イカダン
年末に実家に帰省する。その予行練習を十月の上旬に行った。予行練習というのは一回実際に帰ってみるという事である。実家に帰省するための手段としては新幹線、あるいは新潟経由のいなほ。あとバス、夜行バス。他には飛行機もあるのだが、空港が秋田駅から離れている為、いや、多分昨今さすがに駅までのバスとかはあるんだろうけども、でも、飛行機はなあ。羽田に行くのも大変だしなあ。とまあ、そういう訳で、実際に帰ってみて、雰囲気、気分的なものを体に入れてそれから帰省に向けて検討するという。そういう事である。いきなり年末に帰省するというのは気持ち的にも身体的にもハードランディングであるため、一回予行を挟んで、雰囲気を体に入れたいのである。高地順応といえば、わかりやすいだろうか。ちなみに新潟からフェリーもある。それもすごく心惹かれるものがある。JR系なら四、五時間で帰れる所を一泊する。所要時間としては夜行バスと一緒くらいの感じ。ただ一回乗ってみたい。
「年末はなあ」
当たり前の事だが、年末は切符もお高い。年始も。えきねっとの割引も取れない可能性が高い。十月は取れる。取り放題とは言わないが、とりあえず取れる。幸いなことに、新幹線の割引切符が往復取れた。
帰省するという事は誰にも言わない。年末もそうだし、予行もそうだ。予行は特に、実家にも言わない。JRのやってるダイナミックレールパックというサービスで帰省し、ホテルに一泊し、そして関東圏に戻るからである。その際、ちょっと位は近場を見て回るが、しかしそもそも目的はそれではない。高地順応にある。
「ああ、まあセリオンには行きたいな」
くらいの感じ。セリオンは秋田駅から更に二駅行ったところ、土崎駅が最寄りだ。ちょっと歩くが、新幹線移動で動かなかった分ちょうどいいだろう。
そうして、実家、地元感を得て、改めて年末実家に帰省するのである。高地順応である。
そんな風に考えて十月上旬、秋田では十月ころが一番良い気候な気がする。勿論私の行動範囲内での話ではあるが。十月上旬、帰省した。
大曲駅からのスイッチバックを経て、秋田に到着したのはもうすぐ昼という時刻であった。ホテルにチェックインするのはまだ早い。その前にセリオンの為の時間を確保したからだ。
昼食を食べに駅裏のドジャース食堂に向かうと閉店していた。
「はああ?」
なんという事だ。そこで座ってゆっくりと食事をしながら土崎港、セリオンに向かう為の電車を待つつもりだったのに。そうして途方に暮れていると、
「あ、あれ」
と後ろから声がした。秋田に帰省するという事は誰にも言っていない。言わなくてもいい事だが、それは一種の配慮である。私ももういい歳だ。という事はつまり、同学年の人間、旧友というのもいい歳だからだ。それぞれに色々な事があっただろう。あるだろう。だから帰省の際は誰にも何も言わない。配慮。という名の、体の、単に私がものぐさだからなのだけども。
だから、この時声がして、それが私に関係ある事だとは思わなかった。私と同様にドジャース食堂が閉店したことを嘆き悲しむ人間が居るんだろうな。そう考えただけだった。
「あれ、どうしたの」
しかし、その声はドジャース食堂ではなく、私に向けられたものであった。名前を呼ばれたのだ。私の名前を。怯えながら振り返るとそこには男が一人立っていた。壮年の、多分、壮年の、
「ええ?」
だ、誰?
お互いもういい歳である。でもとりあえず同学年位だろう。多分。じゃあ学生時代の知り合いか。でも学生の頃のような体でも心でもない。見た目も違っているだろう。顔の皴も、頭皮の毛量だって違う。みんなそうなるんだけど。
「何してんだ、こんな所で?」
その男、男性はなおもこちらに向かって話しかけてくる。私の名前を呼んでくる。近寄ってきて、刺し違えられる距離に来て、肩に手を触れたりしてくる。
誰?
