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追憶の墓標と虹の架け橋  副題:ブルーボネットの追憶~過去を繋ぐ旋律~  作者: 如月妙美


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【第一章】旅立ちの季節~桜島を背に~

はしがき

 この物語は、2045年に,第二次世界大戦の終結100年にあたり、人類の恒久の平和を希求して製作・公開される日米合作映画の原作として、米国映画界の巨匠ライアン・スコット監督自身が執筆した、彼の恩師と女優伊集院安曇の愛の物語である。

 ________________________________________


第一節:錦江湾に映る想い

 1991年3月の鹿児島市、朝靄が海岸を包む中、伊集院安曇は錦江湾の静かな砂浜に立っていた。背後には雄大な桜島がそびえ、波間に煌めく朝日の光が海面を照らしている。だが、その桜島はただ美しいだけでなく、静かに、しかし力強く黙々と白灰色の煙を噴き上げ、故郷の厳しさと自然の雄大さを物語っていた。

 安曇の長身が、剣道で磨かれた凛とした細身の体を際立たせ、彼女の瞳には未知なる未来への希望と覚悟が宿っていた。高校時代から地元でモデルのアルバイトとして活躍し、通訳兼モデルを目指す彼女は、世界で自分の力を試すための第一歩を、ここ鹿児島で踏み出そうとしていた。

 足元の灰色の火山灰の砂浜に、白い波が静かに寄せては返していく。安曇は深呼吸をして、潮風の匂いを胸に吸い込んだ。この匂いも、桜島の雄姿も、きっと長い間見ることはないだろう。

「私が求めるのは、ただの華やかな舞台だけではない。語学の力で国境を越え、世界に自分の存在を刻むこと――それが、私の夢なの」

 彼女の声は、朝の静寂の中で小さく響いた。内に秘めた決意は、桜島から立ち上る白灰色の煙とともに、より一層強固なものとなっていった。

 錦江湾の向こうに見える大隅半島の稜線が、朝霧の中に薄く浮かんでいる。安曇は振り返って、これまで18年間過ごした街並みを見渡した。天文館の賑わい、甲突川の流れ、鶴丸城跡の石垣...すべてが彼女の記憶の中に深く刻まれている。

「さようなら、鹿児島。そして、いってきます」

 そう心の中で呟くと、安曇は砂浜から立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。


第二節:追憶と決意の夜

 出発の前夜、静かな部屋の片隅で、安曇は大切な品々の最終チェックに没頭していた。分厚い緑布地に高らかに高校名が刺繍された、先日の卒業式で手渡されたばかりの卒業アルバム――白黒写真に映る、三つ編みおさげ髪の無邪気な笑顔と、共に笑い合った旧友たちの姿が、ページをめくるたびに胸を温かく彩る。

 クラスメートの佳奈子と一緒に撮った文化祭の写真、剣道部の仲間たちと汗を流した夏の合宿の思い出、そして担任の田中先生の温かな笑顔...。ひとつひとつの写真は、彼女の歩んできた日々と、かつての仲間たちとの儚くも美しい絆を今に伝えていた。

 机の上には、アメリカの大学から届いた入学許可証と奨学金の通知書が置かれている。テキサス大学アーリントン校付属の語学専門学校――そこで2年間、英語をはじめとする多言語の習得に励み、さらに大学の英語学科へ進学する。4年後には通訳の資格を手にして帰国する計画だった。

「このアルバムに刻まれた日々は、私の原点。あの頃の笑顔と友情を、決して忘れはしない。そして、これからの道でも、必ず輝きを放ってみせる」

 そう静かに誓いを新たにしながら、安曇はパスポートや身の回りの品々を丹念にスーツケースへ詰め込んでいく。英和辞典、和英辞典、そして愛用の万年筆。母が手作りしてくれた着物の小物入れには、鹿児島の思い出の品々が大切にしまわれている。

