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シルキス

オレは魔王の攻撃で全治一ヶ月の怪我を負った。

肋骨にヒビが入っていたらしい。クシャミをするたびに痛みが襲ってくる。

その痛みよりも魔王が約束を守ってくれたか気になってしょうがない。

オレはシルキスの所に行ってみる事にした。


メモを頼りに魔法のピンを刺す。

何度か刺し直す羽目になったが、無事にシルキスの所に辿り着く。


「シルキス!」

「む・・・。ジューゴ!?ジューゴか!」

「呪いはどうなった?」

「解呪されたぞ!まさかと思ったがジューゴがやってくれたのか!?」

「解呪されたのが分かるのか?」

「あぁ、呪いを受けた者は、その体に紋様が刻まれるからな。

それよりも、どうやったのだ!?人間に解呪できる程度の呪いではなかったのだぞ?」

「呪いを掛けた本人に頼み込みに行ったんだ」

「魔王にか!?奴がそんな頼みを聞いてくれるとは思えないが・・・。

それに、人間のお前が魔王の所までどうやって行ったのだ?」


・・・と、ちょっとまて。

その方法を説明するには箱庭の話をする必要がある。

でもシルキスに、それ告げるのは躊躇われた。

・・・いや、この世界の誰にも「あなたは箱庭の住人ですよ」なんて告げるべきじゃない。そんな気がした。

一瞬、魔王の事が頭をよぎる。この世界が箱庭の中だと知った時、仮面の下には、どんな表情を浮かべていたのだろうか?


「ジューゴ?」


シルキスが心配そうに見ている。


「あ、いや、ごめん。その方法については言えないんだ」

「そうか・・・気にはなるが、ワシは命を救われた身だ。

ジューゴがそう言うのなら、根掘り葉掘り聞くのは止めておこう」

「そうしてくれると助かるよ」

「だが、その方法は容易でない事くらいは解る。何か無理をしたのではないか?」

「そんなことは無いけど、魔王と敵対する事になった」

「何!?魔王に目を付けられたというのか!?」

「うーん、まぁ、そうかな。でも、何とかなるさ」


次の瞬間、オレはシルキスの手の中に居た。

ギリギリと締め付けてくる。ひびの入った肋骨が警笛のような痛みを発する。


「シ・・・シル・・キス・・・?」


シルキスは何も答えずにオレを解放した。

咳き込むたびに肋骨がズキズキと痛む。


「お前は脆弱な人間。魔王と敵対して何とかなると?本当にそう思っているのか?」

「シルキス・・・ゲホッ・・・オレは怪我人だぞ?」

「・・・済まなかったな。だがワシは確かめたかったのだ。

ワシの命を救ってくれた貴様が魔王と敵対して生きていられるかどうかを。

確かめずにはいられなかった。

ジューゴ。痛かったのなら、何故振りほどかなかった?怪我をしているからか?」

「・・・ゲホッ! ・・・そんな事、オレには万全の時だって出来ないよ」

「魔王は、ワシを素手で叩き伏せたぞ?その上で例の呪いを掛けたのだ」


オレは、まるで岩に挟まれたかのようなシルキスの力を思い出していた。

そのシルキスを素手で叩き伏せたって!?