「あれ、俺の事覚えてない。神山」
あ、
「高校卒業以来だもんなあ。神山」
まるで神山が語尾かのように。ナリー。コロ助や、だっちゃ。ラムちゃん、ザンス、イヤミのように。神山が語尾かのように。
「神山だって覚えてないか。神山」
「え、神山じゃん」
私は思い出した。突然、海面から潜水艦が姿を現すように。私の中の原野から。記憶の中の原野から。神山は浮上してきた。
「あらー、神山じゃん」
「何してんの。こんな所で」
うわー老けたなー。お互いかー。神山じゃーん。
私は思い出した。思い出した瞬間、時空が飛んだ。私の中の学生時代の神山が、今の神山に塗り替わった。もう学生時代の方を思い出せない。
それからどうした事か、どうしてそうなったのか、多分神山に予定を聞かれて、私は予定とか特に無いって答えて、多分、多分そういう事が、会話、流れがあったんだろうと思うんだけど、はっきりとはしてない。私は神山の車に乗って移動していた。予定が無いなら、ちょっと行こうぜってなったんだと思うんだけど。神山からの誘いに乗ったんだろうと思うんだけど。
とにかく車に乗っていた。車内、神山の日産クリッパーリオに乗って、私達は互いの色々な事を話しながら移動していた。
その時、私達、神山はどうか知らない。でも私は、多分神山も、お互いに学生時代に戻っていた様な気がする。
「ホーマック行ったよな」
「行った行った」
「五時間目に」
「ろうそく買いに行った」
「そうそう」
「食品サンプルみたいなものを作ろうしてたんだっけ」
「帰りに海見て帰ったよな」
「海見たああ」
「これセリオンで買ったんだよ。セリオンの中古車フェアで」
「セリオンってそんなのやってるんだ」
「やってるやってる。毎年」
「俺、セリオンに行きたいんだよな」
「なんで?」
「うどんそばの自販機あるじゃん」
「ああ、あるねえ」
「あと、セリオン坊やのシャツとか欲しいし」
「なんそれ」
実りの無い。馬鹿みたいな。そうして気がつくと私は男鹿に居たのです。男鹿半島に居たのです。男鹿半島にあるゴジラ岩を見ていたのです。その後、男鹿の海鮮市場に行って海宝丼を食べたのです。普通の海鮮丼でいいじゃんという神山に、
「おい、せっかく来たんだぞ」
と私は海宝丼をごり押ししたのです。値段は二倍です。海鮮丼二杯分。ボリュームも同様に。私はおかしくなっていたのだと思います。おかしくなっていた、完全に学生時代に戻っていたのです。
神山は男鹿に住んでいるそうです。結婚して、子供もいるそうです。
海宝丼を食べてビールも飲んで、神山は酔っぱらって、酔い覚ましに店を出て海まで歩こうってなって、道中にローソンがあったのでそこでまた缶ビールやらハイボールやらあたりめやらを買って、OGAマリンパークまで行って海を見たのです。海に沈む夕日を見たのです。
「酔ったなあ」
「花火やりたいな」
調子に乗ってビールやらハイボールを飲んで歩いたために、しとどに酔っぱらったために、家に連絡をさせて、事情を話して迎えに来てくれた奥さんに神山は引き取られて行きました。車も代行で何とかするそうです。
「それじゃあ、また」
「また」
神山に手を振り、奥様に頭を下げて、一人になった私は男鹿駅に向かいました。一時間に一本の電車を待ってそれに乗り、秋田に帰りました。既に真っ暗になっていました。秋田までの途中に土崎駅があるのですが、それで土崎港に行くつもりだったのですが、私もしとどに酔っていたので、それはやめる事にしました。年末帰省した時に考える事にしました。
そもそも海宝丼やらローソンでビールやら何やら買っていたので、もうお金が無いのです。
セリオン坊やのシャツやら、グッズやらを買うつもりだったのですが、うどんそばの自販機のうどんを食べるつもりだったのですが、もうお金が無いのです。
「海鮮丼にしとけばよかったけどな」
本当は。いや、でもねえ。
それにしてもイカれた弾丸ツアーだったな。イカダンだったな。
「それじゃあ、また」
車窓に流れる暗闇を眺めながら私は、神山の最後の言葉を思い出していました。
うん。
「また」
ラインの交換もしてないんだけど。連絡先も知らないし。
でもまあ、
「また」




