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騙された

「イチ兄・・・?」

「久しぶりだな。ジューゴ」


目の前に居るのは杉崎家の長兄だ。


「君江さんが心配していたぞ。最近、学校をサボりがちなんだって?」


君江さんってのはオレの母親だ。オレにとっては生みの親だが、イチ兄にとっては違う。

都内で一人暮らしをしており、日頃、仕事が忙しいと言っていたイチ兄が、わざわざ新幹線に乗って実家に帰ってきた理由をオレは計りかねていた。

イチ兄の住まいと実家は、オレが学校をサボりがちだからという理由で心配して駆けつける程度の距離ではない。


「イチ兄・・・どうしてここに?大体、電気もつけないで・・・」

「あぁ、ここで待っていたら、お前が帰ってくる気がしたんでね。少し驚かしてやろうと思って」

「び、ビックリしたよ。幽霊かと思った」


そう言ってオレは部屋の電気を付けた。

・・・あ。箱庭がそのままだ。何となく秘密にしておきたいソレが、室内灯の光にさらされる。


「で?学校サボって何やってるんだ?ゲームにでもハマったか?それとも、そこにあるジオラマ作りか?」

「あっ・・・あぁ、実はそうなんだよ。ジオラマ作りにハマっちゃって・・・。

母ちゃんが心配しているとは思わなかった」

「根は真面目なお前がサボるくらいだから、相当面白いんだろうな。ソレは」

「あぁ、まあね!これからは心配かけない程度にするよ」

「ジューゴ。実は私も、これと同じものを持ってるんだ。

お前のより少し大きいんだけどね」

「え?」

「もう誤魔化さなくていいって言ってるんだ。お前がハマってるの。そこの箱庭なんだろう?」


な、何言ってんだ?いや、言っている事は解る。その意図が分からない。


「ジューゴ。私も箱庭の管理者だ」

「は、箱庭の管理者・・・」

「そうだよ。ジューゴ。お前と同じだ。私が箱庭の管理者になったのは1人暮らしを始めた頃だから10年ほど前かな。最初は戸惑ったよ。お前もそうなんじゃないか?だから、君江さんから話を聞いて、もしかしたらと思ったから、わざわざ来てみたってわけだ」


小学生の頃、父親をテーマに作文を書けと言われた時、オレはクソ親父ではなく、杉崎家で一番頼りになる男をテーマに選んでいた。それが、イチ兄だ。

聡明で優しくて家族の誰からも信頼される杉崎家の長兄。



オレは緊張から解放されて、その場にへたり込んでしまった。

急に力が抜けてきた。

ここ数日、オレは確かに箱庭の魅力に憑りつかれていた。ハッキリ言えばハマっていた。しかし、それと同時に恐怖と不安もあった。

その不安を誰かに打ち明けたかったが、それは躊躇われた。

そのフラストレーションは思っていたよりも大きかったようだ。


それを打ち明けられる相手が、世界で一番信頼している兄なのだ。

オレは肩の荷が軽くなったように感じていた。


「はは。今までで一番驚いたよ。イチ兄。イチ兄がオレと同じ管理者だって?」

「そうだ。お前よりも先輩のな。お前、誰かに箱庭の事、相談したかったんじゃないのか?」

「あぁ!そうなんだよ!箱庭の中じゃ、魔王に命は狙われるし、ドラゴンゾンビと戦う羽目になるし・・・」

「はっはっ!魔王が居るのか?お前の箱庭には」

「居るよ!すげー恐ろしい奴が」

「何でそんな奴に命を狙われる羽目になったんだ?」


オレはイチ兄に事の顛末を話した。


「随分と馬鹿な事をしたなぁ・・・」

「あー・・・、オレも魔王に会うまでは、なんというかゲーム感覚でさ・・・」

「ジューゴ・・・。これはゲームとは違う。箱庭の中で死ねば、現実世界でも死ぬぞ?

忘れるな。良く覚えておけ」


ゾクリとした。やっぱりそうなのか・・・。


「まぁ、そうなる前に私が気付いて良かった。箱庭について色々と教えてやろう。魔王の事も私が相談に乗ってやる」

「ホント!?助かるよイチ兄!」


オレは早速、一番聞いてもらいたい相談をした。

それは大きくなる箱庭とオレの部屋の問題だった。


「ベッドを処分すればいいだろう?」


え!?そっち?


「いや、オレ困るんだけど」

「そうは言っても、箱庭の中の者たちの繁栄を阻害する権利がお前にあるのか?

