ドラゴンと呪い
いくら強くなるためとはいえ、命を奪うっていう決断は平和な日本で生まれた15歳のオレにはキツイ。
だから、怖気付いたというのはある。勿論ある。
でも、魔剣・・・というか、吸魂石。
武器が世界を荒ませるなんて言うけど、あれはもっとタチが悪いんじゃないか?
にっくき敵を倒す事で進化する武器・・・。
殺せば殺すほど、その為の効率の良さと憎しみを増大させる武器という訳か。
何となく進化を重ねた現代の兵器を連想させた。
そういえばオーク達も吸魂石の付いた武器を持っていた。
憎しみと進化の連鎖かぁ・・・。
ベッドに仰向けになって考えていたが何も答えは出ず、腹が減っただけだった。
家に何か食うものあったっけ?
いや、異世界で食うか。まだ少しなら金も有ったはずだ。
何食おうかな・・・。まだ午前中だし、サンディアで捕れたての魚でも・・・
そうやって考え事をしていたのが良くなかった。
箱庭に魔法のピンを刺そうとして誤って自分の手を刺してしまった。
「いてっ」
魔法のピンはオレの手を離れて箱庭に落ちてゆく。
落ちたピンは上手い事、どこかに刺さったらしい。
オレの目の前にはドラゴンが居た。
「なんだ貴様。どこから現れた?」
「ど、ど、どら、ごん?ドラゴンか!?うわぁ・・・初めて見た」
「オヌシ、答えになっておらぬぞ?ん?そこに持っておるのは吸魂石か?ワシの命を狙ってきたのか!命知らずめ」
「いやいやいや!違う違う。迷い込んだだけだ。すぐに出てくから」
「本当に迷い込んだだけなのか?」
「そうだって!こんなちっぽけな短剣でドラゴン倒せると思う?」
「ふん!魔剣は油断ならん。見た目で判断できるか!」
「じゃあ、捨てる!捨てるから」
そう言ってオレは魔剣を投げ捨て、両手を高く上げた。
全面降伏の構えだ。
「ふん・・・。奇妙な奴め・・・。まぁ、実際の所、お前が何者であろうと今のワシにとっては、最早どうでも良いのだがな」
ドラゴンには攻撃の意思がなさそうなので、魔法の扉から部屋に戻ろうとすると、ドラゴンに声を掛けられた。
「おいお前。少し話し相手にならんか?」
「へ?」
「どうやってきたのか知らんが、せっかく来たのだ。話し相手になれ」
「あぁ、いいけど・・・」
そう言ったきり黙ったままのドラゴン。これはオレが話題を振れという事なのだろうか?
「あのう。好きな食べ物は何ですか?」
「人間だ」
おぉ、こんな質問しなきゃ良かった。
暫く考えた様子だったドラゴンが重たそうな口を開く。
「ワシ・・・。もうじき死ぬのだ」
「へ?」
いきなり重い話題キタ。
「だから、お前を食う理由は無い。安心しろ」
「そ、そうか。なら安心だ」
「オヌシ、名前は?」
「ジューゴ・・・杉崎十五だ」
「ワシの名は・・・いや、いい。これから死ぬ者が名乗るのも滑稽だ」
「教えてくれよ。名前。でないと思い出すとき、あのドラゴンって呼ぶぞ?」
「ふん・・・。それでも構わないが・・・シルキスだ」
「なんか・・・、もっと強そうな名前を想像していたけど、なんだか可愛らしい名前だな」
「かっ!可愛らしいだと!この無礼者め!」
突然の大声にオレは再び全面降伏の構えを取る。
「い、いや、驚かせて済まなかった。可愛いなどと、言われたのは初めてでな・・・」
なんだか照れているような素振りをしている。もしかして・・・。
「シルキスは雌?」
「そうだ!ワシのどこが雄に見えるか!無礼者め!」
ドラゴンの性別なんて分からないよっ!
