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死者の群れ

さっきまで街の中だったはずなのに、目の前には荒涼とした大地が広がっていた。

目に映るのは、枯れ木、何かの動物の白骨死体。

そして、遠くに見えるのは死者の行列。


なんだあれ?

目を凝らしてやっと見える程の距離だ。

死者の群れは水辺を求める草食動物の群れの様に同じ方向を目指している。

その酷くゆっくりな行軍を眺めていると、後ろから声を掛けられた。


「あれが何か分かるかい?」


あぁ、そうだ。オレはコイツに連れて来られたんだ。

レヴェイン。

サービアの街で出会った。不審な男。魔王と同じ転移の魔法を使う怪しい奴。

街では深く被っていたフードを外して、今は素顔を晒している。

整った顔に赤い瞳が特徴的だ。肩まで伸びた黒髪に白い肌が何となく中性的な印象を持たせる。


「分かる訳ないだろ。あんなの初めて見たし」

「あれはね。先代の魔王にアンデッドにされた者たちの群れだよ。あの群れの中心に先代の魔王が居るんだ」


「なんだって!?」

先代の魔王といえば、シルキスの父親をドラゴンゾンビにした張本人じゃないか。そんな事を今も続けているのか?


「あー・・・。そんな大声を上げたら気付かれてしまうな。 ・・・ほら、こっちに向かってきた」


レヴェインの言うとおり群れは方向転換して、こちらに向かってきた。

ゆっくりと進路を変えている群れから、翼を持つアンデッドたちが先行して追ってきた。オレは背を向けて逃げ出したが、すぐに追いつかれてしまう。


「ほらほら、魔剣で応戦しないとやられちゃうよ?」


レヴェインは周りを有翼のゾンビたちに取り囲まれながらも、涼しい顔をしている。

オレは、すぐ目の前の白骨化したワシの様な怪鳥に剣を振るう。


「くそっ!早く街に戻してくれよ!話がしたいんじゃなかったのか?これじゃ・・・話をっ・・・するどころじゃないだろうがっ!」

「まぁまぁ、このままでも話くらいは出来るだろ?そのままでいいから聞いてくれないかな」

「お前は・・・出来てもっ・・・オレはっ・・・できないっつーの!」

「えーと、どこまで話したっけな。 ・・・そうそう。先代の魔王。こいつらは、その魔王の呪いでアンデッドになってしまったんだよ」


オレの話は聞く気なしかよっ!

辛くも怪鳥を斬り伏せたが、今度は巨大な蜂が襲い掛かってきた。人と同じくらいの大きさが有り、数も多い。これはピンチですよ兄さん。

しかし、レヴェインは構わず話を続けている。オレがちゃんと聞いてると思うなよ?


「魔王は代々、呪いのスキルを得意としていたんだ。というよりも、そう言う家系でね。本人が望む望まないに関わらず生まれつき呪いのスキルを持っている一族だったんだ。

ま、そんな業を背負った一族は普通の人間の中では暮らすことが出来ず、亜人や魔物たちなどの虐げられた者たちと生活を共にしていた。そのうち、そう言った者たちから頼られたりして最終的には彼らの王として立つ事になったんだ」


へぇー・・・人に歴史ありだな。

はっ!いつの間にか聞き入ってしまっている。蜂の数は一向に減る気配が無い。

早く逃げないと死者の群れの本隊に追いつかれてしまうというのに。


「そして、稀代の天才が現れた。その者は呪いのスキルも知略も人望も、けた外れの人物だった。それが先代の魔王だ」


話を聞いているうちに有翼のゾンビだけでなく足の速い獣のようなゾンビたちも集まってきた。相変わらずレヴェインは涼しい顔をしながらゾンビたちを蹴散らしている。

しかも、素手で。今も、ネコ科の大型獣を蹴り飛ばしている。何者なんだろう・・・。

やっぱり魔王なのか?


「うーん・・・。随分囲まれちゃったね・・・。もう少し時間があるかと思ったんだけど・・・。それじゃあ、少し端折って話をしようか」


まだ話すのかよっ!

オレは目の前のケンタウルスに苦戦していた。くそう!コイツ強い!


「えーと。その魔王は事も有ろうに人間の娘に恋をしてしまったんだ。しかし、それを知った人間たちは、その娘を殺してしまった。人間たちの意図はよく解っていない。人質にしようとして誤って殺してしまったというのが有力な説だ。とにかく先代の魔王は狂乱した。それで、自らに呪いを掛け、こうして死と呪いを振り撒きながら、あての無い行軍を続けているってわけ」


そ、そうだったのか!くそう!ケンタウルス強い!


「そんな先代の魔王と親交の深かった当時の竜王は、彼を止めようとした。

しかし、それは失敗に終わったんだ。魔王の手によって死んだ竜王は、魔王と同じように死と呪いを振り撒くアンデッドになった。先代の魔王に殺された者はアンデッドとなる。そのアンデッドに殺された者もだ。そうやってアンデッドはアンデッドを生み、あの巨大な群れとなったんだ」


当時の竜王ってシルキスの父親か?なんで、あの群れの中に居なかったんだ?

このっ!ケンタウルスしぶとい!


