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サルティンボッカの巻

「んでぇ、その客ん家入ったわけ」

 それほど酒に強くないマックスは出来上がっている

「あ、カエデちゃん。ビール追加ね」

 レストラン従業員カエデ、苦笑いとも、愛想笑いともとれる笑みで応える

「マスター。ビール追加」

「バベーネ」

 カウンター越しにバーテン姿が返事、細身が反転し、ガラス戸15センチ開くとライムとビールを取出し、閉まると同時にビール栓が開く。いつの間にかトッピングされたライムと共にカウンター上に置かれる。

 カウンター席は8席。奥のカップル、中央にサラリーマン風の男2人。シート席6つは全て満席の繁盛ぶり。小さなレストランホールで、人の会話が波のように、店内BGMをかき消そうとばかりに活気づいている。奥からは、フランべの音と共に焦がしニンニクの香りが漂う。

「トビー聞いてんのかよ、ったくめんどくせー」

「聞いてるよ、マックス。また、仕事のグチなんだんべ?」

「ハイ、ビール」

「サンキュ、カエデちゃん。相変わらず仕事早いね」

「ちゃんと付けときますから、伝票。」

「ハイハイ、隠しておいたのバレた。シシシ」

 とトビー。伝票を釣りジャンの胸ポケットから取り出す。

 手ぬぐいを頭に巻き、茶色のニッカポッカ。いかにもとび職ですと言わんばかりのイデタチ。あだ名はそこから付けられたかと思えば、本名:飛田から付けられたのだというから笑える。

 イタリアンレストラン『バッカルネ』の日常。ディナータイムは後半戦に差掛かる。


 ~4月3日新聞記事より~

昨日午後6時頃、M**市桜ヶ丘町一丁目S・Yビルにて、同ビル所有者の斉藤幸雄氏(56歳)が他殺体として発見される。関係筋からの情報によると、先月二十八日から二十九日の夜にかけて殺害され、同ビルに遺棄されたとのこと。警察当局は、関係者に事情聴取を始めているが、もともと人間嫌いで有名な人物らしく。難航。物取りの可能性も含め、被害者の殺害当日の足取りを追っている。


 4月13日 PM9:30

 カウンター中央の2人

「・・・だから・・・死ん・・だ」

「っえ?今なんて・・・?」

「だから、死んでいたんだって。いや、正確に言うとこの世に存在しない。もう何年も前から。もしかしたら、実在していたのかさえ怪しい」

 サラリーマン風の太った方が重たそうに口を開いた。カウンター横の連れは、返す言葉が見つからず。じっと相手の言葉を待っている。

「その死んだ『男』を、知っているという人間が誰もいない。知っていると思い込んでいた人間は多かったが、実のところ、別人だった。公的文書、医療履歴、免許証からパスポート。全て真贋つかん。唯一引っかかったのは、明治元年産まれの同名。百歳をとうに越してる」

「・・・?では、被害者の男性は、斉藤幸雄氏ではなかったと」

「そういうことになる、捜査も振出。ガイシャの身元も不明。ったく、訳が分からん」

 手帳にメモる姿勢のまま。時間が止まる感覚。そこに気配なくバーテンが皿を持ってくる。

「お待たせしました。お客様、コースのメインで御座います」

「ああ、俺だ」

 丸く太った手が小さく挙がる。ナイフでメインの肉を器用に切り

「マスター。これは何ていう料理だい?」

「はい、本日シェフお勧め、サルティンボッカで御座います。当店では国産サーロインを生ハムで挟み、焼き上げ、白ワイン、ニンニク、ローズマリーで香り付けしております」

 今まで、殺人事件の話をしていたとは思えない食の進みように、手帳をもった男は唖然とする。マスターは丸メガネの奥の細目をより細くし、最高の笑顔をつくり

「警部殿のように美味しそうに食していただける様子から、『口に飛び込む』=サルティンボッカと名づけられたそうです。お口に合いますでしょうか」

「サルティン何チャラは別として、何で生ハム焼く必要がある・・・訳が分からん。・・・旨い・・・うん・・・まあま・・だな」

「有難う御座います。ところで警部殿、お連れのお客様は・・・」

「ああ、気にしないでくれマスター。ただのライターだ」

「いやー、警部。言い方に棘がある。私、フリーの記者で名前を『只野』と云いまして。よくからかわれるんですよ、ハハハ」

「なるほどです。私もあだ名で『マスター』なんて呼ばれてますが、実のところアルバイトでして。こんな落ち着いた22歳はいない。なんてよく言われます」

「に、にじゅいう、に?」

「はい、桜華大の学生です。専攻は、はん」

 ゴホッ、ゴホン。ゲホゲホ・・・警部のわざとらしい咳払い

「まあ、とにかく捜査は振出だ。鑑識連中も大慌て、前代未聞だ。正式発表が今頃になってひっくり返るんだからな。頭が痛いよ、まったく。くれぐれも警察の批判を煽るような真似せんでくれよ」

「・・・そうですか。いやー警部、どうも一筋縄ではいきそうもありませんな。謎の人物がビルのオーナーとして成りすまし、自宅で殺される・・・。いやー、組織的な犯罪のニオイがしますね」

「人の話を聞いとるのかね。キミ」

「いやー美味しかったです。プッ、マ『マスター』また食べに来ます」

 只野記者は、笑いを抑えつつマスターの顔を二度見、手帳になにやらメモりながら出口へ向かう。

「有難う御座います。カエデさん、キャッシャーお願い。っと伝票」


 ・・・遠くで只野記者とカエデの明るい声のやり取り。警部は耳を傾けている。マスターはコーヒーメーカーの前で仕事をこなす。淹れたてのイタリアンローストの香り。


「料理の皿は下げちゃっていい?警部さん」

 警部が食べ終わる頃を見計らって、温かいコーヒーが警部の前に出される。

「ああ、ありがと、カエデちゃん。あいつに変なことされたら、いつでも言うんだぞ」

「ええ?なんかヤバイ人?あのひと、悪いようには見えなかったけど・・・」

「まあ、なんだ、人を見た目で判断しちゃあいけないんだ。さっきの肉料理みたいにブタの皮を被った牛って事もある」

「・?変な例え」

「そうだな。うん。で、名探偵カエデ君。感想は?」

「やめてくださいよ、警部殿。私は探偵なんかじゃありませんから」

「まーた始まったよ。警部とマスターの探偵ごっこ・・・あ、お会計ですか?有難う御座います」

 丸メガネを中指で上げ直すマスター。

 細目をより一層細くし、ワイングラスの磨き上げを気にしながら『カエデ』は言った。

「警部殿のおっしゃるとおり。彼を容疑者から外す事は難しいですね。」


 ~4月15日新聞記事より~

 S・Yビルオーナー殺害事件。続報。被害者の身元確認の結果。殺害されたと思われていた斉藤幸雄氏(56歳)とは別人であることが関係筋より明らかにされる。警察当局は、行方不明の斉藤幸雄氏が事件と何らかの関係があると見て、広く捜索を開始。だが、事件以前の斉藤氏の足取りもつかめておらず。もはや、迷宮入りの様相を呈している。



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