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それはどこかで願われた。  作者: 津森太壱。
【それはどこかで願われた。】
15/32

13 : 圧し負けてなんていられない。2





 アノイはけっきょく風詠の魔導師ギアを捕まえることができなかったようで、少しむくれた顔で城門の前にいた。カヤを連れて現われたことにはとくに触れることなく、奇妙な集まりとなって城下へと足を向けた。もちろん前を歩くのはアノイで、リヒトはアノイに手を引っ張られている。

 こうして見ていると、アノイとリヒトが姉妹みたいに見えてくるから不思議だ。アノイはそんなに可愛い年齢ではない。


「外見があれだと、いろいろ得すると思うな……」


 ぼそりと口にすると、カヤが顔を引き攣らせた。


「なにを考えているかと思えば……」

「きみもそう思うだろう」

「あれは年寄りだ。子どもみたいだがな。それに……いろいろと苦労してきている。得だなど……思うのはあなたくらいだ」

「風詠も、得をしていそうだなぁと、口にしていたぞ」

「訂正する。そう思うのは魔導師たちだけだ」

「……そうか」


 アノイが可愛い年齢でないにしても、楽しそうな姿は微笑ましい。リヒトをのちのちアノイに任せるというのは名案だ。

 うんうん、とひとり頷き、マルはリヒトの財布になりながら、買いものそれ自体はアノイに任せ、賑わう市井を眺めて歩く。たまにカヤが買いものに口を挟んでいた。マルやカヤ、アノイの官服姿はとてもよく目立ったが、王都ではよく魔導師が見かけられるので、特別煩わしい視線はない。着々と、リヒトがこれから必要となるもの、たとえば衣類などを購入し、マルとカヤが荷を持って歩いた。昼食は立ち寄った店で聞いた噂の食堂で摂り、荷物が両腕に抱えられるようになって漸く、本日の買いものは終わりだなとなった。


「なんか、いっぱい買わせちゃった……ごめん、マル」

「気にしなくていい。それに、きみがアノイの娘になるなら、わたしにとって義妹ということだからな。兄らしいことが一つくらいあってもいいだろう」

「へ?」


 大量の買いものに戸惑っていたリヒトは、しかしマルの言葉に目を真ん丸にする。なんのことかわからない、という顔に、話していなかったのかとアノイを見やった。


「娘にしていいのか?」

「もはやその気だっただろう」

「そうか……なら、リヒトは今日からわたしの娘だ」


 いつもなら確認など取らないで、マルのことなら勝手にするアノイだが、少しはリヒトの気持ちを考えてくれていたらしい。だが、けっきょく一方的にそれは決めたようだ。


「な……なんのこと?」

「リヒト」

「は、はい、楽土さま」

「アノイでいいと言っただろう。おまえは今日からわたしの娘だ」

「……なんのことですか?」


 首を傾げたリヒトに、アノイがマルを指差す。


「あれは、わたしの息子なんだ」

「……。ええっ?」


 その説明の仕方はおかしいだろう、とマルは驚くリヒトに「違う」と訂正を入れておく。


「その言い方をすると、堅氷もあなたの息子になる」

「……それもそうか。同じようなものだが」

「いやいや、あなたには子どもが多過ぎる」

「みんなわたしの子どもみたいなものだ」

「そういう言い方で説明してくれ」

「マルはわたしの息子みたいなものだ?」

「そうだ」


 その説明が正しい、と頷き、リヒトを見やる。相変わらず驚いたままなのは、マルを息子みたいなものだとアノイが言い直しても、アノイの姿が引っかかるからだろう。


「マルが、楽土さまの、息子?」

「みたいなもの、だ」

「どっちにしても……え? でも」

「アノイは長命な魔導師だ。軽く百年は生きている」


 リヒトが声もなく吃驚し、アノイを凝視する。自分とそう歳が変わらない、或いは歳下だとでも思っていたのだろう。アノイのそれを聞いて驚かない人間などいないが、もはや魔導師たちも王城にいる者も知っていることなので、この反応は久しぶりだ。


