クアトロフォルマッジォの巻 その1
「・・・」
「・・・」
マスターと警部。お互いカウンターに置かれたノートに目を落としたまま。
カエデ、手を腰に当て、口をとがらせ、
「・・・っもー。マスター!ちゃんとヴェヴァンダ閉めて!仕事の手が止まってるぅ~」
現実に引き戻されたマスター。頭をかきながら、
「警部、申し訳ございませんが・・・」
「そうだな、また邪魔させてもらうよ。仕事中失礼した」
警部が席を立つ。気が付くと客席に人はおらず、警部だけが一人、時間の流れから取り残されたようだ。
「いいえ警部、あと10分ください。そうすれば、カウンターも問題も整理がつきますので。ああ、それとあと一点。桜の花びらはもう一枚検出されたと伺いましたが?」
「ああ。その通り。鑑識の調べで、桜の花びらは2枚検出された。もう一枚は散ったばかりの新しいやつだ」
「なるほどです」
4月10日PM11:30
マスターは仕事をかたずけ、キッチンへ引っ込んで行く。
カエデは、外の照明を落とし、ドアのプレートを裏返し『Close』にすると、
「警部さ〜ん。ラストオーダーですが〜?」
警部、手だけで返事。
「ありがとうございま〜す」
今度は、キッチンに顔だけ突っ込んで馬鹿にでかい声で、
「ラストオーダーで〜す!お疲れっした−!」
すると奥から、明るい、威勢のいい声が帰ってくる。
カエデは、レジの前に立ち、伝票を数え始めた。
マスターがキッチンから現れ、カエデになにやら声を掛けている。
「もう!そうやって、いっつも食べ物で釣るんだからー」
どうやらキッチンで、まかないを頼む段取りをつけてきたようだ。
「ご協力感謝します」
とマスター。
「はいはい、名探偵さん。早く真相を暴いてくれたまえ。でなきゃ本業に差し支えますから」
「・・・私の本分、学生なんですけども・・・」
「キっ!・・・あ、マスターは?なんか食べる?」
「そうですね。それじゃ・・・」
「警部殿、シェフにOKいただきまして。30分早く上がらせていただきました。カウンターではなんですから、こちらで話しましょう」
そういってマスターは自分のお冷を片手に持ち、シート席に座る。もう片方の手には、A4の白紙とボールペンを持っている。もうすでに、カウンターに佇んでいたバーテンの『マスター』の顔ではなく、難問の解を、夢中に求める学者の顔になっている。