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それはどこかで願われた。  作者: 津森太壱。
【それをわたしは、願ったから。】
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18 : 大切な分岐点。

*ここからリヒト視点が主となります。







 マルから座学を、アノイを始めとした魔導師には実技を、リヒトは教えられる。師であるはずのマルからが座学のみであるのは、リヒトとの差があり過ぎるからだということだった。

 リヒトの師となった魔導師は、最弱の魔導師だった。

 そんなことはないと、リヒトは思うのだけれども。


「湖、作ってたし……」


 マルと出逢ったとき、それはリヒトにとって一大決心をしたあとのことだった。

 このままなにもせず、居場所も見つけられず、ただ生きて行くか。

 これまでの自分を捨て、蔑まされ謗られた力を授かったものだと受け入れ、戦いながら生きるか。

 リヒトは後者を選び、そしてマルという魔導師に出逢った。

 戦いながら生きて行くと選んだ結果が、魔導師になるという終着点をリヒトに与えた。

 魔導師、それはユシュベル王直下師団。国防の要、異能者の部隊。

 噂は聞いていた。魔導師がユシュベルにおいてどんな存在であるか、聞き及んではいた。まさか自分が持つ不思議な力がそうだとは知らなかったけれども、母親がユシュベルの出身であったから、受け入れることは容易だった。

 ホッとした。

 安堵した。

 わたしの居場所はここにあるのだと、マルに出逢って得ることができた。

 リヒトに居場所を与えてくれたマルが、最弱の魔導師であるわけがない。リヒトにとってマルは、太陽だった。月みたいな容姿をしているけれども、確かな明かりを見せてくれたことには変わりない。太陽のようで、月のような人だ。

 だから。

 焦がれるな、というほうが難しい。

 淡々とリヒトが魔導師であることを説明したマルに、リヒトは、恋焦がれた。

 リヒトの師となることを拒んでいた最弱の魔導師が、漸く自他ともに認めるリヒトの師となるまで、それはもういろいろとあったが、今ではそれも過去になりつつあるこの頃。

 リヒトの思慕は増すばかりである。











「に、鈍い……っ」


 親しくさせてもらっている雷雲の魔導師ロザヴィンは、リヒトの話を聞くなり腹を抱えて笑い、蹲った。


「まさかマルまで……血は繋がっていないはずなのだが」


 ロザヴィンと同じように屈んだのは、マルの師で楽土の魔導師アノイだ。こちらは笑ってはいないが、呆れている。


「育て方間違えたんじゃないですか、楽土」


 ロザヴィンとアノイが屈んだので、それに合わせて屈んだのは金髪の魔導師、雪刃の魔導師と渾名されるらしい王子アリヤだ。渾名より殿下と呼ばれることが多いので、渾名は忘れられがちになって、それが不服だと言っていた。


「いや、堅氷の周りはどうもそういう傾向にあるとわたしは思う」


 初めましてこんにちは、と挨拶されたばかりの魔導師、風詠の魔導師ギアもまた、皆に合わせて屈む。


「僕は弟子ですが、別に鈍くありませんが、風詠さま、それどういう意味でしょう。僕はアサリさんに対して非常に素直であったと言われますよ」


 王子付きの魔導師で侍従でもあるという、堅氷の魔導師の弟子、瞬花の魔導師イチカもまた、皆に合わせて屈んだ。


「そういや瞬花、思いっきり、丸出し、だったな。アサリ嬢に、こう、熱愛光線が……っ」

「雷雲さま。笑うか喋るか、どちらかにしたほうがよろしいかと」

「でもおまえ、堅氷にそっくり、だぜっ? むしろ殿下が似てねぇ、おかしくねっ?」

「殿下に失礼です、雷雲さま」


 笑い転げているロザヴィンを、イチカが諌めるように言うも、ロザヴィンのそれが治まることはない。むしろ「堅氷がおまえみたいだったらもっと笑える」と、息切れを起こしながらイチカをも笑った。


「おまえだってエリクを娶るとき、相当な態度であったと聞いたが?」


 と、アノイに言われてぴたりと笑いを止めるまで、ロザヴィンは転がっていた。


「おれのこたぁ今関係ねぇよ」

「エリクの思慕に気づかなかったくせに」

「関係ねえ」

「好きだと二年も言わせ続けたくせに」

「う、る、せ、え!」

「マルが鈍いと笑うのもいいが、自分を省みてから笑え」

「ばばぁだってひとのこと言えねぇだろ!」


 ごん、とロザヴィンはアノイに殴られて、少しおとなしくなった。


「わたしも、関係ない。今は、マルだ」

「やっぱり楽土の育て方でしょう。確かにカヤは鈍感魔導師ですが、あれは故意にも近しいですし……義兄弟のようなものであっても、水萍のおじ上とカヤはまったく似ていませんよ?」