と反論したい気持ちを抑えて、再び全面降伏の構えを取る。
「・・・どうして死んじゃうんだよ」
「・・・呪いだ」
「呪い?」
「そうだ。魔王に掛けられた呪いだ」
ここでも魔王か。城塞都市ボルグもそうだし、酷い事はみんな魔王のせいって感じだな。
「ワシが魔王の軍門に下るのを拒否したために呪いを掛けられたのだ」
「酷い奴だな・・・」
「あぁ、酷い奴だ。呪いで死ぬまでの間に心変わりするとでも思ったのだろう。
だが、ワシは奴の言われるままに戦いに身を投じるくらいならば、死を選ぶ」
「・・・それ。なんか分かるよ」
「ふん。お前の様な小僧に何が分かる」
「分かるよ。シルキスは誇り高いんだな」
「そうだ!お前分かってるじゃないか!ドラゴンたるもの常に誇り高くなくては!」
シルキスの中でオレの株が急上昇したらしく、急に饒舌になった。
オレとシルキスは沢山の話をした。
それと、好きな食べ物が人間だというのはドラゴニックジョークだったらしい。
話題の中心は主に食べ物だった。
「死んだらもう、マケドリウスの肉を食うことは出来ないな・・・」
寂しそうにシルキスが呟く。その呟きに何だか親近感がわく。
「なぁ・・・、後どのくらいなんだ?」
「何がだ?」
「その・・・死んじゃうの」
「あと僅かだ・・・。ほんの一ヶ月ほどで呪いの刻限が来る」
「一ヶ月!?結構長いじゃないか!」
「馬鹿者。悠久の時を生きるドラゴンにとっては僅かな時間なのだ」
「いやいや、そうじゃなくて、まだ猶予があるってこと」
「猶予?それがどうした」
「死なないですむ方法が有るかもしれないじゃないか。もう少し足掻いてみたらどうなんだ?」
「ふん。無駄だ。何とか出来るなら、とうにしている」
「じゃあ、オレが何とかしてやる」
オレは曲がりなりにも箱庭の管理者だ。
目の前のドラゴン程の力は無いかもしれないけど、オレならではの方法が有るかもしれない。それに、これから死ぬってやつの話を一か月間も聞くのは堪えられそうもない。
戸惑うドラゴンに一方的にな別れを告げると魔法の扉から部屋に戻った。
ドラゴンの居場所・・・今、魔法のピンが刺さっている場所をメモに残すと、初めて行った街にピンを刺しなおした。目的はギルドの受付嬢、あの説明好きなお姉さんの所だ。
最初の街、アイオーンに着くと、早速オッフラを買って食べた。突然のドラゴンとの遭遇で忘れていたが、オレは腹が減っていたのだ。
次にギルドに向かう・・・居た、お姉さんだ。
「あぁ、君、こんにちわー。丁度いい依頼が入ってるわよ?」
「今日は依頼を受けにきたんじゃないんだ。聞きたい事があって・・・」
「聞きたい事!?」
お姉さんの目がキラキラしている。やっぱり説明好きなんだな。
「呪いって・・・どうやったら解けるのかな?」
「呪い!?これはまた難しい相談ねぇ。まさか君が呪いを掛けられたの?」
「いや、知り合いが・・・」
「ふーん・・・。事情は気になる所だけど、とにかく解呪の方法なら3つの方法が有るわ。」
3つもあるのか。何とかなりそうな気がしてきた。
「一つは、解呪のスキルを持つ人に解呪してもらうの。でも、この方法はお金がかかるわ。とても駆け出しの冒険者が払える金額じゃないわね。
もう一つは君自身が解呪のスキルを会得する事。会得するには一般的には10年以上の修業が必要だと言われているわ」
何とかなりそうだと思った気持ちが急速に萎んでゆく。
「ちなみに解呪を頼むと、どれくらい掛かるの?」
「うーんと、呪いの厄介さによるけど、安くても1万8千ゴルね」
およそ180万円か・・・。180万円用意するか、10年の修業か・・・。
とても一ヶ月では出来そうにない。
これは、残る一つに期待せざるを得ないな。
「残る一つは、呪いを掛けた本人に呪いを解いてもらう方法なんだけど・・・」
うわー、一番ないわ。掛けた本人って魔王じゃないか。
・・・いや、待てよ。試してみる価値はあるかもしれない。
会いに行こう、魔王に。
「ありがとう、お姉さん!」
「イリアールよ」
「え?」
「だから私の名前。イリアールっていうの。これからも宜しくねジューゴ君」
「あ・・・あぁ、宜しくイリアールさん」
そうして、ギルドを後にする。
さぁ、会いに行こう。魔王に。




