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それはどこかで願われた。  作者: 津森太壱。
【それをわたしは、願ったから。】
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23 : 想いだけで胸がいっぱい。





 寝台に沈み、死んだように眠るいとしい人を見つめる。いやというほど見つめても、飽きることなんてない。

 規則正しい呼吸が、ゆっくりと上下する胸が、リヒトをほっと安心させる。


「ん……」

「……起きた?」


 短い眠りから覚めたマルは、ぼんやりとした眼を彷徨わせ、最後にリヒトを捉えると目を真ん丸にする。


「い……いたのか」

「うん。だって、深くはないけど細かい怪我が多いし、熱が出たら大変だから。師団長が、もう少し休む必要があるだろうな、って」

「……。こうして地方任務が遠ざかっていく」


 うんざり、という顔をしたマルに笑って、リヒトは寝台を離れる。用意していた食事を温め直し、身体を起こしたマルのところに運んだ。


「そこまで重篤ではないぞ」

「気持ちの問題。無理……させちゃったし」


 力の暴走を、アノイの故意にではあったが引き起こしてしまったことは、リヒトの中でちょっとした罪悪感となっている。マルが、わたしが死ぬ、と言っていたのはやはり嘘ではなくて、リヒトが錬成陣を使って力を暴走させたから、今回はあの程度で済んだらしい。


「マルって、錬成陣を描き変えるの、わりと得意らしいね?」

「魔導師の力が弱いから、干渉し易い。拒絶が少なければ、反動も起きないものだからな。逆に、わたしの魔導師の力にも、同胞たちは干渉し易い」

「ごめんなさい」

「……それはもう幾度も聞いている」

「うん。でも、ごめんなさい。マルを、危険に曝した」


 唇を噛みしめる。

 本当に、あのときは錬成陣を使っていたからよかったものの、もしあの暴走が詠唱を使ってのものであったなら、リヒトはマルの命を奪っていたかもしれない。


「……なにを、勘違いしているか、知らないが」


 はあ、とため息にも近い息をついたマルが、リヒトから食事を受け取って寝台横の卓に置く。


「確かにわたしは、きみに暴走されると困る」

「……うん」

「だが、勘違いするな」

「うん?」

「きみは、わたしのことなど、気にしなくていい」


 それは拒絶で、リヒトは息を飲む。そんな顔をしたからか、マルが言葉を間違えたような顔をした。


「いや、なんというか……きみのほうが、気をつけるべきなんだ」

「そりゃ……マルを、殺しちゃうかもしれないもん。気をつけるよ」

「それはいい。きみはわたしを殺してもいいんだ」


 とんでもない言葉に、涙が浮かぶ。そうするとマルは、ますます困ったような顔をして、慌てた。


「前にも言ったと思うが、わたしは師としては不適合なんだ。意味はわかるな?」

「ち、ちから、よわいから?」


 だからなに、とリヒトは涙を抑えながら問う。

 マルが魔導師としては力が弱くとも、同胞たちがそれを支えてくれる。アノイを筆頭として、技術的な面は協力をもらっている。そうやって弟子を育てることは、いけないことだというのだろうか。


「魔導師としての力が弱いわたしは、言ってしまえば、異能のほうが力が強いんだ」

「王族の異能を、魔導師の力が、補助してるようなもんなんでしょ? だからなに?」

「忘れたのか。わたしは、それが攻撃性の強いわたしの力だと言ったはずだ」

「わかんないよ、そんなの」


 マルがなにを言いたいのか、さっぱりわからない。

 けれども。


「……っ、わたしがきみを殺してしまうかもしれないと言っている」


 焦れたように吐き出された言葉は、マルを、ひどく困らせていた。

 少し吃驚した。


「マルが、あたしを? あたしが、マルをじゃなくて?」

「ああそうだ。だから実技はアノイに頼んでいる。わたしでは、きみを殺しかねない」

「……なんで?」


 やはり、マルの言っていることがわからない。


「師には、初期の段階で弟子が暴走した際に抑え込める力を、求められる。わたしの場合、抑え込もうとすると、それ以上のことをしてしまう可能性があるんだ」

「え……でも、だって、魔導師としての力は弱いって」

「だからだ。わたしには異能がある」

「……異能が、暴走を抑え込もうとするの?」

「ああ。わたしの本来の力は、異能だとも言える。だから、わたしがきみを殺してしまうかもしれないんだ。そうなる前にもちろんきみにはわたしを殺してもらうが、では誰がきみの暴走を止める。この王城内であればいいが、任務に出ていたら? 近くに魔導師がいなかったら? 困るというのはそういうことだ」


