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それはどこかで願われた。  作者: 津森太壱。
【それはどこかで願われた。】
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03 : 半端者と楽観主義者。1





 ろくな荷物もない魔導師の卵を連れて、マルは国境の街を出た。歩くことには慣れているという彼女の言葉は本当で、一日中歩き続けても文句を言うことなく、翌日も歩き通したのに元気だった。


「ジェサントスからユシュベルのあの街に辿り着くのも、けっこうな旅だったんだよ」

「ひとりで?」

「うん。行商の隊に混ぜてもらって、働きながら。たぶん、今までで一番楽しかったよ」


 彼女の経験は、もはや中年と言ってもいいマルと並ぶくらい豊富だった。ときには命を脅かされたこともあるらしく、しかしそれを語る彼女は明朗だ。基本的に楽観主義なのだろう。

 悲しいことすら笑ってやり過ごそうとするその姿勢は、マルには少し痛かった。笑いたいときに笑って、泣きたいときには泣けばいいのに、それができなかった彼女のそれまでの人生は、早くに魔導師の力を見つけてやれなかった魔導師としての不甲斐なさを感じる。


「あ、そういえばあたし、名乗ってなかった」

「……そうだな」


 彼女を連れて王都へ向かい、街を三つほど過ぎたあるとき、そういえば名前を聞いていなかったことを思い出してマルは頷く。彼女がマルの名前を知っていたから、うっかりしていた。


「リヒト・リフィール。リーって呼んで」


 少年っぽい見てくれそのままの名前だ。男につけられる名ではないだろうかと、一瞬だか考えてしまう。


「わたしは」

「水萍の魔導師マル!」

「ん?」

「あんたの名前は知ってるよ。マルって呼んでいい?」


 彼女、リヒトはなぜか嬉しそうに笑う。マルの名は、べつに間違ってはいないので、まあいいかと頷いた。


「水萍って、渾名なんだよね?」

「ああ」

「あたしも、魔導師になったら、渾名つけられる?」

「むしろそちらで呼ばれることになるだろう。いちいち名前で憶えている魔導師はいない」

「それひどくない?」

「名前に重要性などない」

「ひどい気がする……」


 名前がどれだけのものか、マルにはよくわからない。けれどもリヒトは違うようだ。


「名に拘る必要がそもそもない」

「魔導師って、みんなそうなの?」

「すべてがそうというわけではないだろうが……わたしはそうだな」

「……。あたし、あんたのこと名前で呼ぶ」

「なぜ?」

「あたしは名前で呼んでもらいたいもん!」


 ちょっと気圧された。


「……そうか」

「マルって、呼ぶから」

「……好きにしろ」

「あたしのことはリーだからね。リヒトでもいいけど」


 呼ぶことがあるだろうか、と考えてみる。まあ必要になれば呼ぶこともあるだろうが、魔導師になれば名前がどうでもよくなることなど、今教えても仕方ないことだ。魔導師に渾名があるのは、名乗るよりも先に力の方向性を示すためであり、それは嫌味や皮肉も込められているのだが、そんなことは魔導師になってから知っても遅くはない。


「ねえ、あとどれくらい歩くの?」

「疲れたか」

「そういうわけじゃないけど……あたし、あんまり持ち合わせないから」


 歩き続けているから疲れたのかと思ったのだが、そうではなく、懐の心配をしているらしい。

 この三日、宿や食事の代金はマルが支払っている。リヒトは財布すら出していない。それはマルがそうしていたのだが、どうやら気にしていたようだ。


「これはわたしの責任だ」

「でも」

「これも魔導師の仕事、と言えばいいか。案ぜずとも、きみが魔導師として働きだせば、きみを王都まで連れて行く分の路銀はすぐに入ってくる」

「出世払いってやつ?」

「期待している」


 頷くと、リヒトは力いっぱい元気に「わかった!」と返事をして、足取り軽く前を進んで歩く。現金だな、と思ったが、リヒトは楽観主義だ。落ち込むより前向きでいたいのだろう。


「あとどれくらいで王都?」

「半分も来ていない。が……面倒になってきたな」

「もっと歩くのか……面倒って?」

「転移門を使う」

「てんいもん?」

「口で説明するよりも体験したほうが早い。おいで、道を変える」

「え、あ、うん、待って!」


 歩くのは嫌いではないが、こういうとき、背にある翼がその機能を持っていたらよかったのに、とは思う。とはいえマルの背にある翼はその機能がないだけでなく、形も歪なので、どうしたって役には立たない。いっそ翼がなければこんな考えも浮かばないだろうに、面倒なことだ。


「どこに向かうの?」

「レウィンの村」

「聞いたことある。そこに、てんいもん? が、あるの?」

「風詠がいれば、使える。いなければ、まあ、許可をもらうだけだ」

「ふうえい? きょか?」


 さっぱりわからない、というリヒトに、いいからおいでと、道を促す。


 ここからレウィンの村までなら、王都に行くよりも早い。途中で行商の隊を見つけたので、レウィンの村の近くまで乗せてもらうことにした。

 荷馬車の片隅は身体的につらいところもあるが、王都までの距離とリヒトのそれまでの体力を考えれば、懐具合にも優しい。しかもマルが魔導師だとくれば、荷馬車の片隅でも優遇されることが多い。食事はもらえるし、寝床も提供される。行商にとって魔導師がいるというだけで、旅が楽になるそうなのだ。


 マルもかなり楽をさせてもらって、レウィンの村近くまで数日で到着した。


「ねえマル!」

「ん?」

「できた!」

「なにが」

「ほら!」


 行商の隊にお礼をして別れ、道なりに歩いていると、リヒトが目を輝かせてマルの前に手を差し出す。その手のひらの上には、いつかマルが作って見せたことのある水塊があった。

