同士の戦いは大きく分けて2種類ある。総力戦と個人戦だ」

「総力戦?」

「そう。総力戦は文字通り石碑に名を連ねる者たち全てが、ここに召喚されて戦う。勝った方は負けた方に何でも要求できる」

「へぇ・・・」

「だが、これは箱庭の管理者になりたての者は極めて不利な戦いになるんだ」


・・・あ。確かに、今のオレは3人しか召喚できない。

最大何人まで呼べるようになるのかは分からないが、少なくとも石碑が名前で埋まっている管理者と戦えば勝てるわけがないのは道理だろう。

・・・これが、イチ兄が言っていた管理者になりたての者が狙われる理由か。


「次に個人戦・・・これからジューゴとジューシとで実際に行うのが、この個人戦だが、名前の通り管理者が選んだ者が1対1で戦うのが、この方式だ。勝った方は負けた方から戦っていた相手を奪うことが出来るんだ」

「それがプレゼント!?なんだよそれ!そんな勝手が許されるわけ・・・」

「大丈夫だジューゴ。ジューシはちゃんとやってくれる。ちゃんと、ジューゴの世界に行く事を納得済みの住人を連れて来てくれるよ。いま彼女がしてるのは、その為の準備なんだ」

「そ、それなら・・・」

「ジューゴらしい心配だ。やはり君は優しいね」


両手を広げて待ってても、しないってハグは。

そうしているとジューシ姉ちゃんが戻ってきた。


「おっまたせー!とびっきり可愛い子が見つかったよ!ジューゴの事も気に入ったってさ」


え。可愛い子?

3人で石碑の前に移動する。

この石碑に手を当てれば、望んだ相手と話すことが出来るらしい。

突然召喚して、お風呂の途中でした。なんて事があったら最悪だもんね。


ジューシ姉ちゃんは石碑に手を当てて「じゃあ、召喚するからねー」と話している。

・・・ど、どんな人なんだろ。


すると、光の柱が現れた。その中には何者かの影がある。

期待を込めて見つめていると、中から現れたのは水色のスライムだった。


・・・え?


「ねーっ!可愛いでしょう?」


可愛い・・・?

・・・女子が言う可愛いは信用できないと聞いた事があるけど、これほどまでとは・・・。


そいつの大きさはオレの腰くらいの高さで、横幅も同じくらいだ。

ガラス窓についた雨粒の様にプルプルとオレの前まで移動してきた。

それは、まるでオレの事を値踏みするかのようにオレの周りを動き回っている。


「私の箱庭はモンスターの楽園。この子は配合と育成の末に生まれた特別なスライムなのよ」

「さぁ、ジューゴも誰か一人召喚するんだ」

「誰でも大丈夫よ。わざと負けてくれるように言ってあるから」


言ってあるからって・・・。言って分かるのか?コイツが?

