01 : 偶然であれ必然であれ。
「ああ、やっぱりあんたがあの『マル』か」
「なんだその言い方」
初対面だった彼、もとい、どうやら服装が少年なだけである彼女は、この辺りに住む街の住人のようだった。このユシュベル王国では珍しい、一見すると黒っぽく見える焦げ茶色の髪と、稀に見る深緑色の双眸がとても印象的で、おそらく移民してきたか、或いは両親のどちらかがユシュベル出身の混血かと思われる顔つきをしていた。
「ここに魔導師が寄越されたって聞いて、どんな人なのか聞いたら、みんな遠い目して『マル』って名前だって教えてくれたんだよ」
なんというか、と思う。
「わたしが派遣されたことに文句があるのか……」
いやべつに、寂しいことだとか悲しいことだとか、そうは思わないが、だからといって自分の存在が遠い目をされるほどのものではないと、マルは思う。
「どんな魔導師かと思ったら……けっこう間抜けな魔導師なんだ?」
「この状態になっていることを言うなら、余所見をしていただけだ」
「どんな言い訳よ、それ」
「事実だ。ところで……きみはなぜここに?」
鎮火したとはいえ、先ほどまで山火事が起きていた場所に、女性がひとりとはどうしたことか。誰でもそう思うだろうことを訊ねると、彼女はこくりと首を傾げた。
「あんたを見に来ただけだよ」
「……。きみには危機管理能力がないのか?」
「暇だったんだ。つい先日、解雇されちゃってさ」
「下手をしたら死んでいたぞ」
「だって死んでもよかったし?」
「は?」
とんでもない言葉を聞いた気がして、思わずマルは裾の水気を絞った姿のまま固まる。
「どこに行っても不気味がられるんだよねぇ、あたし」
「? それは容姿のことか?」
「あ、やっぱりわかる?」
「髪の色は特徴的だが、瞳の色は王都でたまに見る。だが顔つきはユシュベルの者と少し違う」
「あたし混血なのよ。母親がユシュベルの人で、父親は隣のジェサントス公国の人。父親に似たから、顔つきはジェサントスのほうだろうね。だからずっとジェサントスのほうにいたんだけど、やっぱりあっちでも不気味がられて」
「その容姿を?」
「ジェサントスでは目の色、ユシュベルでは髪の色、だね」
人種差別を受けたのか、とマルはげんなりする。
まったく、人間とは気難しい。周りと同じということが安心感を生むのだろうが、だからといって持った色が違うくらいで差別するとは嘆かわしいことだ。
「おまけにあたし、妙なことができるもんだから、それが拍車をかけてさ。ジェサントスではひどかったよ。バケモノ扱いだもん。その点、ユシュベルは魔導師がいるからいいね。あんた魔導師じゃないの? だって」
「……魔導師なのか?」
「あたしに聞かないでよ。だからあたし、ここにいるんだから」
彼女は自分の言葉に責任を持っているのだろうか。
「わたしがいなかったらどうするつもりだった」
試しに訊くと、やはり彼女は暢気にも首を傾げる。
「死んでたんじゃない?」
彼女がなにをしたいのか、マルにはさっぱりわからなかった。
「あんたがいればあたしはこれまでの人生とまともに向き合えるし、あんたがいなけりゃ、あたしはそんときの運命を受け入れるだけだよ」
投げやりな言葉に、彼女は自分の言葉に責任を持っているらしいと思う。前向きに言えば、彼女は自分の運命を信じてわが身を危険に曝したようだ。
「……わたしになにを言わせたいんだ?」
「あたしは魔導師なの?」
彼女の問いは直球で、しかしマルには答えられない問いだった。
「わたしは個人が持つ魔導師の力を測れない」
「え、魔導師ってやっぱりそういうのわかんの?」
「高位にある魔導師であれば、見ただけでわかる。生憎と、わたしはそこまで力はない」
「へぇ……まあ、あんたなら、街の人に遠い目で名を語られるくらいだし? あんまり力ないんだろうなぁって思うけど」
よくもまあずけずけと失礼なことを言う娘だ。傷つくほど若くはないのでなんとも思わないが、こんな国境近くの山で、まさか魔導師の力を持っているらしい混血に逢おうとは思っていなかったので、心境的には複雑だった。
「きみは、わたしに拾われるために、ここへ来たわけか」
「拾われなかったときは死ぬだけだよ」
からからと笑って己れの死を安易に口にする彼女に、マルの胸中はさらに複雑さを増した。
魔導師の力を持つ者を見つけた際、速やかに魔導師が派遣され、その者は国に保護される。それは魔導師が、この国の防衛の要であり、また貴重な存在であるからだ。
マルは予想外に、魔導師を見つけてしまったことになる。それは、彼女を拾わない、という選択肢がないことを意味していた。即刻、彼女を王都へ連れて行き、王陛下と魔導師団長に真偽を確かめてもらい、師を探してやらねばならないわけである。魔導師を見つけた魔導師の、これは責任だ。
「余計な仕事が増えた……」
国境近くのここまで来るのも大変で、漸く一仕事終え、ゆっくり地層調査しながら帰還しようと思っていたのに、なんという偶然だろう。いや、これは必然なのか、と首を傾げたくなる。
今回の任務であった山の鎮火は、べつにマルでなくほかの魔導師でもよかった。国境まで赴くため往路の地層調査任務も含まれていたので、長い時間ひとりになる時間が欲しかったマルが自ら進んで引き受けた任務なのだ。
仕事を少し休みたかった、という下心が、この偶然を引き寄せたのなら、これはもう必然だ。休むなということである。このところずっと任務続きで休む暇もなかったというのに、いつになったこの国の天災はマルという魔導師を休ませてくれるのだろう。
「ねえ、あたし魔導師なの?」
再び問われ、マルは長々と息を吐き出した。
「拾ってやろう」
偶然であれ必然であれ、魔導師の力を持つ者を放置しておくことはできない。国のためではなく、魔導師の存在のために、それは必要なことだった。