空の色は同じ
死後の世界なぞ信じてはおらなんだ。今あるこの生が全てだと。
だがもし死後の世界があるなら己の行先は地獄だろうとも思っていた。
しかしどうだ? 露と落ち露と消えにし我が身が辿り着いたのは“どちら”でもなかった。
『あなたには二つの選択肢があります』
神仏の類としか思えぬ大きな光は言った。
只人は流転の輪に入り次の人生に向かうが儂には行く先がないと。
儂に限らず“我が強く”それゆえに善悪問わずやらかした輩は皆、そうらしい。
『消滅か。安寧の檻に留まるか。どちらをお望みですか?』
わざわざ消えることを選ぶほど達観しとるわけでもない。答えは実質一つよな。
不自由はなかった。檻とは言うが人が想像する極楽のようなもの。
同じようにどこへも行けなんだ輩もおるし大きな不満が生ずることはない。
現世を眺めているだけでも暇が潰せるしな。
だがここしばらく飽きが来ていたというのも事実。
『少し変わったものに興味はありませんか?』
そんな時だった、大きな光が儂の下を訪れたのは。
彼奴めが提示したのは異世界に放り出された小僧の配信だという。
当世の娯楽であるラノベのようなことが実際にあるのかと驚いたものだ。
『ほう。コメントも出来るのか。いや参ったのう』
下手にコメントをすれば儂の正体がバレてしまうやも。
日輪の申し子たる我が身は意識せずとも輝いてしまうのが困りもの。
マニュアルを読みながら冗談を飛ばしていたら、
『いいえ。あなたの正体が彼に露呈することはないでしょう』
『ぬ?』
『“死後”というのは人によっては恐ろしく甘美なものですから』
『ああなるほどの。知れば惹かれるような“只人”というわけか』
あの時代、多くの民草が死後の極楽を祈ったのと同じ。
もう苦しむ必要はない。喪ってしまった愛しい誰かにまた逢える。
願う形はそれぞれだが死後の存在を知れば今在る生を疎かにする者は少なくないだろう。
『実際は望むような死後ではないが魂が流転すると真実を告げてもそれはそれで不味いわな』
『ええ。“次がある”もまた甘い毒になりましょう』
『そういうんは上様のような御方には分からんことじゃろうなあ。まあええわ』
気付かないならそれはそれで良い。
というか興味を引かれるかどうかも分からないのだ。
とりあえず見てみるかと答えれば儂のPCに専用アプリがインストールされた。
『しみったれとるのう』
第一印象はつまらない、だった。
異なる世界に身一つで放り出された境遇は憐れだがそれだけ。
娯楽という意味ではつまらないの一言。異なる世界が珍しいから小僧の目を通して眺めていた。
「……そのつもりだったんじゃがなあ」
画面の向こう。リゼなる女子と街に繰り出す真を見て頬が緩む。
肩入れしようと思った切っ掛けはあの曇天だ。
五度目の首切りを受けてトボトボ歩いていた真が見上げた空。
それは儂にも見覚えがあるものだった。
「ああ、忘れるものか」
松下の御家を追ん出された時の空模様もああだった。
儂と真。輪から弾かれた理由は異なれど見上げた空の色は同じ。
『――――諦めるにはまだ早い』
抱いた思いもまた同じだった。
その気持ちは手に取るように分かった。
無理にでも歩き出さないと、もう動けなくなってしまう。
だから虚勢を支えにしてでも……とな。
「ほっとけんわなあ」
それから手を貸すようになったが未熟も未熟。
儂から見れば真は足りぬものばかり。
じゃが今日、一つ確かに大きな成果を得た。
リゼなる娘は見目も良いが真に大きく欠けている“武”を備えている。
これは紛れもない成果だろう。
「……まあ、別のものも招き寄せてしもうたが」
画面の向こうではちょっと今日休みじゃないのよ! と叫ぶリゼを真が宥めている。
その右上の視聴者数。あ奴はまだ気付いていないが儂の1から2に増えておった。
「まず間違いなく儂と同じ身の上の輩よなあ」
誰かは分からんがこんなとこにぶち込まれているぐらいだ。
善きにしろ悪しきにしろ灰汁の強さはお墨付き。
「まだコメントはしておらんようだが気にかけておくべき……いや違うな」
今日は真にとってのめでたき日だ。
そんな日にあれやこれやと湿気た考えを巡らせるのはあまりにも無粋。
そう思考を切り替え棚からとっておきの一本を取り出し盃に注ぐ。
「……美味い」
これまで味わった酒とはまるで違う美味さに頬が緩む。
「真よ。流れはおみゃあに向いとる。こっから。こっからぞ」
これにて一章終了となります。ここまで読んでくださりありがとうございます。
明日からは一話ずつ21時に投稿する予定です。
励みになるので気に入って頂けたらブクマ、評価よろしくお願いします!