それよりも、「わざと負ける」って所にカチンときた。

2人ともオレを見くびっているな。

こんなスライムごとき、我が盟友シルキスの敵ではない。2人を驚かせてやる。


とはいえ、ここに誰かを召喚するのは初めてだ。オロオロしているとイチ兄が教えてくれた。


「まずは石碑に手を当てるんだ。そして相手の事を思い浮かべる。召喚する前に声を掛けてあげるなさい。いきなり召喚したら相手もビックリするから」


オレは言われたとおり、石碑に手を当て、シルキスの事を思い浮かべた。


「おーい。シルキスー。聞こえるかー?」

「なっ!ジューゴ!?ジューゴか?どこにいる?」


おぉ!頭の中に声が響く。


「今、離れた所から話しかけてるんだ」

「オヌシ・・・そんな事も出来るのか。驚いたぞ」

「ゴメン、ゴメン。それで頼みがあるんだけど・・・」

「おぉ、ワシに出来る事なら何でも言うがよい!」

「頼みを聞いて貰うためにも、こっちにシルキスを転移させたいんだけど良いかな?」

「そんな事まで出来るのか?まぁ、構わない・・・い、いやっ!待て!少し待て!5分で良いから!」

「あ、あぁ、分かった」


オレが5分待ってから、再びシルキスに声を掛けた時にはシルキスの準備は完了したようだった。2人の驚く顔に期待しながらシルキスを召喚する。


どうだ!この雄々しきドラゴンの姿・・・じゃない。

シルキスは、いつかの人化の術で人間の姿となっていた。しかも、何やら着飾っている。

「わぁー・・・。綺麗な女の人ー・・・。ジューゴちゃんも隅に置けないわねぇー」

「うん。人物もさることながら、何とも煌びやかな着物だ」


2人はオレの期待とは違った感嘆の声を上げている。


「なっ、なんで、そんな格好してるんだよ!」

「そんな格好とは何だ!いきなり呼びつけておいて! ・・・こ、この格好は、たまたまだ!」


まぁ、理由は気になるが、いきなり呼びつけたのは確かにこっちだ。


「あー・・・。まぁ、いきなり呼びつけたのは悪かったよ」

「・・・もういい。それで?頼みとは何なのだ?それに、この2人は誰なのだ?」

「この二人はオレの兄弟だよ」

「初めまして、ハジメと言います。ジューゴがお世話になっているようで・・・」

「おぉ、ジューゴの兄上か。ジューゴは勇猛というか、危なっかしくてな、つい世話を焼いてしまうのだ」

「そうでしょう。昔からそういうところがあって、私にとっても心配の種なんです。

貴女の様な方が見ていてくれるなら安心できるというものです」


そういって二人で笑いあっている。

なんだか居心地が悪いな・・・。


「姉のジューシです」

「こちらは姉上か。ワシにも弟がいて苦労させられておる。オヌシとは姉の苦労というものをゆっくりと話したいものだ」

「うふふ。そうですねー。ジューゴも小さい頃は大変だったんですよー、小年生の時なんか・・・」


うぉい!何を暴露しようとしている!

何を言い出すかは分からないが、止めておいた方が良いだろう。

そうやって、オレを除く3人は和やかに話していたが、シルキスがプルプルと揺れるスライムに気が付いた。


「うん?これは何かな?」


シルキスの問いに、すかさずオレは口を挟んだ。


「それが呼んだ理由なんだ。シルキスには、そいつと戦ってほしいんだ。

大丈夫、手加減してくれるってさ」


はっぱを掛ける意味で手加減というキーワードを入れておいた


「待てジューゴ、流石に武器も持たない女性では勝ち目がない。他の者は居ないのか?」

イチ兄も、こちらの意図に沿った発言を紡いでくれる。


「ジューゴ、オヌシは本当にワシがこんなモノに負けると思っておるのか?」

「シルキスが凄いのは知ってるけど、でも、万が一って事もあるだろう?せっかく手加減してくれるって言ってるんだし、無用な怪我をする事もないだろう?」

「ジューゴ!ワシを見くびるとオヌシとて容赦せんぞ!」


シルキスは瞬く間にドラゴンの姿に変貌した。


イチ兄とジューシ姉ちゃんは口を大きく開けてシルキスを見上げている。

そうそう、その顔が見たかったんですよ。


「ぴゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


ジューシ姉ちゃんが奇声を上げた。最初は何かの音かと思ったが、それは確かにジューシ姉ちゃんの口から発せられていた。


「ドラゴン!ドラゴンよっ!しかも喋るドラゴン!凄い!信じられない!」

「・・・まさか、ジューゴの仲間がドラゴンだなんて・・・。これは我々が見くびっていたようだ。ねぇ、ジューシ・・・ジューシ?」

「ワタシが勝ったらドラゴンが仲間に・・・勝ったらドラゴンが仲間に・・・勝ったら・・・」

「ジューシ?ジューシ!?駄目だぞ?ジューゴとの約束を忘れるんじゃない!」

「でもイチ兄ぃ!ドラゴンよ?ドラゴン!イチ兄は知ってるでしょう?私の箱庭には純粋なドラゴンは居ないのよ!ちょっとだけ、ちょっとだけ借りるだけだから!」

「待ちなさいジューシ!落ち着きなさい!」

「スピーネル!本気でやりなさい!もし勝っちゃっても・・・それは・・・それは事故よ!」


スピーネルというのは、この水玉スライムのことらしい。

命を受けたスピーネルは、ブルブルと体を震わせている。

なんか、やる気になってるように見える。


って・・・待てよ?

シルキスが本気になったら、あのスピーネルって水玉はホントにただじゃ済まないんじゃないか?オレは早くもはっぱを掛けた事を後悔していた。

それにシルキスだって怪我してしまうかもしれない・・・。


「イチ兄!このままじゃ、やり過ぎになっちゃうんじゃ・・・」

「落ち着けジューゴ、この戦いで負った傷は戦いが終わった後で完治する。例え死ぬほどの傷を負ってもだ・・・とはいえ、ジューシ!私の話を聞きなさい!」


そ、そうなの?どういう原理なんだ?

オレ達兄弟の様々な心境をよそに対峙するドラゴンとスライムは一触即発の様相を見せていた。


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