 はぁぁ、とマルが頭を抱える。言いたくなかったというより、このときに言うつもりがなかったのだろう。もう少ししてから、リヒトが力に溺れるようなことがあった際に、戒めとして聞かせるつもりでいたのかもしれない。


「ただでさえ魔導師の数が少ないというのに、きみという魔導師を失うことなど……先だって陽春を失ったばかりだというのに」


 くしゃりとマルの手のひらが、寝起きでぼさぼさの髪を掴む。そこから見えた表情は、ひどく苦しげだった。


「陽春、って……」

「わたしが殺した」

「え……」

「罪を犯した魔導師を殺すのは、わたしの役目だ」


 ハッとする。

 そうだ、マルは罪を裁く魔導師でもある。魔導師が罪を犯した際にも、それはマルが担当することになる。

 自分のことを罪人だと言っていた。罪を犯した魔導師を殺す、罪人だとマルは言っていた。

 この人の心は、とリヒトは拳を握る。

 今にも壊れて、しまうのではないだろうか。


「頼むから、わたしにきみを、殺させるようなことは……」


 吐き出される声に、先ほどまでの眠りからは考えられない苦しさを感じて、リヒトは気づけばマルに手を伸ばし、抱きしめるようにしがみついていた。


「マルならだいじょうぶだもん」


 それは確信にも近い、いや確信していることだった。


「マルはあたしを殺さないし、あたしもマルを死なせない。だってマルは、あたしを見つけてくれた。あたしに居場所をくれた。そんなの……マルだけだもん」


 マルが、わたしが死ぬ、と言っていたのは、こういうことも含まれていたのだと思う。淡々としていても、マルだって人間だ。心がある。感情がある。人間を捨てた罪を背負ったわけではない。


「きみのそれは刷り込みだ。たまたま、わたしがあの街にいたから……」

「マルだもん! マルが……マルが、あたしを、見つけてくれたんだよ」


 わからないだろうか、この気持ちが。

 確かにリヒトが一大決心をしたとき、そこにいたのはマルという魔導師だったかもしれない。けれども、それが理由でマルがいいと思ったわけではない。よくわたしを見つけたなと、そう言ったマルの眼差しが、ぬくもりが、リヒトにマルがいいと思わせた。マルが好きだと思わせた。見つけた魔導師がこの人でよかったと、思わせたのだ。


「あたし、マルが好きだもん。マルだもん、マルがいいんだもん、マルが……マルが見つけてくれたんだもん」


 抑えていた涙が溢れて、ほとんどしがみつくように、リヒトはマルを抱きしめて泣く。告白してしまったことになんて気づいていなかった。ただとにかく、マルへの想いだけで胸がいっぱいで、どうしたらマルにわかってもらえるかだけで頭がいっぱいだった。


「り、りひと……」

「マルが…っ…マルが好きぃー……っ」


 ぎゅうぎゅうと、マルを抱きしめる。手放すものかと思った。ここで離れて、手放してしまったら、マルはなにかと言い訳を作ってリヒトをほかの魔導師に預けようとする。

 そんなのはいやだった。

 マルのそばにいたかった。

 マルの弟子でありたかった。

 マルの、腕の中にいたかった。


「……そんなに、泣くことではないだろう」

「いやぁ」

「……リヒト」


 ほとほと困ったようなマルの声が聞こえたとき、それはリヒトを呼ぶ声で、リヒトはしがみつきながらマルを見つめた。涙がぽろぽろと、マルの頬に落ちていく。


「わたしのどこを、きみは気に入ったのだか……」


 苦笑したマルがいた。先ほどまで苦しそうにしていたのに、それが押し潰されたような笑みを浮かべたマルが、リヒトの頬に手のひらを添えて涙を拭う。


「ぜんぶ。マルのぜんぶ、好きだもん」


 嗚咽を噛み殺しながら、リヒトは自分が告白しているという自覚もないまま、言葉にする。

 マルはやっぱり苦笑した。


「豪快だな、きみは」


 気づけば、リヒトはすっぽりと、マルの腕の中にいる。子どもをあやすようにぽんぽんと頭を撫でられ、背を撫でられ、それはひどく温かいものだった。


「泣くな……わたしが悪かった」


 よしよし、とされるそれは、本当に子どものようだったけれども、その手のひらはいとしくてならなかった。

 この人が好きだと、つくづく思った。







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