ティラミスの巻
「ねえ、ねえ、知ってる?ティラミスって『私を元気付けて!』っていう意味なんだって」
カウンターの一番隅のカナ。
「そうだったっけ?」
その隣のシンジ。ワイングラスをもてあそびながら空返事。
「元気出すのはシンジの方ね。食べる?」
そう言うとティラミスをスプーンですくって目の前に差し出す。
「いい」
「なに考え込んでんのよ。ずっとそんな調子・・・それに、どうしたのネクタイ。今日は、してないんだ・・・」
「カナ」
「ん?・・・・・ああ!おいしいいー(感涙しながら)やっぱここのティラミス最っ高だわ!あ。マスター、スプマンテおかわり」
シンジ、ため息。
「いや、何でもない・・・。・・・ちょっとトイレ」
独り言のようにつぶやきながら席を立つ。
ピーク時のざわついていた店内の雰囲気が、ふと気が付くと、人もまばら。ゆったりとした、やさしい時間に移っていた。
カナには彼が何を悩み、どんな話を切り出そうとしてるのか。長い付き合いから察している。
どうせ別れ話だ。
いつか、そんな日が来るのは覚悟している。
割り切った関係。
そう、自分に言い聞かせ今まで彼とつき合ってきた。
けど、手放したくない。彼が別の女と会っていても、繋がりは断ち切ることができない。
負けを認めること。負け犬。絶対にそんなのは嫌だ。
女の意地。
だからわざと彼の前では、元気なフリをする。胸の奥の黒い部分を押し込んで。
最後の一口を食べ終える。自然と涙が溢れてくる。
「ほんと、おいしすぎて。泣けちゃう」
いつの間にか運ばれてきたスプマンテを、一気に飲み干し、
「マスター。美味しかった、ごちそうさま。先に帰ったって、伝えといて」
急ぎ早に店を出て行くカナの背中に、
「お気をつけて、お帰りくださいませ」
と、マスターの声。
ドアが閉まるのと同時にシンジがトイレから戻ってきた。