しねえって
まず目に入ったの美しい少女たち。彼女たちは純白の翼で空を飛んでいた。
次に美しい緑の木々と澄んだ水のせせらぎ。
大理石の神殿のような建物。
遠くの空に浮かんだ大地。
箱庭にはレベルがあるとイチ兄は言っていたが、なるほど確かにオレの箱庭はLv1だわ。
そのイチ兄はというと、まさに神々しいというにふさわしい姿だった。
背には三対六枚の純白の翼が有り、仰々しい槍を携えている。
「どうだ。ジューゴ。ここが私の王国だ」
「え?イチ兄って、ここじゃ王様なの?」
「そうだ。私は、この世界を2年で平定した。それから後はひたすらに世界の発展の為に尽力したのだよ。ジューゴにもその位のことは出来るはずだ。箱庭の管理者には、それだけの力がある」
そうかな。いまいち実感が無い。
オレは呆けたように周りを見回しながら、へぇー、とか、ほー、とか言っている。
きっと間抜けな姿なのだろうが、イチ兄以外には見えないので問題ない。
「おい、そこの君」
そんな風にしていると、イチ兄は飛んでいる一人の天使に声を掛けた。
最初はキョトンとしていた天使だったが、すぐに信じられない者を見たというような表情を浮かべて、こちらに向かってきた。
わわ!ぶつかる! ・・・と思ったが、天使はオレの体をすり抜けてイチ兄の前に降り立った。
そして、膝をつき頭を垂れる。
「ハジメ様、私に御用でしょうか」
「あぁ、悪いけど、少し頼みたい事があるんだ」
「はいっ!何なりと!」
「ところで君の階級と名前は?」
「力天使ヴァーチャーのリュネルと申します!」
「そうか・・・では、リュネル。私について来てくれ」
「はっ!」
そう言ってイチ兄は歩き出した。
その後ろを微妙な表情を浮かべたリュネルがついていく。
その顔には「何で飛んでいかないんですか?」と書いてあった。
リュネル、それはね。オレが飛べないからだよ。
さっきの場所が街だとしたら、その外に出るまで結構な時間を要した。
飛べばすぐだったんだろうけど、そうするとオレが迷子になってしまう。
その間、ずっと緊張した面持ちのリュネル。
ゴメンねリュネル。
「さぁ、着いた。ではリュネル。君の力を見せてくれ。
天使たちの中でも丁度、階級の中間に位置するヴァーチャーの力を・・・。
そうだな、あの石碑が良い。あれを破壊してくれ」
え?いいの?
巨大な石碑には道を示すであろう内容が刻まれていた。
壊したら誰か困るんじゃないの?
リュネルも同じ意見な様でキョトンとしている。
「いいんだ。すぐに直させるから」
「わ・・・分かりました」
そう言ってリュネルは、戸惑いながらもに石碑に近づく。
オレはてっきり魔法か何かで破壊するのだと思っていたが、リュネルは拳で石碑を叩き割った。いとも簡単に。
「・・・そうか、困ったな。そんな石碑では君の力を見るには不十分だな。
何か他の物を・・・。あぁ!アレがいい」
イチ兄は空に浮かぶ大岩を指さした。
リュネルは光の槍を発現させ今度は躊躇いもせずに、それを放った。
空中で木端微塵となる大岩。
「すげぇよイチ兄」
と率直な感想を伝えようと振り返ると、イチ兄はリュネルを後ろから抱きしめていた。
な、な、な、なにしてんの?
なんだか気まずい。肉親のこういう所は出来れば見たくない。
だが、イチ兄はオレに構わず抱きしめたままのリュネルに囁く。
「リュネル・・・君が見せてくれた力は素晴らしい。流石はヴァーチャーの一員だ。
だが、私が見込んだキミならもっと力を発揮できるはずだ。私の信頼に応えてくれ」
「ハジメ様が、わ、私に・・・信頼を・・・?」
「そうだ、私の目に狂いはない。そうだろう?」
「・・・はい」
「次は、あれを破壊してもらおうか」
そう言って、先ほどの倍以上もある岩を指さした。
見上げるような巨岩だ。10mくらいはあるだろう。
名残惜しそうにイチ兄から離れたあと、リュネルは易々と巨岩を破壊した。
「ありがとう、リュネル。手間を取らせたね。本来の任務に戻ってくれ」
「もう、宜しいのですか・・・?」
「あぁ、もう十分だ」
「それでは、これで失礼いたします」
リュネルを見送ったあと、イチ兄はオレに向き直って言った。
「ジューゴ。これが私の世界のコトワリ。信愛のコトワリだよ。
信頼と愛が更なる力を生む・・・理想的なコトワリだと思わないか?」
確かに・・・博愛主義者のイチ兄には、うってつけのコトワリかもしれない。
オレの世界のコトワリは技能と魔剣だっけか。
スキルの習得はともかく、はっきりいって魔剣のコトワリは嫌いだ。
他者を犠牲にしなくてはならない、くそったれなコトワリ。
それに比べて・・・。
「イチ兄の箱庭のコトワリが羨ましいよ・・・」
「そうだろう。私自身も、これ以上のコトワリは無いと思っているよ。
しかしね、これは元々は私の箱庭のコトワリではなかったのだよ」
「え?」
「奪ったのだ。別の・・・箱庭から」
イチ兄が冷たく言い放った。
「ジューゴ・・・それが次に教えたい事だ・・・。 さぁ、手を」
イチ兄はオレの手を取った後、魔法の扉を開いた。
目を開くと、そこはイチ兄の部屋ではなく、見慣れない場所だった。
だだっ広い平原が目の前に広がっている。
「ここは管理者の世界だよ」
「管理者の世界?」
「そうだ。後ろを見てみろ」
言われるままに後ろを振り返ってみると、2枚の石碑が立っていた。
1枚には所狭しと何かが彫ってあるが、もう一枚は、ほとんど空白だ。
良く見ると石碑には名前が彫ってある事に気付いた。
シルキス、ザーバンス、イリア・・・。空白の多い石碑には、この3名だけ。
もう一枚の方には隙間が無い程に誰かの名前が彫ってある。
なにこれ・・・?