「この外見で……中身はおばあちゃん?」

「ああ、リヒトにそう呼ばれるのはいいな。そうか、娘でなくとも孫でもいいか」


 暢気なアノイは、リヒトにならそう呼ばれたいなと、淡く笑む。だから本当のことなのだとリヒトは思っただろう。顔を引き攣らせて、小さな声で「詐欺だ」と言った。まあ騙されるのは初対面なら誰でもあることだ。


「マル、わたしはリヒトを孫にする」

「お好きに」


 感覚の違いだけだろうからと、アノイには好きにさせる。あとはリヒトがそれを受け入れてくれるかどうか、だ。おそらく選択権はないだろうけれども、べつに悪い話ではない。アノイは最高位魔導師であるし、その夫は宰相補佐であるし、これまでリヒトが受けてきただろう迫害からは完全に護られるはずだ。それはマルの弟子であることよりも、幸せが増えることだと思う。


「リヒト、これからはおばあちゃんと呼んでくれ。レムのことは、おじいちゃんだ。いいな」

「え? え? え?」

「買いものも終わったし、ちょうどいい。レムのところに行こう」

「え、ちょ、え? なんで、あたし? だってあたし、マルの弟子で」

「弟子の弟子だ。ああ、やはり孫だな、リヒトは」

「弟子……の、弟子?」

「マルはわたしの弟子だ。その弟子なら、わたしには孫だろう」

「……。マルの師匠だったのっ?」


 あれ、と思う。てっきりもうアノイから聞かされていると思っていたのだが、アノイは話していなかったらしい。確認してくるリヒトに、マルは頷いた。


「アノイはわたしの師だ」

「……だから、息子?」

「みたいなもの、だ。本当の親よりも、長く一緒にいる」


 マルを育てたのは、真に、アノイだと言える。師でもあるが、親でもあった。マルはアノイに育てられ、魔導師になったのだ。一緒の寝台で眠ったこともあれば、喧嘩をしたことも、叱られたこともある。実の両親よりも、アノイはマルにとって親を感じる人だった。


「そ……そっか、だから、抱きついて」

「ん?」

「なんでもない! マルの師匠だったって、知らなかったから、吃驚した」

「アノイはよく外見で人を騙すからな。わかっているわたしたちでも騙される」


 中身は、失礼だが年寄りであるアノイに、わかっていても魔導師たちは騙される。やはり得をしているのだと思わずにはおれない。


「しかし、きみが孫なら、わたしの立場は……父親か?」

「マルはそんな歳じゃないでしょ」

「きみの倍は生きているぞ」

「え……いくつなの」

「三十五だ」

「まだ若いよ、あたしそれの半分じゃないよ!」

「似たようなものだ。きみくらいの子どもがいてもおかしくはない。現に堅氷は、四児の父親だからな」


 ちらりと、自分より歳下の魔導師を見やる。とぼけた顔をしているのは、自分に息子がいるということを五年も知らずにいたという過去があるからだろう。白々しくマルの視線から逃げたカヤには、リヒトと同じくらいの歳の長子がいる。つまりアリヤ王子だ。


「堅氷さま……って、たしか女王さまの」

「王公閣下だ」

「!」


 そういえばカヤのことはまったく話していなかった。その身分にリヒトが慄いてマルの後ろに隠れても、まあ仕方ない。本人がいやがろうと、その身分は高く、偉いものだという認識はされてしまうのだ。


