「貴様を処刑する!」と婚約破棄してきた王子をみね打ちで壁に埋めたのは、私を8年間ストーキングしていた帝国最恐の処刑人でした
【一話完結】「貴様を処刑する!」と婚約破棄してきた王子をみね打ちで壁に埋めたのは、私を8年間ストーキングしていた帝国最恐の処刑人でした
毎月届く恐怖の『斬首予告状』。
怯えて遺書を書いていたのですが……まさか全部、彼からの不器用すぎる『ラブレター』だったなんて誰が想像できますか!?
5分でサクッと読める、勘違いから始まる限界溺愛ストーリーです。どうぞお楽しみください!
■プロローグ:華やかなる断罪劇
「セラフィナ・フォン・ローゼンブルク公爵令嬢! 貴様との婚約は、この場をもって破棄する!」
王立学園の卒業パーティーを祝う華やかな大広間に、第一王子ユリウスのヒステリックな声が響き渡った。
音楽は止まり、数百人の貴族たちの視線が、ホールの中央に立つ私——セラフィナに突き刺さる。
ユリウス王子の腕の中には、涙ぐんで震える男爵令嬢のリリアが抱き抱えられていた。
典型的な「真実の愛」とやらに目覚めた王子が、邪魔な婚約者を公開処刑するお決まりの舞台装置だ。
「リリアに対する数々の嫌がらせ、暗殺未遂……もはや言い逃れはできまい! 貴様のような毒婦は、我が国の王妃にふさわしくない!」
「……」
私は扇子で口元を隠し、ただ静かに溜息をついた。
嫌がらせ? 暗殺未遂?
すべて事実無根である。むしろ、王妃教育から逃げ出して遊び呆けている王子の尻拭いをしてきたのは、他でもない私だ。
しかし、私が反論するより早く、ユリウス王子は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「ふん、強がるのも今のうちだ。今日は我が国に、偉大なるガルディア帝国の特使が滞在されている。……さあ、出番だ! 『帝国の処刑人』たる血塗られた公爵よ! この悪逆非道な女に、貴方のその剣で死の制裁を!」
王子の呼びかけに応じ、大広間の奥から『死神』が現れた。
ガルディア帝国筆頭公爵、ジークフリート・ヴァン・オブシディアン。
漆黒の軍服に身を包み、身長は二メートルに迫る巨躯。
冷酷無慈悲な白銀の髪と、すべてを射抜くような赤い瞳。
逆らう小国を単身でいくつも滅ぼしてきた、文字通りの『生ける厄災』である。
ドスッ、ドスッ、と重いブーツの音が響くたび、周囲の貴族たちが悲鳴を上げて道を開けた。
「ひぃっ……!」
「帝国の血の猟犬だ……どうしてこんな小国のパーティーに……!」
ジークフリート公爵の腰には、身の丈ほどもある巨大な大剣が帯びられていた。
彼は無表情のまま私を見下ろし、ゆっくりと大剣の柄に手をかけた。
チャキ……と、冷たい金属音が響く。
(ああ、私、殺されるのね)
私は静かに目を閉じた。
馬鹿な王子の茶番に巻き込まれ、他国の処刑人に首を刎ねられる。
あっけない人生だった。せめて最期は、公爵令嬢らしく美しく散ろう。
「やれ! 処刑人よ! その女の首を撥ね飛ば——」
ユリウス王子が狂ったように叫んだ、次の瞬間だった。
——ゴシャアアアアアッ!!!