「命の恩人が無残に殺されてワシだけのうのうと生きているなんて、ワシには耐えられんぞ!」

「落ち着けって、心配しないでくれシルキス。さっきは不意を付かれたけどさ、オレは逃げるのだけは上手いんだよ?魔王や、その側近からも逃げられたんだからな」


そう言って魔法の扉の位置を確認する。

もし、次にシルキスが何かして来たら、オレの逃げ足を見せてやろう。

魔法だとか言えば誤魔化せるだろう。


しかし、次の瞬間、オレは再びシルキスの手の中に居た。


「側近はともかく、ワシでも簡単に捕まえられるのに魔王から逃げ出せたというのは信じられんな。もし、それが本当だとしたら、それは見逃してもらったという事だ」


そうか・・・、あの時、魔王は本気でオレを殺そうとはしていなかったのか。

”箱庭の管理者”を名乗るオレを殺してしまうのを躊躇ったんだ。


「シルキス・・・どうしよう」

「まったく、愚か者め!ようやく事の重大さがわかったか」

「うん・・・わかった」

「ふん。いやに素直だな。まぁいい。これでようやく本題に入れる」

「本題?」

「そうだ。ワシはオヌシに礼をしなければならん。命を救ってくれた礼をな」


ドラゴンの謝礼・・・。期待せざるを得ない・・・。


「オヌシに今一番必要なモノは何だ?」

「ざ、財宝とか?」

「愚か者がー!!魔王と敵対するための力だろうがぁ!」


そうだった。

しかし、ドラゴンの財宝も気になる・・・。いつか見せてもらいたい。


「力を得たいなら魔剣が手っ取り早い。その魔剣で強大な魔物を屠り、魔剣を強化するのだ。その手助けをワシがしてやろう」


やっぱりそうなるか・・・。


「シルキス・・・他に方法は無いかな?やっぱり、自分が助かる為に他の誰かの命を奪うってのは少し抵抗が有るんだけど・・・」

「ふん。何となくだが、そう言う気がしておったわ。その魔剣。誰の魂も吸っておらぬのだろう?」

「そうなんだ・・・。まだ、踏ん切りがつかなくってね。強くなるんだったら、他にもスキル習得とかが有るだろ?」

「勿論だ。そっちもやってもらう。だが、それには時間が必要だ。やはり、魔剣を強化せねば」


オレは出来る限り嫌な顔をしてやった。オレが出来る唯一の抵抗だ。


「なんだその顔は?ワシは貴様の為に考えてやっているというのに。

貴様が殺生を嫌っているのはよくわかった。

そんな貴様にうってつけの相手が居るのだ」

「なんだよ。それ」

「アンデッドだ。死してなお、この世に魂を縛られし者たちだ」


アンデッド・・・スケルトンとかゾンビとかか?


「彼らは望んでもおらぬ生を与えられ、この世を彷徨っておる。それを魔剣で断つのだ。言わば人助けだ」

「うーん・・・。まぁ、それなら・・・」

「では、準備を初めよう。逃げ足には自信があると言ったな?まずは、それを鍛えるのだ。ワシが手伝うとはいえ、その前にオヌシが殺されてしまっては元も子もないのだからな。さぁ!死ぬ寸前まで走れ!」


その日からオレの地獄の特訓が始まった。

オレは学校から帰ると、さながらランドセルを投げ捨てて外に遊びに行く小学生の様に、一目散にシルキスの元に向かった。


「さぁ、今日も死ぬ寸前まで走れ!」


そう言うシルキス追い立てられながら走ったり・・・


「常に周りに気を配れ!さぁ!避けないと死んでしまうぞ!」


・・・と、シルキスからの突然の攻撃を避けたりする特訓が続いた。


街に買い出しに来たついでにスキル判定をしてみたら、

・疾走 Lv2

 (走る速度の向上20%↑)

・危機察知 Lv1 

 (死角からの攻撃を察知出来る)

というスキルが追加されていた。何だか嬉しかった。


特訓自体は辛かったが、シルキスとの時間は楽しかった。

気心の知れた友人が出来たと言った感じだ。

だが、シルキスの方は時が経つにつれ、なんだか元気が無くなっているように見えた。

何かを思いつめているような・・・。


「なぁ、シルキス」

「なんだ?」

「いつやるんだ?その、アンデッドの討伐は」


シルキスの表情が陰る。

その様子から、最近のシルキスの悩みの種がアンデッド討伐に関係あるものだと分かる。

「・・・ジューゴのスキル習得も出来たし、後はワシの方の準備を済ませるだけだ。もう少し待ってくれ」

「なんか無理させてないか?」

「ふん。なにやら心配させてしまったようだな。だが、それは無用だ」


それから、さらに数日が経過した。

シルキスが意を決したように口を開いた。


「ジューゴ。準備が出来た。明日、討伐に向おう」


シルキスに指定された時間はアンデッドの討伐だからか、夜だった。

指定された時間にシルキスの元を訪れると、シルキスは何も言わずにオレを背に乗せて飛びたった。

オレも何も言わずに大人しくしている。緊張しているせいか、気付けばシルキスの背中の上で正座をしていた。


「着いたぞ」


シルキスが降り立った場所には別のドラゴン達が待っていた。数えてみると十数匹ほどいる。なんだろう・・・。緊張が高まる。


「シルキス!本当に、こんな小僧にやらせるのか?オレは反対だ!」


そう大声を上げるのは体格の良いドラゴンだ。


「ザーバンス・・・。皆で話し合って決まった事ではないか。今更、異を唱えるとは無粋だぞ?」


そうシルキスに言われて、ザーバンスとかいうドラゴンは「ぐぬぬ」と引き下がった。


なんだか仰々しい事になっている。オレはてっきり、墓場とかでスケルトンとかゾンビとかをやっつける簡単な仕事を想像していたのに、ドラゴン達は沢山集まってるし、空気はやたらと重いし、何が起きてるんだ?