 窓の外では、夜桜が淡いピンクの花を咲かせており、春の夜風に花びらがひらひらと舞っている。安曇の心は高鳴り、未来への一歩を踏み出す準備が整いつつあった。

 その時、母の美智子が部屋のドアをそっとノックした。

「安曇、お茶を入れましたよ。一緒に飲みましょう」

「はい、お母さん」

 二人は居間で向かい合って座り、温かい緑茶を飲みながら、これまでの思い出や未来への希望について語り合った。美智子の目には、娘を誇らしく思う気持ちと、寂しさが入り混じっていた。


第三節:別れと新たな旅立ち

 正午、鹿児島中央駅の高速バスターミナルにて、安曇は静かにバスへ乗り込んだ。駅前には、希望と共にほのかな寂しさが漂い、父の隆志と母の美智子が彼女の旅立ちを見送るために訪れていた。本人の希望であるため、両親は大きな不安を隠しながらも、温かな笑顔で彼女を送り出そうとしていた。

 美智子は、柔らかな声でこう語った。

「安曇が生まれる1ヶ月前、西の空にこれまで見たこともないほど大きく、鮮やかな虹がかかって、ママのお腹に美しい何かが宿ったの。あなたは、いつか西の中国大陸に行くと思っていたけれど、まさか東のアメリカ大陸に行くとは...」

 美智子の声は少し震えていた。娘が生まれた時の感動と、今の別れの寂しさが重なって、胸が熱くなっているのだった。

 隆志は、にこやかに胸を張りながら、力強く語った。

「安曇は、『せごどん』こと西郷隆盛の気風を受け継ぐ『さつまおごじょ』だ。造士館の進取の気風と熱意で、何事にも果敢に挑むんだ。桜島も、君の頑張りを見守っているぞ。安曇の旅立ちに、先人の言葉を贈ろう。『我が胸の 燃ゆる 思ひに くらぶれば 煙はうすし 桜島山』だ」

 隆志の声にも、娘への愛情と誇りが込められていた。

 バスのエンジンが始動すると、安曇は窓際の席から両親に向かって深く頭を下げた。美智子は涙をこらえながら手を振り、隆志は力強く頷いて見送った。

 バスの窓越しに、故郷の風景がゆっくりと後ろに消えていく。海沿いの道には白波立つ錦江湾が陽光に映え、桜島が悠然と聳える。安曇が好きな「錦江湾海道」だ。特に島津藩の別邸のあった「仙巌園」のあたりが絶景で、彼女は幼い頃から何度もここを訪れていた。

 甲突川のせせらぎ、遠ざかる町並み、そして霧島の緑豊かな山々が、彼女の記憶に深く刻まれる。心の中で、故郷への感謝とこれからの挑戦への覚悟が、ひとつになって広がっていった。

 バスが鹿児島市街を抜けて高速道路に入ると、安曇は小さなノートを取り出して、今の気持ちを書き留めた。

「1991年3月15日 鹿児島出発の日 今日から私の新しい人生が始まる。不安もあるけれど、それ以上に希望で胸がいっぱい。お父さん、お母さん、そして故郷の皆さんに恥じないよう、精一杯頑張ります。」


第四節:空へ、そして広大な大地へ

 安曇は、鹿児島空港から出発し、米国テキサスへと向かう長い空の旅へと足を踏み入れた。空港では父の隆志が見送ってくれ、最後の別れを交わした。

「気をつけて行けよ、安曇。何かあったらすぐに連絡するんだぞ」

「はい、お父さん。ありがとうございました」

 搭乗手続きを済ませ、安曇は出発ロビーで搭乗を待った。窓の外には、これから乗る飛行機が見えている。大きな機体を見上げながら、彼女の胸は期待と不安で高鳴っていた。

 やがて搭乗時刻となり、安曇は機内に足を踏み入れた。窓際の席に座ると、飛行機が滑走路を駆け抜け、眼下に広がる故郷の景色の中、改めて桜島の姿が現れた。その姿は、雄大な山容を誇る一方で、先ほども目にしたかのように、黙々と白灰色の煙を空高く放っていた。