大広間を揺るがす轟音。
しかし、私に痛みはなかった。
そっと目を開けると、私の目の前ではなく——数十メートル離れた大広間の壁に、ユリウス王子が白目を剥いてめり込んでいた。
「え?」
事態が飲み込めず、私は間抜けな声を漏らした。
壁にめり込んだ王子。その傍らで腰を抜かして失禁している男爵令嬢。
そして私の目の前には、大剣の『腹』で王子を特大の素振りよろしくホームランした帝国最恐の処刑人が、片膝をついて私を見上げている。
「——遅くなってすまない、私の女神」
その血塗られた厄災は、氷のように冷酷なはずの赤い瞳をウルウルと潤ませながら、私の小さな手をとって、頬ずりをした。
「……はい?」
「ずっと、ずっとこの時を待っていた。もう限界だ。私と結婚してくれ」
大広間が、文字通り静まり返った。
私を断罪するはずだった処刑人からの、あまりにも斜め上すぎる求婚。
ここから、私の平穏な人生は、甘く恐ろしい暴走特急へと乗せられることになった。
■1.『最恐』の不器用すぎる告白
「あの……ジークフリート様? これは一体、どういう状況でしょうか……」
私は自分の手が、帝国最恐の男に大事そうに、まるでガラス細工のように両手で包み込まれているのを見下ろしながら尋ねた。
「『ジーク』でいい」
「は、はい。ジーク様。なぜ、ユリウス殿下を壁の染みにされたのですか?」
ジークフリートは、私の問いに対して真剣な表情で頷いた。
「君を侮辱したからだ。本来ならあの場で千の肉片に切り刻むべきだったが、君の美しいドレスに汚い血がはねてはいけないと思ってな。みね打ちで我慢した。私を褒めてほしい」
「みね打ち……(壁にヒビが入っていますが)」
褒めてほしい、と私の顔を下から覗き込んでくる彼は、どう見ても大型犬だった。
それも、極端に飼い主に依存しているタイプの、超大型の狂犬だ。
「あの……私たちは、初対面ですよね?」
私がそう言うと、ジークフリートはハッと息を呑み、絶望したように顔を覆った。
「初対面……そうか、君にとっては初対面か……。無理もない。私はずっと、遠くから君を護衛していただけだからな……」
「えっ? ストー……えっ?」
「君が十歳の時、王宮の庭で迷子になっていた野良猫を助けるために、泥だらけになりながら木に登っていたのを見た。あの瞬間から、私の心は君に囚われている」
ジークフリートは懐から、丁寧にラミネート加工された『十年前の押し花』を取り出した。
「君がその時、落とした野花だ。毎日欠かさず祈りを捧げている」
「こ、こわ……っ、いえ、物持ちが良いのですね」
「私は帝国の暗部を取り仕切る人間だ。表立って君に接触すれば、君に危険が及ぶ。だから……君がこの国の愚かな王子に見切りをつけ、婚約が破棄されるこの瞬間を、八年間ずっと待っていたのだ」
ジークフリートは切々と語る。
「毎日、君の寝室の窓に『護衛』として帝国の最精鋭の暗殺者を十人配置していた。君がよく眠れているか、毎朝報告書(百ページ)を提出させていた」
「(……夜中によく気配を感じて不眠症になった原因、それだわ!!)」
「君への募る思いを抑えきれず、毎月、帝国の最高級の羊皮紙で手紙を送った。私の燃えるような愛を伝えるために」
私はハッとした。
毎月届いていた、あの手紙。
「待ってください! もしかして、毎月届いていた『真っ赤な手紙』ですか!? 差出人不明で、剣のマークだけが描かれていた……!」
「そうだ! 喜んでくれたか? 真実の愛を表現するために、希少な『深紅の薔薇の染料』で染め上げた特注品だ。剣のマークは、私が君を守るという誓いの証!」
「嘘でしょう……!?」
私は頭を抱えた。
あの手紙は、王宮内でも噂になっていた。
『差出人不明の、血で赤く染められた不気味な羊皮紙』
『処刑人の剣のマークが描かれた、斬首の予告状』
私は毎月届く暗殺予告に怯え、胃薬を手放せない生活を送っていたのだ。
「私、あれを受け取るたびに『いよいよ暗殺される』と思って遺書を書き直していました……!」
「なっ……なんだと……!?」
ジークフリートは、この世の終わりのような顔をした。
「部下の……情報部の奴らは『公爵閣下の情熱的なラブレターに、令嬢も顔を赤らめております(胃痛で顔面蒼白だった)』と報告してきたのに……! 私は、君を、怯えさせて……っ!」
彼はギリィッ! と奥歯を噛み締め、大剣を抜いた。
「死んで詫びる。私の首を刎ねてくれ、セラフィナ」
「いやいやいや! 待ってください! 重い! 愛情の表現が物理的に重すぎます!!」
私は慌てて、自らの首に剣を当てようとする大男の腕にすがりついた。
不思議なことだが、恐怖は一切なかった。
この不器用で、恐ろしくて、けれど私への執着にまみれた愛情が、なんだかくすぐったかったのだ。
■2.絶対的強者の『ざまぁ』
その時、壁の残骸から、ユリウス王子がフラフラと這い出してきた。
「き、貴様ぁぁっ! ガルディアの犬風情が、一国の王子である私に何ということを! 宣戦布告と受け取るぞ!!」
ユリウスの怒声に、ジークフリートの雰囲気が一瞬にして『処刑人』のそれへと変わった。
室内の温度が、急激に氷点下まで下がったかのような錯覚を覚えるほどの殺気。
「……宣戦布告?」
ジークフリートは私を背後に庇うように立ち、ユリウスを見下ろした。
「勘違いするな、小国の豚が。これは宣戦布告ではない。ただの『害虫駆除』だ」
ジークフリートは指を鳴らした。
すると、大広間の天井から音もなく数十人の黒装束の暗殺者たち——帝国情報部の精鋭たちが舞い降り、王族と貴族たちを取り囲んだ。
「な、なんだお前たちは!」
「ユリウス・フォン・グランツ。貴様がこの八年間、我が愛しのセラフィナ嬢に押し付けた激務の数々、そして国費の横領、他国との裏取引の証拠。すべて揃っている」
ジークフリートの部下が、分厚い書類の束を王子の顔面に叩きつけた。
「さらに、そこのリリア男爵令嬢。貴様が自作自演で階段から落ち、セラフィナ嬢に罪をなすりつけようとした時の証拠映像(魔力録画)も、我が国の暗部がすべて記録している」
「ひっ……!」
リリアが顔面を蒼白にして後ずさる。
「私の……帝国の至宝であるセラフィナを不当に貶め、あまつさえ処刑しようとした罪。これは大逆罪に等しい。……よって、この国はたった今、ガルディア帝国の属国となった」
「そ、そんな馬鹿な! 一個人の権限で国を……!」
「私の権限ではない。皇帝陛下の勅命だ」
ジークフリートは懐から、黄金の印が押された勅書を取り出した。
「皇帝陛下は仰った。『ジークよ、お前が十年間も拗らせている初恋のせいで、我が国の執務が滞って大迷惑だ。さっさとその国ごと買い取って、令嬢を嫁にもらってこい』とな」
(皇帝陛下、巻き込んでごめんなさい……!)
