交渉
異世界で地図を見ると、箱庭の大半が魔王の領土である事が分かる。
その領土のどこかに魔王の城があって、そこに魔王が居るのだ。
部屋に戻って箱庭を上から見下ろしてみる。
一目瞭然。魔王の領土にある一際大きい城。これが魔王の城だろう。
さぁ、会いに行ってやろうじゃないか魔王に。
・・・大丈夫。いざとなったら魔法の扉に逃げ込めばいいんだ。
オレは不敵な笑みを浮かべながら、震える手で魔王城にピンを刺した。
まばゆい光に包まれる。再び目を開けるとそこには楽園の様な光景が広がっていた。
どうやら、ここは浴場のようだ。しかも、女性用の。
綺麗なお姉さんたちが驚いた顔をオレに向けている。
ここは天国か・・・。
あ、いや、みんな蛇のような下半身をしている。
やはり、ここは魔王の城なんだな。
「お邪魔しましたっ!」
魔法の扉を開いて部屋に逃げ込む。
まずは失敗か。でも、これを繰り返せば魔王に会えるかもしれない。
それがオレの作戦だった。作戦と言う程のモノではないかもしれないが・・・。
それにしても良いものを見た。これ・・・人間の街でも・・・。いやいや。
2度目。
中庭の様な場所に出た。様々な樹木や草花が生い茂っている。
・・・魔王はガーデニングでも趣味にしているのだろうか?
そう思っていると、目の前の樹木が振り返った。
樹木と目が合う。手足こそ樹木そのものだが、美しい女性の顔をしている。
ドリアードと言うやつだろうか?
暫し見つめ合う二人。次第にドリアードの顔が引きつってゆく。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!人間よぉ!」
「何ですって!」
いばらの様な手足の女性たちが、わらわらと集まってきた。
こちらはアルラウネだろうか。
いばらの手足を鞭の様にして襲い掛かってくるのを振り切って部屋に逃げ込む。
3度目。
今度は誰も居ない・・・。
と、思ったら曲がり角から一つ目の巨人が現れた。
「ん?なんだお前。人間のような恰好をしているな」
「えっ!?そ、そう見えるか?」
「あぁ、それに人間臭い。お前まさか・・・」
「お前がそう思うなら成功だな。オレは人間に化けることが出来るのだ」
「なんだと?そんなことが出来る奴が居るとは・・・」
魔王城には色んな奴が居るようだし、誤魔化せるかもしれないと思ったが、こうも上手く行くとは・・・。
「ところで、この成果を魔王様に報告しようと思うんだが、魔王様は何処に居るか知っているか?」
「今は、そうだなぁ。玉座の間だろう。オレが案内してやろうか?」
「いっ!いや、いい!方向だけ教えてくれ、大体どっちの方だ?」
「あっちだ」
「そうか!サンキュー」
「さ・・んきゅ?」
捨て台詞を残して部屋に逃げ込む。
少し休憩しよう。首尾は上々だ。これを繰り返せば魔王に会うことは出来るだろう。
4度目。
今度は食堂のような場所だ。
良い匂いがする。そう言えば腹が減っているんだった・・・。
いやいや!そんな事をしている場合ではない。
そうしていると、何者かが喧騒と共に食堂に入ってきた。
なんと、先ほどの巨人が仲間を引き連れてやってきたのだ。
「おぉ!またお前か!やはり、迷っているようだな。魔王城は広いからなぁ」
「あ、あはは。実はそうなんだ」
ほのぼのとした会話を交わす巨人とオレだが、他の巨人は信じられないと言ったような表情を浮かべている。
「おいおい!人間じゃないか!」
「いや、違うんだよ。こいつは人間に化けてるんだってよ」
「ホントかよ!そんなことが出来る奴が居るのか?凄えな」
巨人はみんな単純なんだな。
「迷ってるなら案内してやろうか?」
「・・・いいのか?これから飯を食うんだろ?」
「いいって!飯ならいつでも食えるしな」
お言葉に甘えて案内してもらう事になった。
一際立派な扉の前まで歩くと巨人は振り返った。
「さぁ、着いたぞ。ここが王座の間だ」
「ありがとうな。助かったよ」
「イイって事よ。その人間に化ける力で一匹でも多く人間をやっつけてくれよな!」
「あ・・・あぁ・・・」
そう言い残して巨人はドスドスと足音を立てながら立ち去って行った。
なんか良い奴だったな・・・。
「そんじゃ行くか」
意を決して扉を開いた。
玉座には何者かが鎮座している。あれが恐らく魔王だろう。
顔には禍々しい仮面を付けていて、その正体はつかめない。不気味だ・・・。
両脇には2mを超す長身のスケルトンが立っていた。
片方は4本腕、もう片方は巨大な鎌を携えている。侵入者であるオレに対して尋常じゃない殺気を放っている。
不味い・・・甘く考えすぎていた。逃げたい。
すぐ近くにある魔法の扉に手が伸びそうになる。
それをグッと堪えて玉座に向かって歩き出した。
「待て」
足が止まる。
しかし、魔王が発した言葉はオレに向けられたものではなかった。
2体のスケルトンが一瞬でオレに肉薄し、オレの命を刈り取ろうとしていたのだ。
白刃はオレの目の前でピタリと止まっていた。
「下がれ」
言われるままに2体のスケルトンは引き下がる。
殺気は放ったままだ。その殺気を間近に受けて、オレは押しつぶされそうな息苦しさを感じていた。
「何者だ?」
「お・・・オレは・・・」
続きの言葉が出てこない。
オレは胸を叩いて続きの言葉を引きずり出す。
「オレの名前はジューゴだ」
「ほう、ジューゴ・・・。人間のお前が何の用だ?」
「シルキスと言うドラゴンを知っているか?そいつに掛けた呪いを解いてもらいたい」
「ふむ。妙な人間が妙な事を言う・・・確かに我が軍門に下る事を拒んだドラゴン共には呪いをくれてやったが・・・。何故、それを我が解かねばならぬのだ?」
「それくらいの自由はあってもいいじゃないか」
「・・・貴様と問答する必要など本来は無いのだが。・・・応えてやろう。
ドラゴンは強大な力を持つ種族だ。我につかぬと言うなら野放しにすることは出来ん」
「だからって、呪いで殺してしまったらドラゴン達から恨みを買うかもしれないじゃないか」
「だから我につかぬドラゴンは、呪いの力で根絶やしとなるのだ」
「いいや、そんなことじゃ恨みは消えない。お前の配下になったドラゴンの中にも恨みを抱く者が居るかもしれないじゃないか」
「ふん。それがどうした」
「そういうの・・・不毛じゃないか。この魔剣だってそうだ」
オレはそう言って魔剣を足元に投げ捨てた。
「ふ・・・ふふふ・・・。あっはっはっは!そうか、お前は平和の使者か。
そうか、そうか。よく解った」
「じゃぁ・・・」
「ディーバス。もういい殺せ」
「御意・・・」
オレは、その言葉と同時に魔法の扉に飛び込んだ。
背中に鋭い痛みが走る。
部屋に戻ったオレは見た事もない出血に驚きながら救急車を呼んだ。
救急車を待ちながら、救急隊員と母親への言い訳を考えていた。




