戦場と敗戦
イチ兄の部屋に戻ってきた時には真夜中の十二時を過ぎており、オレは経過した時間と体感時間のズレを感じていた。
それだけイチ兄の箱庭の中での体験は濃いものだったのだろう。
そういえば、ジューシ姉ちゃん起きてるかな?
もう遅い時間だけど、オレは耐えきれず電話をしてしまう。
仲の良い友人のような間柄の姉に、早く箱庭の事を聞きたかったからだ。
しかし、ジューシ姉ちゃんは電話に出なかった。
そんなに早く寝るタイプじゃないはずだけど・・・。もしかしたら箱庭の中なのかも。
「ジューシは電話に出なかったのか?」
風呂から出たイチ兄が声を掛けてきた。
「うん。もしかしたら箱庭の中なのかな?」
「きっと、そうだろう。この間も女の子なのだから夜は早く寝なさいと言ったばかりなのだがね」
ジューシ姉ちゃんが下宿している学生寮とイチ兄の自宅は、それほど離れていない。
事あるごとに世話を焼こうとするイチ兄を煙たがるジューシ姉ちゃんの姿が容易に想像できた。
「ジューゴも風呂に入って早く寝なさい。明日の朝、駅まで送ってやる」
「わかった」
オレは携帯を置いて風呂場に向かった。
ジューシ姉ちゃんと話したかったけど、まぁいいや。いつでも話せるし。
湯船につかると緊張が一気にほぐれ、眠気が襲ってきた。
風呂から出て寝床に着くと、先にイチ兄が寝息を立てて眠っていた。
仕事が終わって直ぐに新幹線に乗って、オレの所まで来てくれたんだよな。
そりゃあ、疲れるよな。ありがと・・・イチ兄。
・・・そういえば、オレも眠い・・・。
ドラゴンゾンビを倒したのが昨日の夜だなんて、何だか信じられない・・・な・・・。
目が覚めるとエプロンをしたイチ兄が朝食を作ってくれていた。
なんだ、そのピンクのエプロンは・・・。
「会社の女の子に貰ったんだ。別に私の趣味じゃないぞ?貰ったから仕方なく使っているだけだ」
その割には気に入ってそうだが。
とにかくエプロンよりも朝食だ。わざわざ、お気に入りのエプロンをつけてまで用意した朝食は豪勢なものだった。
食事が済むとイチ兄は新幹線の駅まで送ってくれた。
「それじゃあなジューゴ。気を付けて帰れよ。ちゃんと学校にも行くんだぞ」
「わかったよイチ兄。いろいろ教えて貰えて助かった。イチ兄も体に気を付けてね」
自宅に帰ってきたオレは早速自分の部屋に戻り、箱庭に魔法にピンを刺した。
待ちきれなかった。新幹線の中でも箱庭の事ばかり考えていた。
イチ兄の箱庭を見たからかもしれない。
魔法のピンを刺す場所は、帰ってくる途中で考えて決めていた。
エオリアやアンリエッタが居る街、セカンディアだ!
