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それはどこかで願われた。  作者: 津森太壱。
【それをわたしは、願ったから。】
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24 : 黒衣の意味。1





「にっぶ!」


 けらけらと腹を抱えて笑う雷雲の魔導師ロザヴィンに、リヒトは頬を膨らませる。今日はロザヴィンを諌めるアノイも、弟子のシュエオンもいないせいで、その笑い声はしばらく響いた。


「あれってもう鈍いとかの類いじゃないと思う」

「あー……そう言われればそうかも」

「言われれば?」


 長らく笑っていたロザヴィンだったが、リヒトが頬を膨らませて文句を言うと、どうにかこうにか息を整えて顔を引き攣らせた。たぶんまだ笑い足りないのだと思う。


「考えてもみろよ。あいつ、おまえからしたらオッサンな歳だぜ? シュエからしたら立派なオッサンだ。なんせ父親より歳上だからな」

「マルはオッサンじゃないよ。ま、まあ、お兄さんって歳でもないと思うけど」

「だからさ、おまえに好きだって言われても、娘か妹に懐かれたとか、その程度だと思ってんだよ、たぶん」

「あたしは立派にマルが好きなんだけど」

「おれじゃなくて水萍に言え」

「言ったけど流されたんだよ!」

「んー……」


 笑い足りないのだろうが、真面目に考え始めてくれたロザヴィンに、リヒトは切々とマルへの想いを口にする。マルに直接言えと辟易されたが、無自覚にせよ伝えたのにいつも通りなマルに、いったいどうしろと言うのだろう。


「あたし、こんなに人を好きになったの、初めてなのに」

「おまえも魔導師だなぁ」

「なにそれ」

「そういう生きもんなんだよ、魔導師って」

「そういう?」

「好きだーって想うそれ」

「……ふつうでしょ」

「そうじゃねぇんだなぁ、これが」


 魔導師というものはな、とロザヴィンもまた、魔導師について切々と語ってくれた。

 曰く、魔導師に唯一許された自由がある。それが家族を深く愛する自由だとか。

 曰く、囚われた万緑からの、唯一の開放が誰かを愛することだとか。

 曰く、生涯の伴侶に対してそれであるから、同胞たちもまたいとしいのだとか。だから同胞にはよく世話を焼く。なにくれとなく同胞をかまう。今こうしてロザヴィンがリヒトの話を聞いているのも、ロザヴィンがそんな魔導師の中でもっともお人好しであるからのようだ。


「……雷雲さまもそうなの?」

「まあ、否定はしねぇなぁ。エコはおれのもんだ」


 あまり自身のことについては語らないロザヴィンにしては、素直にその気持ちを口にしていると思う。この場に突っ込みを入れる者がなく、リヒトしかいないせいだとしても、この口の悪い魔導師が素直な気持ちを吐露するのはたぶん珍しいことだろう。


「水萍は鈍いかもしんねぇが……無駄に歳食ったかねえ」

「じゃあ、やっぱりあたしの告白は聞き流したってこと? マルはあたしのこと、なんとも思ってないから」


 悲しくなってきた。

 いや、勝手に悲しくなっているだけだが、さらりと失恋を味わうなんて、寂しいことこのうえない。


「言葉は悪いが、そういうことだろうな。でも、だからっておまえのことをどうも思ってねぇってことは、ねぇだろ」

「……そうかな」

「あいつは、本当に無駄に、歳を食っちまったんだよ。おれもチラッとしか聞いてねぇけど、あの大魔導師が父親だぞ?」

「それ、関係あるのかな。魔導師って、身分とか気にしない人たちでしょ」

「大魔導師ともなれば違ぇよ。それも守護石の発案者だ。守護石がどんなものか、おまえも知ってんだろ」

「聞いた……人里の四方に配置された、守護の術式」

「初期に発動させたのは堅氷だけど、それでも大魔導師が基礎を築いたから成せたことだ。これがどういう意味か、説明が必要か?」


 リヒトは首を左右に振り、その説明を断る。わざわざ教えられるまでもない。守護石はそれほどまでに人々の生活を、この国を護っている。大魔導師のその発案が偉大であることは、同じ魔導師になろうとしているからわかることだ。


「複雑だろうよ、あいつは。異能があるにしても、魔導師としては本当に、あいつは下位だからな」

「上位とか下位とか、そんな区別が魔導師にあるの?」

「はっきりとはしてねぇよ。ただ、魔導師は自分の限界を知ってるもんだ。できることとできねぇことがはっきりしてるから、自ずとそういうふうに動くんだよ」


 できること、できないことをはっきりとさせているから、上下の差が出てくるということらしい。


「たとえばどのあたりが、マルを下位の魔導師にしてるの?」

「見りゃわかんだろ」

「わかんないから訊いてるんだけど」

「んー……感じって言えばいいか」

「感じ?」

「なんとなくわかるんだよ。ああこいつはこれが限界か、みたいな」

「その感覚わかんない……」

「見てりゃわかるもんだな、これは。自分でそう動くから、周りがそれを察するんだ」

「それじゃあ、あたしにはわからないよ。マルとはまだ、一年も一緒にいないもん」


 つき合いの年数、或いは密度で、魔導師のそれはわかるらしい。

 それなら、リヒトがマルのそれを感じられないのも当たり前だ。リヒト自身、自分の限界を未だに掴めずにいるのに、ほかの魔導師のそれを知ることはできない。


「今すぐどうこうなりたいとは思わないからいいけど……聞き流されたのは痛いなぁ」

「歳を考えてやれよ」

「そりゃあたしはマルほど生きてないし、マルほどの人生経験もないけど……でも、成人はしてるんだよ? なにかいけないことでもあるの?」

「いけねぇことはねぇが……なぁ」

「なに」

「おまえ、あれだわ、おれにその相談を持ちかけたのが悪いわ」

「今さら?」


 リヒトを捕まえて話を促してきたのはロザヴィンのほうであって、リヒトのほうからロザヴィンを捕まえたわけではないのだが、いつのまにかリヒトから相談されたことになっていて吃驚だ。おまけに、聞くだけ聞いておいて、笑うだけ笑っておいて、おまけに助言らしきことまで世話しておいて、それを間違いだというのはなにごとだとリヒトは目を丸くする。


