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それはどこかで願われた。  作者: 津森太壱。
【それはどこかで願われた。】
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17 : それはどこかで願われた。





 それはまるで、運命であるかのように、けっきょくリヒトはマルの弟子に収まった。一騒動を起こしたわりには見えていた終着点に、あんな騒動を起こす必要がどこにあったのだろうと、終わってから思う。

 リヒト用に集めた書物を膝の上に並べながら、寝台の上でマルは沈黙する。

 まあアノイがリヒトを孫にできると喜んでいたから、それはそれでいいか。

 などと思いつつ、リヒトが詠唱に使うことになるだろう書物の内容に目を通した。

 これを書き記したひとはもういない。わざわざマルにこれを残して、そして呆気なくもあっさりと生を手放した。残されたこれには幾度も目を通したが、無詠唱で力を使うマルには使いようがなかった。書き記された一部はカヤがたまに使っているので、その詠唱はカヤの弟子へと継がれている。それでいいと思っていたが、どうやら自分も弟子に継がせることができるらしい。

 ぜんぶ、憶えろとは言わないけれども。

 あのひとが残した詠唱を、できれば使って欲しい。

 それはどこかで願われたのだろう。

 マルの弟子が、リヒトが、あのひとと同じ詠唱を使う。リヒトの声は、それだけの力がある。きっと、称号になんて負けない。


「鳴響の魔導師……か」


 さらりと文字をなぞる。自然と口許に笑みが浮かんだ。

 継がせることができる喜びが、自分の中にもあったらしいと驚く。

 弟子の暴走に備えることができない、と素直に口にしたマルに、アノイやカヤは協力すると言ってくれた。あの場にいた、師団長やロザヴィンも、見ているところにいれば手を貸すと言ってくれた。今でも充分、同胞たちには助けてもらっているけれども、これからもそれは続き、リヒトが魔導師と名乗るその日まで支えられていくことになるだろう。

 大がかりな弟子教育だな、と思った。


「弟子ができたぞ……父さん」


 こんな中途半端な自分でも、同胞たちに囲まれて漸く、継ぐ者を育てることができる。

 弟子なんて無理だと言い続けたこの口で、弟子ができた喜びを綴る自分の単純さに笑えた。


「マルぅ?」

「ん、おかえり」


 出ていたリヒトがひょっこり顔見せて、手続き等が終わったのかと顔を向けたら、頬を紅潮させるほど嬉しそうな顔があった。


「おかえりって……ふふ」

「ん?」

「ただいま!」

「……ああ」

「起きててだいじょうぶ? まだ動かすなって、堅氷さまに言われてきたんだけど」


 とととっと、重みを感じさせない足取りで部屋に入り、マルの寝台まで突進してきた少女に、師だが「ここは男の部屋だ」と言っておく。返ってきたのは「マルの部屋だもん」という意味不明な言葉だった。


「珍しく堅氷が留まっているのか……そろそろ王都から離れてもおかしくないが」

「それって堅氷さまの放浪癖? なんかね、やめたっぽいよ」

「やめた?」

「もうずっと女王さまのそばにいるんだって。あ、陛下か。ねえマル、あたし陛下に逢ったよ! 綺麗な人だね。温かそうだなぁって思ってたら、抱きしめてもらっちゃった。アノイをお願いね、だって。お願いしてるのはあたしとマルなのにね」


 先ほどまでのことを嬉しそうに語るリヒトに、彼女をここに連れてきたことは間違いではなかったとつくづく思う。


「あとマル、陛下の従弟? なんだってね」

「……ああ、そういえば」

「逢いたいからおいでって、言ってたよ。ずっとマルに逢ってないからって」


 逢いたくないわけではないが、だからといって気軽に逢うような間柄でもないとマルは思っているのだが、向こうはそう思っていないのか、むしろ女王にとっては夫の義兄であると同時に自身の従弟であるわけだから、マルが思っているようなことはないのかもしれない。