・・・セカンディアが壊滅していた。
なにこれ、デジャブ?ボルグの時と同じじゃん。
しかも、またオーク達がオレを見つけてプギィープギィー喚きながら、こちらに向かってくる。それもデジャブだよ。
オレを取り囲むオーク達。
「人間だ!人間だぞ!プギー!」
オレは”王の威光”を発動しつつオーク達を睨みつけた。
「うるさいっ!あっちへ行け! いや、まて行くな。ここの人間たちはどうなった?」
「そりゃ、オレ達が皆殺しに・・・」
「・・・い、生き残った人たちは居ないのか?」
「そりゃあ、居るけど・・・」
「どこに行った?」
「サービアの街だ。ここから少し離れた。まぁ、近いうちに襲撃する予定だけどな」
「そうか。サンキュー。もう行っていいよ」
ゾロゾロと帰ってゆくオーク達。
”王の威光”・・・便利過ぎる。明日の作戦についてもスラスラ喋ってくれたぞ。
オレは一旦部屋に戻り、魔法のピンでサービアの街に向かった。
情報収集をしなければならないが、まずは・・・腹ごしらえだ。
この空腹を知らせる警笛を何とかしなくてはならない。
「すいませーん。この街でおススメの食い物って何ですかー?」
振り返った男。何だが見覚えがある。
エオリアやアンリエッタの仲間で毒の槍を使うヒューディさんだ。
「お前・・・たしか、ジューゴとかいう」
「覚えててくれたんですか!」
「あぁ、わざわざクエストに連れてってやったのに、途中で抜けた失礼な奴だからな」
あぅ・・・。
「そのせつは、まことに申し訳ありませんでした・・・」
「ふん。別れた時のままだったら許しもしなかったが、その魔剣を見れば気も変わる。
エオリアには会ったか?」
「いえ、まだです」
「なら、案内しよう」
その前に飯が食いたい・・・。
と思ったら案内された先は酒場だった。
エオリアを中心にして何やら大声で言いあっている。物々しい雰囲気だ。
間に割って入る雰囲気でもないので食事を頼み、隅っこで食べる事にした。
お金が無いと言ったらヒューディさんが奢ってくれたのだ。
ヒューディさんは、いい人。
オレが串焼肉に舌鼓を打っていると、エオリアがオレに気付いて近くまでやってきた。
「やぁ、ジューゴ君だね。 ・・・その魔剣、見せてくれるかな?」
急いで口の中の物を飲み下して「どうぞ」と魔剣を差し出す。
「これは・・・。どんな魔物を斬ったんだ?見た事の無い形状・・・それに、何か不思議な力が帯びているように見える」
エオリアはオレが何も答えないのを見て、言葉を続けた。
「まぁ、とにかく、このタイミングで君が来たのは偶然とは思えない。
明日の昼、大規模な反攻作戦が有るのだ。ジューゴ君、どうだい?今度こそ私たちに手を貸してくれないだろうか?」
分かりましたと答えようとして、思いとどまる。
今のオレなら(主に装備のおかげで)そこそこ活躍できるだろう。
だが、本当に魔王軍と敵対して良いものだろうか。
イチ兄は「箱庭を発展させろ」と言っていた。
魔王軍を討つことは、箱庭を衰退させることにならないだろうか。
しかし、この街がボルグやセカンディアの様にさせるのは阻止したい。
悩んだ挙句、オレは一つの答えを出した。イチ兄に相談しよう!
「ちょっと待っててください!」
店を飛び出したオレは、路地裏に入り誰も見ていない事を確認すると、部屋に戻った。
「・・・というわけなんだ。どうしたらいい?イチ兄」
「私としては可愛い弟に牙を剥いた魔王は断固として許せないが、ジューゴの言いたい事も分かる」
「魔王を倒して、めでたしめでたし。って言うのはなんか違う気がするんだよ。かと言って、魔王について人間達を殲滅するのは嫌だし」
イチ兄は電話口の向こう側で悩んでいたが。答えを出したようだ。
「その魔王・・・。思いっきりやっつけてやれ」
「え!?いいの?」
