転んだ
出血の割には傷は浅かったようだ。
珍しく心配する母親に「転んだ」という無理のある言い訳を押し通して部屋に戻ってきた。
溜息をつきながらベッドに腰かける。
交渉は失敗か・・・。シルキスの事、何とかしてあげたかったなぁ・・・。
それにしても恐ろしい奴だったな。
ふと、箱庭に目をやると箱庭の中でも一際大きい魔王の城が目に入った。
こんなに大きい城の主ならドラゴン一匹くらい助けてくれたっていいだろうに。
あぁ、もう、腹が減ってきた。
イライラすると腹も減る。
腹が減ればイライラする。
憤りが募ったオレは腹いせに魔王の城を軽く小突いた。
・・・あ!壊れてしまった。
一瞬、良くできたジオラマを誤って壊してしまった時の様な後ろめたさを感じる。
しかし、これは箱庭だ。異世界ではどうなってるんだろう。
逸る気持ちを押さえながら魔法のピンを城の近くに刺す。
・・・城が半壊している。
・・・これは・・・交渉に使えるんじゃないか!?
再び部屋に戻り、魔王城の直上にピンを刺しなおす。
異世界に移動したオレの目の前には瓦礫と混乱して逃げ惑う魔物たち。
その中のトカゲ男がオレに気付いて剣を抜いた。
「何者だ!?人間か?」
「そうだ!魔王は何処だ?」
「人間ごときが偉そうにっ!」
「・・・これをやったのはオレだ」
「・・・!?なに?何だって?」
「お前たちの城を破壊したのはオレの魔法だ。と言ったんだ。
すぐに魔王を連れて来なければ、今度は徹底的に破壊してやる」
トカゲ男は渋々、剣を納めてどこかに歩いて行った。
魔王を呼びに行ってくれたのなら良いのだが・・・。
無数の魔物たちに囲まれ、恨みの視線に耐えながら魔王の出現を待ち続けた。
その甲斐あって、しばらく待っていると魔王がやってきた。
両脇には例のスケルトン達が控えている。
「これをやったのが貴様だと聞いたが?」
「そうだ魔王。交渉の続きをしよう」
「交渉だと?」
「そうだ。この立派な城を失いたくなければ、先ほどの要求を呑んでもらう」
「先ほどの要求?ドラゴンの事か?」
「そうだ」
その時、4本腕のスケルトンが剣を抜いた。
ご丁寧に4本全部だ。別に1本だけでもオレは死ぬぞ?
「人間ごときに、そんなことが出来るものか!魔王様!戯言は不要です。ご命令を!」
「まぁ、待てディーバス。こやつの言っている事は本当だろう」
「な、何故です!?魔王様」
「とにかく我には解るのだ。ジューゴとやら、お前の願いを聞き入れよう。
そうすれば、この城を破壊した力を我らに向ける事は金輪際ないのだな?」
「・・・そうだ。約束する」
「では、交渉は成立だ。すぐに解呪の儀式をしよう。
2,3日で全てのドラゴンの呪いが解けるだろう」
「分かった」
「ジューゴ、解呪の儀式の前に貴様と2人で話したいのだが、一緒について来てくれないか?」
・・・怪しい。2人きりになったら何をされるかわからない。
断ろうとするが、その前に足元に魔法陣が広がっていた。
「嫌でも来てもらう」
気が付いた時には魔王と二人、魔王城とは別の場所に立っていた。
目の前には巨大な壁が立ちはだかっている。
「ここは世界の果てだ・・・」
魔王が壁を見上げながら呟いた。
ここは・・・もしかして箱庭の端か?
