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番外編 1ー2 拓哉と澄子

「さあ、どうぞ」


 風間が澄子を案内したのは、目黒川沿いのビルにある落ち着いたショットバーだった。


「良いでしょ? ここの雰囲気が気に入っていてね」


「素敵ですね」


 バーテンダーが澄子の好みを聞きカクテルを作ってくれた。


「じゃあ改めて乾杯だ」


 暫し無言でお酒を楽しんだあと、風間が徐に口を開いた。


「僕はね、書き始めたら止まらなくなるタイプでね。平気で十二時間くらいぶっ通しで書いちゃう。その間は食事も睡眠も恋人との約束も全部すっ飛んでしまって……なんていうのかな」


「わかります。ゾーンに入る感じですよね」


「そう、それ。入り込んじゃう感じ。しかも断るのが下手だから、いろいろ抱え込んじゃう」


「それもわかります。ダブルブッキングどころじゃなく、私なんてトリプルしちゃうこともありました。断れないんですよね……仕事が来なくなったらどうしようとか考えちゃって」


「そうか。やっぱり僕と君は合うんだよ」


「ははは! なるほどそうかもしれません。光栄です」


「よかった。やっと一歩進んだ」


 風間が嬉しそうな顔で澄子を見た。


「その顔は反則です。うっかり惚れてしまいそうなので止めてください。私は恋愛願望が無いのです。だから結婚もしたいと思ったことがありません。まあ、もししたとしても別居結婚が理想っていう変わった女ですから」


「そうなの? 最高じゃん。僕も別居結婚を希望している。こういう生業って書けるときはハマって書くけど、ダメなときはさっぱりでしょ? 書けないときは何をやっても書けないもんね。必然的に不規則な生活になるし、機嫌が良かったり悪かったりするようなジェットコースターのような奴の相手は大変だ」


「それそれ! ハマってる時に『一緒にゲームしよう』とか言われたら発狂しますよね」


「そう! ジャマするなって思うよね。でもさぁ、女性ってそういう時に限って食事に連れていけだとか言いだすんだよね。断ると『最近冷たいわね。浮気でもしているの?』ってさぁ」


 風間の声真似に澄子が大爆笑した。


「めんどくさいですねぇ。それで振られるんですか?」


「そう、大体それで振られる。仕事ができないとモテて、できる時は振られるんだ。一般的な男性とは真逆だよね……って、澄子ちゃん? 笑いすぎ。君って笑い上戸?」


「そうかな? こんなに笑ったのって久しぶりで腹筋が肉離れ起こしそう」


「そこまでウケるってことは君にもあるね? 経験が」


 澄子が何度もコクコクと頷いた。

 カウンターに肘をつき、体を風間に向ける。


「私も同じようなことがありました。好きな人ができて、一緒に暮らし始めて……でも丁度その頃から仕事が順調に貰えるようになって。ずっとこの道で生きていきたかったから、必死で頑張りました。もうそれこそ寝食を惜しんで」


「うん」


「私が机に嚙り付いてガツガツ書いている時に、彼が私の肩を揺すって言ったんですよ『お腹が空いた』って。もう……なんていうのかな……情ない? 脱力?」


「ああ。男って最初は協力するとか上手いこと言うけれど、構って貰えないとそういう態度に出るんだよね。基本かまってちゃんが多いから」


「女性もでしょ? あれって何なんですかね。支配したいのかな」


「支配かぁ。それとも嫉妬? 独占欲かな? その繰り返しに僕はもう疲れ果ててしまったんだ。だから別居結婚希望なの。お互いの都合が良い時だけイチャラブの夫婦がしたい! そういう結婚がしたいんだ! って言ったらさあ、ある人に言われたんだよね。『我儘ね。人生はそんなに甘くないわ』って。これって我儘なのかなぁ。ただの価値観の違いだと思うけど。でもさぁ、良いとこ取りって最高だと思わない?」


「思います。結局のところ人間って自分が一番大事じゃないですか。でも寂しい時もあるし、性欲を持て余す時だってありますよ。だからって街をうろついて『その時だけの似非恋人』を探すなんてできないし、したくない。だから結局一人が一番楽なんですよね」


「激しく同意するよ。でも子供は? 欲しくないの?」


「欲しいです。でももう年ですからね。諦めました」


「勿体ないよ! 諦めちゃだめだ! 僕は子供に興味は無かったのだけれど……ねえ澄子ちゃんは気付いてる? 徒然の書く作品が変わったんだ。なんていうのかな、前は西洋歴史ものが多かったでしょ? いわゆる事実に創作を織り交ぜて膨らませていくような作品。でも変わったんだよね。最近のあいつの短編読んだ?」


「浮気男の後悔のやつですか?」


「うん、それ。前のあいつならそんな男はバッサリ切り捨てていたんだ。なんなら自殺に追い込むくらい。でも今回のは違った。不貞は絶対的に否定しているのだけれど、やってしまったことに後悔する男の憐れっていうのかなぁ。行間に憐憫が滲んでるんだよね。以前の徒然はそれほど人間味のあるやつじゃなかった」


「同情でもなく、同調でもなく。行為自体ははっきり否定しているけれど、成長を遠くから見守る的な?」


「そう、そんな感じ。子供ができてからなんだよね。子供って偉大なんだなぁって思った」


「なるほど。さすがの感性ですね。私は風間先生こそ天才だと思っています。だから先生のDNAは絶対に残すべきですよ」


 照れながら礼の言葉を口にした風間が、澄子の手を握った。


「だから僕たち結婚しない? それにもういい加減名前で呼んでくれ」


「はぁ? 拓哉さんって?」


 大きく頷く風間。


「基本は別居で、お互い仕事優先。オフの波長が合ったらイチャイチャしよう。子供が出来たら女性の方に負担がかかるけれど、出産経験は仕事的にも悪いことじゃないと思う。オンモードの時は、オフの方が子育て担当っていう感じでさ。もし二人ともがオンだったら、シッターを雇うというのも手だ。なんなら本田家に預けても良いな。それから、生活費と養育費は全て僕が払う。あまり離れて暮らさない方が良いから、同じマンションの隣同士とか、階違いとかで、つかず離れずって感じ。君の収入は貯蓄して優雅な老後を目指そうじゃないか」


「ちょっと待って。そこまで考えてるの?」


「うん、今日はプロポーズしに来たんだもん」


「プロポーズって……私たち付き合ってもいませんよ?」


 風間がチチチと口を鳴らしながら、顔の前で人差し指を振った。


「この歳になって、今更『お誕生日はいつですか?』『血液型は?』から始めるのか? それよりも、もっとシビアな話をしようよ。一応去年の納税証明は持ってきた。もし万が一今後一作も書けなくなったとしても、慎ましやかな生活なら死ぬまで保証できるくらいの貯えもある。生命保険も加入済みだから安心してくれ」


 そう言って風間が内ポケットから通帳を取り出した。


「拓哉さん……面白すぎ!」


「そんなに笑うなよ。僕は真剣なんだぜ? じゃあお試し期間を設けるってのはどう? いけそうなら入籍するってことで妥協するよ。どうかな?」


 笑い過ぎて涙目になった澄子が聞いた。


「なぜそんなにぐいぐい来るの? 何かあったの?」


「徒然のとこに二人目ができたらしい」


「それって完全なバタフライ効果じゃない! ウケる!」


 口説き続ける風間と、大笑いする澄子。

 二人をチラッと見たバーテンダーが、グラスを磨く手を止めて、少しだけ照明を絞った。

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