「そもそも、お前が力を示さなければ人間達も魔王も、誰もお前の言葉に耳を傾けないだろう。それでは、箱庭の中の誰かと親しくなるなんてことは出来ない。
もしかしたら、魔王とだって戦いの末に奇妙な友情が生まれる事もあるかもしれない。
うじうじ悩んで何もしないってのが、一番お前らしくないぞ。ただ、あまり危ない事は・・・」
「そっか。ありがとイチ兄!」
電話を切ったオレは、握りしめていた魔法のピンをサービアの街のど真ん中に刺した。
突如現れたオレに驚きの視線を向ける人々。
それに構わず、オレはエオリアの所に向かって駆けた。
エオリアの前に立ったオレは開口一番にこう言った。
「魔王はオレが倒します!」
その瞬間、酒場にオレを除く全員の笑い声が響いた。
翌日の朝、オレはサービアの街に居た。
「頑張りましょうね!」とオレの隣で息巻くのはアンリエッタだ。
まだ経験の浅いアンリエッタと素性の分からないオレは後方支援だそうだ。
人間達が進軍を続け、セカンディアの街が見えてくると、何かがセカンディアの街から飛来してきた。遠目では小さかったソレは近付くにつれ、その巨躯が明らかになってくる。・・・ドラゴンだ。
シルキス達とは違って、魔王に組する事を選んだドラゴン達。
戦いは一方的だった。人間たちは弓矢で応戦するが、空を自由に舞うドラゴン達にはなかなか当たらず、当たったとしても大したダメージにはなっていないようだった。
更にセコンディアから討って出てきた魔王軍とも正面から衝突する。
ドラゴン達の猛襲でガタガタだった陣形では、数に勝る魔王軍の突撃に耐えきれず、人間たちは総崩れの様相をみせていた。
ドラゴン達の猛威は後方に控えていたオレ達にも平等に降りかかる。
オレは試しに”王の威光”を発動したが、上空に居るドラゴンには効き目はなさそうだ。次の瞬間、背後に殺気を感じたオレは振り返り、魔剣を構えた。
オレを目掛けて襲い掛かってきたドラゴンの爪とオレの魔剣が鈍い金属音を立てて衝突する。
ドラゴンは己の爪を弾き返した魔剣を掴み、今度はオレを上空高くまで持ち上げた。
このまま放り投げるつもりだ。不味い。このままじゃ地面に叩きつけられてしまう。
オレは”王の威光”を発動した。
しかし、そんなオレを見てドラゴンは笑った。
「ははは!このオレにそのようなものが効くか!魔法などでドラゴンの誇りは折れん!」「けど、魔王の前には折れたじゃないか」
「なにっ!生意気な人間め!地面に叩きつけられて虫けらのように潰れてしまうが良い!」
オレは魔法の扉のノブに手を伸ばし、放り投げられる前に掴もうとした。
しかし、ドラゴンは、いつまでたってもオレを放り投げたりしなかった。
ドラゴンの視線はオレの魔剣に注がれていた。
「・・・貴様、その魔剣どうやって手に入れた」
その問いにオレは正直に答える事にした。
「これはお前たちの先王ローディスを討って手に入れた魔剣だ」
「馬鹿な!そんな事、シルキスが許すはずがない!」
「違うね!シルキスの助力のおかげで手に入れた魔剣だ」
「信じられん!あやつは魔王の呪いで死んだはずだ!まかり間違って生きているとしても、あの親離れも出来ない小娘が、先王ローディスを討っただと?しかも、こんな、チンチクリンな人間に魔剣を渡すだと!?」
「だったら、これなら信じられるか?先王ローディスを知ってるなら、この魔法も知ってるだろ?」
オレはベインザクトをLv3で放った。
オレの体にも痛みが走る。 ・・・これは・・・。
オレは歯医者で親知らずを抜いた時の痛みを思い出していた。
これはっ・・・!痛い・・・っ!Lv2くらいにしておけば良かった!
オレを掴んでいたドラゴンにも痛みが走ったようだ。
「ぎゃっ!」という短い叫びと共に、ドラゴンは・・・
オレを手放していた。
落ちるオレ。・・・扉!魔法の扉は!? あった!
慌てて手を伸ばすが、高速で落下するオレには届かない!
