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番外編3-2 徒然と美咲

「今度同窓会があるんですって。六人らしいのだけれど、女性が二人で、そのうちの一人が独身なんだって」


「そうなの? でもこれまでだって徒然さんが友達と会うこともあったし、帰りも午前様っていうこともあったじゃない? 編集者と取材旅行に行くこともあったのに。その時はなんとも無さそうだったわよ? なぜ今回だけ?」


 美咲が真剣な顔で志乃を見た。


「人数が同じなの……それに男四人で女二人っていうのも同じ。一人は独身っていうのまで全部同じなの。私は徒然さんのことを信じているし、彼は絶対にそんなことをする人じゃないってわかってる。わかってるのに……わかってるのに……怖いの」


 志乃は美咲の言わんとするところを理解した。


「そういうことか……なるほどね」


 美咲がバッと顔をあげる。


「あのね、あのね。前のことを引き摺っているわけではないの。徒然さんを愛しているし信じているのよ? なぜ今回だけこんな気持ちになるのか自分でも分からなくて……徒然さんに言ったら、また自分を責めるでしょ? 治療に失敗したからだって言って。それは絶対に違うのに、きっとあの人はそう思うわ。だから絶対に言いたくないの」


「うん、わかるよ」


「私は徒然さんを縛りつけたくない。あの人には何の憂いもなく仕事をしてほしいのよ。気晴らしも大事だってわかってる。お友達と飲みに行くのも、取材旅行も全部思うようにして欲しい。そうして欲しいのに……どうしちゃったんだろ」


「あの頃みたいに辛いの?」


「あの頃みたいに? どうかな……あの頃の辛さを忘れているから良く分からないけれど、何て言えばいいのかな。このことを考えると動悸がするっていうか、不安になる感じかな」


「徒然さんに『行かないで欲しい』っていうのが一番早道だけど、それはしたくないってことね?」


「行かないで欲しいわけじゃないの。むしろ楽しい時間を過ごしてほしいわ。だから徒然さんには言わないし、お母さんにも内緒にしてほしい」


「わかった。あなたの気持ちは良く分かるもの。その同窓会っていつだったかしら?」


「五月の連休明けの金曜日だって」


「庭の藤がきれいな頃ね。うん、あなたの気持ちは言わない。でもあまりにも辛かったら私に頼りなさい。抱きしめてあげるから」


「うん、ありがとう。お母さん」


 何事もなかったように日が過ぎてゆく。

 しかし、美咲がふと見せる憂いに徒然は気付いていた。

 ゴールデンウィークも中盤に差し掛かった頃、急に蕎麦屋の稲荷寿司が食べたいと言いだした徒然。


「だったらお昼はお蕎麦の出前でも取る?」


「いや、ゴールデンウィークだろ? 出前も大変だろうからさ、悪いけれど美咲が行って買ってきてよ。お天気も良いし、たまにはのんびり散歩気分でさ。幸は私が見ているから」


「そう? じゃあついでにお花屋さんにも寄ってこようかな」


「ああ、そうしなさい」


 娘を抱いて門まで美咲を見送り、小さく溜息を吐いて家に戻る。

 台所に行くと、志乃がお茶を飲むかと聞いてきた。


「うん、コーヒーが良いな」


 準備をする志乃に徒然が声を出した。


「美咲、どうしたの?」


「私は知らないわ。ああ、そう言えば同窓会ですって?」


「うん、来週の金曜日だよ。店が赤坂だから近くて助かった」


「何人で?」


「六人だよ」


「女性もいるの?」


「ん? いるね。二人……どうしたの?」


「一人は独身って聞いたわ」


「うん……そうだけど。本当にどうしたのさ?」


「なんでもないわ。ちょっと気になっただけ。六人のうち二人が女性でその一人が独身っていう同窓会って、裕子さんの旦那さんが浮気を始めた切っ掛けと同じだなって思っただけ。あなたが同じことをするなんて思っても無いから安心して」


「え……同じ? すっかり忘れていたよ」


「私がなんとなく覚えていただけよ。でも美咲には関係ない話だし、美咲も気にしてないと思うわ。ただの老婆心だから聞き流してちょうだい」


「うん、わかった……ありがとう、お母さん」


 目の前に置かれたコーヒーが鼻腔を擽る。

 ベビーシートに座っている娘が、バンバンとテーブルを叩きおやつを要求する姿を微笑ましくみつめながら、徒然は美咲のことを考えた。


 そして当日。


「じゃあ行ってくるね。帰りは連絡するから」


「ええ、行ってらっしゃい。楽しんできてね」


 娘を抱いて玄関まで見送りに来た美咲の頬に、徒然が唇を寄せる。


「なるべく早く帰るから」


「いいのよ、久しぶりなんでしょう? ゆっくりしてきて」


 駅までの緩やかな坂道を歩いていく徒然の後姿に手を振る美咲。

 台所に戻ると買い物から戻った志乃が、勝手口に大きな袋を二つ置いて腰を伸ばしていた。


「どうしたの!」


「バーゲンやってたからたくさん買っちゃった。あ~重たかった」


 女ばかりで夕食を簡単に済ませている時、電話が鳴った。


「はい、本田でございます」


「ああ、美咲? 今から帰る。全員連れて帰るからお酒とつまみの用意を頼むよ。店屋物で良いから適当に注文しておいてくれない? ろくなもん食べてないから腹も減ってるんだ」


「え?」


「六人だから。あっ、タクシーが来た。じゃあ切るね」


 慌てて志乃に話すと、大笑いしながらもテキパキと準備を始めた。


「たくさん買い物していてよかったわ」


 志乃の指示でバタバタと動き回る母親を見て、娘が手を叩いて喜んでいる。


「ただいま」


 迎えに出ると、少し顔の赤い上機嫌な徒然が靴を脱いでいた。


「さあ、上がってくれ。二次会だ」


 お邪魔しますという声と共に、ほろ酔いの男女がぞろぞろと客間へと向かう。

 藤棚の見える位置にテーブルを置き、志乃と美咲は準備していた料理と酒を運び込んだ。

 ビールが消えるように無くなり、みんなの楽しそうな声が屋敷に響く。

 徒然に呼ばれて一人ずつ挨拶をするたびに、美咲の心から棘が抜けていった。

 飛び去るように時間が過ぎていく。

 最後のタクシーを見送った後、美咲の腰を抱き寄せた徒然が言った。


「急に悪かったね。どうしても自慢の奥さんを見せびらかしたかったんだ」


「ううん。ありがとう……本当にありがとう。徒然さん」


「なぜお礼なんて言うの? 急に大人数で帰ってきてごめん。それなのに嫌な顔もせずに対応してくれて嬉しかった」


 まだ酒の匂いが残る徒然が美咲を抱き寄せようとした時、急に美咲が顔を伏せた。


「うっ……」


 走り去る美咲を追う徒然を志乃が引き止める。


「明日にでも婦人科に連れて行くわね。たぶん間違いないわ。このところの情緒不安定も妊娠のせいね」


「え……妊娠……やった! やったぞ! 宝物がまた増える!」


 祝いの舞を舞うように、藤の花房がふわりと揺れた。


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