「……五人だ」

「ん?」

「ユゥリアが身籠った」

「……やることはしっかりやるのがきみだな」

「ヒュー」

「おめでとう」

「ああ」


 少々不貞腐れ気味なカヤは置いといて、リヒトが恐れるほどの人物ではないことを説明しておく。この鈍感魔導師は、自分に関してはどこまでも鈍感なのだと。


「さて、そろそろ帰るか。アノイ、本気で彼女を受け入れるなら、きちんと陛下に話を通してくれ」

「わかった。でも、これからレムのところに行く」

「仕事の邪魔をしてはいけない」

「だいじょうぶ」


 行こう、というアノイの気は早い。リヒトが「え、いや、だからあたし」と意見を述べようとしても、アノイは聞き入れない。再びリヒトを引っ張って歩き出した。

 マルも、まあいいかと、その後ろを歩く。


「ヒュー」

「マルだ」


 いくら訂正しても「ヒュー」と呼ぶカヤに、立ち止まって振り向く。その呼び方はやめろと言おうとして、真剣な表情のカヤに言葉を呑み込む。


「怖く、ないのか」

「……なにが」

「家族だ」


 なにが言いたいのかと思えば、そんなこと。


「失うことばかり考えていては、つらいだけだろう」


 言ってやると、カヤの眉間に皺が寄った。


「幸せを考えろ、堅氷。言っておくが、わたしにとって家族と呼べるものは、アノイとレムニスのほかにいない。わたしはそれを不幸だとは思わない。アノイに愛されて、レムニスに受け入れられて、わたしは幸せだ。この幸せを噛みしめて、わたしは生きている」


 家族を得て喜ぶアノイの姿に、思うことがあったのだろう。女王の懐妊が、それはとても喜ばしいことであるのに、増える家族にカヤは恐怖を覚えたのだろう。魔導師の悲しさを知っているから、その罪を知っているから、いつだってカヤは矛盾し葛藤している。

 諦めればいいのに、と思う。

 少なくともマルは、諦めた。そういう生きものであることを受け入れた。割り切れないのは、魔導師それぞれの生き方だ。

 どうして魔導師は、唯一許された自由に、こうまで縛られてしまうのだろう。

 考えてみたがわからない。それはマルに、最愛の伴侶がいないからだろう。家族はあっても、血のつながりはない。思いだけがそこにある。だからわからないのかもしれない。だから割り切れないのかもしれない。

 もっと自由に、生きたらいいのにと思う。

 いや、だからこその自由なのだろうか。

 悲しいこと、苦しいこと、それを知っていることこそが自由なのだろうか。

 だとしたら、魔導師はなんて扱い難い生きものだろう。


「……考えてもみろ、堅氷」

「なにを」

「きみは、不幸なのか」


 問いは、カヤに渋面を浮かばせた。つまりは否定だ。マルはそっと微笑む。


「幸せなんだろう、きみは」


 家族を愛する自由が、魔導師にはある。それには抗えない。抗いたくても、その幸せが許さない。

 それでいいのだ。

 悲しみに、圧し負けてなんていられない。

 それくらいの幸せは手にしている。


「もういいだろう……きみは充分に苦しんだ。そろそろ、自分の我儘を、自由を、許してやれ」


 奪われたくないと願うなら、奪われないようにすればいい。

 失いたくないと願うなら、失わないようにすればいい。

 護りたいものを全力で護る、それができる力を持っているのだから、全身全霊をかけて護り通せばいい。

 マルはともかく、カヤにはできる。その強大な力は、女王ひとりを護るために国のすべてを護っているのだ。できないわけがない。


「きみは、もうだいじょうぶだ」

「……ヒュー」

「自分を受け入れろ……カヤ」


 ふだんなら呼んでやらない名で呼ぶと、カヤは少しだけ、悔しそうにした。

 そんな顔ができるなら、もうだいじょうぶだ。

 きっとカヤは選択する。

 ここに、王都に留まり、女王のその傍らに立って支えることを。

 唯一与えられた自由に目を背けず、受け入れ、素直になることを。


「……陽春の死は無駄ではなかった、な」


 よかった、と息をつき、マルはアノイとリヒトを追って歩き出した。







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