 飛行機が離陸すると、眼下に錦江湾を見下ろし、桜島はまるで遠い記憶のように薄く浮かび上がりながらも、その煙が故郷の厳かな自然を物語っているかのようで、安曇の心に深い感慨を呼び覚ました。

 機体が高度を上げていくにつれて、鹿児島の街並みは小さくなり、やがて雲に隠れてしまった。安曇は小さくため息をつくと、機内誌を手に取った。

 しばらくして、ふと窓の外に目をやると、七色の大きな虹の橋が架かっていた。不思議と、隣の乗客も、向かいの座席の人も、誰も話題にしない。あんなに美しい虹なのに...みんな関心がないのか?それとも、もしかして自分にしか見えていないのか?そんなことはないはずだ...

 旅立ちの高揚感が収まると、安曇の心に、今度は感傷的な波が押し寄せて来た。寄せては引き、また寄せ来る感傷の波...

(人は亡くなると「虹の橋を渡ってあの世に行く」と言うけれど...自分は逆に虹の橋を渡って、ふわっと、来たのかも...生まれる前にどこかからここに?ママも私が生まれる前に大きな虹を見たと言っていたわ...鹿児島の地も自分で選択して、この時代に生まれた気がする)

(もしそうなら、鹿児島のどこに魅かれたのだろう。桜島?錦江湾?好きだが...どれも違う気がする。山も海も他の地域にもあるし、他の時代にもあった。あと鹿児島と言えば...桜島大根、黒毛和牛、芋焼酎、さつまいも、サトウキビ、たばこ、お茶、鶴丸城...どれもしっくりこない)

(他に鹿児島で思い当たることと言えば...「せごどん」西郷(南洲翁)隆盛だ。祖父が...鹿児島では安曇の祖父に限らないが...西郷隆盛の信奉者で、父も弟も名前に「隆」の字が入っている。自分は西郷隆盛に憧れてこの地に生まれたのか?そんなはずはなく、安曇自身は、西郷より、パパからの話で知った「天璋院篤姫」の方が好きだ)

(モデルもいいけど、いつか女優になって、篤姫を演じられればなぁ...そんな思いに...胸が膨らむ)

 飛行機の機内では、これまでの思い出と新たな世界への不安と夢が交錯する中、しかし静かな決意が確固たるものとして、徐々に胸に根付いてきた。

 客室乗務員が機内サービスを始めると、安曇は温かいコーヒーを注文した。カップを両手で包むように持ちながら、ゆっくりと口をつける。苦みの中にほのかな甘みを感じて、心が少し落ち着いた。

 成田国際空港での乗り継ぎは約2時間だった。国際線ターミナルの広さに圧倒されながら、安曇は次の便への搭乗手続きを済ませた。免税店で母へのお土産を選びながら、改めて自分が海外に向かうのだという実感が湧いてきた。

 再び搭乗した飛行機は、太平洋を横断してアメリカ大陸へと向かった。機内では映画を見たり、英語の勉強をしたりして過ごした。13時間という長いフライトの間に、安曇は何度も眠りにつき、目を覚ますたびに少しずつアメリカに近づいていることを実感した。

 やがて機長からのアナウンスが流れた。

「Ladies and gentlemen, we are now beginning our descent into Dallas-Fort Worth International Airport...」

 安曇は窓の外を見つめた。眼下には広大なテキサスの大地が広がっている。日本とは全く違う景色に、彼女の心は新たな期待で満たされた。

 安曇は、成田国際空港での短い乗り継ぎを経た後、米国テキサス州のダラス・フォートワース空港に向けて、日本から旅立った。まだ18歳の誕生日を迎えたばかりの安曇の春...異国と大人の恋愛の世界への旅立ち。

 飛行機が着陸態勢に入ると、安曇は深呼吸をした。これから始まる新しい人生への第一歩を、彼女は踏み出そうとしていた。

 ここから、彼女の長く数奇な人生が始まった...



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