この部屋いっぱいになるまで大きくなったら、お前はリビングにでも寝ればいいだろ」

「えぇ~!!それに母ちゃんに見つかったら困るよ。見つかったら捨てられちゃうかもしれないだろ?」

「それは無い。箱庭を見たり触れたりできるのは、箱庭の管理者だけだ。君江さんがそうだとしたら箱庭を捨てるなんて事はしないだろう?」


そうか・・・。オレの初めての一人部屋・・・。何だか諦めきれない・・・。


「それに箱庭の繁栄を阻害すると、お前自身も後悔する事になる」

「え?」

「ま。その理由は追々説明してやる。とりあえず、お前の箱庭を見せてもらおう」


ど、どうやって?

戸惑っていると、イチ兄は両手を広げながら近づいてきた。

そのままハグされる形となる。ちょ、ちょ!照れくさい!離して!

そういえば、イチ兄は何かあるとすぐハグする癖があるんだった。


「この状態なら一緒にお前の箱庭に入ることが出来るんだ。まぁ、入っても私は見るだけで干渉できないんだけどね。ほら、いつものように箱庭に移動するんだ」


そ、そう言う事なら・・・動きづらいが、何とか箱庭に魔法のピンを刺した。

とりあえず、アイオーンの街にしよう。オレが最初に行った街だ。


目を開けるとオレとイチ兄は街のど真ん中に居た。イチ兄のせいで狙った位置からズレてしまった。

だが、現れた瞬間の姿は街の人には見られずに済んだみたいだ。良かった・・・。

イチ兄の方を見ると、なんだか透けて見える。見るだけで干渉できないって、そう言う事か。


「ふむ・・・。まだ、Lv1と言ったところか・・・」

「Lv1?」

「あぁ、箱庭にもレベルが有るのだよ。その発展具合で決まるレベルがね。

ところで、その姿・・・様になっているな」


少し照れくさいが、苦労して手に入れた魔剣と鎧だ。オレは少し得意になった。


「あぁ、この剣なんて凄いんだぜ?」

「ふむ。どれほどなのか見せてもらいたいな」


それなら・・・街の外に出る必要があるな。どうせなら転送先をシルキスの所にすれば良かった。ドラゴンを見たら驚くかもしれない。

街の外に出たオレは、その辺りの岩を真っ二つにして、その剣の切れ味を披露した。

恐らく、どや顔のオレに対してイチ兄は表情を変えない。

むしろ、深刻そうな顔だ・・・。な、なんだろ・・・。


「ジューゴ」

「あ、はい!」

「この世界には、何か特殊な力は無いのか?魔法とか・・・」


オレはスキルと魔剣の事を説明した。

説明している間もイチ兄は深刻そうな顔を緩めない。


「・・・なるほど。それが、この世界の理か・・・」

「イチ兄?コトワリって?」

「箱庭には必ず、箱庭を発展させるための助けとも言うべきコトワリがあるのだ。

箱庭の管理者は、それを理解して箱庭を発展させなければならない・・・。

ジューゴ・・・。お前の為にハッキリと言うが、弱いのだ。この世界も。お前も」


それが深刻そうな顔の理由・・・?

オレが弱いのはともかく、この世界が弱いってのが何で解るんだ?

それに、世界が弱いとして、何か不都合があるのだろうか?


「そう言われても良く解らないかな?それじゃあ、今度は私の箱庭も見せてあげよう。

ジューゴも興味あるだろう?」

「興味はあるけどイチ兄の箱庭って、イチ兄の自宅にあるんじゃないの?」

「そうだよ?」

「そうだよって、今から行くの?」

「勿論。善は急げだ。今なら電車も有る」

「え、ええっと、晩飯はどうするの?」

「駅で買えばいい」


・・・駅弁か・・・。

いやいや、そうじゃなくって


「大丈夫。君江さんにはオレが上手く言っておく」


それなら確かに・・・いやいや。


「あ、明日も学校なんですけど!」

「私も明日は会社だ。だが、ジューゴ。会社や学校と箱庭。どっちが大事なんだ?

