26 : 心が知りたい。
転移門の鍵の創作は、本来なら堅氷の魔導師カヤではなく、雷雲の魔導師ロザヴィンの仕事だという。それは発案者がロザヴィンであるからで。カヤは転移門という装置に力を注いだだけという、その関係からきているようだ。
しかし、カヤに転移門やその鍵が作れないということはない。ロザヴィンが基礎を築いているので、協力したカヤに作れないわけがないのだ。ただロザヴィンの場合、その手先の器用さや呪具の品質、状態、感度など、呪具におけるさまざまな点において群を抜くものがあって、ほとんどの魔導師は呪具の創作をロザヴィンに頼むものらしい。
「あ。それ、堅氷の作じゃね?」
リヒトの手首に装着された腕環を見たロザヴィンが、興味深そうに覗いてきた。
「わかるの?」
「おれは作ってねぇしな。それ、転移門の鍵か?」
「うん。マルが堅氷さまに頼んで作ってもらったの」
「……。水萍から?」
「うん、マルから」
目を真ん丸にしたロザヴィンが、リヒトの顔と腕環を交互に見やってくる。そうしてふと、にんまり笑った。
「よかったじゃねぇか」
「? うん、使えるか心配だったけど、マルが言った通りだった。転移門の鍵って、あんまり扱いが難しくないんだね」
「区間を限定したものは、用意した魔導師が力を注ぎ込むもんなんだよ」
「区間? 限定?」
「つまりおまえの場合、師団棟と王宮だな。扱い難しくなく使えんのは、堅氷か水萍か、どっちかが力を注ぎ込んでおいてあるからだ」
「……マルが力を込めておいてくれたから、あたしは王宮と師団棟を行き来できるようになったの?」
そういうことだな、とロザヴィンはなにやら楽しげに笑う。なにが楽しいのかわからなくて首を傾げていたら、ロザヴィンと一緒にいた弟子のシュエオンが、その意味を教えてくれた。
「腕環には意味があるんですよ」
「腕環に意味?」
「転移門の鍵であること以外に、きちんと意味はあるものです。魔導師の場合は、その意味が二つあります」
にこ、と微笑んだシュエオンは、自身の腕環を見せてくれる。
「これは師からもらったものではなく、僕が自分で作ってみたものですけど」
「きみが作ったの?」
「手先がわりと器用なもので。あと、師が呪具の創作者なので。もちろん力はまだ注いでいません。僕にはまだそれができませんから」
リヒトより随分と小さいというのに、シュエオンは立派に魔導師の卵だ。そのことに驚いたが、シュエオンの師たるロザヴィンは、呪具創作に関しては魔導師随一だというから、その弟子であるシュエオンが呪具創作に長けていても不思議ではない。
「僕はこれを、僕の力を注いで、いつか必ず渡そうと、思っている人がいます」
「え……あげるの?」
「はい。僕はその子が、とてもいとしいですから」
花が綻ぶように笑んだシュエオンに、リヒトは瞠目してしまう。シュエオンが愛らしかったからではない、シュエオンが発した言葉に、驚いたからだ。
「いとしい……って」
幼いシュエオンにそういう存在がいるのかと驚いたのではなく、シュエオンはその子がいとしいから渡したいと言ったことに、リヒトは常になく驚いた。
「つまり、そういう意味も、含まれるのです」
だからリヒトの腕環にもそういう意味がある、とシュエオンは言う。ロザヴィンも、それに便乗してなにか言いたそうににやにやしている。
リヒトは、呆然とした。
「……これ、に……そんな、意味が」
もし、シュエオンが言った通りの意味が、転移門の鍵であるこの腕環に込められているとしたら。
考えただけで、一瞬にして、リヒトは顔を真っ赤にする。
いとしいひとに、腕環を贈るものだと、シュエオンは言ったのだ。
「か……家族が持っていることもあるって」
「形に拘りはありませんからね。どんな形で贈られたか、それによります。転移門は、鍵があれば便利なものですから」
言葉に詰まった。意味をなさない口の開閉が、酸素の不足を訴えてくる。
家族の証みたいだね、とリヒトはマルに言った。マルはそれに対して、優しく笑っていた。
つまり、そういうことだ。
「あ……たし、マルに……」
「よかったじゃねぇか、鳴響の」