「おまえと、似ていないのも、不思議だが」

「ぼくは母に似ましたからねえ」

「……確かに」


 アノイと金髪王子に、類は友を呼ぶだろう、とギアが突っ込む。


「友……」

「堅氷が自分からそばに寄っていくのは、陛下か、水萍だ。陛下は堅氷を口説いたほうのお方であるから、水萍は……」

「単なる類友か……鈍いのは仕方ないのか」


 結果的に、ここになぜか集まった魔導師たちが顔を突き合わせて出た答えは、ロザヴィンが最初に口に出して笑った、「鈍い」ということだ。

 リヒトが恋焦がれるひとは、リヒトの想いにまったく気づいていない。いや、それはいいのだが。


 結果がわかると、なぜかここに集まった魔導師たちは、それぞれ仕事へと戻っていった。残ったのはリヒトとアノイだけで、そもそもなぜ魔導師たちがわざわざ集まってくれたのかにリヒトは首を傾げる。


「なんだったの……?」

「同胞が気になっただけだ」

「それだけ?」


 たったそれだけのことでわらわらと集まってくる魔導師に吃驚だ。

 いや、アノイが言うには、もともと魔導師とは同胞をかまいたがるし世話を焼きたがるものらしい。考えてみれば、リヒトがひとりでふらふら歩いていると、魔導師たちは気軽に声をかけてくる。少しでも悩んでいると、どうした、と心配してくれる。教えて欲しいことがあれば、必要なことをきちんと教えてくれる。リヒトがここを、魔導師たちの集まる場所を心地いいと思うのは、ここが居場所だと思えるのは、そんな同胞たちに囲まれているからだ。


「……みんな、優しいね」

「リヒトが優しいから、そう思うんだ」

「あたし、優しいかな?」

「わたしはみんな可愛い」


 ふっと微笑むアノイに、リヒトも「ふふ」と笑う。


「みんなからもらった優しさを、いつか返したいな」

「そう思うから、みんな、優しく思えるんだ」

「そっか。優しさで包んで、包み返すんだね」

「ああ。おいで、リヒト。今日はもう帰ろう」

「うん」


 差し伸べられたアノイの手を、リヒトは躊躇うことなく握る。

 リヒトにとって太陽で月のような人のおかげで、この優しさを得られた。このぬくもりを得られた。大切なものができた。大事にしたいものができた。

 ああやっぱり、と思う。


「ねえ、アノイ」

「ん?」

「あたし、マルが好きだよ」

「……そうか」

「マルがね、言ってくれたことがあるんだ。よくわたしを見つけたな、って」


 リヒトは忘れない。あのとき、そう言ったマルの表情を、忘れることなんてできない。あの優しい瞳を、温かい瞳を、リヒトのすべてを受け入れた眼差しを、緩んだ表情を、きっと死ぬまで憶えている。


「あたしがマルを見つけたんだって。見つけてもらったのは、あたしのほうなのに」

「……いいや、マルは見つけてもらったんだ」

「やっぱり、あたしに? そうかな」

「あれはずっとひとりだった……リヒトが見つけてくれて、わたしは嬉しい」


 リヒトを見つめてくるアノイは、それはもう軟らかな表情で、マルの親だった。


「アノイは幸せ?」

「ああ。女としても、母としても、なり得ないだろうと思っていたわたしに……こんな、こんな幸せなことは、ない」


 涙が見えた。アノイは、リヒトの存在を、涙するくらい喜んでくれていた。

 アノイから孫になってくれと言われたとき、リヒトは最初、まったく意味がわからなかった。アノイからそう言われる理由も、さっぱりわからなかった。理由はすぐに、マルの弟子だから、と知ることができたが、それでもなぜアノイがリヒトのような混血を孫にしようとしているのか、話を聞くまで理解できなかった。アノイから淡々と話を聞かされて、そういう理由ならと受け入れた今、いいのだろうかと思っていた不安は吹き飛んだ。


「アノイ、本当に、嬉しいんだね」

「リヒトが受け入れてくれたから。わたしの我儘を、聞いてくれたから」

「あたしも家族が欲しい。ひとりぼっちは……寂しくて悲しいから」


 居場所を与えてくれたマルは、リヒトにそればかりでなく、家族をも与えてくれた。もちろん産みの両親を忘れたわけではない。それはそれだ。だから、新しい家族が嬉しい。受け入れてくれる、温かな手のひらが、幸せでならない。


「もう寂しくない。悲しくない。わたしたちがいる」

「うん……っ」


 新しい道が開けた。これから進んでいく、確かな道が目の前にある。もう迷わない。授かった力を、魔導師の力を、自分の一部として受け入れた道を歩んでいく。

 マルと出逢うことになったあの一大決心は、リヒトの将来を左右する、大切な分岐点だった。







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