「ジューゴ・・・この壁を見て何を思う?」
な、なんて言ったらいいんだ・・・。応えられずにいると、魔王は先を続けた。
「私は、この壁が憎い。こんな壁に自分の住む世界が阻まれているかと思うと、不愉快で仕方が無い・・・。お前もそう思わないか?」
「あ・・・あぁ・・・そうだな」
曖昧な返事を返すオレの方に魔王が向き直る。
「いや、お前は別の感想を持っているはずだ。箱庭の管理者よ」
「なっ!なんでそれを・・・」
「やはりな・・・。私は他者のスキルを見ることが出来る。
私はお前のスキルを見たのだ。そうしたら”箱庭の管理者”とあるじゃないか。
そんなお前が、私の城を破壊したなんて言うのだから、私としては信じる他ない。
そうか・・・ここは箱庭なのだな」
ハッキリ言ってオレは錯乱していた。
魔王は戸惑うオレに構わず話を続ける。
「上を見上げてみろ。壁に巨大な魔石が埋め込まれているのが見えるか?」
「・・・あぁ、見える」
アレなら箱庭の外に居る時も見た。
外から見た時は小さな点だったが、壁に等間隔で付いていたから、模様か何かだと思っていた。
「アレに魔力を注ぐことで世界を広げる事が出来るのだ。
つまり、壁が外側に移動し、領土を増やすことが出来る」
え・・・?って事は箱庭が大きくなるって事か?
「私は、それに心血を注いできた。領土の拡張は、我が臣民の悲願でもあるからな。
その為にドラゴンを呪い、人間どもの領土に侵攻したのだ。
全ては力ある領民を増やし、その魔力を束ねて、あの魔石に注ぐためだ」
「アンタの言う事は解るよ。けど、それなら猶更、呪いだの戦争だの、そういう方法は止めればいいんじゃないのか?本当に世界を広げたいなら、みんなで協力すればいいじゃないか」
「違うな。お前は解っていない。いや、解っているのに解っていないふりをしているのだ」
そう言って魔王はオレの方に何かを投げてよこした。
それはオレの魔剣だった。
「人間や魔族、ドラゴン達が世界の拡張の為に手を携えろだと?そんな事が本当にできると思っているのか?」
オレは、その破壊と憎しみの権化を拾い上げた。
そうだ・・・。それは魔王の言う通りかもしれない。
それにしても、話のスケールが大きくなってきた。頭が痛い。
休憩したい。 ・・・そうだ、腹が減っていたんだった。
「そんな時、お前がやってきたのだ。
なぁ、教えてくれ・・・あの壁の向こうには何が有るのだ?」
魔王の領地は箱庭の東南を占めている。東側ならベッド、南側なら出口の扉が有る。
けど、彼が知りたいのは、そういう事じゃないだろう。
・・・黙っていよう。
「そうか・・・答えられないか。まぁいい。
それで・・・お前は何がしたいんだ?ドラゴンの呪いの事は良いだろう。約束した事だ。その後はどうしたいんだ?平和の使者よ」
オレは・・・オレが、この世界に望むこと・・・。
それは・・・
「オレは美味いものが喰いたい」
「なに・・・?」
「それと、オレは出会った誰かが理不尽な目に合うのを見たくない。それだけだ。
あ!あと、お前が箱庭を広げるのは困る。そうすると今度はオレの世界が狭くなってしまうからな」
「・・・そうか。ならば、我と敵対するという事だな」
「或いはそうかもしれない・・・
あぁ、それと、城を破壊したような理不尽な力は、もう無しだ。
あれはオレとしても不本意だったんだ・・・。アレのせいで犠牲になった奴って・・・やっぱり居るよな・・・」
「ふん・・・。居ないな。我が城には、あの程度でどうにかなってしまう非力な者は居ない。そもそも、貴様が吹き飛ばしたのは城の上部だけだ。そこには玉座の間や、我の部屋しか無い。怪我人こそ居れど死者は1人も居ないと報告を受けている」
「そっかぁー・・・。それだけが気がかりだったんだ・・・」
「ふ・・・。ならば会談は終わりだ。ドラゴンの件、必ず約束は守ろう。
だが・・・。私と敵対する事を宣言した貴様を無事に帰す約束はしていないな?」
「えっ!?」
魔王は、そう言うとオレに向かって手をかざした。
それだけでオレは遥か後方に吹き飛ばされた。
後方の巨木に背中を激しく打ち付けたオレは、そのまま張り付けになってしまう。
「さぁ、そのまま捻りつぶしてやろう」
徐々に圧力が増してくる。
圧死は、オレの嫌な死に方ランキング1位だ・・・。
手探りで魔法のドアを探す。あれはオレの望む場所に現れるのだ。
かろうじて魔法のドアから部屋に逃げ込んだ。
体中が痛い・・・。オレは部屋を這いずり携帯電話を探して、本日2度目の救急車を呼んだ。言い訳は勿論、「転んだ」だ。