不思議に思っていると、イチ兄が説明を始めた。
「ここは箱庭の管理者同士が、自分の箱庭の者たちを戦わせることが出来る場所なんだ。そこに彫ってあるのは、ここで戦わせることが出来る者たちの名前だ。
管理者と深い関わりのある者だけを、ここに召喚することが出来るという訳だ」
そうなのか・・・。だから、日の浅いオレの方の石碑には3人(匹?)の名前しかないのか・・・。
「その戦いの勝者は敗者から、様々なものを奪うことが出来る。
さっき私が言った通りだ。私は此処で戦いに勝利し、別の箱庭から親愛のコトワリを奪ったのだ」
不意にイチ兄が別人に見えた。
杉崎家の長兄は争いごととは無縁の性格だったからだ。
「ここに来てしまったら、戦いを拒むことは出来ないし、弱い箱庭の管理者は奪われ続けるしかないんだよ。ジューゴ」
そう言って、イチ兄がゆっくりと近づいてくる。
ちょ、ちょっと待って・・・。どういう事?まさか・・・イチ兄・・・嘘だって言ってくれよ。
イチ兄がオレの肩を掴む。
その瞬間、冷たく強張っていたイチ兄の顔に、いつもの柔和な表情が戻る。
「怖かったか?ジューゴ。だが、それが今日一番、お前に教えたかった事だ」
こ、腰が抜けた・・・。
信頼し、尊敬し、目標としていた兄が自分を裏切る様な真似をする訳がないと思いながら、少しだけ疑ってしまったことの背徳感と、それが杞憂だと分かった時の安堵感は凄まじかった。
「どうした?ジューゴ座り込んだりして」
ドッキリの仕掛け人には自覚が無いようだ。
「何でもないよ!」
「よっぽど応えたようだな」
「違うって!」
「はは。そうか、だが、忘れないでくれ。管理者になったばかりの者を狙う卑怯な奴らも多い。ジューゴ・・・今のお前は、そいつらにとって格好のカモなんだ。
そうならない為にも箱庭を巡り、様々な者達と出会い、交流を深め、箱庭を発展させろ」
オレは差しのべられた手を掴み、立ち上がった。
「じゃあ、部屋に戻ろう」と言う兄の背に気になっていた質問をぶつけた。
「イチ兄、さっき、別の箱庭からコトワリを奪ったって言ったよね・・・?」
その後が続かない。
なんで、奪う事になったの? ・・・じゃない。
まさか、自分から? ・・・でもない。
オレが続きの言葉を選んでいると、イチ兄は、オレの疑問に答えてくれた。
「私もね。カモだったのだよ。今の君と同じ。
でも、前に言った先輩の助けも有って、取り返し、そして、更に全てを奪う事になった。奪い尽くさないと、この戦いは終わらないからね。取って取られてが延々と続く・・・。それは私には耐えられなかった。だから、終わりにしたんだ。
コトワリを全て奪われた箱庭は、その存在を保つことが出来ない。
悲しいけれど、それが私の選択だった」
イチ兄は振り返らずにそう言った。
「さっき、ジューゴは私の箱庭のコトワリを羨ましいと言ったね。
ジューゴは箱庭同士を戦わせる、このシステムをどう思う?」
少し考えてからオレは言う。
「くそったれだと思うね。
箱庭の住人同士を戦わせるって、そんな道具みたいに扱うなんて気に入らない」
「そうか・・・ジューゴ。私は嬉しいよ。愛しい末弟が聡明で優しい男に育ったのが、何よりも嬉しいよ!」
イチ兄は、そう言って振り返り、両手を広げた。
・・・いや、しねえってハグは。