箱庭には魅力も多いが、危険なモノだ。だから、きちんと正しい知識が必要なんだ。

お前から箱庭を取り上げても良いが、大事な弟が悲しむ真似をしたくない」


イチ兄は、そう言って両手を広げて微笑を浮かべて立っている。

・・・いや、しねぇよハグは。それに今は透けてて出来ないだろうし。


それからオレは新幹線に乗ってイチ兄の自宅に向かった。

イチ兄は移動中、一言も箱庭の話はしなかったし、オレにもさせなかった。

理由は後で教えるとだけ静かに言った。

・・・あと、駅弁は美味かった。


イチ兄の自宅は都内にある3LDKのマンションだ。

確か、1人暮らしを始めた時は小さなアパートだったはずだ。


「イチ兄、いつの間に引っ越したの?」

「結構昔だよ。最初に住んでたアパートでは箱庭が大きくなりすぎて狭くなってしまってね」

「えっ!?どうやって箱庭と一緒に引っ越したの?」


もし、引っ越し業者なんかに箱庭を運ばせたら、箱庭の中は天変地異でも起きたかのようになってしまっただろう。


「ジューゴ。箱庭はお前の所にも突然現れただろう?箱庭の管理者が住居を変えるとね。不思議な事に新しい住居に勝手に移動するんだ」

「えぇ!?ホントに?」

「ホントだって」

「でも、イチ兄はどうやってそれを知ったの?」

「私にも先輩が居るのだよ。箱庭の管理者の先輩がね。その人から教えてもらった。不本意ながらもね」


・・・ふーん。ホントに俺の知らない事ばかりだ。イチ兄が教えてくれてホントに良かった。ん?不本意?


「ねぇ、イチ兄の先輩って・・・」


誰なの?と聞こうとした所で来訪者を知らせるチャイムが鳴った。

来訪者の正体はピザの宅配員だ。

イチ兄が箱庭を見せる前に腹ごしらえをしようと頼んだのだ。

駅弁を食べたばかりだけど、オレも少し貰った。

「相変わらずよく食うな」とイチ兄は、ここに来て初めて笑顔を見せた。


それにしてもイチ兄の自宅は結構広い。しかも都内のマンションだ。


「ねぇイチ兄の仕事って儲かってるの?今って不況なんでしょ?」

「別に儲かってるわけじゃないけど、金の掛かる趣味も無いし、独り者なら、これくらいは何とかな」


ふーん。そう言うものなんだ・・・。

オレも憧れるなー。こういう生活。

ん?独り者?顔も頭もいい、イチ兄は地元に居る時からモテてたけど彼女とかいないのかな?もしかして、イチ兄も、そのくらい箱庭にハマっているという事なんだろうか


イチ兄を見ると、ピザの最後の一切れをビールと共に飲み下している所だった。

シルキスもイチ兄も、そんな苦いものを何で旨そうに飲むんだろ。

イチ兄は「いつか、お前にも分かる」って言ってたけど・・・。


「さて、腹ごしらえも済んだし、私の箱庭にジューゴを招待しようか」


その部屋は厳重に施錠されていた。その物々しさに若干疑問を感じながら、空いた扉から中を覗く。

6畳の部屋の中央に箱庭はあった。

綺麗な正方形で一辺がおよそ2mくらいなので、オレの箱庭の倍くらいか。


「さぁ、中に入れジューゴ」

「お、お邪魔します・・・」

「この部屋に入るのはお前が2人目だよ。兄弟の中ではな」

「えっ!?オレやイチ兄以外にも居るの!?」

「あぁ、この間、十四が来たよ。お前と同じく箱庭の管理者になったばかりでね」

「ジューシ姉ちゃんが!?」

「あぁ、他にも居るが、部屋に入れたのはお前と十四だけだ」

「そんなに居るものなんだ・・・箱庭の管理者って・・・」

「まぁ、兄弟全員がという訳ではないが、もしかしたら杉崎家の血に何か関わりがあるのかもしれないな。ま、その話は追々していこう」


そうか・・・。ジューシ姉ちゃんも・・・。

オレは比較的、仲の良い一つ上の姉が同じような境遇だと聞いて嬉しかった。

後で電話でもしてみようかな。その時は何と言って切り出そう。


「では、早速。箱庭の中を見せよう」


イチ兄は、そう言って両手を広げる。

あ、そうだった。ハグか・・・ハグは照れくさいが箱庭の中は見せてほしい。

オレは渋々、イチ兄とハグをした。


「ジューゴも大きくなったなぁ・・・」

「いや、そういうのはいいから」

「そうか?では・・・。む。これでは刺しづらいな。残念だが、手を握るだけにしよう」

要らねぇのかよ、ハグ!くそう、騙された。

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