「当時の竜王ってローディスって名のドラゴンだろ?」

「おぉ、良く知ってるね」

「会ったからな。でも、なんで、あの群れの中に居ないんだ?別の場所でゾンビになっていたぞ?」

「もしかして、その魔剣・・・。どうりで・・・。先王ローディスは配下のドラゴン達を連れて果敢に魔王に挑んだけど、結果は知ってのとおり敗北だ。配下のドラゴン達は倒れ、ローディスは瀕死の重傷を負って故郷に逃れ、彼はそこでアンデッドとなったと聞いている。」


そうだったのか・・・。

危なっ!やっぱり、このケンタウルス強い!鎧が無ければ即死だったぞ!?


・・・ん?配下のドラゴン達は倒れた?


「レヴェイン!配下のドラゴン達はどうなったんだよ?」

「あぁ、それなら死者の群れに加わっているだろう。ほら、真上にも一匹」


次の瞬間、ズシンという地響きと共に巨大なドラゴンが落ちてきた。

ドラゴンの足元には無残なケンタウルスが・・・。

強敵ともよ・・・君の事は忘れない。

っていうか、ドラゴンとか無理無理!


「レヴェイン!もう無理!転移させて!」

「いやー・・・。でも、そんなに離れてたら一緒には転移できないよ」


そうなのだ、押し迫るゾンビたちのせいでレヴェインとは離れてしまっていた。

目の前にはドラゴンゾンビ・・・。

アンデッドには”王の威光”も”ベインザクト”も効かないし・・・。


「・・・とにかく、この脅威こそが魔王軍が貪欲に領土を広げようとする理由なんだよ。なんてったって、みんな、こんな恐ろしいモノからは出来るだけ遠くに逃げたいからね・・・」


って!まだ話し続けるのかよ!

・・・危なっ!もう無理!絶対無理!詰んだ!


死を覚悟したオレの目の前には光を放つ魔法の扉が有った。

あ。詰んでないじゃん・・・。忘れてた。


部屋に戻ったオレはベッドの上で大の字に寝転んだ。

「死ぬかと思ったーっ!何だアイツ!何だアイツ!自分勝手に話し続けやがって」


とはいえ、普通なら知り得なかった重要な情報を得た気がする。

アイツ何者なんだろう。魔王と同じ転移の魔法を使っていたし、魔王なのかな?

でも、前に会った魔王は、もっと、こう、威圧的だった様な・・・。

それに、もし仮に魔王だったとして、前に会った時はオレを殺そうとした魔王が、今更、あんなものを見せて何がしたいんだ?

オレは逃げ帰ってきたことを、ほんの少しだけ後悔した。


ま。考えていても仕方が無い。サービアの街に戻ろう。

アンリエッタも急に居なくなったオレを心配してるかもしれない。

街に戻ったオレはすぐにアンリエッタを見つけた。


「あっ!ジューゴさん!」

「あぁ、アンリエッタ良かった。もう泣いてないな」

「もっ、元から泣いてなんかいません!」

「あぁ、ゴメン、ゴメン。そうだった」

「もうっ・・・。ところで、どこに行ってたんですか?」

「レヴェインと話していたんだ」

「私・・・あの人、嫌いです・・・」

「あぁ、オレも、さっき嫌いになったよ」


酷い目にあわされたからな。


「それは困ったなぁ・・・」


背後から聞き覚えのある声がする。今一番聞きたくない声だ。


「レヴェイン!お前!」

「そう怒らないでくれよ、良い事を教えてあげただろう?さぁ、せっかく再会できたんだ。話の続きを・・・」


アンリエッタがオレの腕を掴みながらレヴェインに食って掛かる。


「ジューゴさんは私と話していたんです!邪魔しないで下さい!」

「はぁー・・・。すっかり嫌われてしまったねぇ・・・」

「そうだ。割り込んでくるな。まずは、アンリエッタからだ」


少し得意げな表情を浮かべたアンリエッタが次のような事を言った。


「ジューゴさん、軍は、この街を放棄する事を決めたみたいです。

私たちも撤退する事になりました。ジューゴさんも急いだ方が・・・」

「放棄って・・・。アンリエッタ・・・」

「またいつか、とりかえせばいいって、エオリアさんも言ってました。

ここに残って命を無駄にするよりも、次の機会を待てって・・・」

「そうか・・・。辛かったね・・・」


「さ。次はボクかな?」


空気読めってレヴェイン。

しかし、彼の言葉が気になるのも事実。不満そうなアンリエッタが気になりつつレヴェインの言葉に耳を傾ける。


「ボクが話したいのは、さっき見てもらったアレについてだ。君の感想を聞いていなかったのでね。それが聞きたくて、この街で待っていたんだ」


・・・感想ね。


「お前が知りたいのは、感想じゃなくてオレがアレの討伐の助けになるかどうかだろ?」「ふむ。話が早くて助かるね」

「オレもアレは何とかしたいと思う。だが、今すぐに何とか出来るとは、お前も思ってないだろ?」

「まぁね。しかし、放っても置けない。君が擁護する人間達だって無関係じゃいられないよ」


擁護?人間達?妙な言い回しだな。

・・・少しかまをかけてみるか。


「前に会った時は、随分と好戦的だったのに。今度は協力を求めるのか」

「ん?僕と君が会ったのは今日が初めてだと思うけど・・・。誰かと勘違いしていないかい?」


ん・・・。はぐらかされたか? 

それとも、本当に魔王とは別人か?


「まぁ、いい。とにかく、すぐに具体的な行動を示すことは出来ない。

だが、アレをどうにかするなら、出来る事なら協力しよう」

「そうか。それは何よりの答えだ。期待しているよ」


そういってレヴェインは去って行った。

残されたオレはアンリエッタに「アレって何の事ですか?」と問われて答えに困るのであった。

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