 妙な伝言を持ってきたリヒトに苦笑しながら、膝に並べていた書物を手に取り、リヒトの前に差し出した。


「なに?」

「きみが使う媒体だ」

「ばいたい……媒体? それって、力を使い易くするための、力を引き出すためのもの、だよね? 負荷の軽減とか」

「魔導師の力には少なからず反動がある。力を貸してくれと、万緑に頼むからだ。生憎わたしときみでは、使う媒体は違うのだが」


 書物を受け取ったリヒトが、寝台の端にどっかりと座り、薄いそれをぱらぱらとめくって目を通す。小難しい顔はしていないから、読めるものではあるのだろう。


「これが詠唱? 詩みたいだね」

「綺麗な詩だろう」

「うん。マルはこれ、使わないの?」

「わたしは錬成陣か……血を使う」

「血……」


 一気に青褪めたリヒトに、そんな顔をするなと手を伸ばし、指先で頬をそっと撫でる。


「呪具の一つだと思いなさい」

「でも、血……なんて」


 マルの手を取ったリヒトが、その小さな手のひらでマルの手を包む。


 ああ、人は温かい。


「もともとあまり使わない。封じられているくらいだからな」

「その、封じるっていうのは?」

「催眠みたいなものだな。つまり思い込みだ。解除の言葉を口にしない限り、使うことはない」

「思い込みでどうにかなるの?」

「方法による。どういう思い込みをさせられているのか、わたしは知らないんだ」

「え?」

「記憶が確立する前に、父に施された。だからわたしの場合、力が暴走してもその思い込まされた言葉を口にされれば、呆気なく気絶していた。きみも憶えていたほうがいいだろうな。アノイに教えてもらうといい」

「教えてって……え、そんな簡単なもの?」

「簡単かもしれないが、わたしには抜群の効力があるぞ」


 くつくつと笑うと、リヒトは呆気に取られた顔をして、怪訝そうにマルの手のひらを撫でる。くすぐったくて離そうとすると、逃がすものかと捕まえられた。


「教えてもらっていいのかな……わたしがマルにそれを教えたら、封印の意味がないんじゃない?」

「問題ない。わたしにはさっぱり意味がわからないからな」

「え、教えてもらったことあるの?」

「ああ。理解できなかった。今でも理解できない」


 だから安心してアノイに教えられてこい、と言うと、怪訝そうにリヒトは首を傾げた。


「マルに理解できなくて、アノイなら理解できる……ってことだよね」

「堅氷も理解できない」

「堅氷さまも?」


 いったいそれはどんなものだ、と混乱するリヒトに、転がされていた手を取り戻すと頭に乗せた。くしゃ、と撫でまわすと、くすぐったそうに肩を竦める。

 リヒトの軟らかな髪質を感じて、ふと思い出した。


「そうだ……髪を切ろうと思っていた」

「いきなりなんの話よ」

「伸びて邪魔になってきたんだ」


 忘れていたが、伸びた髪はマルの視界を邪魔している。後ろは放っておいでもいいが、前髪だけは切ってしまわないとたまにイラッとした。


「……マルの髪、たまに金色に見えるんだけど」

「混じっているんだろう。母は金の髪だったからな」

「じゃあその白っぽい灰色は、お父さん譲りか」


 ああそうか、と思った。

 あの人から継いだものは、自分にもある。


「目は、蒼いよね。顔つきとか陛下に似てる……もしかしてマルってお母さん似?」

「……。ああ」

「いいなぁ。あたし、父親似だから、鼻とか低い。髪もただ軟らかいし、さらさらしてないし……母さんはすっごいさらさらだったんだよ。母さんに似たかったなぁ」


 リヒトのそれにはどう答えたらいいかわからなくて、言葉は返さなかった。


「髪、切っちゃうの?」

「ああ」

「じゃあ、あたしが切ってもいい? 髪結いの人に教えてもらったことはあるから、だいじょうぶ。あたしわりと器用なんだよ」


 提案には頷いた。わざわざ城下に赴いて理髪店に行くより、面倒は少ない。


「今から切る?」

「そうだな……ただ寝台にいるのも飽きたところだ」

「動くなって堅氷さまに言われてるよ」

「監視されているわけではない」

「……それもそうだね」


 じゃあ用意してくる、と言ったリヒトは飛ぶようにして寝室を出て行く。それをあとからゆっくりと、マルは追いかけた。


 これから起こる、リヒトとの生活においてのことなど、このときはまだ考えもしなかった。







マル視点での物語はこれにて終幕になります。

ほとんどカヤの物語(シリーズトップの短編三作)の裏を説明しただけの物語になってしまいましたが……ごめんなさい。


次話からリヒト視点で、マルと物語ます。

楽しんでいただけたら幸いです。


このたびも読んでくださりありがとうございます。


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