私は心の中で、見知らぬ帝国の皇帝に平謝りした。
「連行しろ。一生、帝国の鉱山で強制労働だ」
ジークフリートの冷酷な声とともに、泣き叫ぶユリウス王子とリリアは、暗殺者たちに引きずられて大広間から消えていった。
あっという間の出来事だった。
私を苦しめていた煩わしい人間関係が、帝国の圧倒的な力と、一人の男の巨大すぎる執着によって、物理的に粉砕されたのだ。
■3.甘すぎる監禁生活
騒動が片付いた後。
大広間には、私とジークフリートだけが残された。
彼はゆっくりと私に向き直ると、先ほどの冷酷な処刑人の顔から一転して、捨てられた子犬のような顔になった。
「セラフィナ。その……手荒な真似をしてすまなかった」
「いえ、その、助けていただいてありがとうございます」
「私は……君が思っているような、優しい人間ではない。血にまみれ、人を殺すことしか知らない男だ。君の手紙の件も……本当にすまなかった。私には、女性を喜ばせる才能が絶望的にないらしい」
彼の大きな手が、わずかに震えている。
帝国の処刑人。
泣く子も黙る冷血漢。
そんな彼が、私の前でだけ、こんなにも不器用に、一生懸命になっている。
「……でも、君を愛する心だけは、この銀河の誰にも負けない。私のすべては、君のものだ」
ジークフリートは再び片膝をつき、今度は血塗られていない、美しいダイヤモンドが輝く指輪を差し出した。
「私の妻になってほしい。絶対に、君に苦労はさせない。もし君が『星が欲しい』と言えば、明日にでも他国の星見の塔を引っこ抜いて君の庭に建てよう」
「それは国際問題になるのでやめてください」
私はふふっ、と吹き出してしまった。
「笑って、くれたのか……?」
「ええ。だって、本当に不器用なんですもの」
私は差し出された彼の手を、そっと握り返した。
「斬首予告状のようなラブレターには驚きましたが……でも、私を守ろうとしてくれていた不器用な優しさは、今は分かります」
「セラフィナ……!」
「それから、私、ずっと王妃教育という名の執務に縛られて、疲れ果てていたんです。だから……」
私はジークフリートの赤い瞳を見つめて、悪戯っぽく微笑んだ。
「これからは、帝国の公爵夫人として、思い切り甘やかしてくれますか?」
その言葉を聞いた瞬間。
ジークフリートの瞳孔が開いた。
「——ああ。もちろんだ」
彼は弾かれたように立ち上がると、そのまま私をひょいっと抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
「わっ! ジ、ジーク様!?」
「今すぐ帝国に帰還する! 全軍、直ちに撤収だ! 妻の気が変わらないうちに、一秒でも早く城のベッドに運ぶぞ!」
「ちょ、ちょっと! 展開が早すぎます!」
「三十日間の特別休暇を皇帝からもぎ取ってある。セラフィナ、君が『もう甘やかされるのは嫌だ』と泣いて頼むまで、徹底的に君を愛で尽くすから覚悟してくれ」
彼の背後で、黒装束の暗殺者たちが「閣下、ついに春が!」「おめでとうございます!」と号泣しながらクラッカーを鳴らしている。
私を抱き抱えて歩く彼の胸は、ドクンドクンと、不器用なほど大きな音を立てていた。
最悪の断罪劇から一転。
私を待っていたのは、帝国最恐の処刑人による、狂気的なまでに甘く、息もできないほどの溺愛の日々だった。
(了)