「や、悪い。興味本位もあるが、おれも水萍のことは詳しくねぇから、気になるんだわ」

「雷雲さま、マルと同じ仕事もしてるのに?」

「それはそれ。つか、歴はあいつのほうが長ぇし、そもそもおれが灰色の魔導師とか呼ばれんのって、最初にあいつが灰色の魔導師って呼ばれたからだしな」


 そういえば、とリヒトは改めてまじまじとロザヴィンを見た。まるでマルとは違うロザヴィンだが、髪の色だけはマルと似ている。


「マルって、灰色の魔導師って呼ばれてたことがあるの?」

「おれも容赦ねぇ断罪者だが、その当時は水萍のほうが容赦ねぇ断罪者だったらしいからな」

「容赦……」

「しばらくして黒の死神って呼ばれるようになったが」

「……いろんな渾名があるね」

「印象が残らねぇからだよ」

「え、逆でしょ。そういう印象が強かったんじゃないの?」

「いやいや、水萍の場合は、特徴がそれくらいしかなかったんだと」

「それくらい?」


 どういう意味だろう、とリヒトは首を傾げる。

 魔導師の渾名もそうだが、印象が強いものが二つ名となるものだ。だからマルは「水萍」の魔導師であるし、ロザヴィンも「雷雲」の魔導師と呼ばれる。ロザヴィンが「灰色」の魔導師とも呼ばれるのは、その髪と双眸が灰褐色であるから、外見の印象が人々の間で渾名されることになった。


「おれは、見た通りの印象で『灰色』なわけだが、水萍の場合は、白か黒か曖昧な奴でも罰したらしいからな。だから『灰色』だったわけだ」

「え……」

「で、あとから黒の死神って呼ばれるようになったのは、ほら、あいつ常に喪服だろ。だからだ」

「喪服……あれ、喪服なの?」

「は? なんだよ、知らなかったのか?」


 驚かれたことに驚いた。

 マルは確かに、常に黒衣をまとう。だがそれは官服だ。ほかの魔導師にも、黒衣をまとうものはいる。ロザヴィンだって、外套は灰褐色だが、官服の黒衣を着ている。


「なんだ? まさか水萍のやつ、喪服以外の官服、用意してねぇのか? つか、楽土の奴は用意してやんなかったのか? 師だろうに、弟子に官服も贈ってやんなかったのかよ?」

「雷雲さま、マルのあれ、喪服なの?」

「ああ、喪服だ。ちゃんと見ろ、作りが違うだろ」


 わざわざ外套をめくって官服を見せるロザヴィンに、リヒトは瞠目した。

 同じだと思っていた魔導師の官服だが、確かに、作りは違う。黒いというだけで、ロザヴィンの官服とマルの官服は、作りがまったく違う。常に外套を羽織る人たちだから、気づかなかった。


「……なんでマルは喪服なの」

「おれに訊かれてもな……まああいつのことだから、もしかしたら本気で忘れてるだけかもしんねぇが」

「忘れて、喪服を常に着るもの?」

「そう言われると……」

「わかってて、着てるんだ……」


 愕然とする。なぜ、と問わないで欲しい。

 マルは常に喪服をまとっている。その理由は、誰かを悼んでいるからで間違いはない。むしろ、悼んでいるその誰かのために、喪に服したままなのだ。

 マルにそうさせているのは、いったい、誰だというのだろう。


「なんで……マルは喪服なの」

「……大魔導師のため?」

「お父さんのために、喪に服してるの?」

「いやだから、おれに訊くなよ。言いそびれてたが、おれは水萍とそんなに仲いいわけじゃねぇんだ。仕事仲間で同胞だが、あいつはおれをガキ扱いしてあんまり相手にしねぇんだよ。おれもわかってて文句言うし」


 ロザヴィンがマルに関して、詳しくない、というのは、マルが年の功でロザヴィンを子ども扱いするせいのようだ。それはリヒト自身も思うところはある。マルはリヒトを、ロザヴィンが言っていたように、妹か娘のように扱うところがあるのだ。


「なんで、マルは……」

「あー……堅氷に訊け?」

「堅氷さまに訊けばわかること?」

「堅氷の師が、あいつの父親だぞ」

「……大魔導師さまのために、喪に服してるのかな」

「堅氷ならわかるだろうな」


 訊いてみようか。それとも、マル本人に、問うてみようか。答えてくれるだろうか。

 けれども。

 その答えを聞いて、もし、リヒトが思うような内容ではなかったら、ではリヒトはどうしたらいいだろう。さらりと失恋しただけでなく、追い打ちをかけるように悲しく寂しくなるだけかもしれない。

 叶わない恋に、それでもマルを師事し続けることが、できるだろうか。







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