これはシルキスに聞いてみるしかない。大体、なんでオレだけ蚊帳の外なんだ。


「シルキス?どうなってるんだ?このドラゴン達は?」

「こやつらは今回の討伐を手伝ってもらうドラゴン達だ。更に言えば、ジューゴが魔王の呪いを解いてくれたおかげで命を長らえた者たちでもある」

「あぁ、そうなのか・・・。って、いっぱい居るけど、数十匹のドラゴン達で討伐するアンデッドってなんだよ?」

「ジューゴにはドラゴンゾンビを討伐してもらう。だが、安心しろ。お前は止めを刺すだけだ。ここに居るドラゴンたちが、そのお膳立てをする」


ドラゴンゾンビ・・・少し納得した。しかし、それにしても数が多い気がする。


「ここ居るドラゴン達、みんなでか?」

「そうだ。これから討伐するドラゴンゾンビは・・・それだけ強大なのだ」


再び空気が重くなる。ドラゴンゾンビの名が挙がるたびに重くなっている気がする。

オレは、あえて空気を読まずに「何者なんだ?そのドラゴンゾンビは」と率直に聞いてしまう


「・・・我々の王だったドラゴンだ」


それでオレにも、この痛いくらいに重い空気の原因が分かった。


「先代の魔王に呪いを掛けられ、死してなお、破壊と混乱を振り撒く存在に成り果てたのだ。今までも、その呪いから解放しようと考えるものは居たのだが・・・。

そのドラゴンは皆に愛され過ぎた。誰もが手を下すのを躊躇う程にな」

「・・・やっぱり納得できねぇ!」


再びザーバンスが叫び声を上げる。


「百歩譲って、先王ローディスを解放するってのは解る。でもよ!人間が使う魔剣に吸わせるってのは理解できねぇ!皆もそうだろう!?」

「黙れザーバンス!貴様もジューゴに命を救われたのだろう!それに魔王に対抗するためには他に方法などない!」

「でもよぅ・・・」

「ザーバンス・・・それ以上、口を挟むなら容赦せんぞ」

「でも、シル姉ぇは納得できんのかよ!親父の魂が魔剣に囚われちまうんだぞ!?」


シル姉ぇ? ・・・親父?

シルキスは家族構成を知られたくなかったようだ。

それを、うっかり喋った弟を睨む。


つまり、こういうことだった。

先代の魔王に呪いを掛けられ、ドラゴンゾンビに貶められたのが、先王ローディス。

その娘で、今現在ドラゴン達を総べる女王シルキス。

そして、うっかり者の弟、ザーバンス。


シルキスは父親の事が分かれば、オレが気に病むと思って黙っていたらしい。

気に病むのなんか当たり前だろ!


「オレも反対だ!そんな事できない!」

と言うオレにシルキスは

「他に魔王に対抗する術は無い!」

と反論する。


このやり取りが何度も繰り返された。

時折、ザーバンスが口を挟むが「黙っていろ!」と一蹴される。


いい加減、喉も痛くなってきたあたりでシルキスは絞り出すような声で言った。


「・・・恩義を返すという名目でも無ければ、父上を解放することが出来ないのだ。

笑ってくれジューゴ。例えアンデッドであっても、その姿から生前の父を思い出し、それを慰めにしている、この私を・・・」


そんな顔した奴を笑えるわけないだろ・・・。


「わかったよ。シルキス。」

「・・・そうか。ジューゴ・・・。ありがとう」


「姉ぇちゃん・・・そんな風に思ってたなんて、オレ知らなかったよ・・・」

「ザーバンス・・・。貴様には後で話がある」

「あ・・・姉上・・・?」


ザーバンス。君の事は忘れない。

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