 そういえばリヒトは、マルと歩きながらときどき、手のひらをじっと見つめていることがあった。なんの祈りだ、と思っていたので、まさかマルの真似をしようとしていたとは考えてもいなかった。


「……きみの力は、水が基本か?」

「考えたことないけど、水はわりと仲よく……あ、消えちゃった」


 集中力が途絶えたか、リヒトの手のひらにあった水塊はあっというまに飛び散り、リヒトの手のひらを水浸しにする。マルは手巾を取り出してリヒトの手を拭ってやりながら、それは基本操作だ、と教えた。


「制御する方法の一つに、水の塊を作る練習をする。錬成陣も詠唱も使わないでそれができれば、安定させることができるという証明だ」

「えっと……つまり力の制御方法?」

「師からの受け売りだが、わたしはそうやって力を安定させた」

「師? 師匠? マルにいるの?」

「ああ。きみにも、師がつく。誰が師になるかは、魔導師団長に委ねることになるだろう」

「マルは師匠になってくれないの?」

「言っただろう。わたしはきみの力を判断できない。わたしには師になれるほどの力はないんだ」


 水に濡れていた手のひらを綺麗に拭ってやって解放すると、リヒトは、なにか複雑そうな顔をして俯いていた。


「……どうした?」

「マルが、師匠になってよ」

「無理だと言っただろう」

「でもあたし、マルと同じ水の塊、作ったよ? マルと同じ力でしょ?」

「同じかもしれないが、技量はわからない。半端者のわたしよりも、もっといい師がきみにはいる」

「マルがいい!」


 顔を上げたリヒトは、随分と必死だった。

 無理だと言っているのに、なぜ言うことがわからないのかと、マルは小さく息をつく。


「魔導師には系統がある」

「え……?」

「防御に長けているか、攻撃に長けているか、曖昧だが境界線のようなものがある。大抵の魔導師は防御に長けているものだ。だが、完全にというわけでもない。どちらかに偏り、どちらかが無というのはあり得ないものだ。対比で言えば、攻撃が二なら防御は八、合わせて十の力を魔導師は持っている」

「……だから、なに?」


 理解しているのかどうかはともかく、リヒトはマルの言葉の先が気になるようだ。不安そうな顔をされてしまって、そんな大層な話でもないのに、困ってしまう。

 泣きださないだろうか。


「例外、というものがある」


 はあ、と息を吐き出しながら、マルはリヒトを促し、道を進む。

 レウィンの村まで行商の隊に運んでもらったおかげで、ここからもうすぐレウィンの村に入れる。しかも目的地はその入ってすぐのところにあるので、もしかしたら今日のうちに王都へ入ることができるだろう。

 もう少し時間をかけて来るべきだったか、それとも魔導師についてリヒトに説明しておくべきだったか。

 考えてみたが、どちらにせよマルは師になれるような魔導師ではないので、訊かれたら答えるという方式がもっともだと思えた。


「ねえ、なにが例外なの?」


 マルの隣に小走りで駆け寄ってきたリヒトが、未だ不安そうな顔を寄越してくる。これが幼い子どもであれば、むしろマルには宥めようがなかったが、幸いにもリヒトは成人している。言葉を理解できるくらいの少女でよかったかもしれないと、逆に思った。


「わたしは、水しか扱えない」

「それが例外?」

「攻撃が十、防御が〇。魔導師としては異質だ」

「……どこが異質なの?」

「言っただろう。攻撃が二なら防御は八、それが大抵の魔導師だと」

「マルは違う?」

「どちらかが無、というのはあり得ないとも言った」

「だから、例外? マルはふつうの魔導師じゃないってこと?」


 そうだ、とマルは頷く。自分がほかの魔導師とは違うなどとは思ったこともないが、力だけを見ればふつうではない自覚があった。だが、マルのような魔導師がいないわけではないので、気にしたことはない。攻撃系ばかりに特化しているとはいえ、全体的に見ればマルは力が弱いからだ。それこそ、師になれるだけの力が、マルにはなかった。


「わたしのように水を基本として扱う魔導師はいるが、そのほとんどは、水以外にも風や土を扱う。水しか扱えない、というのは、わたししかいないだろう」

「なにか、いけないの?」

「そういうわけではないが、わたしは半端者だ。水しか扱えないうえに、防御が欠片もない。さらに力も弱い。魔導師としては下位だ。わたしより弱い魔導師はいないだろう」

「……どこがいけないのか、わかんない。マルは、だから師匠になれないって言うの?」

「教えられることが少ない、さらに、教えられるだけの技量もない。適性はともかく」


 弟子が師を上回る力を持つことはざらにある。けれども初期段階、暴走した弟子を止められるだけの力を持っていることが、師には要求される。弟子を設けるのならば、弟子が己れの力を制御できるようになるまで、力を抑え込むことができる必要があるのだ。

 師となるうえで必須のそれが、マルには無理だった。


「マルは、あたしの師匠になってくれないの? あたしに、魔導師になるかって、訊いてくれたのに」

「力を持つ者を見つけた魔導師の責任だ。力は弱くとも、わたしは魔導師という肩書きを持っている」


 残念そうに肩を落としたリヒトに、なんだか申し訳ない気持ちが湧いてくる。弟子が欲しいと思ったことはないが、師になって欲しいとも言われたことがないので、対処方法がわからない。

 とにかく、早くリヒトを魔導師団長のところへ連れて行くべきだろう。


「少し急ぐ。足はだいじょうぶか?」

「うん……」


 しょぼくれたリヒトを促して、マルはらしくなく、足を速めた。







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