揶揄するようにロザヴィンは言ったが、今は揶揄されても困らない。むしろ、もっと揶揄されたいとすら思う。
「ほ、本当に? マルは本当に、その意味を、腕環に込めてるのかな」
「伊達に歳くってねぇだろ。無駄に歳はくっただろうけど」
「マル、意味知らないかも……だってマルも腕環してるし」
「ありゃ楽土の仕業だ。楽土は、あれでいてもんのすごく、水萍が好きだからな。そこらの奴に水萍を奪われてたまるか、ていう敵愾心だ」
「アノイが……マルに贈ったの?」
「楽土の子ども、みたいなもんだからなぁ」
マルの腕環にはそんな意味はない、とロザヴィンは言う。ただ世間的には、腕環をしているマルはそういう人がいるという証明をしているものらしい。腕環にそういった意味が込められるのは、ユシュベル王国の風習なのだそうだ。
「知らないおまえだから、まあ、水萍に告れたんだろうが。楽土はたぶん、最初は挑戦状を叩きつけられたとか、思ったはずだぜ?」
「え」
「で、おまえはそれに勝ったわけだ。結果的に万々歳じゃね?」
結果的によくても、経過にまさかそれがあったとは、無知もたまには役に立つというものだ。今まで知らずにいてよかったと、リヒトは素直に思う。
「なあそれ、楽土に見せたか?」
「ま、まだ。見せに行こうと思ったところだったから」
「見せてこいよ。たぶん、すっげぇ面白いことになる」
「面白がらないでよ」
リヒトが、マルが好きだ、と言ったとき、アノイは微笑んでくれた。見つけてくれてありがとうと、言ってくれた。それはリヒトを応援してくれている姿だった。だから、たぶんマルからもらったこの腕環を見せても、アノイは怒ったりしないと思う。ロザヴィンやシュエオンが笑ってくれているように、アノイも笑みをみせてくれると思う。
だから、怖くはない。
それでも、マルが本当にその意味を込めていたかどうかは、リヒトには確信が持てなかった。
「ど……どうしよう」
「は? なにが?」
「マル、意味がわかってないかも……だってアノイから腕環をもらってるんだよ?」
「……。あのなぁ、魔導師は知ってるもんなんだよ」
「知ってるものでもなんでも、マルなら知らない可能性はあるよ」
「いやだから、水萍は魔導師だからな? 魔導師なら、知ってるもんなんだ」
「なにを知ってるっていうの」
「唯一許された自由だから、どうすればいいかと、知ってんだ。そこで悩んで苦しんで、葛藤してんだよ」
ロザヴィンがなにを言わんとしているのかわからなくて、リヒトは沈黙して顔を渋めた。
「わかってねぇな、その顔」
「だって……」
「今まさにおまえの感情、それが魔導師のもんだ」
「あたしの感情?」
「水萍以外、誰も、もう考えられねぇだろ」
それは当然だ、とリヒトは思う。マル以外に、いとしい人はいない。大切で大事な人は、ここに来てから増えたけれども、いとしくてどうしようもない人は、マル以外にいない。
「あたしにはマルしかいない」
「ほれみろ、おまえも立派に魔導師だ」
魔導師がどんな生きものか、問われて答えられるほどリヒトはそれらしい魔導師に成長していないけれども、そういう生きものだというのは聞いた。
「……これが、あたしの自由?」
「ああ」
「マルの……自由?」
「だから魔導師はどうすればいいか知ってる。おまえも、わかってんだろ?」
もうその答えは見つけただろう、とロザヴィンは言う。
リヒトは、はっきりとその答えを、確かに見つけていた。
それならマルだって、リヒト以上に魔導師なのだから、きっと答えを知っている。
腕環が、その証となる。
「あたし……マルに求婚された」
好きだと告白したその気持ちに、心に、マルは応えてくれていた。
「ま、おまえが告ったから、水萍はその応えとしてその腕環をおまえにやったんだろうけど。どちらにせよ、水萍はおれたちが心配するほど鈍感じゃあなかったってことだな」
よかったな、と笑うロザヴィンに、リヒトは込み上げた喜びを噛みしめながらゆるりと頷いた。
「うん……っ」
だから。
リヒトの心に応えてくれたマルの、その心が知りたいと思った。