あ。死んだかも。イチ兄・・・ゴメン。
しかし、オレが地面との会合を果たす前に、先ほどのドラゴンが空中でオレを捕まえてくれていた。
「その魔法は先王の固有魔法だ。信じるほかあるまい。どういう事情だが分からないが、先王を忌まわしき縛鎖から解放した者を、むざむざ死なせる訳にはいかん」
た、助かった・・・。
ドラゴンはオレは戦場の端っこに、そっと下した。
「シルキスの奴が先王の死を乗り越えたというのが本当なら、詳しい話を聞きたいところだが、戦場ではそうもいかん・・・。口惜しいが、ここで別れるとしよう。
死ぬなよ人間!もし、我と貴様が戦場以外で出会う奇跡が有れば、その時こそ話を聞かせてもらうぞ」
そう言ってドラゴンは飛び立っていった。
戦いは人間たちの大敗だった。
サービアの街に逃げ戻った人間達は早速、先の大敗について話し合っていた。
反省点は細かく幾つか挙がったが、大敗の理由は何と言っても、今回の戦いで初めて姿を見せたドラゴン達だった。
「無事・・・だったんですね」
話しかけてきたのはアンリエッタだ。
「アンリエッタも・・・よく無事で・・・」
「逃げ回ってました・・・。戦場で何も出来ずに・・・」
「それはオレも同じだよ。ドラゴンが戦場に現れたのは今回が初めてだったんだって?」「えぇ、ドラゴン達が魔王に味方しているというのは噂で聞いていましたが、もっと北の戦場・・・それこそ、王国正規軍との戦場で猛威を振るっているはずだったのに」
「そうなの?」
「そうです・・・。ドラゴンと言えば魔王軍の主戦力です。こんな街よりも重要な戦場はいくらでもあるのに・・・。それにセカンディアから出てきたオークやオーガー達の数も今までに見た事ないくらいで、それに見た事もない魔物も混じっていたし、・・・まるで」
「まるで魔王軍が急に本腰を入れてきたようだ」
「そう!そうです! ・・・あら?アナタは?」
オレとアンリエッタの話に見知らぬ男が口を挟んできた
フードを深く被った怪しげな男だ。声から察するに若そうだが・・・。
「ボクの名前はレヴェイン」
名乗る声こそ爽やかだが、相変わらずフードを被ったままの男にオレとアンリエッタは訝しげな視線を送る。
そんな視線に構わずレヴェインは話を続けた。
「その子の言うとおり、ここより北の魔王軍と王国軍との戦場は相変わらず熾烈を極めている。にも関わらず、ここに虎の子のドラゴン達を投入したのは何故だろう?
この街は数日中に滅びてしまうというのに・・・ボルグやセカンディアの様に」
「なんだと。なんだそれは」
オレの怒りの込められた問いに怪しげな男ではなくアンリエッタが答えた。
「ここにもジャイアントワームが・・・」
「ジャイアントワームって?」
「巨大なミミズの様な化物です。ボルグやセカンディアは、そいつのせいで陥落したんです」
「そう・・・。そのジャイアントワームは今もこの街を目指して、セカンディアから地面の下を掘り進んでいるだろう。そして、突如、地面の下から現れるジャイアントワームと、そいつが掘った穴を通ってきたオークやゴブリン達の襲来に人間たちは成す術は無い」「そんな事はありません!」
アンリエッタがレヴェインに反論しようとするが、後の言葉が続かない。
代わりにレヴェインが言葉を続けた。
「ジャイアントワームに対抗する術がないから、その前にセカンディアの街を奪還しようとした。しかし、ドラゴン達によって返り討ちにあい、戦力が大幅に激減した今、人間達に成す術がないという見立ては、それほど外れていないと思うが?」
「そんな事はありません! だって、だって・・・ここは・・・サービアは私の故郷なんです・・・」
「理由になっていないな」
泣きじゃくるアンリエッタに容赦なく冷たい言葉を向けるレヴェイン。
「お前っ!女の子を泣かすなよ!」
「あぁ、済まない。そんなつもりは無かったんだが・・・、あぁ、やっぱり女性は苦手だ。不快にさせてしまったようなので、これで失礼するよ」
「しっしっ!あっち行け!」
「そう言わないでくれよジューゴ君。ボクは、キミに会いに来たんだ。
良かったら、もう少し話がしたい。外に居るから気が向いたら来てくれないか?」
アンリエッタをなだめながら、ふと、気になった。
アイツ、オレの事をジューゴと呼んだな。名乗った覚えはないのに。
気が変わったオレは外に出てレヴェインを探した。
「やぁ、来てくれたね、ジューゴ君」
「名乗った覚えは無いんだけどな」
「そうかい?ま、ここじゃなんだから、場所を変えようか」
「え?」
オレの足元が光り、魔法陣が広がっていた。
やばい!これ見た事ある!
咄嗟に魔法陣から逃れようとしたが遅かった。
オレは光に包まれ、目を開けると先ほどまで居たサービアの街とは違う、見知らぬ場所に立っていた。




